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聖女と少女の優雅な逃走旅

 数百年前、次々と国を滅ぼし世界を恐怖のどん底に陥れた魔王が居た。

 それに立ち向かうべく、原初の7章と呼ばれる魔術と聖剣に選ばれし勇者と4名の仲間達。それにホワイトドラゴンが協力し魔王を打ち倒した。

 その後、勇者はどこかに居なくなり、勇者を除いて唯一聖剣に触れることが出来る聖女が代々聖剣を受け継ぎ、守護していくことになった。


 そして現代。

 いつか現れる勇者のため、当代の聖女であるリサ・エアハートは魔王を倒した聖剣を壊すべくやってくる魔族の追っ手から逃げながら旅している。

 そんなある日、ゴブリンに襲われていた少女を見つける。

 名前すら分からない少女に色々と面倒ごとの気配を感じながらも、全て後回し。

 新たにその少女を加え、ドラゴンに乗りながら、のんびりと彼女らは旅を続する。

「グイベル! 警戒よろしく」


 周りに広がっている森の木々よりもさらに上空。

 白きドラゴンに跨る彼女はそう言って見つけた何かに向かって、頭から宙に身を投げ出す。

 普通に考えれば死んでしまうような高さだ。しかし彼女は、顔色一つ変えることなく、鉄のヘルムについたバイザーを下ろしながら息を吸う。


「『履くのはルヒエルの靴、コカビエルの枷を外し、我、風を踏みしめん。天の書、68章第3節《風踏み》』」


 その言葉と共に、革の手袋をした右手を突き出し、何かに触れる。

 手を支点に、落下の衝撃をずらし、前転するように身体を回転させるための力に変え、そのまま足を地面に向け、本来の体の向きで空を踏みしめる。

 風踏みの魔術により、一時的な足場を作り出しながら高度を落としていき、そのまま地面に降り立った。


 地に降り立ったその先には、耳や鼻が特徴的な緑色の小さい人型生物であるゴブリンが何かを囲むように存在していた。

 彼女が見つけた何かは、このゴブリン達が何かを囲っている様子だった。


「ひー、ふー、みー……。うん、13体か」


 誰かが救いを求めている直感。

 特殊な血筋もあり、外したこのないその直感が彼女をこの場に引き寄せた。


 彼女は背中の剣では無く、腰から1mほどの長さのメイスを構え、ヘルムの下から細く鋭い緑色の目で状況を確認する。

 ゴブリンの意識は全て突如現れた黒い革鎧と青いマントの彼女に向けられていた。

 その多くの敵意に晒された彼女にあったのは恐れでなく、笑みだった。


「やりやすくなった。これはラッキーね」


 彼女は駆け出すと共に、右手に持ったメイスを横なぎに振る。

 驚いた最初のゴブリンはそのまま動く事無く頭を潰された。

 そのまま勢いを殺すことなく、彼女は一回転し、今度は掬うように左からやってきたゴブリンに叩きつける。

 そのゴブリンはその棍棒と呼ぶのもお粗末な木の棒でガードしようとするも、棍棒ごと大きな遠心力が乗った鉄の塊によって右肩から上を吹き飛ばされた。

 そこからも一方的だった。

 13体も居たゴブリンたちは彼女に指一つ触れることすらなく、すべて急所を潰され全て物言わぬ骸と化した。


「さてと」


 彼女はゴブリン達が取り囲んでいた場所を見る。

 そこには簡素な白の貫頭衣を身に付けた白髪碧眼の少女が怯えるように蹲っていた。


「お嬢さん、安心しな。お姉さんがいる限り君には誰も手出しさせないから」


  ヘルムを取り、短い白髪を手で解しながら彼女は少女に優しく語り掛ける。


「お姉さんの名前はリサ・エアハート。なんと大昔に魔王を討伐した聖女の子孫なのだ。だから安心しなさい」


 手袋を外し、怯えた少女の無造作に伸びた長い髪を梳くように撫でる。

 絡まった髪が手にまとわりつき、少女の髪が長い間手入れされていないことを窺わせる。


「君の名前は?」


 ここは人里離れた森の中。

 魔物も多く存在し、リサのように訳アリでもなければ通る事すらない場所だろう。

 さらに言えば、周囲に馬車や両親や護衛らしき人影の死体すら見えない。

 少女は一人でここに来て、10歳前後に見えるこの年まで生きてきたのだろうか?

