Non-existent history
2030年 4月2日 カリフォルニア州 サクラメント
「ふんふーん♪」
「・・・そろそろ目的を話したらどうだ?」
女の子は鼻歌を歌いながら当たり前のようにトラックを運転している。そこにそろそろ痺れを切らしたサディアが女の子に質問を浴びせた。
「うん、このタイミングで質問するだろうなって思ってたよ、ちょうどいいからそこに入ろっか」
トラックはフードトラックのある広場の駐車場に入れた。
「ここは?」
「ただの昼食、そろそろお腹空いたでしょ?分かってるんだからね。あ、それより・・・」
女の子はトラックの裏に回ってトラックの荷台を開けた。
「むーっ!」
「むがーっ!」
そこには縛られていた男が2人、
「ダニエル!?サンディ!!貴様っ!!この2人に何をっ!!」
サディアは一気に銃を構えた。
「あーあー!ここで構えないの!まぁ、信じられないかもだけど、この2人は何とか救出出来たってとこ。ほら、今解くからさ。とりあえずそこでランチしながら話そ?」
「ぶはっ!一体何が・・・」
「サンディが知らねー事を俺が知るかよ、一体全体何がどうなってんだ?」
サンディともう1人、警官の格好をした黒人の男は2人とも現状は理解できてないようだ。
この男はダニエル ノースウッド。サンディとバディを組んでいる男だ。
「・・・サディア、今はとりあえずこの子の言う通りにしましょう。恐らく、私たちが今何をしてもこの子には敵わない・・・」
「物分かりがいいねぇ〜。あ、そこのテーブル座ってて、ここのサンドイッチが凄い美味しいんだぁ」
4人はとりあえずテーブルに座った。
「あ!おねーちゃーん!!スペシャルチキンサンド5つと!コーヒー4つ!私はオレンジジュースちょうだい!!100%のやつね!!」
「あらあら1人で偉いわねぇ〜」
女の子は愛想を振り撒きながら窓口で注文している。その間にテレサは本部と連絡を取った。
「兄さ・・・」
「サンディ、今は静かに・・・テレサ」
「やってる。モルガン、聞こえる?」
テレサはひっそりと本部にいる、先日ホログラムで連絡を取り合っていた男性。モルガン・J・スタンリーに通信を入れていた。
『やっと通じたか・・・何が起きた?それに今、そこはサクラメントなのか?』
「島の地下で襲撃に遭いました。数はかなりなもの、敵は最新装備で揃えていました。恐らく、あの子の言う事を信じるのであれば、前長官の組織していた団体の残党かと思われます」
『あの子?』
「例の2017年に写っていた少女、彼女に助けられました。信じられないかもしれませんが、あの子は2030年現在でもあの映像と全く変わらない様相で存在しています。敵では無いと本人は言っていますが・・・とりあえず今は彼女の言う通りに行動を共にしています」
『・・・何か情報を持っていると言った感じか・・・テレサ、子供は油断ならんからな。気をつけ』
「はいサンドイッチおまちどー!!」
そこへ急に女の子がテーブルにドンとボリューム満点のサンドイッチを置いた。
「・・・」
「あー、通信は切らなくて良いよぉ。モルガンおじちゃんとダイレクト通信してたんでしょ?何ならホログラムモードにしてくれる?」
「・・・PT、ホログラムモード」
机の上に白髪の男の立体像が映し出された。
「やほっ!モルガンおじちゃん初めましてだね!さてと、これでチームは揃えられたね。んじゃ、そろそろ自己紹介からしておこうかな?っと、その前に、私がこれから言う事は全部事実だからね。信用するかどうかは君たち次第だけど、私は嘘は言わない。言えないようにプログラムされてるからね。
・・・私は流動機械アンドロイド、2035年モデル、PTシリーズの最新型。PT-MX SAVIR。セイバーちゃんって呼んでね」
「・・・2035年だと?」
「サディア疑ってるね。けど、まさかとも思い始めてる。けどね、さっきも言ったけどこれは真実。私は2035年の未来からここに来た。理由はシンプル、君たちを守る。そして、未来を変えてもらう。
テレサとサディアにサンディとダニエルも、本来ならあそこであいつらに殺されてたんだよ?あの『捧げられし者たち』にね」
セイバーと名乗った少女は急に真面目な顔つきで語り始めた。
『捧げられし者たち・・・確か、前長官が組織していた秘密結社』
「そ、流動機械技術を独り占めして悪巧みしてた悪ーい奴らだよ。そして今もその悪巧みは続いてる。
ねぇ、そもそもあのバカが流動機械使って何しようとしてかって知ってる?」
「いえ、尋問の前に彼は自殺してしまったから・・・」
テレサは少し苦い顔で答えた。
「やっぱこの世界だと知らないんだね・・・」
そしてセイバーも少し落ち込んだ感じだ。けど、ケロッと元に戻った。
「あいつら、捧げられし者たちの狙いは端的に言うと不老不死。流動機械生命体計画って言ってね。私のこのアンドロイドの最終段階、人間の肉体全てを流動機械に作り替える計画。
んー、例えばだけど、私はこんなふうに愛想振り撒く子供みたいな性格してるよね?それは君たちとのコミュニケーションを円滑に進めるために予めプログラムされたものなの。屈強で筋肉モリモリな無愛想な奴が来ても君たちは余計に警戒するでしょ?
