はじめてのおつかい
僕はお金持ちだ。
厳密に言えば僕のパパはお金持ちだ。
大きな会社をいくつも持っていて政治家ともコネクションがある。
パパが首を縦に振ればどんな人間もそれを覆すことはできない。
そんなパパの息子である僕もまた絶対的なお金持ちなのだ。
「うまい」
今日も執事の黒めがねをそばに使えさせながら優雅な朝ごはんを楽しんでいた。
今日の朝ごはんは、はちみつタップリのフレンチトーストとアイスクリーム。北海道の高級牧場から自家用ジェットで毎朝運ばせるこの味はこの世界で僕以外に味わうことのできない究極のお金持ちにだけ許された贅沢。
最高の朝食を優雅に終えたあとは身支度を整える。
黄金のたらいに組まれた阿蘇山の天然水。これは毎朝自家用新幹線で九州から運ばせている。
そんな天然のウルトラ最高級なお水をこの僕は洗顔に使う。これもまた超ハイパーウルトラミラクルお金持ちの僕にしか許されない極上の贅沢というものだろう。
「健太郎様」
洗顔を終え、世界一の歯科医に黄金の歯ブラシで歯を磨かせていると父の家の執事長である一下銀二がその顎に蓄えたツヤツヤの銀髭をたなびかせがら部屋に入ってきた。
「どうしたのだ。」
「金一様がお呼びでございます」
「何、父上がどのような御用だ」
「とても大事なお話があると」
「な、なに・・・」
この一言には世界一のハイパーウルトラメチャクチャスーパーお金持ちであるこの僕も驚かざるおえない。我が最上家の家長であるお父様はいつもこの時間は会社の重役会議でお忙しいはず・・・それを押してするお話とは一体・・・ゴクリと唾を飲み込む。
「お父様」
「おお健太郎来たか」
最上金一。僕のお父さんだ。腰まで伸びた長い白髪に白いまつ毛その下にある鋭い眼光が僕を緊張させる。胸にかかるほど伸びた髭は金メッキで固められていて微笑んだときに口の中に見えるダイアモンドの前歯も父様の存在感をさらに高めている。
「お父様大事なお話というのは」
「うむ・・・お前に最上家を継ぐものとしての試練を受けてもらう」
「し、試練」
「そう試練だ代々最上家の長男は10歳つまりお前の歳から毎年一つづつ試練を受けこの家を受け継ぐに相応しい器量を身につけていくということは知っているな」
「は、はい」
「その内容は・・・」
「内容は?」
「お前にお使いに行ってもらう」
「お使いに!」
「それも一人で!」
「一人で!・・・そんな父様これはあまりにも」
「すまない健太郎・・・私だって可愛い一人息子にこんな残酷で厳しい試練など与えたくない・・・だが分かってくれ必要なことなのだ」
「お父様!・・・お父様の気持ちはよく分かりました、安心してくださいこの最上健太郎、この家を受け継ぐに相応しい男になるためこの試練、乗り越えて見せましょう」
「健太郎・・・」
「お父様・・・」
しばらくの間僕とお父様は互いの瞳に涙を浮かべながら見つめ合った。それは男と男の覚悟の誓い、そこに言葉は必要ない最後にがっしりとお父様とハグをして僕は試練へと旅だった。
ワーー
黒塗りの高級リムジンの周りをたくさんの人間が取り囲んでいる。ここは東京ドーム100個分ほどの面積を誇る最上家本邸の外縁部、辺り一帯は最上家の分家や執事たちの住宅が建ち並んでいて、そこから僕の偉大な旅立ちを一目拝もうとたくさんの人間たちが繰り出してきていた。
そしてその人だかりの最前列でガードレールの役割を担う黒服の執事たちは僕を乗せた高級リムジンが近づくと脇に抱えたカゴいっぱいの花びらを舞く。
3000mほど続いていたその花道もついに途切れて僕は正門の前に降り立った。
そこにはお父様が立っていた。
「では、健太郎行って参ります」
「うむ、頑張れよ・・・・ちゃんと5時までに帰ってくるんだぞ」
ギーーーー
重たい門が電動モーターの力で開かれる。ここから先はいよいよ外界だ。僕はその小さな体には不釣り合いなほど大きな使命を背負ってその一歩を踏みしめたのだった。
