第6話 最悪なエンカウント(2回目)
「じゃ、渡したし私は戻るわ。今日から三日間夜勤だし仮眠とらないと」
「お疲れ様です」
アリシャさんが帰ろうと席を立ったので、俺もお暇しようと立ち上がる。
ちなみに魔法省の業務量はなかなかに鬼畜だ。
去年のインターンで散々学んだが、今年も行こうとしているのだから俺は結構な馬鹿かもしれない。この場合、社畜の才能があると言った方が正しいかもしれないが。
「ルーファス先輩!」
そんな中、空気を読まない声が響き渡った。
俺がゲッと顔を歪めれば、アリシャさんに肘で小突かれる。
「あの子?」
「まぁ」
「なかなか可愛いじゃない」
相変わらずこの人はノリが軽い。
フラットな人だとは思ってたけど感想が男子高校生だ。
俺は半目でヘラリと笑う。
「アリシャさんの方がお綺麗ですよ」
「いいね、お世辞じょーず。養ってあげようか?」
「既婚者でしょ、アナタ」
「冗談だよ、冗談」
アリシャさんは掴みどころがない笑顔をみせた。
この人の旦那が周りから「コイツと結婚するなんてイカれてる」と言われるのが分かる気がする。
笑顔だったヒーロインだが、アリシャさんの姿を見て明らかに表情が曇った。
顔にはっきりと「誰この女」と書いてある。
「こんにちは、ルーファス様!そして、あの、貴女先生じゃないですよね?どなたですか?」
その瞬間、カフェテリアにいる全員の息が止まった。
魔法省幹部に「どなたですか?」はヤバいよなぁ。
そこら辺はめちゃくちゃ緩いアリシャさんのお陰で助かったが、ほかの幹部だったら不敬罪で取り押さえられてたかもしれない。
ちらりとこちらに目配せしてくるアリシャさんに俺は肩を竦めた。
「私はアリシャ・クリエティ。この学校の関係者だから安心して。貴女、名前は?」
「シャーロット・ヒーロインです!」
元気に返すな、謝れ!
その場にいる全員の心の声が揃った瞬間だった。
そんな俺たちを他所にアリシャさんはヒーロインの肩に手を置いてにこりと笑う。
「そう、ヒーロインさんね。もっとお勉強頑張ってね」
「?はい!」
何も分かってない顔でヒーロインが返す。
皮肉だが、それも仕方ない。
魔法省はこの国を統括する機関。
そして、魔法省幹部は高い魔力と頭脳が必要とされ、2年に1度行われる試験を合格しなければならない。
エリート集団である魔法省の中の更にエリート。
平民でも貴族でも親しくなけりゃ敬語を使う、いや、使わなければならない。そんな存在だ。
平民は確かに、幹部の顔を知らない者もいるだろうが、この学園にいてそれはアウトだ。
人によっちゃ、胴体と頭がさよならだっただろう。
というか、そうでなくてもアリシャさんは侯爵家出身の旦那は公爵家次男だから貴族としても終わってるけどな!
どういう教育をされたらこうなるんだよ。
一応男爵令嬢なんだろ、お前。
アリシャさんはそんなヒーロインを気にも留めず、手元の時計を見ると出口に向かって歩き始めた。
「じゃあ、私は行くね。また今度ね、ルーファス」
「はい」
お辞儀をすれば、アリシャさんが俺の横を通り抜ける。
「あんな子に負けんじゃないよ」
そう横で呟くと、彼女はさっさと行ってしまった。