 いや、それなら数は多いが、強さとしてはそれほどでもないゴブリンに囲まれてじっと怯えてる事もなかっただろう。

 それに、僅かに感じる冥の魔術の力。

 彼女がゴブリンに囲まれても無事だったのは、ゴブリンより格上である魔族の使う魔術の残滓があったからか。

 つまりはリサと同じく訳あり。保護者の存在を聞いても無駄だろう。

 だからまずは、誰もが答えやすい筈の名前の質問をする。


「……無い」


「あっちゃー、そういうタイプかぁ」


 だが、予想以上に厄介な問題を抱えてそうな少女の答えに思わず頭を抱える。

 そんな様子を見て少女が不安そうにリサを見つめた。


「安心しな。大変そうでも一度引き受けた以上は投げ出さないからさ」


 リサは笑みを浮かべ、そう言い切った。

 まだ少し怯えてる少女を抱きしめ、言葉を続ける。


「ほら、足を怪我してる。お姉さんが直してあげるから見せてみな」


 彼女をそのまま抱き上げ、何も履いてない足を触る。

 柔らかく、ぷにぷにとした足は石や枝で傷つき汚れていた。


「『この手にはマルティエルの瓶。不純無き世界の涙を集めん。天の書、52章第1節《集水》』」


 リサの手から、雨のように数多の水滴が彼女の足を洗い流す。

 染みるのか、少女のリサを掴む手に力が入る。

 その事に少し困った顔をするも、動きは止めずに次の魔術を詠唱していく。


「『願うはラファエルの薬。目の前の悲しき涙を拭い、傷を塞がん。天の書、3章第1節《軽傷治癒》』」


 魔術の効果により、足の数多の小さな傷がふさがり始めた。

 その様子を見てか、少女は驚くような様子を見せる。


「へっへーん。凄いか? お姉さんが使うのは始まりの7章(セブンス・オリジン)とも呼ばれる強力な魔術。その中でも聖女の一族にのみ許された最上の癒しの魔術なのだ。先祖様が生きていくうえで混ざった血があるから他にも水と風の魔術も使えるんだぞ」


 リサがそう言って大きな胸を張ると、少女は胸の中で目を輝かせてリサを見た。

 初めて見た少女の明るい表情に、少しだけ顔を綻ばせる。


「君もお姉さんの一族と同じ白い髪だし、ご先祖様の名前をもじったこの名前を授けよう。君の名前はディア。魔王を討伐した聖女、アンディアス様の名前からディアと名付けよう」


 ディアと名付けられた少女は喜びの表情と共に、リサを強く抱きしめる。


「さて、そうと決まれば早くここから離れようか。良くないやつが来るかもしれないからね。グイベル!」


 上空で飛び回り、周囲を警戒させていた白きドラゴンを呼ぶ。

 グイベルと呼ばれるドラゴンは薄い皮膜の翼をはためかせ、大きな2つの足で堂々と地を踏みしめた。

 その姿と、少女の数倍はある体躯にディアは怯えるも、リサが頭を撫で、落ち着かせる。


「大丈夫。この子は勇者様を背中に乗せ、魔王を一緒に討伐したドラゴンの孫。私の一族と一緒にずっと生きてきたからディアの事を食べたりなんてしないよ」


 それを聞いてか、ディアはゆっくりとグイベルに向かって小さな手を伸ばす。

 グイベルはそれに対して、鼻先を手のひらに擦り付けるように動かし、甘えたようにゴロゴロと喉を鳴らした。


「驚いた。私たちと一緒に聖剣を守る役目もあるから警戒心は強いはずなんだけどね。こんなすぐに懐くなんてね」


 ディアは自慢げにそのまま自慢げに小さな胸を張る。


「凄い、凄い。さて、ディアとグイベルの顔合わせも済んだことだしこの場から逃げようか。悪い奴が来るかもしれないし、私自身も勇者様の聖剣を狙う悪い魔族達から逃げてるからね。あまり長く一ヵ所に留まってると怖ーい魔族に襲われちゃうからさ」