邸宅を出た後200mほど歩いた僕はそこに立っていた黄色い看板の前でバスというものを待っていた。
見慣れない街の風景にドギマギしながら5分ほど待たされていると向こうの道路から一台の乗り物が走ってきて僕の目の前に止まった。
プシューと音をたてたかと思うと前方の扉が開かれた。
「このバス?は、近江桜まで行くかい?」
「ええ行きますとも」
「そうか、では失礼する」
僕の背丈に対して少し高過ぎる段差を超えてバスの踏み込みを乗り越えて、奥にある席に向かおうと運転手の横を通り過ぎるようとすると
「ちょっとお客さんお金払ってもらわなきゃ乗せられませんよ」
「お金・・・ああ忘れてた・・・これでいいか」
僕としたことがうっかりしていたバスに乗るときはお金が必要だったな・・・そう思って下げ鞄の中の革財布からカードを取り出して青色に光る板の上に乗せる。
「お客さん・・・そりゃあICカード用の決済機ですからクレジットカードは使えません」
「なに・・・そうなのか」
「小銭、持ってないんですか?240円」
「小銭・・・ああそうだ渡されたんだった」
銀二が確かバス賃用とか行ってコインを渡してきたな
革財布の中を見てみると数枚のコインが入っている。
「はい・・・じゃあこれ」
「・・・・は?」
「これでいいか?」
「だから240円って言ってるでしょあと140円ちゃんと出して」
革財布の中から銀色のコインを一枚取り出してクレジットカードをタッチしたところの隣にある穴に放り込んだがこれだけでは足りないらしい・
待てよ。僕はここである規則性に気づく、確か今入れたコインには100って字が書いてあったな・・・そうかこれがこのコインの価値を表しているのか。
これは大発見だなるほどそういことかなら140円はもう一枚さっきのコインとあと一つ40円コインで完成するんじゃないか・・・僕頭いい
早速革財布のコインをかき回して100円コインを一枚掴むとそれを放り込む・・・・あれ40がない。おかしい残ったコインをいくら見回してもそこに40という数は見つけられない。
あるのはせいぜい50ぐらいだろうかあとは1だったり5だったり10だったり到底足りない。仕方ない・・・少し余るが50円コインを入れよう・・・いや待てよ、はっ僕、やっぱり天才かも。
そうだ50円コインを一枚入れるのではなくて10円コインを4枚入れればちょうど240円コインが完成するじゃないか・・・
そう思って革財布の中から4枚銅色の10円と書かれたコインを取り出して放り込むとチャリンと一際大き音がなった。どうやら僕の考えは正しかったらしい。
「はい確かに240円。奥行っていいですよ」
「席に座るのにも金はいるか?」
「いえいえどうぞご自由にお座りいただいて結構です」
「そうか」
椅子代は必要ないのか・・・できればこのコインの発見をもっと使いたかったが仕方ない。
僕はバスの中をまっすぐ進み一段上がったところにある席の一番前に座った。
まだ目的地にすら着いていないにこの達成感、これが最上家の君主に与えられる試練というやつか。僕はその感動に打ち震えた。
「近江桜〜〜近江桜〜〜」
プシュー
バスの車掌のアナウンスと共にバスの扉が開けれると僕はまた僕には少し大きすぎる段差を今度は転ばないように注意しながら十数分ぶりの地面を踏み締めた。
プシュー
後ろでもう一度音が鳴ってからバスは出発しやがてその姿は街の曲がり角の向こう側に消えていった。
「やっと辿り着いたぞここが青山食料品店か・・・」
道路との境界線に植えられた緑色の植物の向こう側に広がる広大な灰色の地面には所々に白い線が引かれておりその線と線の間に挟まるように見たことのないこぢんまりとした車が何台か並んでいる。
そしてその奥にあるのが青山食料品店という看板のぶら下げられた犬小屋ほどの大きさの建物が見える。