つまり、私自身はプログラムで行動してる機械に過ぎない。けど、流動機械生命体は違う。人間の精神、魂を完全にそっちに移し替える。命を持った機械になり、その存在になる事があいつらの最終計画」
「待て、色々ついていけないんだが、一つ、これだけ言わせてくれないか?機械に人間の魂を移す・・・そして、自殺。あの男はまさか、既に計画を実行しているのか?」
サディアが一つの考えに至った。セイバーはニコニコ笑顔で答える。
「せいかーい。もう計画は始まってるよ。いや、そもそも流動機械がこの世界に残った事があいつの計画の内だった。だから簡単に自殺出来たの。あいつはデータにして記憶をこの世界の何処かに残してるはずだよ」
「けど、あの男がそんな結果のわからない計画の為に命を断つなんて信じられない。根拠があったの?」
そしてテレサも一つ、考えをまとめた。
「テレサも鋭いね・・・2017年の映像は見たでしょ?あそこに私そっくりな奴がいた筈。あの子の名前はサクリファイス、私のベースモデル。
彼女は言うなれば、心を持ったスーパーコンピュータ。ある人が作った、人工知能を超えて心を持つに至った流動機械生命体の第一号。彼女の存在が魂を機械に移す事が可能である事の証明になったのね。けど、彼女は本来、この世界には存在しないの。彼女を作った人が彼女を破壊してるからね」
『ふむ・・・セイバーとやら、どうにも君の話は、上手く作られた作り話とも考えられなくも無い。しかし、我々に君が嘘をついているかどうか見極める手段が今はないのは事実だ。
だから私の質問に答えてくれたら君を信じよう。聞きたいことは一つ、あの映像の意味を教えろ』
モルガンはビシッとセイバーに言い放った。
「おじちゃん、結構調べがついてるみたいだね。どうやって私が未来から来たのかも、もしかしたら予測はついてる?」
『どうだろうな、しかしそれ以上何か余計な事を言うようであればそこに部隊を派遣し、君を破壊するように命じる』
モルガンは脅すように冷静に言葉を並べる。
「それは困るね。答え、あの映像の意味は世界線の崩壊の始まりを意味してる。パラレルワールドってやつね、君たちが今暮らしてるこの世界は無数のパラレルワールドの中でも一際特殊な世界線なの。
本来ね、流動機械なんて物はこの時代にはまだ到底発見されない未知の技術なの。ただ、それが発見される世界も存在してる。けどその世界は2030年1月で人類は終焉を迎える。オーバーテクノロジーを管理する方法を見つける前に機械が意志を持っちゃうからね。それのせいで人類は滅びる。
さてと、流動機械は本来遥か未来の産物、それをどうやってこの時代に見つけ出したのか・・・答えは分かるよね、未来を知る方法を得た人がいるの」
テレサは息を呑んだ。
「それがベンジャミン タイラー・・・彼は時間を超えて文章を送る時間転移システムを樹立する。それが2017年の出来事。その技術をあの長官の馬鹿が盗んだ。しかも、彼が作ったAIも一緒にね。
サクリファイスはその時間転移の技術を更に解析した。それが流動機械の発見に繋がるの。それを見つけた長官は流動機械生命体計画を立案する事となった。勿論、そのまま計画を実行しようとすれば人類滅亡エンド。
だからタイラーは足掻いた。色んな人と協力して、なんとかサクリファイスと長官を止めることに成功したんだ。
でも、タイラーと言う存在そのものがあるって事は、結局再び同じ事が繰り返される。それを直感したタイラーは自害して過去のデータを全て抹消した。存在そのものを無かったことにしたのね。その結果、一つの歴史が不自然に乱れたの。時間転移の技術を得ることなく、流動機械だけを手に入れた世界線、つまりここが誕生した。
テレサ、あの逮捕劇を君は経験してないの。君が経験したのはタイラーの協力者となってAIの暴走を止めた。ここにいるみんなそう、君たちはタイラーと一緒に行動してた仲間なんだ」
セイバーは4人をじっと見つめた。4人はそれぞれセイバーから目を逸らし、考え込んでいた。今ある記憶が本当なのか、タイラーと言う存在がここの全員の記憶に支障をきたしている。
「・・・セイバー、なら最後の質問。もし今言った事が事実だと仮定するなら、あなたはどうやってここに来たの?主は一体誰?」
テレサは少し困った顔でセイバーに尋ねる。
「どうだろ、私にもよくわかんないの。ただ言えるのは時間を超えて私は動いている。けど時間を超えて送れるのはメッセージのみ。だだ、それは言い換えると文字であれば何でも良い。プログラムも言ってしまえば文字の羅列。
