クラスメイトの呪われ美少女藁田さんはどんな不幸な目にあっても天使のように微笑む
クラスメイトの藁田さんは安全靴を履いている。喧嘩のためではない。理不尽に襲いかかってくる危険から身を守るためだ。
危険な目に合うのは本人だけではない。彼女に近づくだけでも不幸に見舞われる。だから、藁田さんは美少女にもかかわらず、二学期になる頃には近づく人がいなくなっていた。
俺はそんな藁田さんにかかわる気はなかった。それなのに、不本意にも体育の時間に怪我をさせてしまった。おんぶをして保健室に連れていくと、やはりそこでも危ない目に遭ってしまう。
「致命傷、少し躱せば掠り傷」
酷い日常生活なのに微笑みながら嘯く藁田さん。俺にも襲いかかってくる不幸。このままでは彼女の不幸に巻き込まれる。だが、逃げ出すにはもう遅い。仕方がない。この不幸を引き起こしている呪いを何とかすることにした。彼女の本当の微笑みを見るために。
クラスメイトの藁田さんは安全靴を履いている。別に喧嘩に使うためではない。藁田さんはか弱き女生徒。ちゃんと高校からの許可は貰っている。正式なやつ。理由もある。怪我をしないためという。
藁田さんから申請がされた時、猛反発したのは学年主任。「上履きの代わりに安全靴? 前代未聞だ」と。それが、コロッと寝返って率先して特別許可を出したのは、自分が怪我をさせたからだ。持っていた機材を藁田さんの足に落とすという不注意で。
なんて間抜けな学年主任。話だけ聞けば誰しもそう思う。だが、事実はもっと複雑怪奇。と言うのも藁田さんが怪我をするのは必然に近い。
道を歩いていれば車が突っ込んでくるし、学校では据わった椅子の脚が折れる。階段では転んだ生徒に突き飛ばされ、駅のホームでは日々命のやり取りが発生する。ホームドア、本当にありがとう。
不幸のオンパレード。だから藁田さんは一人でいることが多い。彼氏なんか当然いない。誰が見ても可愛いし愛嬌もあるから、入学式以降、一学期の間は告白してくる男子生徒がメチャいたにもかかわらず。
そんなだから、二学期になる頃には告白どころか近づく人もいなくなっていた。何故なら、彼女の不幸は近しい人にも影響する。彼女に告白したりすることは自殺宣言するようなもの。そう噂がいつの間にか広がっていた。
いやいや、噂ではない。不幸に遭うのはまごうことなき事実。高校に入ってから観測されている一番不幸な男子は、告白しようと決心して古風にも手紙を用意しただけなのに、翌朝の通学時、野良犬に噛まれ溝に落ちて怪我をしてしまった上、自転車に突っ込まれて骨折をしてしまったのだ。ちなみについたあだ名はのび太。
そんな話を聞けば誰しも躊躇する。二学期以降も、真意を確かめるという名目で、実は下心を隠しつつ近づいた男子はことごとく返り討ちにあっている。
そんな不幸な人生。寒々しい雰囲気を漂わせているのかと思いきや、藁田さんはいつも笑顔。普通の人が目を回しそうな事故にあっても平然としている。違う。むしろ楽しんでいるのかのようだ。
そんな藁田さんに俺はあまり近づく気はなかった。遠くから見ているくらいが眼福。だから俺は、巻き込まれない位置にいることにした。平穏無事な高校生活を過ごすためにも、危険に飛び込む必要はない。そう強く決心していた。あの日のことがあるまでは。
***
体育の時間。それは、藁田さんにとって、そして周囲にとっても危険な時間。ただ、それは女子の話で男子の話ではない。男子と女子は別々で授業を受ける。空間的距離が離れる分だけ男子が怪我をする可能性は低くなる。
体育教師もそう考えていただろう。男子がソフトボールで、女子がバレーボール。校庭と体育館。お互いに接点は無い。はずだった。
三月の午後一の授業。少し肌寒いが晴天で心地よい日差し。俺は久しぶりに開放的な気分でソフトボールを楽しんでいた。教室で藁田さんを見ているとどうしても気になってしまう。余計な手出しをするべきではない。と我慢をしていてもツイツイお節介をしたくなる。次に起こる出来事がわかるだけにハラハラする。
そんな対象が目の前にいない。それに大好きなソフトボール。心はウキウキ。同級生の投げたボールは大して速くない。ど真ん中に入ってきた球をフルスイング。バットとの反発力で勢いよく飛んだボールは青い空に吸い込むように上がる。そして、地球の重力に引き込まれて放物線を描いて落下し……きゃあ。と叫ぶ女子生徒に直撃した。
「あっ!」
俺は一塁を回ったところで、立ち止まった。遠目には誰に直撃したかまでは判らなかったが、すぐに解った。被害者は間違いなく藁田さんだと。
「ワリぃ、後は頼む」
一塁にいたクラスメイトに声をかけて、藁田さんのもとに向かう。倒れたまま動かない様子を見て冷や汗が出てくる。まさか、最悪の事態は無いよね?
