良い文章とはなんなのか
なんか、かなり前に書いたエッセーに悪口(あなたは文章力ないから〜〜〜みたいな感想。しかも匿名で)を書かれたので、ちょっと思ったことを書いてみることにしました。
※該当のコメントは削除済みなので、探しても見つかりませんよ。
お子様が読むには難しい文章になので、最初に内容を要約します。
・感想欄に書かれた馬鹿な感想は、無視して削除しましょう。
・「良い文章」なんてそもそも存在しない。
・小説を書いてみようよ!
では……
◇
そもそも『文章力』とは何だろうか。
文字通り、文章を書く能力のことだ。
もう少し言うと、それは「読みやすさ」とか、そういう話になるかもしれない。
あるいは人によっては「作品の面白さ」自体を「文章力」と表現するかもしれない。
いずれにせよ結局のところ、そんなのは読み手の感想でしかない。
もちろん、一般的な能力としての文章力……というか、作文力というのは存在する。
たとえば行頭に空白を入れるとか、「・・・」ではなく「……」を使うとか。
句読点が多すぎたり誤字脱字が多すぎたりすると、まあ読みにくいというか気になってしまうのはある。
でも、それ以上の文章力って何だ。
そんなのは、読者の、個人の感想でしかない。
だから「お前の作品は文章力がない」という感想はまったく気にする必要がない。
もう少しいうと、だからこういう馬鹿みたいな感想を書くのは、恥ずかしいと思ってほしい。
一部の読者様は、まるで自分自身が神であるかのように振る舞うこともあるが、それは違う。
読者とは作品世界を訪れる観光客のようなもので、言い換えると不純物であることを忘れてはいけない。
読者が感想欄で「お前の文章は伝わりにくい」と書き散らすのは、それは例えば地方へ旅行にでかけて「お前の方言は伝わりにくいんじゃ!」とクレームを言うようなもの。
あるいは海外へでかけて、英語を母国語としている人に対して「日本語でしゃべらんかい!」と文句を言うような。
そんな理不尽極まりない行為なのだ。
とはいえ読者様にそんなことを言ってもしょうがないので、対処できる方法は限られてくる。
一つは、上手く利用すること。
感想への返信機能を利用して、上手く丸め込むことで、むしろ優越感を得たり、あるいはこうしてエッセイの題材にするだとか。
最悪なのは、真に受けてしまうことだ。
ああした方が良い、こうした方が良いなどの無責任なアドバイスは、作品の方向性をゆがめてしまう。
お前には文才がない。などという戯言を信じて筆を止めてしまってはもったいない。
そんなことになっても誰も幸せにならないのに、そんなことを嬉々として実行する変態というのはどうしても存在する。
特にお子様とかはその傾向がある。やんちゃなコメントが来たら、小学生ぐらいが習ったばかりのローマ字入力で時間をかけて入力してると思えば良い。
もちろんそんな駄文を投稿している息子がいたら、説教してほしいが、それは赤の他人のすることではない。
無視して放置するというのも、あまり良い方法ではない。
というのも、どうしても人間は、他人の考えに影響を受けてしまうから。
ほとんどの読者と同じように私は感想を書くには至らないけれど、他人の感想を読むことは多い。
他の読者方も案外そうなんじゃないかと思う。
自分が「あ、これおもしろいな」と思って読んだ作品の感想欄に「くそ」とか「つまらん」とか書いてあったら、悲しい気持ちになる。
同時に「もしかしたら、面白くない作品なのかも」という錯覚も受けてしまう。
割れ窓効果という言葉がある。
不快な、馬鹿みたいな感想がすでに書かれている状態だと「こういう感想を書いても良い」と勘違いする毒者が沸いてくる。
肯定的な、賛美的な感想を書いてはいけない場所なのか。と一部の読者は敬遠してしまう。
百害あって、あまり利がない。
ともかくそんな感じで、作品の感想が他の読者に与える影響というのは、無視できないほどには大きい。
だからこそ、感想欄はちゃんと管理した方が良い。
具体的には、即座に面白い返しが出来ないのなら、他の読者の目に触れる前に即削除した方が良い。
不快な感想を削除することは、別に不正をやってるわけじゃない。
作者はすべての読者を満足させなければならない。などという狂ったルールがあるわけでもない。
あなたが書いた作品は、群がった感想まで含めて評価される。ということを忘れてはいけない。
◇
感想への対処方法はまあそれぐらいにして、ここで一度主題に戻ろうと思う。
良い文章とは何なのか。
それは文章の種類による。
ビジネス文書では、とにかく相手に、考えが正確に伝わることが求められる。
同時に、仕事を円滑に進めるための工夫が必要になる。
それは相手への気遣いだったり、型通りに文章を構築する能力だったり。
独創性を捨てて、とにかく「お世話になっております」から初めて「よろしくお願いします」で〆る。
でも本当に僕らが書きたいのはそんな工業的な文章じゃないはず。
とりあえずここでは、小説的な、娯楽的な文章の書き方という事で考えてみる。
こと、心を動かすのに必要なのは『文意を伝えること』ではない。
あらすじだけを機械的に伝えて、それで相手を笑わせ泣かすことが出来るだろうか?
