裏の少女はお年頃! 〜霧崎アリスは化粧水より血を浴びた事の多い人生に憤慨した〜
裏最強と名高い少女、霧崎アリスは化粧水より血を浴びた事の方が多い人生に憤慨した。
こんな血なまぐさい世界からとっととさよならしたい彼女は育ての親から許可をもぎ取り、かねてからの夢である日本の学園に通うことになりました。
やっと普通の世界で暮らせる──なんて考える彼女が通う事になった学園は、どうやら普通とは違う、異能者を集める学園だったようで……?
これは、生まれながらの無表情にして口下手、そして頭の中がすこしお花畑な少女アリスが、周りから盛大な勘違いをされて祭り上げられる。そんなお話である。
尚、アリス本人の目標は、まずはとりあえず友達100人作る事である。
夜のとばりを切り裂くように白い影──白銀の少女が舞う。
破裂音と同時にばら撒かれる鉛玉を踊るように避け、少女は破裂音の元へ飛ぶ。
迫り来る鉛玉をナイフで弾き飛ばし、少女はそのまま破裂音の主──サブマシンガンを構えた男と相対する。
「残り、アナタだけ?」
「……嘘、だろ……たった一人、たった一人、なんだぞ……!?」
先程まで共に笑いあっていた二十五人の部下達は、白い影が走ると同時に男の部下達が血飛沫をまき散らし、ものの数秒で二十五の肉塊に成り果てた。
鼻に突き刺さる血と肉の匂いにえづきそうになりながらも、男はこの地獄を生み出した白い影──否、白い少女を真っ向から見据える
美しい少女であった。ほどいたシルクのような美しい白髪に、雪のように白い肌。
けれど、全てを見透かしたような機械のような表情と──たった一人で、たった一本のナイフだけで、部下達を鏖殺し、その鮮血で赤く染った姿にどうしようもないほどの恐怖を覚える
化け物が……! 内心で吐き捨て、男は鼓舞するように吠える。
「ふ、ふざけるな! 俺は、俺は特別なんだ!! こんな所で終わる男じゃねぇ!!」
瞬間、男から炎が舞いあがる。
自らを特別と言わしめる男の“異能”
発火能力──超常の炎が舞い上がり、渦を描いて少女を焼き付くさんと放たれる。
──けれどその瞬間、少女の姿がまるで霧のように掻き消えた。
一体どこに──刹那、背後から振るわれた銀の一閃が男の首を切り裂き、血煙と共に男の命が流れ落ちる。
「──あなたはここで終わり。ちょっと、悪さしすぎ」
事切れる寸前、一つ思い出した。
裏の世界で最強と呼ばれている異能殺し、白銀の死神──アリス。
そうか、こいつが、このバケモノが──!! その理解と共に、男の命は全て流れ落ちた。
「……さて」
仕事を終え、少女──霧崎アリスは興味無さげに自らが生み出した死体の山を尻目にぽつりと言葉を零す。
「クソババア。見てないで出てきて」
「なんだ、気づいてたのかい」
アリスの言葉に、妙齢の女の声が木霊する。
クソババアと呼ばれた女──霧崎優心は娘とも呼べる少女の引き起こした惨憺たる光景に眉を顰める。
「しかしまぁ……派手にやったねぇ」
「別に、いつも通り。
……さて、クソババア。これでノルマはこなしたよ。
頼みを一つ聞いてもらう約束、覚えてるよね」
すっと、こちらを真っ直ぐ見据え、問いかけるアリスに優心は一つ息を吐き、答えた
「……日本の学園に通いたい、だったか」
一年前のあの日、アリスはそう言った。
無表情だが、それでも瞳の奥に何かを宿らせ、真っ直ぐにそう言ってきたアリスに、優心は一つだけ条件を出した。
これから一年、与えられた仕事を完全にこなせ。
結果としては、アリスは与えられた仕事を全てこなた。そして、今日が丁度あの日から一年。
優心は今までの事を思い返す。
今年で丁度、捨て子だったアリスを拾って十六年になる。
──機械のような子供だった。教え込んだ技術を吸収し、表情一つ変えずに淡々と仕事をこなすアリスに、保護者でありながら、アリスが何を考えているのかついぞわからなかった。
だからこそ、優心は問い返す。
「聞かせな。あんたは何のために学園に行きたいんだ?」
一つだけ、優心には確信めいた物があった。
だが、アリスは知らないはずだ。知らないはずだが……それしか、思い当たる理由がない。
アリスは少しだけ考える素振りを見せ、一年前と変わらない瞳で答える。
「……決まってる。あそこには……私の全てがあるから」
「……そうか。やっぱりアンタは……いや、いいさ。これ以上は野暮ってもんだ。
望み通り、叶えてやるよ。手続きはやってやる。アリス、後はアンタが思うままやればいいさ」
「そう、わかった。
……ありがとう。クソババア」
踵を返し、立ち去るアリスの背を見送り、優心は寂しげに、けれど驚いたように言葉を漏らす。
「ありがとうなんて言葉、言えたんだねぇ……がんばんな、アリス。アンタのルーツは────日本にある」
