可愛い子だけ連れて行く
濃い茶色のポンチョを纏ったミドが駆け回っている。
刺繍の入った可愛らしい物で、生地はかなり薄めだ。
夏でも冬でも着れる様にという作者の配慮が見て取れる。
かなり上質な一着でどう考えても高価な筈だが、無一文のミドでも心配は無用。
友達割引という特権のお陰で、実質タダである。
「はふ~♪ ふふふっ~♪」
余程嬉しかったのか少年は鼻唄まで歌い出した。
クルクルと回り、時々飛び跳ね、何度も身を翻して。
完成したばかりのポンチョで此れ見よがしに舞い踊る。
齢十歳の少年に相応しい、輝く様な満面の笑みだった。
「あの、店員さん、この服を買いたくて…」
「ふふふ~ん♪ んふふ~♪」
声を掛けられても少年の軽やかステップは止まらない。
木造の小さな服屋の中を縫う様に、彼は踊り続けた。
自身が店員として働いているということも忘れて…。
客からの呼び止めにもバッチリ無視を決め込んで…。
……そんな少年の身体へと勢い良く巻き付く物があった。
「ふぐっ!? …んん”! ぅんん”~!!」
現れた真っ新な白布はミドの手足を縛り鼻口を塞ぐ。
その背後から顔を出したレナは開口一番謝罪を行った。
「うちの者がとんだ粗相を…。そちらお買い上げで?」
「あっ、はい。…だ、大丈夫ですか? その子…」
「あぁお気になさらず! 死なせはしないので!」
「う"ぅんん”ー!!!」
即座に接客スマイルを形作るレナに、荒ぶり暴れるミド。
若い女性のお客さんはミドの窒息死を心配していたが、
はっきりと『生殺し』を明言したレナを見て沈黙した。
自分が口出しすべき領分では無いと心の中で静かに悟ったのであろう。
「またのご来店をお待ちしてます!」
「んんんんんんんんんんんんんん。」
発音を真似して喉を鳴らすミドへと睨みが飛ばされる。
次ナメた接客をしてみろ……というレナの重たい威圧だ。
その眼力にミドが慄然したのを確認し、拘束が解かれる。
「で、早速クビレベルの接客を見せてくれた訳だけども。」
「へへ~、そんなに褒めないでおくれよ!」
「ちなみに私は怒り心頭だよ。」
「はい、大変申し訳ございませんでした。」
少年が調子に乗る兆候を見せた瞬間に少女が抑え付ける。
たった一日の仲だが既に上下関係が形成され始めていた。
「大体、店の手伝いをするって自分で言い出したよね?」
「だって流石に無償で服貰うのは申し訳無いじゃないか。」
「心意気は買いたいけどさ。」
「自分の姿見ちゃうとテンション上がっちゃって…。」
「…そ。気に入ってくれた? そのポンチョ。」
「もっちろん! 感謝しか無いよ!」
「まぁそれならいっか。」
レナの指摘した通り、服屋の手伝いはミド自身が名乗り出た役目だ。幾ら彼ら二人が友人関係だとは云え、幾らレナ本人がお金目的では無いと言い切ったとは云え。ここまで素晴らしい服を何の対価も支払わずに受け取るということは、ミドとしても気が引ける話だったらしい。故に、彼が提示した労働条件は数日間だけこの店でタダ働きをするということ。ミドの労働能力を鑑みるに、茶色ポンチョの代金としては明らかに釣り合っていない契約なのだが、双方が納得しているのならば特に言う事は無いか。
(我ながらチョロいな~…。)
それに、レナにしてみればミドはかなりの上客だ。
何せ、提供した服をこれでもかと喜んでくれるのだから。
彼は金が無くとも愛が在る。彼女にはそれで充分だった。
「にしても、随分とお客さんが少なくないかい?」
「ん、別に。いつもこんな感じだよ。」
「だって一枚一枚真心を込めた手作りの服だよ?
なのに破格の値段だし、もっと人気出そうだけどねぇ。」
ミドの言う通り、この店で取り扱っている衣服は全てがレナ一人の手によって作製されている。デザインを考案し、布と糸を能力で生み出し、それらを縫い合わせて完成形へ近付け、ワンポイントで刺繍などを加えたりもする。それでいて値段は子供のお小遣いでも手が届くレベルの超絶安価だ。通常ならば日夜大繁盛の名店として絶えずにお客さんがやって来そうな物だが、今朝早くから販売員をしているミドが確認した今日の客総数はたったの十前後である。
「立地の問題なのかなぁ?」
「まぁ辺境だけどね…誰かさんが空地と勘違いして植木を埋めるぐらいには。」
「んばぶふっ……だ、だれのことかなぁ、」
不意打ちの圧力を受けてミドが軽く咳き込む。
そんな少年の様子を白髪の少女は楽しそうに眺めていた。
「それにね、私はこれぐらいの客足で満足してるよ。」
「もっとお店を大きくしたいとは思わないのかい?」
「うん、あんまり目立ちたくも無いからさ。」
彼女の声の調子が下がったことを彼は耳聡く聞き付ける。
「目立つって誰に対してだい?」
「この国の王サマだよ。」
「えっ! 此処に"王"が居るのかい!?」
「そりゃ『ラチュリ王国』なんだからそうでしょ。」
「ほえぇ、知らなかったなぁ。是非会ってみたいねぇ。」
「うーん…止めた方が良いと思うよ。」
「それはまたどうして?」
多少の逡巡の後にレナは重々しく口を開いた。
「可愛い子を見付けては、王城に連れ込む変態だから…。」
その事実を聞いた瞬間、ミドの表情が凍り付く。
表面に浮かんでいるのは紛れも無い軽蔑であった。
「…もしかして、ロクでも無い王かい?」
「うん、少なくとも街での評判は最低を下回ってるね。
娘が攫われたとか、既婚者に対して告白したとか…。」
「あぁ安心したよ…ちゃんとダメなタイプの王だ。」
「この服屋が切っ掛けで目を付けられたく無くてさ。」
「確かにレナは『可愛い子』に入りそうだねぇ。」
「はいはい、お世辞でも嬉しいよ。」
「ん? ぼくは本気でそう思って――」
「―――レナ・ヴェスティは居るかッ!!」
ふと、扉を激しく叩く音と共に気力有る声が聞こえた。
何事かと眼を丸くしながらも、レナは店の外へ出て行く。
面白がる様な顔のミドも彼女に次いで店外へと向かい…
「………ありゃ、兵隊さんかぁ。」
レナを取り囲む数十の兵士達を視界に収めた様だ。
大勢の重圧を受けながらも白髪の少女は飄々としている。
自分は一度たりとも法に触れる行為をしてないと強い確信を持っているからだ。
だが、そんな彼女の余裕を崩したのは兵士の一言だった。
「トンタ王が貴女をお望みだ! 城まで同行を願う!!」
ピシりと、分かり易い嫌悪の念が表情に描き出される。
真顔で佇むレナへ向けて、軽く顔を綻ばせたミドが一言。
「ふふははっ、やけにタイムリーな展開だね!」
「何がおもろいんじゃ。」
「あ、ごめんなちゃい…。」
凄んだ威圧とふやけた謝罪、それが最後の会話だった。
出会って二日目の彼女らの距離は強制的に引き離される。
服屋の前には物思いに耽る少年ただ独りが残された――。
…同日、彼の企みは誰に悟られぬ事無く実行へ移される。