それよりもむしろ『雰囲気を伝える』ことこそが必要になる。
どんなに優れたストーリーを、どれだけ正しい言葉で伝えても、それだけでは、ただそれだけのことだ。
世界には様々な人がいて、それぞれがそれなりに、波乱のある人生を歩んでいる。
歴史の教科書を開けば、偉人の功績を紐解くことは出来る。
君が描くプロットも、そんな良くある人生譚の一つでしかない。
起きた事件を、そのまま伝えるだけでは意味がない。
読者に「これは他人事ではない」と思わせ、共感させ、期待させる。
もちろん……そもそも伝わらないぐちゃぐちゃな文章では、意味がない。ということは前提として。
言葉の使い方が多少違ったとしても、それよりも相手に雰囲気を伝える方が百倍重要だ。
そのために、初めて記号ではなく言葉が必要になる。
だからなにが言いたいかというと……結論。良い文章とは、人それぞれってこと。
合わないこともあるし、共鳴することもある。
なにが流行るかは、人によって違うし、時代によっても変化する。
もし完璧な文章というものが存在するというのなら、それ以外の小説は存在しないことになる。
読みやすい文章、読みにくい文章というのは存在する。
だけどそれすらも、個人的な感想を多分に含む。
私は、歴史小説の類いが読みにくくて仕方ない。
登場人物の名前が普段使わない漢字ばかりで、しかも似たような奴らが何人も登場する。
ある程度歴史知識がないと読めないというのでは、社会科の授業が大嫌いだった私からするとそもそも理解できない。
だけどそんなのがよく売れているし、むしろ「それ以外はつまらない」という人もいるだろう。
万人に売れる作品なんてのは、そもそも無理なのだ。
他人に推奨された本や、○○大賞の受賞作が、必ずしも面白いとは限らない。
誰かや何かに文句を言うのをやめて、だったら自分で書けよって、私はそう思いますけどね。
◇
書きたくても書けないんだよ。
俺には才能がないから。
どうせ私が書いた作品なんて。
そう言う人が、悲しいことに世の中には多い。
そんな人達を見下しても仕方がないので、役に立たないと思うけどアイデアを披露しようと思う。
※ここから先は、すでに小説を書いてる人には馬の耳に真珠のピアスな内容です。
ちなみに「自分で試した」とか「自分が実践している」とかではない。
私はなんて言うか、そういうのに頼らなくても書けるから。
N=1どころか、N=0の手法を伝えているのだと、そのことを理解してほしいし、こちらとしては何の保証もしない。
まず始めに、何を書くのか、テーマを考える。
……ちなみに作者は、特にテーマとか考えずに書くこともあるけれど、世の中には「テーマがないと書けない」という人も多いだろうから。
まず「なろう系」というテーマは、書きやすくて良いと思う。
最近のなろう系は、何らかのきっかけで主人公が追放なりされて不遇な状況に陥って、そこから成り上がってざまあする。って事になるのだろうか。
ざまあ系の物語であれば『主人公の属性』と『堕落する原因』と『実は活躍できる理由』さえ決めればどうにでもなる。
異世界転生系の物語であれば『主人公の属性』と『転生する理由・状況』と『与えられる能力』を決めて、あとはシミュレーションすれば良い。
悪役令嬢系の物語であれば……いや、正直なところ私はこのテーマについて詳しくないから、語るのはやめておこう。
あるいは「いや、そんなのじゃなくて、もっとオリジナリティのある物語を書きたい」と?
……なるほど、書いたこともないくせに意識だけは高い。実に良いことだ。
だけどあえて言おう。人には、無から有を意図的に生み出せるような能力は存在しない。と。
考えに考えを重ねても、それは結局のところなにか既存のアイデアの上に乗っている。
もちろん、書いているうちに偶然新しい何かに突然変異することはある。
書きながらであれば、新しい道を探すことも出来るかもしれない。
一作品も書いたことのないあなたに話しても仕方のないことですけどね。
とはいえ、なろう系みたいなわかりやすいありきたりなテーマを選ぶのは気が引ける。という人は、別のテーマを探すしかない。
幸いなことに世の中には、様々な作品があふれかえっている。
それらを素因数分解して、似た作品で最大公約数を求める。それがテーマになる。
小説からテーマをパクるのが嫌なら、漫画から、ドラマから、映画から。
自分が好きな何かを選んで、それが「なんで面白いのか」を考える。
物語の主人公達がいる状況で、私だったらどうするか。
世界をそのまま流用すれば二次創作になるし、別世界として扱えば一次創作になる。
それだけのこと。
ね、簡単でしょう?
ちなみに……
最初に「文章に、良いも悪いもない」と書いたけど、それでも「読みやすい/読みにくい」はあります。
書き慣れた人の文章はそれだけである程度読みやすくなる傾向にあると思う。
でもそれは、書かないことにはどうしようもない。
最初から完璧な作品を書けるとは思わない方が良いし、そもそも完璧な作品など目指さない方が良い。
駄作と笑われようと、文章力がないと非難されようと、そんなのは気にしてはいけない。
今の私を笑ったことを、五年後、十年後に後悔させてやる。ぐらいの気持ちで。
『ならう』より『なろう』
という言葉がある。……いや、ないけど。
でもサイト名が『小説家になろう』なのだから、せっかくだから読むだけじゃなく、書き手として参加してみてはいかがでしょうか。
◇
なんて。どうせここまで書いても、なんだかんだ言い訳して書かないんでしょ。好きにしなよ、もう。
ご意見等あれば感想ください。
いいねとか評価とかは、おまかせします。ご自由にどうぞ。