prologue
2030年代
世界は流動機械と呼ばれる新たな技術を確立する事になる。これにより世界は大きく進歩した。
流動機械は、例えるなら究極のコンピュータと言ったところだ。ネットワーク接続された流動機械デバイスは持ち主の用途に合わせてどんな形態にも即座に変形する。
この2020年代の者たちに分かりやすく伝えるのであれば、スマホもパソコンもテレビも、はたまたVRやARのゴーグルも、この流動機械デバイスが全てを担う。
これにより、人間の持ち歩く物はスマホからほんのキーホルダーサイズの流動機械デバイスへと置き換わった。各企業はどんなデザインの流動機械デバイスを作るのか試行錯誤している。
例を挙げるなら、あるA社はイヤホン型のデバイス、B社は眼鏡型。はたまたD社は常に肌身離さず持てるようにと、衣服一体型と言うのを作り出した。
また、このどんな形態にも変形出来ると言う能力は医療にも大きく貢献する事となった。2030年の年明けには、この技術を応用した義手の作成に成功。その義手の移植を受けた人物は腕が無かった事が嘘のように自由に動かして見せたのだ。
そして現在、それを使ったアンドロイドの作成を各国はこぞって着手し始めている。その技術を完全に成し得た国がこの新たな世界の基盤となるだろう。
なに?そんな、とんでもないものを一体誰が作ったのかって?
答えるとすればいる。この流動機械、開発した者の名はベンジャミン タイラーという男だ。
ただこの男、問題が一つだけある。この世界に存在しなかった事だ。
どの記録にも、どのデータベースにも流動機械技術を開発したとされるベンジャミン タイラーは存在しないのだ。
しかし彼は実在していた。世界の過去は知っている、この男が何故消えたのかを・・・
『From the future to the world』
テレサ マーキュリー著 2031年刊行 一部抜粋
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2030年 4月1日 アメリカ合衆国 アリゾナ州 グランドキャニオン国立公園
ここの何百メートルもある断崖絶壁の崖をサングラスをかけた女性が1人、そこを黙々と登っていた。
「PT、頂上まではあとどれくらい?」
女性はこの崖の上までの距離を彼女がネックレス型流動機械デバイス、形式名称『Partners Teacher mod-sv01』通称PTに質問した。
『頂上まではあと10メートルです。もう少しですよ、頑張って』
PTは少し機械的ながらも、彼女を応援するメッセージを送った。
「そ、あと少しね。んじゃ!!」
彼女はそう告げると岩場から飛び上がり、手を岩の隙間に引っ掛けて登り続けていく。そして、そうそう一般人では登れないような崖を彼女は登り切った。
その頂上、彼女がそこに到達した時、そこにはあるサングラスをかけた男が待っていた。
「よ、調子はどうだ?」
「ぼちぼちね、最近はオフィスワークばっかで体が鈍っちゃった。ここまで登るのに15分も遅くなってる」
「にしても、羽を伸ばじてバカンスにでも行けとは言ったが、グランドキャニオンでフリークライミングとはな」
「何よ悪い?それよりもサディア、あんたこそここに何の用?」
サディアと呼ばれた男はサングラスを外した。
「残念だが、休暇は終わりだとさ。急遽帰還命令が出たんだよテレサ」
そしてテレサと呼ばれた女性も、登る時に付けていたサングラスを外す。
「やれやれね、組織トップは私だってのに・・・」
「でもお前はあの高い椅子に座るより現場の方が好きだろ?」
「ま、そうね」
彼女の名はテレサ マーキュリー。そして、男の名はサディア マーキュリー、2人は夫婦関係にある。
そして2人の職業はCIAに属している。いや、テレサに関しては少し違う。彼女はその組織のトップ、なんと35歳にして長官と言う地位を獲得した。
その理由を辿ると、彼女は2017年に起きたCIA前長官の汚職事件の解決による功績が最も大きい。それ以外にも彼女は様々な面で数々の功績を挙げていた。
テレサとサディアは待機していたヘリに乗り込む。
「PT、ホログラムモード」
ヘリ内部にある机に様々な人物が立体映像で映し出された。これも流動機械デバイスの機能だ。
「さてと、緊急事態らしいけど、どうしたの?」
テレサがホログラムの映像に問いかけた。
『君は確か、一番流動機械について詳しかったね?』
答えたのは少し年配の男だ。
「詳しいと言うか、私が捕まえたCIA前長官が秘密裏に進めていたプロジェクトをたまたま私が入手しただけですよ?しかし、その技術は当時完全な未知物質。それについて問い詰めようにも前長官は自殺。
今でこそ技術の解明がされて各企業がこぞって力を入れてますけど、そもそも誰がこの物質を発見したのかなんてのも分かってないんですよね。だからお力添えは出来ませんよ?
