あん(☆)てん! ~安心・安全・テンセイ装置~
主人公は、行方不明になった彼女を永い間探し続け、見つけられないまま死亡した。
彼が転生先で出会ったのは、幼なじみを探したい王女と、義弟とはぐれた転生少女だった。
逢えないつらさを知る彼は、支援のため彼女らの旅に同行する。
これは再会の物語だ。
※ タイトルの(☆)は魔法陣のイメージです。
「イルバ・ショウナイよ。転生したところ早速だが、お前を追放する」
少女が書面を片手に、俺を指差し宣言した。
転生したと思ったら、いきなり追放とは。まだオレ何もやっちゃってませんが?
しかし、どうして彼女のセリフは棒読みなのだろう。
「お待ちなさい、王女アオイよ。その者を追放すると……。えー、あー、あなたも、追放されることに、なるのですよ」
ややとうのたった女性が口を開いたが、こちらは棒な上に、カミカミだ。
「おばあさま、構いません。このような者を召喚してしまったなど、国に対して申し訳ありません」
俺はつい反応する。
「悪かったね、このような者で。一体どこが悪いのか、教えてもらえませんか?」
アオイは俺を意志の強そうな目でにらんだまま、近辺の白衣の者に手を伸ばす。
そして書類を受け取り、少し悩んで答えた。
「えー、そうね。うーん……、よし。こほん。諸元表から見るに、あなたは既に四十三歳。スキルは消費系。伸び代も技術も期待できません」
彼女の説明は今思いついたものだろう。どうやら俺の追放は、転生前に決まっていたようだ。
それにしても、情報は足りていないのに、ツッコミどころは多すぎる。
「さっきより流ちょうだけど、そこは台本に書かれてないのかい」
少しでも状況を把握したいと思いながら、関係無い所に突っ込んでしまうのは性分だろうか。
「ぐ……。そんな事はどうでもいいでしょう。とにかくあなたは追放なのだから、黙って従いなさい!」
アオイは滑らかに返す。まあ俺からのツッコミなど、台本には書かれていないのだろう。
「えーー、あー。あなたも、追放になるのですよ?」
一方ばあさんの方は、茶番に戻そうとして来た。
「私は、追放になって、構いません!」
ダン、ダン、ダンっ! 台本を机に叩きつける音が響く。
「わかった、王女さんの主張は理解した。だがひとつ訂正させてくれ。俺の荘内は『ソウダイ』だ。『ショウナイ』じゃない」
ここは譲れない。“居る場所無い”みたいな呼び方はやめてほしい。
「あいわかった。イルバ・ソウダイよ。余はこの国で宰相を務めておるジョバーナ・リア・タンバじゃ。貴殿に拒否権は無い。追放の時期は一ヶ月後じゃ。それまでは城内の滞在許可と、本来の名誉侯爵の扱いを、余の名で約束しよう」
台本をあきらめたようで、ばあさんも流ちょうになった。素の方が堂に入って宰相らしい。
しばらく城内で過ごせるならば、その間に情報収集や身支度ができそうだ。
雑に会話して不敬を責められなかったのは、名誉侯爵とやらが関係しているのだろうか。
ここは大人しく従うのが最適解では? などと考えていると、部屋の扉が開いた。
「はたまた。これは一体どうしたことですかな? アオイ王女」
芝居がかった調子で、鼻につく感じのイケメンが歩いてくる。
「ら、ラサール様……」
「いかにも。して、来訪者を召喚する時は、我輩も参席できる契約であるのですから? このような抜け駆けが許されるなど、ありはしないものではありませんかな?」
王女たちの様子からして、これは素だ。この男は普段からこのような言い回しなのだろう。
王女が応対するのを避けるように、ジョバーナが割って入る。彼女らは、俺を置き去りにした。
「ラサール殿、これは突発的な事故であり、操作をしていないのに召喚されたのじゃ」
「はてさて? 予定なく勝手きままに召喚される事があるのですかな」
「うむ。いつ発生するのか、余らにも把握できておらんのじゃ」
「それはまたへんてこりんな召喚でありますな。それでかような妙ちきりんな来訪者が出てきたと言うことですな」
もはや俺は物扱いである。
もっとも会話に参加できるわけも無いので、このまま置き物のようにしていよう。
「ああ。じゃから、決して契約を破ったわけで無いことは、ご理解いただきたい」
「ふうむ、よろしい。では、ではでは。我輩の拝観はどうなりますのかな?」
「通常は召喚に必要なマナが貯まるまでに、ひと月程かかるところですが……」
「さてさてそれでは。我輩の滞在期間中に、収まらぬのではありませんかな?」
出番の無い俺は、アオイにひそひそと質問する。
「なあ、嬢ちゃんよお。あの御仁、お前ンとこの宰相様と対等に話しているけど、どこかのお偉いさんなのか?」
「嬢ちゃんって何よ。ラサール・デ・ゴザール卿は、隣国から転生装置の技術交流のためにおいでなさっているの!」
