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ケイヴトルーパーズ!! ~マルーイとハッカクの迷宮遡行大作戦~

 ――洞窟兵ケイヴトルーパー

 それは自由都市サン・ジューゴの地下洞窟迷宮に挑む、命知らず共の総称である。彼らは金のため、名誉のため、そして果て無き探求心のために、悪意と暴力で塗り込められた洞窟迷宮の最深部を目指す――。


 マルーイ・テッペは遺品漁りを生業とする、若き洞窟兵だ。

 ある日。彼女は悪辣な罠に引っ掛かり、洞窟迷宮のドン底に落ちてしまう。凶暴な怪物がひしめく地獄に放り込まれてしまったマルーイ。甘く見積もって、生還率はゼロ。

 しかし! 彼女には頼れる相棒がいた。身長5メートルの体躯、タマゴから手足が飛び出したような、どこか愛らしいデザイン。搭乗型機械化洞窟兵・ハッカクが一緒ならば、生還率をゼロから1%にすることだってできるはずだ。

 マルーイはやけくそだった。

 かくして、一人と一機の迷宮遡行が幕を開けた。苦難の連続を越えて、彼女たちは再びお天道様を拝めるのだろうか。

「ぅうわぁあぁーー!!」


『うるせぇーっ! 操縦席(みみもと)で騒ぐなーっ! 』


 仄暗い洞窟にドップラーの尾を引いた二つの絶叫は、がしょんがしょんというメカメカしい足音に掻き消された。続いてそれを追うように、ドドドと重い足音が複数。十か二十か、はたまた百か。悠長に数えている暇はない。とにかくたくさんだ。本当にもう、たくさんだ。


 先頭をひた走るのは、1頭身にデフォルメされた人型のシルエット。白びかりする金属質の、タマゴのような外殻から手足が飛び出した姿は、幼子の落書きをそのまま立体化したようだ。対比物がないのでわかりづらいが、その上背は5メートルをゆうに超す。

 メカニカルながらどこかチャーミングなマシーン。それが手足をバタバタさせて走るのは、古いカートゥーンのようで滑稽だ。


 対照的に、追手はみるもおぞましい怪物である。

 つま先から頭まで6メートルはある全身緑色の毛むくじゃらで、腹にぱっくりあいた大きな口からは赤々としたよだれをまき散らしている。頭のてっぺんに生えているピンクのびらびらは、触角だろうか。

 そういう気味の悪いのが、気味の悪い音で鳴き喚きながら、3本足のひづめをとどろかせて、わんさか。


「数! 数が多すぎる!」


『泣き言いうな! タコ殴りにされたくなかったら、口より先に手を動かすんだよ!』


「こなくそーーっ!!」


 マルーイは直感的に、操縦桿を左に引き倒した。機体が即座に、大きく左にスウェイする。


「んぎぎ……!」


 マルーイは年頃の少女にあるまじき唸り声を上げ、操縦桿にかじりついて急激な横Gに耐えた。ゾわりとした悪寒が少し遅れてやってきて、桃色の閃光がすぐ真横をじゅわっと突き抜けてゆく。


『あっづぁー!?』


「わぁっ、急にでっかい声出すな! 痛覚ないだろ!」


 バランスを犠牲にしてまで直撃を避けたというのに、光に照らされた装甲板の一部がじりじりと煙を上げている。統合制御インテリジェンスのハッカクが悲鳴じみた声を上げ、マルーイは自分を棚上げして非難の声を上げた。


