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きっとそれは

ボクの知らないうちに、世界は消えていた。

ボクだけが残った理由は判らない。消えた理由も判らない。

だからボクは、生きていく事しかできない。

たった一人で。

 ―― その日、世界が終わった。


 映画や小説、マンガなんかでよく見聞きするこのフレーズが一番なんだとは思う。けど、「世界の終わり」ってこういうことじゃないとボクは思う。たぶん、今ボクがいるこの世界は、こう表現した方がいいと思う。


 ―― 世界が、消えた。


 ボクは、世界が消える前は何の変哲も無い会社員だった。でも、世界的パンデミックの余波でリストラされ、外出もままならないからずっと自宅マンションに引きこもっているニートだった。

 一応早期退職扱いって事で多少なりと会社から手当ても出たし、わずかながら貯金もあったので即座にホームレスって事にはならなかったから、少し骨休めと思ってのんびり転職活動しようと引きこもる事にしたのだ。

 ―― まさかずっとそうなると思いもしなかったが。


 昼前まで二度寝して、テレビを見るともなしに見ながら適当にあるものを食べて、買ったはいいが読む暇も観る暇も無かった小説やDVDを手に取って、明日の予定を気にする必要もなく消化していく。

 期間限定の無職、という立場を何の気兼ねもなく楽しんで。

 だってそうじゃないいか。電気も水道もガスも、当たり前のまま、普通に供給されていたし、テレビだっていつも通りに放送されている。


 だから、部屋の外は、変わらず動いていると思っていた。


 いつそれに気付いたのか、仕事を止めてから暦を気にしていなかったから判らない。カレンダーなんて、スマホのアプリで十分だから部屋には無かったし。

 それでも何日か経てば買い込んであった食料も尽きてきたから、既にめんどくさいとしか思わなくなった身支度を最低限整えて、財布を尻ポケットにねじ込み玄関ドアを開けた。


 最初は、人気ひとけの無い道に、ああ今日は平日だっけ、と思っただけだった。ボクが住んでいるワンルームマンションの近所は似たようなマンションが林立していて、その住人達が仕事や学校に行ってしまえば、いっそゴーストタウンかって程に人気ひとけ無くなる。車だって、朝の通勤時間に裏道代わりに使われる以外は数える程しか通らない。

 だから、平日のせいか、としか思わなかった。

 それも、1、2本先の大通りに出れば変わるだろうと。


「―― え?」

 近所のスーパーに行くため、片側4車線もある大通りに出たのに、何も無かった。

 いや、建物や施設などは記憶のまま、ちゃんとそこにった。

 けれど、車1台、人1人、鳥1羽すら、そこには無かった。

 それはまるで、使用済みの映画の大掛かりなセットのように、動くものは何も無かったのだ。

「嘘だろ … ?」

 たまたま、そうたまたまこんな一瞬に出くわしただけで、すぐに車も人も ――。

 疑問から不安へ、そして焦燥に移るままに進めた足は、気が付けば全力疾走に変わっていた。

 いつものスーパー、コンビニ、本屋、タバコ屋、パチンコ屋、ラーメン屋、ケーキ屋、弁当屋、メシ屋、呑み屋。

 最後に行き着いた高台の公園から見た市街地に、崩れおちた。


 それからは、誰もいないスーパーで食料を調達し、本屋を図書館代わりに通い、自宅に篭る日々を過ごしている。

 世界の終わり。

 終わりって何だ? 爆弾が落ちてきたわけでもなく、エイリアンが侵略してきたわけでもなく、廃墟が広がっているわけでもない。

 ただ、ボク以外の誰かが皆消えただけだ。

 昔の映画で観たような、「ちょっと出かけただけにしか見えない」住人がすべて消えた村のような。

 今の流行はやり風に言うと、ボク以外の皆が異世界に召喚されたような、そんな世界になっただけだ。

 だからこれは、「世界が消えた」世界。


 

「あー、これアイツが嫌いって言ってたやつか」

 世界中の人間に広がったウィルスのせいで殆どの人間が怪物になった、そんなよくある設定の映画の配信を見てぼんやりと元カノのマシンガントークを思い出した。

 ―― とにかくヒロインが最低なの! あんな世界で子供1人守ってくのがたいへんのは判るけど、失礼すぎ!