化粧水より血を浴びた事の方が多い人生は間違えている。
私、霧崎アリスは声を大にして言いたいのです。
私は赤ちゃんの時に親に捨てられ、橋の下で泣いていた所をクソババアこと霧崎優心とかいう名前とは裏腹に優しい心をドブに捨てて来たクソババアに拾われました。
──まず、そこが私の人生がとち狂った原因です。
クソババアは裏の世界では有名な殺し屋らしく、そんなクソババアに拾われてしまった私はまぁ、殺しの技術を叩き込まれ、ほぼほぼ虐待と言っても過言ではない幼少期を過ごすハメになってしまいました。
あのクソババアに拾われなければ、というか橋の下じゃなくて赤ちゃんポストに捨てられていれば、なんて何度も思ったけれど自分ではどうしようもないのでそこはとりあえず運命を呪って溜飲を下げました。
幸いな事? に私にはどうやら殺しの才能があったそうで、クソババアの手伝いをしてそれなりにいい生活を送っていたのですが……ある日の事、殺した相手がたまたま持っていた日本の漫画を読み、私は衝撃を受けました。
──キラキラしていました。殺しなんてない平和な日々に、学校に通って学ぶ子供達に、愛だの恋だの、甘ったるい事をしているキャラクター達に、どうしようもなく惹かれました。
生まれつき滅多に動かない表情筋も、その時ばかりはだらしなく緩んでいました。
血なまぐさい生活をしていた私は、平和な生活を送る彼らに心を奪われてしまいました。
……そして、読み終わった時に私は現実に戻りました。
────あれ? 私の人生このままだとマズイのでは?
まず、クソババアの元にいると平和な生活なんてものは送れませんし学校に通う事なんて夢のまた夢。
愛だの恋だのならできるのでは? と思いましたが、そもそもクソババアが今だに独身である事を考えればまともな恋愛なんて出来るはずがありません。
……つまりこのままクソババアの元に居ると、私の未来は第二のクソババア。平和とは無縁の血なまぐさい日々を送りながら寂しく死んでいくのです。
……嫌。それは本当嫌!!
このままではいけない。本当にいけない。
そう思い立った私はクソババアに学園に通いたいと直談判。
クソババアに出された仕事を完璧にこなす事を条件にその権利をもぎ取り、日本に来た私は──ルンルンと小躍りしたくなる気持ちを抑えながら、真新しい制服を身にまとい、これから通う事になる学園へ向かっていた。
これが……夢にまで見た制服! 動きやすい! 後、かわいい!
思ってた以上の着心地に本当に踊りたくなるけれど、あらかじめ漫画で日常生活をリサーチした賢い私はそんな事はしない。
後、お部屋であらかじめ踊ってきたのでもう踊る必要はないのである。天才かな?
まぁその過程で数百人ぐらいぶっ殺……ぶっころぽんしましたが、まぁ瑣末な事です。皆人攫いだのテロだのやらかす悪人でしたし、むしろ善行した様なものです。
ただ最後の最後はちょっとエキサイトし過ぎてしまった。あの時のクソババア、ちょっと顔が引いてたな……まぁでも仕事を持ってきたのはクソババアなので私は悪くありません。むしろきちんと始末した私、偉い。
「……それにしても」
とても今更な事だけど、これから通う学園はどんな所なんだろう。
腐っても保護者というべきか、口下手な私がどんな理由で学園に行きたい説明しようかなー。と思って、私の(望む)全てがあるから。なんて言ったら、なんだか全てをわかった感じのクソババアが手続きを全部やってくれたので、私はこの身一つで日本に来たのだ。
幸いな事に学園には寮があるらしく、サバイバルをしなくて済みそうなのは良い事です。
ありがとうクソババア。いつか気が向いたらママと呼んであげよう。
なんてことを考えながら歩いていると、目的地と思わしき建物の前にたどり着く。
「おぉ……」
漫画とかで小説とかでよくある、感嘆の声が漏れるとはこういう事なのだと、自分の身をもって理解する。
見上げる程に巨大な白い建物だった。
私の貧相な語彙ではそうとしか言い表せないぐらいに巨大で、そしてなんとも言えない美しい感じ。
きっと毎日壁掃除とかしてるのかな? なんだか後光が差してるように思える。
こんな所に入っていいのだろうか、なんて二の足を踏みそうになるけれど──私は今日からこの『御伽学園』の生徒なのだ。
ここで、私は改めて自分の目的を思い返す。
私が望む物、それは普通の人みたいに友達を作って、クラスメイトの皆と思い出を作って、人とか殺さない所でバイトをして、お化粧をして──恋とか、してみたい。
そんな、ごくありふれた日々を送るのが私の目的です。
「……よし」
漫画でよく見る掛け声をあげて気合い入れ直し、私は夢と希望が溢れそうな学園に足を踏み入れたのでした。
まず、最初に果たす目標は……友達100人、できるかな!