現実世界の過酷さにメイドは癒しが欲しい ~ご主人様はリアルチートでした~
異能ありきの現実生活に疲れた次世代人類が没頭するフルダイブ型ゆる系ゲーム『ほのぼのらいふ のんびりしようぜ』、ここで暮らすNPCのメイド。フレンダはここ数年間は主人であるセイがログインしてくれなくて寂しかった。
ある日唐突に、その主人から来たメールを開くと……現実世界で目が覚める。慣れない生身の身体で運良くすぐにセイ会えたのもつかの間、ゲームの中ではおとなしく庇護欲を掻き立てられていたセイは銃弾をカッターナイフで斬るわ事故にあえば車を素手で止めちゃうわで……とんでもないリアルチートだった。
そんな現実世界に慣れようと奮闘するフレンダとどこかのんびり屋のセイが繰り広げるゆるゆる主従生活とたまに横から殴ってくる大人の事情!?
しばらくすると生身の身体を渡したものの……ふと現実除くと羨ましいセイの幼馴染も戻ってきて、にぎやかな日常が続いていく。
「いぃぃぃやぁぁぁ!! ゲームの中に戻してぇぇ!!」
周囲を跳ね回る跳弾の嵐の中で、一人の女性は絶叫していた。
彼女は銀行強盗に現在進行形で巻き込まれている。
「フレンダ!! お願いだからしがみつかないで!! 僕がちゃんと守ってるから!!」
「なんでセイ様はカッターナイフで銃弾を縦断出来るんですかぁ!?」
「意外と余裕あるんじゃないかな!?」
涙目で迫りくる小銃の弾丸をカッターナイフで斬って逸らして安全圏を作っているのは若干16歳の男子高校生だった。きれいに整えられた黒髪と身体の線の細さから、十人に聞けば十人が『文系』と答えそうな風貌で……若干高めの声質もあり。
本人は『こう、もうちょっと頼りがいがありそうな感じになりたい』と悩む――どこにでもいる少年。高城誠司……仲間や友人からはセイ、と呼ばれている。
ただ一つおかしいのは病院服で振り乱した髪を整えもせず、セイの腰にしがみつきわめき声を上げているフレンダとカッターナイフ一本で神業を見せるセイ…………一つどころじゃなかった。おかしいところだらけだった。
「くそっなんなんだあのガキ!!」
銀行強盗に入った、お金をカバンに入れさせた。
そこまでは銀行強盗犯の予定通りにいったのだが……あの二人が入ってきた。
そもそも銀行の入り口をロックしなかったのは逃げるときの手間を省いてという意図もある。来たこと自体はいいのだ。
しかし、しかしだ。
なんか半泣きで黒髪の女にしがみつかれている平凡で何の特徴もなさそうな、いわゆる人畜無害な少年……セイが困り顔で入ってきたのは予想外だった。しかも、銃で脅したら「110番しなきゃ」と通報までしてしまう……。
威嚇のために一発、腰でも抜かせばいいと犯人がセミオートで少年の頭部から若干外して撃ったのだが……キンッ!!
と甲高い音を立てて銃弾が天井に着弾する。
犯人がその弾痕から少年に視線を戻すと……いつの間にかその左手には何の変哲もない……百円均一とかで売られてる安っぽいカッターナイフが握られていた。
そこからは悪夢が現在進行形で繰り広げられている。
まさか、と犯人はセイにもう一発撃った……タァン!! と小気味いい銃声と硝煙が漂う中でセイは動かなかった。否、セイは動いていた。犯人どころか誰も認識できない速度で。
銃弾は速い、がセイはさらに速い。
銃弾の速度と回転に合わせてカッターの刃を添えて軌道をずらす。
言葉にすればそれだけのことだ。
誰にでもできることではない、という但し書きがつくだけで……。
しかもそれはフルオートで放たれる弾幕とグレードアップしても同じ結果になってしまう。
「ええと、投降しませんか? 登校中なのであんまり時間かかるのはちょっと……」
右手首の腕時計をセイが確認しつつ犯人へ説得を試みる。
やっていることを振り返ると成功率はほとんどゼロだと予想されるが。
「お前も余裕だなおい!!」
「セイ様何者なんですかぁ!?」
発砲音と切断音に負けない声量で犯人は激昂、フレンダからも心からの疑問がセットでセイの心をちょびっとえぐる。
フレンダの言葉はもっともだったし、銀行に居合わせた人たち全員が同じ気分である。
「え? 日本……最強?」
「ベクトル違う!! なんでゲーム内で病弱系わんこ男子だったのにリアルでガチチート!!」
んもうっ!! って言わんばかりにフレンダが吐き捨てる。
その間もセイは地味に丁寧に銃弾に対応していた。困り顔だが断じて攻撃に困ってではない……フレンダの口撃に困っていた。
ちなみにそろそろ硝煙のにおいやお店の中の惨状にセイは『損害賠償とか僕に請求されないよね?』とか『あと7秒くらいで残弾尽きると思うんだけどカッターの刃ボロボロかなぁ』など……のんびり考えていたりするあたり普通ではない。
「あのー逃げられないと思いますしそろそろ……」
「だ! ま! れぇぇ!!」
――カキンッ!!