ささやくようにキツめの回答が返ってきた。
「なるほど」と返しながら、いまだ続いているジョバーナとラサールの会話に意識を戻す。
「確かめましょう。リトール、マナプールの残量はどれほどじゃ?」
ジョバーナは、小柄なメガネ女史に問いかける。
「そっ、それが……。フルです。マナは全く減っていません!」
「起こりうるのかね? そんなことが」
「おそらく、ドクターが用意していた予備プールのマナが使われたのかと」
ジョバーナはラサールに向き直す。
「どうやら、今からでも召喚は可能なようじゃ。幸い緊急招集で必要な技師もそろっておる」
「なるほど、なるほど。ではこれから儀式を拝見できるというわけでありますな!」
ラサールは満足そうだ。
アオイに向けたジョバーナの顔は、優しかった。
「いまなら王女アオイの処遇も決定となっておらん。お主がやるとよい」
俺が所在なさそうにきょろきょろとしていると、一人の技師から声をかけられる。
そしてラサールと一緒に、観覧席のような場所に案内された。
そこはボックス状になっており、眼下には先ほどまで俺が立っていた召喚陣が見える。
手前には演台に似た机があり、その前に立つアオイは緊張した面持ちだ。
少し離れた場所で複数の白衣の技師が、計器が並んだ制御パネルを操作している。
先ほどジョバーナとやり取りをしていた技師リトールが、手順書のような書類を持ち声を張る。
「これよりB級魔動法陣の発動シークエンスを開始する!」
制御パネル前の男が復唱した。
「B級魔動法陣、発動シークエンス開始!」
俺は技師たちのテキパキとした操作をながめながら考える。
「B級って事はAとかCもあるのかな」
いつの間にか隣に来ていたジョバーナが、解説をくれた。
「そうじゃな。条件は魔法陣に注ぎ込んだマナの量で選択できるが、B級はランダムで確定一人ということになる」
礼を返しながら、技師たちの呼称が気になり目を向ける。
「補助法陣、準備完了。マナエネルギー注入完了」
「補助法陣、スタート」
「法陣出力、百……二百……」
俺の中で何かがひっかかったのだ。
「魔動法陣・マナシリンダーへの閉鎖弁オープン。魔動法陣始動五分前」
「魔動法陣内圧力上昇、マナエネルギー充填九十%、……百%」
既視感のあるセリフが続く。
自分の記憶と、つい照らし合わせてしまう。
「魔動法陣内、マナエネルギー充填百二十%」
「フライホイール始動!」
「点火十秒前……、五、四、三、二、一」
「フライホイール接続、点火!」
宇宙戦艦の某なら、そろそろ発進するタイミングだ。
これを設計したヤツは、昭和の日本人ではなかろうか。
「安全装置解除。セイフティーロック・ゼロ、圧力、発動点へ上昇中」
「召喚陣、現界します!」
どうやら床に丸く描かれているのがサブ魔法陣で、マナエネルギーとやらを注入され、実体化して浮かび上がった正六面体が本体のようだ。
召喚陣は宙に浮き、対向する頂点を上下の軸として、ゆっくりと横回転をしながらじんわりと輝いている。
やがて六つある面のそれぞれに、異なる人の姿がぼんやりと浮かんだ。
ここでアオイが演台風パネルのスイッチを押す。
「召喚陣解放、何が出るかな!」
浮遊していた召喚陣は、糸が切れたように床の補助魔法陣の上へと落ち、徐々に回転の勢いも弱まっていく。
この場に居る全員が、祈るように復唱する。
「「「何が出るかな! 何が出るかな!」」」
俺は確信した。これを設計したヤツは日本人で間違いない。
やがて自転の終わった召喚陣は、床を転がり止まった。
出目の面から光が放出され、集まって人の形を成す。
光が収まった補助法陣の上には、ヘルメットにジーンズ、革ジャン姿の女の子が立っていた。
「諸元・確認!」
「氏名……チクサ・ワカミズ、十八歳、死因は交通事故、嗜好スキルはスマホ……なんだこれは? ランク不明です!」
演台風のパネルから補助法陣の前に移動したアオイが声をかける。
「あなたは、チクサ・ワカミズ殿で間違いないかしら」
転生された少女はしばらく不安そうに周囲を見渡していたが、毅然として声をあげた。
「チグサです。それとアサミズ……。それより、ライオは? ライオはどこ?」
交通事故ということは、“ライオ”はそれまで一緒に居た者だろう。
「召喚システムが一人を対象にしていたから、例え一緒に居たとしても併せて転生されないということか」
「少し違うのう。マナを使ってこちらの物質で肉体を再現し、魂を移しているからの。複数召喚するにはマナが足りんのじゃよ」
「それにしてもすごいシステムだ」
「うむ。何と言っても安心・安全の転生装置なのじゃからな!」
俺が見る限りトラブルしか発生していないが、黙っておこう。