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リーフレックス  作者: かざぐるま
1/8

お庭へ勝手に木を植えよう

 


 例えば、鉄を生み出す能力。

 例えば、人を焼き焦がす能力。

 例えば、物を凍て付かせる能力。

 例えば、際限無く成長を続ける能力。

 例えば、全願望を叶える雲を扱う能力。


 子供が編み出した絵空事の様な、超自然的特殊能力。

 けれど、それらは有り触れた個性として認められている。


 この世界では、数多の王がそれぞれの国を治めている。

 この世界では、空を泳ぐ浮島の上で人々が暮らしている。

 この世界では、平和を好む警察が民を取り締まっている。

 この世界では、規則を守らぬ無法者の衆が跋扈している。


 小説家が描き出した様な、自由で素敵な三千世界。

 けれど、その世界に住む彼らにとってはそれが普通だ。


 人の死など在って当然。国家の転覆など日常茶飯事。

 平面状に創られた不思議な世間は、今日も正常に動く。

 様々な素質と事件と思惑を『日常』と丸めて働き続ける。

 実際に住まう人類達は、その異質さも受け入れていた。

 継ぎ接ぎで不安定な事象全てを、彼らも同じように『日常』と捉えていたから。



 そう、例えば他人の家の庭に無断で立ち入ることも。


 そう、少年がおもむろに懐から()()を取り出すことも。


 そう、勝手に土を掘り起こしてそこに苗を埋めることも…



「…何やってんのっ!!?」

「ふぶぇっ!?」


 あ、これは流石に受け入れられなかったらしい。



 ◇◇◇



「ん”~! ぅんん”~!!」


 猿轡を噛まされ身柄を拘束された少年が、跳ねている。

 陸へ上げられた生き魚の様に全身を使ってぴちぴちと。

 見た目は相当幼い彼の目元には大粒の涙が浮かんでいた。

 それはそうだ、不法侵入に庭荒らしという悪事の現行犯。

 牢獄行きになるか今すぐ命を奪われるか…彼の未来は既に二択へ絞られている。


「別に取って喰いはしないってば…。」


 今回は幸運にも情状酌量の余地が有った様だ。


 口に詰め込まれていたハンカチが取り除かれ、少年を縛っていた長い帯のような白布もグルグルと巻き取られる。そうして姿を現したのは、齢十歳ぐらいの未だ幼い男の子。緑色の髪の毛に柳色の瞳という何とも珍しい容姿の子供で、溢れ出そうになる涙を堪える為か微かに頭を上へと傾けている。