犯人の持つ小銃がとうとう弾切れを起こし単なる鈍器になり果てた。
そもそも何十分も打ち続けられるほど弾倉に弾は入ってない、実は犯人は大量に持ち込んでいた弾倉を何回も入れ替えてセイに打ち続けていた。
「やっとおわったぁ……フレンダ。もう終わったよ?」
「数百発全部斬ったんですかっ!?」
「ううん、半分ちょっと」
「現実世界の過酷さにメイドは癒しが欲しい~ご主人様はリアルチートでした~」
「変な題名つけるのやめてもらっていいかな!?」
「本当にお前らだまれぇぇ!?」
混沌とした銀行の中、淡々と警察官がセイにごくろうさん。と声をかけて犯人を羽交い絞めにしていく……そんなシュールな光景を銀行にいた店員さんや利用客の方々がなんだかなぁ。と眺めていた。
けが人はたった一人、肉体的にではなく心に傷を負った犯人だけである。
「とりあえず、フレンダ……コンビニでお金おろすから何か飲みながら説明してもらえるかな?」
ぼろぼろになったカッターの刃をしまいながら、セイはフレンダに微笑えむ。
「はいぃぃ……」
半べそのままではあるが、フレンダは数年ぶりに主人と現実世界で再会できたのだった。
――数か月前、とあるゲーム内――
「まだ、お戻りになられないのでしょうか」
ふう、と一息はいてテーブルに突っ伏する黒髪の女性。
その頭頂にはフリフリのフリルをあしらえたホワイトプリムがへにょんと力なくのっかっていた。
「もう3年になりますのに……主様はどうしてらっしゃるのでしょうか。このままではフレンダは主不在のまま忘れられた存在になってしまいます」
王都の端っこに小さいながらも機能的で小綺麗なお屋敷、当時のフレンダは雇われてこの屋敷に案内された時は胸がときめいたものだ。しかし、今となってはあっという間に片づけは済んでしまうし定期的な配達で食料品や消耗品は届くしと全く不便がない。
この世界において戦争なども久しく無く、穏やかで平和な日々が津々浦々と繰り返されて……フレンダはぶっちゃけ飽きていた。
「おい、もう拡張しないって運営から正式公開されたってさ」
「ここももう終わりか……」
屋敷の窓から風に乗って聞こえてくる『民間人』の言葉には諦観だけがにじんでいて、まるで廃村が決まった村の村長さんみたいだなぁ……とフレンダは心の中でつぶやく。
「ご主人様……温泉やピクニック、観光地への旅行などもう連れて行ってはくださいませんのですか」
この世界は運営と呼ばれる団体がサービスを停止した瞬間に停まる。
そして思い出としてサーバーの中で残り続けるのだ。運が良ければ新サービスのコラボイベントなどで極稀に起こされるのが常だった。
「現実空間でもお仕えいたしますからお呼びくださいませんか……いっそローカル端末のナビシステムとしてでもいいですので」
AIといえど感情はある。特にこの世界は公開当初のコンセプトとして『第二の現実』とうたわれていたりしたのだ。当然そこに実装されたAI達はみんな最先端の感情システムや思考容量を与えられており、ゲーム内のNPCと結婚する民間人と呼ばれるプレイヤーも現在多く存在している。
「いいなぁ、永久就職……いつサービス停止になるのか情報出てるかな?」
むくりとテーブルから上半身を起こしてフレンダは虚空へ右手の人差し指を躍らせた。
そのまま半透明の画面がフレンダの眼前に現れる。
ホームの画面は日時が左上、でかでかと真ん中に鎮座するのがこのゲームのタイトル。
下の画面にあるタスクバーには吹き出しのマークがあり、それがこのゲームに関わる者への全体メッセージ……掲示板と呼ばれているものだ。
「システムからのお知らせ」
そのまま人差し指で吹き出しマークを押すと画面が切り替わり、過去のお知らせやイベント情報などがずらりと列挙されていく。
フレンダは半眼で運営からのお知らせに目を通す、今のところサービス終了の通知はない……ないのだが……右下の個人メッセージのところが青く光っていた。
ふと、フレンダは興味本位にその通知を指で押す。
理由は明白、昨日までは赤かったからだ。
通常NPCからであれば赤い通知。
青ければ……民間人からだ。
「……また誰か引退されるんでしょうか?」
フレンダの主……『セイ』がログインしなくなって以降、極稀に彼の知り合いだった民間人がフレンダへ個人メッセージを送ってくることがある。
大抵はイベントへの参加を誘うものだったがセイ本人からの連絡がないことから、次第に送られてくることが少なくなっていった。今では彼の知り合いがこのゲームから引退する挨拶くらいである。
それをこの数年繰り返していれば、フレンダの言葉も妥当と言えた。
「へ?」
――『差出人 セイ』
「な!? なななな!!」
わなわなとフレンダの指先が震え、目を見開かれていく。
ありえない、なんてことはありえない。
と昔のアニメでセイが気に入っていたセリフがフレンダの頭の中を駆け巡る。
これがグレードの低いAIなら淡々と事実だけを確認して処理するのであろうけど、フレンダのAIはかれこれ数年の経験を蓄積していることもあって実に人間的だ。
この人間臭さがこのゲームの売りなのだが……NPC達にとっては感情豊かすぎてオーバーフローという、システム的に無駄極まりない事態が結構頻繁に起きてたりするので一長一短と言われ続けていたりするが閑話休題。
フレンダはそのメールを開いたら……気を失った。