 聖剣と聞いてか、ディアは不思議そうな顔でリサの背中にさしてある剣に手を伸ばす。


「ダメダメ。聖剣は勇者様しか抜けないし、勇者様と聖女の一族しか触れないからね。下手したら怪我しちゃう。まぁ、直接じゃなければ触れるからまた後でね」


 聖剣に伸ばされた手を取り、ディアの恨みがましい視線を無視しながら、グイベルに付けられた鞍に跨る。

 グイベルのもう飛んでいいかと問うような視線に頷きながら、ヘルムを被り、バイザーを下す。


「さて、出発」


 ディアと共に右手を天に突き出す。

 行く当てもない、のんびりとした旅へと。


 ふと、ディアが何かに気づく。

 リサの振り上げた右腕に小さな木片が刺さってることに。


「あぁ、ゴブリンを倒した時に棍棒の破片が刺さっちゃったかな? まぁ、小さな傷だし大丈夫だよ」


 そのまま木片を引き抜くと、適当に捨てる。

 気づいてくれてありがとうの意味も込め、ディアの頭をなでる。

 だが、ディアはそれだけでは良しとしないように横に首を振り、目を瞑った。

 そして、小さく何かを唱え始める。

 その呪文は少女の傷を治すためにリサが唱えた呪文。


「『願うはラファエルの薬。目の前の悲しき涙を拭いたまえ。天の書、3章、第1節 《軽傷治癒》』」


 その傷はディアの足を直した時のように効力を発揮し、リサの小さな傷を塞いだ。


「これは、始まりの7章(セブンス・オリジン)の魔術!? それも私と同じ癒しの第3章。いったいどういう事……?」


 魔術は血に宿る。

 そして聖剣に触れることができる聖女の血族は厳しく管理されてきたのだ。

 だからこそ次期当主であるリサが、癒しの魔術を使えることを把握していない一族は居ないはずだ。

 ディアは驚くリサに対して不思議そうな顔をする。


「もしかして……。この剣を触れる?」


 一族の中でも特に血を濃く継承しているものと、勇者しか触れない剣。

 もし、この剣が触れるとしたら。


 ディアは手を伸ばし聖剣に触れた。

 触れることが出来てしまった。




 険しいリサの顔を見て不安そうにするディア。

 それに対して不安を打ち消すように笑顔で返した。


「ま、いっか。そのうち分かるでしょ」


 ディアとリサは微笑み合う。


 少女が何者かは分からない。

 しかし悪意は感じないし、放っておく気もない。

 考えても分からない以上は後回しだ。


「取り敢えず泉を探して体を綺麗にしましょうね」


 謎多き少女と相棒のドラゴンと共に、聖女の一族の次期当主は旅を再開する。

 聖剣を狙う魔族から逃れるため、何時達成できるかも分からない目的のため。

 そして新たにこの手にある少女の謎と共に。

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― 新着の感想 ―
[一言] 初っぱなの詠唱がいいですねえ。 こういった言葉が出てくると、魔法の世界感が格段に広がり、入り込みやすくなります。 魔術を見て驚く少女が、リサの真似だけでいきなり魔術を使えるようになるあたり、…
[良い点] わぁ! とても読みやすかったです。目にやさしい感じで読んでいきました。きっと漢字の開きが丁度いいのでしょうね。 ドラゴンにヘルムにメイスに魔術。詠唱も独特でとても印象的です。 まだ謎が多…
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