私と言う存在は2035年モデルの体を、この2030年に再現させ、どこかの時代にいる私の主人が流動機械アンドロイドのプログラムを書いた。
2017年の映像には2進数の暗号が送られたでしょ?あれの意味は分かった?」
「あの日付の、あの島」
「半分正解だねテレサ。でもあそこにあった100、つまりは4が入ってたでしょ?アレの事を多分方角かなんかの意味だって思ったんじゃない?」
「あの4は地図の方角の意味ではないのか?」
サディアが反論した。
「残念だけど、実際はそうじゃない。4って数字はね、日本語で『し』って発音するの。日本語でしは『死』って意味にもなって、不吉な数字だなんて言われてるんだぁ。
あれの本来の意味はね、あの日、あの座標で死んだ事を意味してる。ベンジャミン タイラーが死んだ場所をアレは示してた。モルガンおじちゃん、あなたならもう分かるよね?私が何で1人だけタイラーとは関係ないあなたを呼んだのか・・・サクリファイス設計者の、あなたなら・・・」
「っ!?」
テレサとサディアは同時にモルガンに視線を向けた。
『・・・テレサ。この子の言う事は恐らく本当だ』
「モルガン、何か知ってるの?」
『テレサ、そもそもサクリファイスと言うのは君にもまだ教えていないCIAの中でもトップシークレットのスーパーコンピュータの名称だ。私はその開発に携わっていた、テロや犯罪を先読みし、未然に事件を防ぐ為に作られたAI搭載のスーパーコンピュータだ、まだ実用段階には至っていないがな。
しかしその子はサクリファイスを知っている。私が設計者の1人だと言うことも。更にベンジャミン タイラーと言う名前・・・存在しない存在、サクリファイスの開発に携わっていた筈の男の名だが、何処をどう探そうにもそんな人物は存在しない。
私はサクリファイスを使いその男を調べた。そして出された答えはこうだ。ここでは無い別の世界線の過去、そこに彼は存在したとな。
最初は疑ったよ。しかし2017年の映像の異常、そしてこの一連の出来事・・・だが今、確信に変わった。セイバーの言っている事は事実、彼女の主は恐らく、何処かの世界線にいるベンジャミン タイラーだ』
モルガンは一つの答えを導き出した。それに追随するようにセイバーも語る。
「けど、そのタイラーが何処にいるのかは知らなんだよね。しかも何処どころか、いつの時代のタイラーなのかも。けど、タイラーが私をこの時代、この世界に送った事は事実だよ。
敵はタイラーを見つけて時間転移技術を手に入れるつもりなの。それをやるって事は、世界線が再び元に戻る。タイラーが命を懸けて繋いだこの世界が無くなるって事。そして、世界は再び崩壊の一途を辿る・・・
それを阻止するためにタイラーはこの世界に私を送った。この世界を繋げ、それが私に課せられた使命なの」
「・・・セイバー。何となくだけど私、タイラーを思い出した気がする。けど、私の記憶だとタイラーってそんなタイムマシンみたいなのを作れるような凄い奴ってイメージが無い。でもね、好きな事には異常なまでに集中出来る奴だった」
テレサは目を瞑り記憶を整理する。
「私、信じる事にしたわ。タイラーは昔から世話の焼ける奴だったからね。今回もお節介焼く事にするから・・・サディア、あなたはどうする?」
「・・・俺に聞くなよな、お前は長官だ。お前の判断で指示を出せば良いだろ?聞くならサンディ、ダニエル。お前たちにだ」
サディアはサンドイッチを食べ終えて少し冷めたコーヒーを一気に飲んだ。
「あー、色々ついていけないんだが、要するに我が国の大切な国民がヤバいんだろ?それはもう警察の出番だろ。それに、俺にもタイラーには世話になった記憶がある。付き合うぜ」
先に答えたのはダニエルだった。彼は言っちゃ悪いが、そこまで考えるのは得意では無い。自身の正義にとことん忠実だ。
「俺も、ダニエルと一緒でちんぷんかんぷんだ。兄さんたちCIAはほんといつも何やってんだか。ま、付き合うよ。タイラーの名前は俺にも何か引っかかるしな。それに、こんな幼い女の子が助けを求めてるなら、警察として協力せざるを得ないだろ」
これで満場一致になった。
「みんなありがとね。さ、食べ終わった頃だし・・・そろそろ来るかな?」
「まぁ、撒けるとは思ってなかったよ・・・」
テレサは勘づいた、そして全員も気がついた。
「PT、通信オフ」
『キキキキキィィィィィーーーーーーッッ!!!!』
この広場に車のタイヤのドリフト音が鳴り響いた。