 確か、唯1人街に残ってウィルスの解明に取り組んでいる主人公の危機を颯爽と助けたのはいいが、ってやつだったな、と何となく視聴して、激しく同意してしまった。

 主人公を助けたはいいが、その家に上がりこんで貴重な食料を勝手に使って ―― 子供がいるし、そこまではともかく ―― 起床してきた主人公にそれを詫びるどころか「ロクな物がないからこんな物しか作れないけど貴方も食べる?」はねーだろ、このアマ。しかもトレインしてやがるし。

 今現在、自分の置かれた環境もあって、ブチギレてしまう。

 そーだよ、たぶん皆が消えたのが日中だったから、色んなインフラはまだ動いている。だけど、食料や消耗品は補充されない。オートマ化された各工場ではまだ生産が続いていて、山になっているかもしれない。でも原料が尽きたら? 動力が切れたら? だいたいオートマ化されていたって人の手が全く要らないわけじゃない。

 そりゃ映画の中みたいに夜怪物に襲われる危険はないけど、考えないようにしていても、いつかこんな生活が続けられなくなる不安はいつだって心の隅にどっかりと居座っている。

 観るんじゃなかったと思いつつ、結局最後まで視聴してしまった。

「うん、やっぱ爆破ラストがいいな」

 元カノの話によると、最初この映画は怪物との和解ラストだったらしい。だけど、試写会で不評すぎて作り直したんだとか。

 主人公にとってはこっちの爆破ラストの方が救いのように思えてしまうのは、ボクも最後は楽になりたいからかもしれない。

 今はまだ大丈夫。

 だけど、インフラが止まり食料が手に入らなくなったら、ボクは「1人」という現実に耐えられるだろうか。


 久しぶりにホームセンターに来た。

 別に暇つぶしにDIY始めようってわけじゃない。第一、何か作ったとして、どこで誰が使うんだ?

 この生活が始まって数回だけしかここに来なかったのは、単純に遠かったからだ。車もスクーターも持っていないから、来るだけでもたいへんだったのだ。帰りの荷物だけはカートを使った。

 そんなホームセンターに来た理由、それは ――。

「あった! ママチャリ! 電動チャリも!」

 あの映画みたいにでかい車を乗り回せはしないが、チャリだけでも十分に頼れる足になる。

 記憶頼りだったが、間違ってなくて良かった。

 あちこちのカウンターを探してようやく鍵や取説を見つけ、電動チャリの充電にけっこうな時間がかかる事にがっかりしつつ、数台のタイプ違いの自動車を入手した。

 乗って帰るのはママチャリ、電動チャリやロードバイクタイプは必要な時にここで乗り換えればいい。


 そう、切羽詰まる前に、少しずつ行動範囲を広げなくてはと思いついたのだ。

 ―― 気晴らしと体力保持も兼ねて。

 余力のあるうちに手札を増やすのはきっと間違ってない。


 それからボクは、天気のいい日は数時間ずつ誰もいない街を自転車で走り回った。そして、自分がいかに会社と自宅の往復しかしてなかった事を思い知った。

 それに、誰もいない街だけど、いろいろ新しい発見があったりして、少しばかり前向きな気分になれている事も良かったと思っている。

 たまに早く目が覚めて、天気が良くて、体調がいい時は、ホームセンターでロードバイクか電動チャリに乗り換えて遠出したりした。

 結局、隣の市もボクの街と同じだったけれど。

 でもまあそのおかげで、行った先のコンビニでカップ麺を調達したりして昼休憩できたりしているのだけど。でも、惣菜やお握り、パンや弁当類は腐っていて、店内の臭いがすごい事になっていたから、お湯が沸くまでがつらかったのは、やっぱり笑い話だろうか。


 聞いてくれる相手がいないか。


 夜、自宅のベランダから眼下の街を見やる。

「真っ暗、じゃないんだよなー」

 まだ街灯は点いている。

 室内灯や家電を点けていた家からも所々光が洩れていて、まだ誰かが居るように錯覚してしまう。

 でも、音はない。

 人の声も車の音も、何かを開閉する物音や野良猫の鳴き声すら。

 ネット配信が生きている今は、いろんな動画や映画からそれらを耳にする事ができるから、まだいい。それもなくなったら、ボクはどうなってしまうんだろう。

 そもそもどうしてボクだけがここにるんだろう。

 創作物の中ならテンプレなシチュエーションだけど、現実ならどうすればいいんだ? 作中のキャラはよくあんな環境で正気を保っていられるもんだ。

「あ、そうだ。明日ヒトカラ行こう」

 ストレス発散と発声練習ならヒトカラだ。このままじゃ、話し方や声の出し方すら忘れそうだもんな。そうだ、そうしよう。

 久方ぶりに作った「予定」に内心ソワソワしながら寝たのが何かのフラグだったのだろうか。


 薄曇りの空の下、てくてくと大通り沿いのカラオケ店を目指していたボクは、その進路を横切るように付けられていたそれを見つけてしまった。


 ―― 乾いていない泥だらけの足跡を。

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― 新着の感想 ―
[良い点] とても読みやすかったです。冒頭、すてきですね! まるで映画のはじまりのような、とても印象的な物語の始まり。 誰もいない世界かぁ。焦燥感があまりないのは、きっと主人公が独身だったりもともと…
[一言] とてもシンプルなお話ながらも色々と考えながら読ませるお話でした。 主人公が病むこともないけれど積極的に生きていこうとするわけでもないところが、この不思議な世界を形作っていると感じます。 そし…
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