あの青山食料品店こそが今回の試練の場。
ウィーンという音を立てて透明な板が障子のように奥に引き込まれると建物の中の冷たい冷気が全身を包み込んだ。
寒い・・・なんて過酷な環境なんだこんなところに何十分もいれば凍え死んでしまうんじゃないか。くっやはりこの試練、一筋縄では行かなそうだ。
「そこの人」
「はい、なんでしょうか」
時間はかけてられないすぐに目的の物を見つけ出さなければ、時間の短縮を図るために自分で探さず店のものに商品のありかを尋ねることにしたがそこで一つ重大なミスに気が付く・・・・・目的の商品とは何だ?確かなにかしら伝えられたはずだが思い出せない記憶にあるのは青山食料品店という場所の名前だけだ。
うーん確か、'あ'から始まる何かだった気がするいや’い’からだったけ・・・ああ忘れてしまった・・どうしよう・・・・・いや待てよ方法はあるか、よしもうこれしかない
「どのような御用で」
「この店のにあるもの全て買いたい」
「全て・・・ですか?」
「ああ全てだ。この店にあるもの全て」
「そういうのはちょっと・・・他のお客様のご迷惑にもなりますので」
「なぜだ?なぜ他の客が迷惑するのだ」
「だってほらここに来て欲しい物が売り切れてたら困るじゃないですか」
「うん、確かにな・・・よし分かったじゃあこの店ごと買おう!それなら他の客のことなど考えなくて済むだろ」
「ええとーーー、お金持ってるんですか?」
「うん持ってるこれ」
そう言って僕はカバンの中に入れた革財布の中から先ほどのカードを取り出してそれを店員に見せた。黒い塗装の上に金色の文字が浮き出ている。
「これは・・・クレジットカード?でもなんか黒い」
「それは超ウルトラハイパーお金持ちカードだ限度額はないから好きな額を引き出してくれ」
「あの坊や?こういうイタズラしちゃいけませんよ。お父さんかお母さん近くにいますか?」
「嘘ではない。そして父さんも母さんも一緒に来ていない今日はおつかいだから一人できた」
「いやいやだってどう考えたっておかしいですよこの店まるごと買うなんて嘘に決まってる」
「嘘ではないと言ってるだろう。そんなに信用できないなら試しにやってみろ、引き出すための機械はあるんだろ」
「だから・・・じゃあ分かりました試します、試しますからそれが終わったらちゃんと普通に買い物するかお家に帰ってくださいね」
「分かった約束する。でも本当だったらこの店は僕のものだからな」
「はいはい分かりましたよ」
そう言って店員はレジの方から機械を持ってきた。僕がいつも見るのとは違う見た目をしているがどうやらそれがこの店でカードからお金を引き出すための機械らしかった。
その先の方に開けられた薄い長方形の穴に僕の超ウルトラハイパーお金持ちカードを差し込んでから店員はその機械の表の方についた液晶パネルを僕に向けてきた。
「じゃあ行きますよ。二、一、十、百、千、万、十万、百万、千万、一億、十億。20億っとはいこれで決定ボタンを押して」
ピポパポピ
軽快な電子音が僕と店員さんの間、カードの差しこまれた機械から鳴り響いた
「あれあれ、おっかしぃなーーーー実際に使えたし、限度額超過してないし、決算完了しちゃったし。あれーー」
「ほら嘘じゃなかっただろ。じゃあ約束通り今からこの店は僕のものだから。今すぐ商品全種類袋に詰めてね・・・」
店員が困った顔をしてごねているが問題ないだろう。よしこれで買い物は完了だ。でも一つ問題がある。それはどうやって買った商品を家まで持ち帰るかだ。僕もまさか店ごと買うなんてことは想像していなかったのだで金の持ち合わせはあってもこの店の商品全てを運ぶことができる物は持ち合わせていない。さて家に帰るまでがおつかいだ。
仮に目的の商品を手に入れることができたとしてもそれを持って帰れなければ試練に失敗したということになってしまう。はてさてどうしたものか・・・・・あ!