『うるへー! かすり傷でも、主演算機に負荷がかかんだよ!!』


「被害は!」


『軽微! つっても、直撃したら俺の装甲じゃもたねぇぞ!』


「だったら当たらなきゃいいんだろ!」


『第2射!』


「んなろァ!」


 マルーイは復帰した機体のバランスを、今度は右にひっ倒す。彼女のやけくそ操縦をハッカクが翻訳して、機体が大きく沈んだ。熱線はまたも装甲を炙って彼方へ消える。


『もうちょっと余裕をもって回避できねぇーのか!?』


「できたらやってる!」


『居直んなバカ!!』


「口より手ぇ動かせって言ったの誰だっけか!?」


『やってんだろ!』


 実際、こんなやけっぱち操縦でたたらを踏むことすらないのは、ハッカクの手腕によるものだ。マルーイは称賛のあまり、相棒の仕事ぶりに舌を打つ。


「チッ……優秀だなあ!」


『こんの……!』


 ハッカクは買い言葉を飲み込んだ。下らない問答に割く余剰リソースはない。そうして生まれた沈黙が、二人の意識を逃避行に集中させた。


 どうしてこうなった、とマルーイは歯噛みする。

 事の起こりは数分前。彼女が下した判断に、端を発していた。




/// 数分前 / 洞窟迷宮3層 / 既知領域 ///




「隠し横穴……」


 厄介なモン見つけちゃったな、とマルーイは思った。


 マルーイ・テッペは、遺品漁りを生業とする若き洞窟兵である。

 普通の農村に生まれ、そのまま村に骨をうずめるのはごめんだと一念発起、迷宮都市に出てきたのは十四の頃。余節苦節を経て、今では名うての洞窟兵として界隈にも名を知られる十七歳の少女である。


 そんな運と実力を兼ね備えた彼女が、迷っていた。


『完全新規のルートだな。統合府のアーカイヴを洗ってみたが、どの地図情報にも載ってない』


「ジャンさんの記録にも?」


『ない』


「ないかー……」


 ハッカクのダメ押しに、マルーイは腕を組んで唸った。

 彼女は遺品漁りだ。洞窟迷宮で落命した同業者の遺品を漁り、よろづのことに使っている。仕事場は主に既知領域で、20層以深を征く探検家の連中ほど深く潜らないのが彼女の生存方針だった。

 なので普段ならば、隠し横穴を発見しても踏み入りはしない。既知外領域は格段に危険だからだ。だというのに彼女が判断に困っているのは、その隠し横穴がごく浅い階層に口を開けているからである。

 基本的に、洞窟迷宮に棲む怪物は迷宮深度を増すごとに強力になってゆく。裏を返せば、熟練の洞窟兵にとって浅い階層の怪物は敵ではない。

 しかし、この悪意に満ちた巨大構造物において、「基本的に」という言葉ほど信頼性の薄い言葉もない。

 彼女の目の前に口を開けている横穴は、全くの未知。危険のほどを推し量るのは、熟練の彼女をして難しいと言わざるを得ない。


「どうしたらいいと思う? ハッカクの意見を聞きたい」


『あのな。俺はナビゲーションじゃねぇんだぞ』


「でも、ジャンさんと繰り広げた探検の蓄積があるでしょ?」


『それは……まぁなぁ』


 前の主人(ジャン)を引き合いに出されると、ハッカクはことさら弱かった。マルーイの問いかけに少しだけ黙考する。短い沈黙が降りた。


『この程度の深度なら、怪物の百や二百が束になってきたところで充分やれる(・・・)だろうよ。それを踏まえて、既知外領域をマッピングできれば、その規模に応じて統合府から謝礼金が出る。なかなか馬鹿にできない額だぜ?』


「それ、大丈夫だから横穴に飛び込めってこと?」


『それを決めンのはおめーの役割だよ、マルーイ。決定権はお前にしかねぇ。ただ、これほど浅い階層だからな。これを逃せば次はねえだろうさ』


「ぐぬぬ……」


 マルーイは十分な時間をかけて大いに迷い、吟味した。


 その結果、彼女は機体を隠し横穴へと進ませたのだ。




/// 現在 / 既知外領域 ///




『まさか、早々に偽装竪穴を踏み抜くとは思わなかったよなぁ。ハハハ』


「やめてくれぇ……」


 ハッカクの皮肉に、マルーイはどんより語尾を萎れさせた。


 現在、彼女らは追撃を何とか撒いて、通路脇の小部屋に機体を停めて小休止を取っている。


「なんで気が付けなかったかなぁーー……」


 膝上に置いたラップトップのコンソールをはじきながら、マルーイはひときわ大きなため息をついた。なんとか人心地つけたといえ、考えるべきことは山積み。マルーイはすっかり頭を抱えていた。


