第一節:ぐうたら女子高生、朝に敗北する
はじめまして。初投稿のぐうたら新人です。
今作は、 神々が忘れられた現代を舞台に、 ぐうたら女子高生がもふもふ神獣たちと全国をめぐり神々と向き合う旅に出る 和風・現代ファンタジー×ツッコミ系コメディです。
初投稿ですが、最後まで執筆済みなので全力で届けます。
*毎日6時更新予定。
「……今日、地球終わんないかな」
そんな呪詛めいたひと言から、藤原ミコトの朝は始まった。
時刻、午前七時三十八分。
アラームは七時ちょうどに鳴ったが、止めたのは記憶の外。
起き上がったのは、もはや奇跡と呼ぶべきタイミングである。
「……はあ。朝の空気って、なんでこんなに敵意に満ちてるんだろ」
ぐうたらは、努力の対義語。
それが私――藤原ミコト、高校二年生の誇る唯一の信条だった。
***
洗面所で顔を洗いながら、鏡に映る自分にぼそりと呟く。
「この世は言葉で動くって誰かが言ってたけど……だったら“起きたくない”って言えばずっと寝てられないかな」
当然、言霊など発動しない。
いや、実際には“言霊の力”は確かにミコトに宿っているのだが――本人にその自覚は、ない。
今のところ、その力は『無意識に周囲を振り回す』形でしか発揮されていない。
たとえば昨日、購買で「あのメロンパン売り切れてろ」と言ったら本当に売り切れてた。
その程度である。
***
朝の吉祥寺駅は、世界の鼓動から半歩遅れているような、独特のざわつきがある。吐き出されるように改札を抜けていく人波の中、藤原ミコトはその流れに飲まれるでもなく、漂うでもなく、ただ無言で歩いていた。
低血圧のせいで、朝はいつも半透明の亡霊のよう。目元にかかる前髪を指でかきあげながら、制服の襟元を少し緩め、スマホをちらりと見る。
ミコトは吉祥寺の私立女子校に通う高校二年生。十七歳。省エネ系で現実主義者、ぐうたらでけだるげ。文化部の部長として何とか役目を果たし、この秋に後輩たちへと引き継いだばかりだ。
「ほんと……部活終わったのに、なんでこんなに疲れてるんだか」
解放感と空虚さの入り混じったこの感覚。将来への道が白紙になった途端、筆を持つ手をなくしてしまった画家のようだった。
進学、受験、将来の夢。どれも「まあ、なんとかなるでしょ」という変な自信で塗り潰していた。根拠のない楽観。けれど、心の奥底では、自分が何者にもなれないのではないかという声が、密やかに響いている。
校舎に着くと、すでに一時間目の授業は終わっていた。こっそりと滑り込み、教室に向かうところで後ろから声が聞こえた。
「また遅刻か、藤原」
声をかけてきたのは担任ではなく、生徒会長の綾瀬だった。常にトップの成績を維持する帰国子女で、内申点稼ぎを目的に生徒会長まで務める野心家。清廉潔白そうで計算高い。
「出席だけでも……お願いします」
「この顔で出席取ると、逆に怖がられるよ?」
「それでも、いないことにされるよりマシでしょう」
綾瀬は淡々と、しかしどこか心配そうに見つめてくる。こうして真面目に言ってくるところは変わらない。あの頃と同じで、ちょっとだけ嬉しい。
「わかったよ。幽霊なりにがんばる」
「よろしい。じゃあ、私は生徒会室へ。無駄な早歩きはしないように」
「はいはい、お母さま」
くすりと笑って綾瀬が去っていく。少しだけ背筋を伸ばして、ミコトも教室へと向かう。
廊下ですれ違った同級生が軽く手を振る。「藤原、また遅刻かー?」と軽口を叩かれ、「うん、定刻運行」と返して教室に滑り込む。
昼休み。中庭の校章の形をした噴水横でパンをかじっていると、元気な声が背後から響いた
「ミコト先輩! 今日も目が死んでますね!」
「ユカ、声がでかい……音量調整して……」
佐々木ユカ。文化部の後輩で、夏に校則違反のライフガードのバイトをしていたせいで、秋になってもまだ日焼けの残るショートカットの快活な子だ。何かと気にかけてくれる明るいかわいい後輩である。
「先輩が眠そうなのはいつものことですけど、今日ちょっと深刻じゃないです?」
「夜中にニュース見ちゃってさ。北の方で停電とか、変な噂とか。都市伝説的なやつ」
「えー、あれっすか? 空が裂けるとか、風が逆流するとか? SNSでバズってたやつ?」
「……信じてないけど、少し気になっただけ」
「現実主義のくせに、そういうの気にするの、ミコト先輩らしいですよ」
「否定はしない……けど信じてもない」
ミコトは最後のチャイムをぼんやりと聞き流し、机の中から適当にノートとペンを押し込んで、鞄を肩にかけた。教室の外は、ちょうど下校のピーク。廊下を埋め尽くす制服姿の波に、半ば押し流されるように足を進める。
ローファーの音が乾いた床にコツコツと響き、窓の外には茜色の空が広がっていた。秋の空は高くて遠い。けれど、その美しさに浸るほどの余裕はなかった。
階段を降りながら、思わずため息が漏れる。
「……帰るだけって、こんなにつまらなかったっけ」
一階の昇降口を抜けると、校門の前では他愛ない会話を交わす生徒たちの声がにぎやかに響いていた。
「……カフェ、寄ってこっかな」
小さくつぶやいてスマホを取り出す。ふと視線を上げたとき、前方から見慣れたショートカットの女子が駆け寄ってくる。
「ミコト先輩っ!」
再び佐々木ユカだった。
「今日はまっすぐ帰るのかと思ったのに、新宿ですか?」
「ちょっと歩きたいだけ。ほら、あのカフェ、新メニュー出てたって言ってたでしょ」
「例のチョコと塩のやつですね? あー、あそこ新宿南口のほうですね。じゃあ途中まで一緒に行きましょう」
中央線のホーム。雑踏の中で、ユカと並んで電車を待つ。
「先輩、あんまり考えすぎないでくださいね。いろいろあるとは思うけど、ちゃんと寝て、ちゃんと食べてれば、何とかなりますよ」
「ユカは……本当、変に頼もしいよ」
「伊達に先輩の背中を見てなかったですから!」
笑顔で手を振るユカと、新宿駅で別れる。
電車のドアが閉まり、人波に押されるようにミコトは階段を上る。
夕暮れの新宿、ざわめく構内の喧騒の中で、ふと心に引っかかるものがあった。
このまま何も起きずに今日が終わるなら、それはそれでいい
——でも。
なにかが変わり始めている、そんな気がしていた。