そこで僕に幸運が訪れた。それは透明な引き戸の向こう側僕が乗ってきたバスのバス停の丁度裏に立っていた大きな建物の看板。安岡商用車という文字列だ。
「金一様。中に入られては?外は冷えますし、もう3時間もこの寒空の下で坊っちゃまをお待ちになってる。これ以上はお体に触りますから」
「何を言っている銀二、今健太郎もこの寒空の下で試練に立ち向かっているのだ、これ式のこと健太郎の苦労に比べれば・・・・・おい、あれは何だ」
「あれ・・・なっ」
冷え冷えとした空が冷気を吹き込んでくるどんよりとした昼下がりの空気によく溶け込んだ銀色のボディの大型トラックが灰色の道路の水平線に頭を覗かせた。邸宅内への物資の運び込みは裏の搬入口から行われるはずなのでそれが最上家のトラックでないことだけは瞬時に判断できた。
だがこの先は行き止まり。あのトラックの目的地がこの最上家邸宅の正門であることは間違いない。一体何なのだ、今日はお客様の来訪などはなかったはず、所有できる車両には制限が設けられているので邸宅の敷地内に住まう人間のものである可能性もない。
もしや何者かがテロルを起こそうとしているのではあるまいか。銀色のトラックのウイング開かれて中から武装した男たちが姿を現す。そんなよからぬ妄想が銀二を行動に駆り立てようとした時だった。
「お〜〜〜〜い、父さん〜〜〜」
「おお、健太郎だ。銀二、健太郎が帰ってきたぞ」
「おお、健太郎様・・・でもなんでトラックを」
「そんなことどうでも良いではないか、まずは無事に帰ってきてくれたことを祝おう」
ガチャリ
トラックの助手席から僕は勢いよく飛び降りて父さんの方へと駆け寄る。家に帰って来れたことに対する安心感よりもこの試練を達成したことによる大いなる喜びと自分の成長に対する自信を感じながら
「健太郎、よく無事に帰ってきてくれた。私はそれだけで感無量だ」
「父様、僕もまた再びこうして最上家の正門を望むことができて感無量です。」
僕と父さんは数秒、再会のハグを交わした。
「それで健太郎、目的の品を買うことはできたか」
「はい、おそらく買うことはできました」
「おそらく?おそらくとはどいうことをだ?」
「これを見てください、頼む」
「分かりましたーー」
僕がトラックの運転席に座っている店員に指示を飛ばすとその店員がハンドル脇にあるボタンをポチッと押した。するとキーーーと音を立ててトラックの荷台のウイング上がる。
そうすると中からたくさんの商品たちが道に転がり出した。
「健太郎これは」
「はい、父様、すいません僕はおつかいの目的を忘れてしまったのです」
「忘れた、忘れてしまったのか」
「そんな・・・・・」
「ですから。青山食料品店の品を全種類買い占めて参りました」
「全種類・・・・だと、どのようにして?」
「はい、店ごと買って店員の人たちに手伝ってもらいこの新品のトラックに積み込んでもらったのです」
「じゃあ、この中に青リンゴは入っているか」
父さんは慎重な口調で僕にそう問うた。
「青リンゴ、店員さん青リンゴはありますか?」
「青リンゴ・・・ああ、はいはいありますあります確か・・・ここら変に」
そう言って店員はトラックの荷台の方にかけより道に転がり出した商品の中からそれを拾い上げると身につけたエプロンで汚れを拭き取ってから僕に手渡してくれた。
「これが青リンゴ、初めて見るな。父さんこれでよろしいでしょうか」
「うん、確かにこれは立派な青リンゴだ。健太郎、試練合格おめでとう。」
「でも、なぜ青リンゴなんでしょうか?」
何か最上家に伝わる伝統というものがあるかもしれない、そういえば最上家の家紋が青リンゴみたいな形だった気がするし。そう思ったが理由はそんな大層なものではなかった。
「ああ、お前、昨日、食べたいと言っていただろう。買う品は何でも良いからせっかくならお前の食いたいものを買って来させようと思ってな」
「そういうことでしたか・・・」
「さあ、中に入って一緒に食べようじゃないか」
「はい」
僕とお父さんは笑顔で門を潜ってその先の邸宅に向かって行った。試練の達成に対する喜びと父さんの優しさの暖かさを僕は感じた。
「あの、この商品はどうすれば」
道にこぼれ出した大量の品物を前に困り顔の店員のことなどすっかり気にしないまま。