『――ま、気休めになっちまうけどよ』


 そんな相棒を見かねてか、ため息混じりにハッカクが呟く。


『あの偽装竪穴、引っかかった今ならわかるが、足裏のエンブレムを認識した瞬間に床が抜けるようになってやがった。かなり悪辣で、初めて見るやつだ。気が付かなかったのも無理ねーよ』


「そうは言うけどさあ……」


 無論、マルーイとていっぱしの洞窟兵。無策で踏み込んではいない。小石を放って反響音を調べ、目視でつぶさに観察し、牽制にフレイムランチャーを打ち込み、ひと抱えはある岩塊を投げ込んで出方を見たりもした。

 取り得る万全を期して、起こり得る万難を排したつもりで踏み込んで、このざまではあるのだが。

 いかに罠が巧妙かつ悪辣であったとしても、心証的にはあまりに初歩的な失態だ。心のどこかに油断があったのは確かなので、どうにも自責の念が強い。


『水、食料、AED(ディスク)。どれもまだ余裕があるんだ。ここで折れちまうタマかよ、おめーがよ?』


「っ……」


『それにな。――俺がこうして無事だったこと、もう少し喜んでいいはずだぜ?』


 ハッカクは、きっとしたり顔でうそぶいた。

 事実、この状況で機械化洞窟兵を失っていれば、マルーイの生還率はゼロだっただろう。機械化洞窟兵の戦闘能力と生存性能は、生身とは比較にならない。それにこうして言葉が交わせて、奮起を促してくれる。


 ――ったく、なんて頼りになる相棒だ。


 そう、まだ目はある。竪穴がスロープ状になっていたことや、足元が地底湖だったのも不幸中の幸いだった。怪物の巣の中ではあったが、こうして今は逃げおおせている。まだ希望はある。


 マルーイの瞳に、ようやく灯が宿った。


「あんがと、ハッカク。とにかく統合府の探索基地を目指そう。洞窟磁石の反応は?」


『感度良好。現在位置は相変わらず既知外領域、洞窟濃度は50階層以深だ。……やれンだろ、俺たちならよ?』


 ニヤリと、ハッカクが不敵な笑みを浮かべた。もちろん彼に表情筋なんてものはないから、声音からの連想に過ぎないが――しかしきっと、そう間違ってはいまい。


 マルーイが小さく鼻を鳴らして笑う。もはややけくそだった。


「よォし、やったろうじゃんか クソッタレ! 謝礼金をもぎ取りに行くぞ!」


『おうさ!』


 マルーイとハッカク、ふたりの迷宮遡行が、ここから始まる。

 困難と、困難と、それから困難に彩られた旅路が、のちに「天秤崩しの再来」とあだ名される一大冒険譚となることを、マルーイはまだ知らない。

 未来の栄えある冒険譚、その序文(かきだし)によれば、続きはこうだ。



『ところで、いい知らせと悪い知らせがある。どっちから聞きたい?』


「いい知らせ」


『エネルギーの補給と自己修復が完了したぜ。いつでも動ける』


「……悪い知らせは?」


『さっきの連中に探知された。全速で反転して向かってきてやがる』


「……………」


『走って♡』


「こなくそォ――!!!」


 さあ、楽しい逃避行の再開だ。

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― 新着の感想 ―
[一言] まず、文章が好みです。句読点や文の長さがとても読みやすく、普段は読まないタイプのお話がサクサク読めていきました。 そしてカタカナの使い方が絶妙! マルーイとハッカクの軽妙な掛け合いの中で語ら…
[良い点] あはは! とても楽しい! 化け物との遭遇の時はハラハラと固唾を飲んで見守り、小休止しているときは相棒との会話にほっとしながら状況を把握したり。 主人公のお二人と一緒になって冒険している気分…
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