「で、犯行動機を聞かせてもらおうかな。」

「た、ただの出来心だったんだ…許しておくれよ…。」

「出来心で庭に植木を埋める人間が居てたまるかっ!」


 被害者である少女が覇気の有る声で言い訳を一蹴する。


「何が目的?」

「えーっと、環境保全…?」

「あらあらそれは崇高な理念をお持ちのことで。」

「分かってくれるかい!? そうなんだよ、ぼくは…、」

「いや納得してる訳ないじゃん、一回黙りなよ。」

「あ、ごめんなさい。」


 一瞬輝き掛けた少年の表情だが、すぐに封じられる。

 少女は何度か瞬きを繰り返しながら考え込んでいた。


「本当の目的は?」

「? 言ったじゃないか、環境の保護さ?」

「はいはい、そういうの良いから、早く…」


 ふと、少女が真剣な顔付きの少年を見つめる。


「……え、本気で言ってる?」

「ぼくは初めから終わりまで真剣だよ?」

「ちなみに今何歳かだけ教えてくれない?」

「確かねぇ、ついこの間ちょうど十歳になったところさ!」

「…同い年じゃんか。最悪だ。」

「え、最悪ってどういう意――」


 少年の追及をガン無視して少女は頭を抱えた。

 『こんな頭の可笑しい奴が同い年とかマジで嫌だわ。』

 口には出さないが、脳内の思考はこんな所だろう。


「とりあえず、人の店の庭に入り込むのは駄目じゃない?」

「良い土地があるって思っちゃったのさ、ごめんね。」

「…まぁ、実害は出て無いし良いんだけども。」

「それにしても、この立派なお店は君の物なのかい?」

「ん、まぁね。店主って意味ではそうかな。」


 彼が指すのは祖母が亡くなった後に少女が継いだお店だ。

 十歳の少女が店長など、常識的には有り得ない話だが…。

 別に誰かが定めた規則でも無いし、この世界の彼らにすれば珍しい事でも無い。


「へぇ凄いねぇ。それじゃお邪魔しまーす。」

「おいこら待ちなさい。何ナチュラルに入店してんの。」

「んぇ? 普通にお客さんとして歓迎してくれよ。」

「客は裏口から入んないしお邪魔しますも言わないよ。

 てか朝の七時なんだけど!まだ開店準備中なんだけど!」

「まぁまぁ、そう固いこと言わずにさぁ。」


 裏玄関に入り作業場を抜けた少年は、店内を見渡す。


 木を基調とした質素な内装だった。アクセントとしてか、所々に絵画や造花などの芸術品が飾られているが、そちらも量産型のお手頃な物ばかりである。壁面と装飾が醸し出す雰囲気だけを見れば極々一般的なご家庭という印象を抱くが、所狭しと並べられた衣服達が此処が立派な店屋であるという事実を声高に示していた。


「服屋か! いいねぇ、ぼくも服は好きだよ!」

「ふーん。ちょっと意外かもな、そんな服着てるのに。」

「…あぁ、この服も大分着てるからねぇ。気に入ってはいるんだけども。」

「よくもそこまでボロボロに出来る物だわ。」


 少年の小汚い衣装を眺めながら少女が呟く。

 確かに、彼の服は糸が解れて端々が千切れている。

 まるで鋭い何かが掠めた様な、酷い裂け跡も残っていた。

 ただ長いこと着古しただけで此処までなる物なのか…?


 まぁ人の庭へ苗木を植えようとするぐらいの自然好きだ。

 山か森でも駆け回ってボロボロにしてしまったのだろう。

 …そう独りで納得した少女は、少年に問い掛ける。


「…キミ用に、私が一着作ってあげよっか?」

「有り難い話だけど、今は持ち合わせが無くてねぇ…。」

「いいよタダで。お金目的じゃないからね。」

「うぇ? なら、なんでお店なんかをやってるんだい?」


 虚を突かれた様子の少年が少女に訊いた。


「私の夢は、服で人を幸せにすることだから。」

「そっかぁ…。…じゃあ、お言葉に甘えて!」

「キミは何色が似合うかな〜、茶色系が良さげか。」


 幾枚もの布を()()()()()()()少女が呟く。

 材料も製法も不明だが、少年は納得した様に笑った。

 なるほど、この能力ならば服屋に打って付けだろうと。


「あ、まだ名を教えて無かったね――」


 少年の頭では確信にも似た直感が働いていた。

 元々は偶然から始まった奇縁、すぐに別れる予定だった。

 けれど、この少女とはそれだけで終わらない気がする。

 だからこそお互いの名を交わすのに値すると考えたのだ。


「――ぼくの名前はミド。『ミド・フォリア』!」

「私は『レナ・ヴェスティ』。呼び方はレナで良いよ。」

「うん、レナ! これからもよろしくねっ!」


 ミドは太陽の様な笑みを浮かべながら右手を差し出した。

 レナはその手を握り返しながら、…彼のことを軽く睨む。


「てか採寸中はジッとしててって言ったよね。」

「あ、ごめんなさい…。」


 飼い主に叱られた犬の様に、途端にしょげてしまうミド。

 そんな同年代の少年を視ながら、レナはふっと笑った。



 彼ら二人が歩むのは、誰もが有り得ないと断言する旅路。



 絶世の怪盗が宝から手を引く程の。

 空飛ぶ豚が顔面蒼白で逃げ帰る程の。

 機械仕掛けのロボットが匙を投げる程の。

 喋って動く玩具達が思わず息を止める程の。

 毒林檎を食らった姫様が独りでに目覚める程の。

 現代に蘇った恐竜達が檻へ帰る為の身支度を始める程の。



 常識外の摩訶不思議な物語が、此処に始まった。



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