と言うか、それが一体何なんです?」
テレサは流動機械デバイスは持ち合わせてはいるが、それはこの世界の大概の人が持っている物。別に特別な何かではない。
『いや実はだね、昨日の事だ。CIA管理の流動機械デバイスのサーバーに異常な熱反応が出ていてね。あ、流動機械デバイスはクラウドで全て管理されてるのは知ってるね?』
「詳しくないとは言いましたけど、馬鹿にしてるんですか?」
テレサはムッとした表情で返した。
補足しておくと流動機械デバイスに電源は無い、起動に必要なのはほんの微弱な電波で十分なのだ。
仕組みとしてはクラウド上に持ち主のデータを保存。その持ち主が起動を呼びかける事でクラウドからデータがデバイスに飛び、その電波で起動する。
『まぁまぁ、それよりその熱反応のについてだ。流動機械デバイスはほんの微弱な電力で事足りるこれまでの歴史を覆す途轍もない技術だ。そしてその大元のサーバーにもその技術は応用され、発熱量は従来の1000分の1以下だ。にも関わらずだ、昨日それがオーバーヒートしかける事態が発生した』
「何があったんです?」
『まぁ、簡単に言えばハッキングだ。しかし、それがどこから発せられたのか全く不明なのだよ。今現在も攻撃がどこから来たのか分からずじまいさ』
「CIAのサーバーは世界屈指のセキュリティ、それを易々と破った?」
『そう、しかしよくわからないのだよ。そこから何か情報が抜き取られた形跡は全く無い。代わりに一方的に暗号文を送りつけてきたんだ』
「暗号文?」
テレサが聞き返すと、ホログラムにその暗号文が映し出された。
『11111100001 1110101 100 100101 110001 100100』
「これは、2進数?暗号と呼ぶには・・・その、簡単過ぎやしないか?」
隣にいたサディアが呟いた。2進数は他の16進数や8進数に変換すれば大概何かしらの意図は掴めるものだ。
『そう、解き明かすのは簡単だった。コレを10進数に変換した。その結果、2017 117 4 37 49 36。これを示すもの、それはとある特定された座標だった。そしてここからが本題だ。
テレサ君、君ならば分かるだろう。何故急遽君に帰還命令を出したのか・・・』
「2017年、1月17日、そしてこれは北緯37度49分36秒。場所はカリフォルニア州、サンフランシスコ、アルカトラズ島。私がかつて、CIA長官の汚職を暴いた場所・・・何故今更」
テレサは顎に手を置いて考えた。
『それを考えてデータを漁ったよ。あの日の出来事をね、そして監視カメラ映像を見た。綺麗に君が長官を捕まえる様子が映っていたよ・・・見たまえ』
「・・・PT、再生して」
テレサのデバイスはスクリーンになり、映像を映し出した。そこには若かりし頃のテレサとサディアが拳銃をかつてのCIA長官に突きつけている。
「見返すとなんだか恥ずかしいな、特にこの頃は結婚してなかったしな」
「そもそも、あんたが上司だったものね・・・ん?ちょっと待って、巻き戻して」
テレサは映像の中に違和感を覚え、少し巻き戻した。
「PT。画面の右奥、そこ、拡大して鮮明にして」
テレサは何も映っていなさそうな暗がりを拡大し、それを明るくさせた。すると、
「これは、女の子?」
そこには金髪の少女らしき人物が写っていた。
『だから聞いたのだ。あの日、あの島にこんな子供はいたか?』
「いない・・・何コレ心霊写真?」
テレサとサディアは驚きを隠せなかった。
『我々は霊体なんてものは認めない組織だよ。しかし、この現象は心霊現象と言いたくなる。そもそも昔にもこの映像の解析をしたが、こんな人物はヒットしなかったからな。この現在になって急に現れた。
と言うか、この子の顔を解析してみたが、この世界にこんな人物は存在しない、顔立ちが整い過ぎてるのだよ。まるで、アニメーションの中から出てきたような・・・』
ホログラムの男も顎に手を置いた。
「アニメーションか・・・サディア、あんた親戚日本人だったよね?日本にアニメ好きの知り合いいる?」
テレサはとりあえず分からないので、軽く冗談でサディアに聞いてみた。
「タチバナじいさんは日本人だが、あの人別にアニメ好きではないぞ?と言うより、テレサこそハイスクール時代に確かいたとか言ってなかったか?そう言う分野に詳しい・・・えっと、なんて言うんだっけ?」
「オタク?」
「そうそれ、パソコンにやたら詳しい奴がいたとかってさ」
「うーん、確かにいたけど・・・名前思い出せないわね」
『そいつを当たってみるか?』
「冗談よ、話がズレたね。とりあえずこっちでも探ってみるわ。なんなら今からアルカトラズ向かう?何か見つかるかも」
『了解、到着次第もう一度連絡しよう』
机からホログラムが消えた。
「そう言う訳だから、パイロット。サンフランシスコに向かってちょうだい」
テレサとサディアはサンフランシスコへと向かった。