「ゴメン俺の球で。藁田さん大丈夫?」
不安を押し留めながら、地面に倒れている藁田さんの横に立って声をかける。だが、反応はない。どうしようかと戸惑っていると、さっきの叫び声を聞いたのか、女子の体育教師が体育館から出てきて駆け寄ってくる。簡単に説明をしてから、
「救急車を呼んだ方が良いでしょうか?」
と俺が提案をした瞬間、
「大丈夫だよぉ」
と藁田さんが体を起こそうとする。が、力なく仰向けに倒れ込む。
「ちょっと、保健室まで連れて行ってあげて」
「えっ? 俺がですか?」
「私は、授業中なの。そもそもの原因は君なんだよね。男なら責任を取りなさい。大丈夫。安心して。男子の先生には話をしておくから」
まったくもって無茶を言う。教師としての職務を放棄する気か? 文句を言いたくなるのをぐっと堪える。この先生も、一年間ずっと藁田さんのせいで生徒も自分も怪我が絶えなかった。だから、直接は運びたくないのだろう。
「ちゃんと、おんぶして連れてってあげなさいね」
「えっ?」
それは、俺は良くても藁田さんが困るじゃないか。そう文句を言おうとすると、
「私は良いけど、嫌だったら無理しないで」
と藁田さん。仕方がない。腹をくくり、先生にも手伝ってもらって、おんぶする。
男子よりは軽いのだろうが、想像より重かった。それでも、保健室までは数分で到着した。ベッドは二つ。両方とも人はいない。俺は保健師に勧められたベッドと逆のベッドに藁田さんを寝かせる。
「済みません。俺が打ったボールが頭に当たっちゃって」
「頭かぁ。本当は病院に行ったほうが良いんだけど……」
俺が保健師に説明をすると、保健師は困ったような表情をしてから、濡れタオルを持ってきて藁田さんの患部を冷やしてくれる。
「あ、私なら大丈夫です。ここら辺の病院は出入り禁止になっていますし」
目を覚ましていた藁田さんが言うと、保健師も苦笑いをする。と同時に背後からガシャーンという音が聞こえた。俺が振り返ると、隣のベッドのカーテンレールの一部がベッドに落下している。
「こ、ここは出入り禁止にしないでくださいね」
藁田さんが口元を引きつらせながら保健師を見ると、保健師は、
「あ、当たり前じゃない」
と言いながらも修理をしなきゃ。とかわざとらしく呟いて部屋から出ていく。多分、この保健師も藁田さんの犠牲者なのだろう。
「原井君も早く保健室から出た方がいいよ。不幸な出来事に巻き込まれるから。次の授業もあるし」
ベッドの上の藁田さんが俺に心配そうな視線を向けてくる。今までの俺であれば素直にその助言を受けたかもしれない。けれども、今日、ここに藁田さんが横になっているのは俺に責任がある。久しぶりのソフトボールで調子に乗りすぎたのが原因だ。もう少し、注意深くしていたなら気づけたはずだ。これほどの強烈な力なんだから。それに……。
「気にしないでいいよ。俺が悪いわけだし。ごめんね。ボールをぶつけちゃって」
「平気平気、よくあることだから」
藁田さんは笑顔を見せる。
「普通は一生に一度あるか無いかだけど」
「大丈夫だよ。直撃は避けたしね」
「そうなの?」
「致命傷、少し躱せば掠り傷。とも言うし」
「言わねーよ」
突っ込みながら笑う。藁田さんがニコニコしているとつられてしまうのだ。本当は泣いたり怒ったりする状況なのに、藁田さんはカンラカンラと笑っている。しばらく、二人で笑ってから、俺は気になっていることを質問する。
「どうして笑顔でいられるの?」
「んん?」
藁田さんは瞬きを繰り返す。
「どうして怒らないの?」
「何に?」
「俺に」
「んん。原井くんは怒られたいの? もしかして、マゾ」
「ちげーし」
俺の反応を見てまたまた笑っている藁田さんから少し視線を逸らす。
「俺、藁田さんのこと、偉いな。って思うんだよね。もし、自分がこんな目にあったら、結構落ち込むと思う」
「慣れって恐ろしいよね。この程度だと、平和だぁ。とか思っちゃうんだから。それにね、うちの母親がいつも言ってるんだよね。笑う門には福来るって。だから、今日も天下泰平」
「いやいや、しっかりと保健室行きになってるじゃん」
「前向きに考えよ。次の授業は合法的サボり決定」
「発想が良かった探しだな」
俺が彼女を盗み見ると、さっきまでと同じような笑顔。誰が見ても和んでしまうような表情。そのはずが、理由も判らないのに俺には表面的で嘘っぽく感じられる。
「仕方がないよ。私は不幸な体質の家系に生まれた薄幸の美少女。悲しいことが合っても辛いことが合っても耐え難きを耐えながら微笑むの」
「不幸な体質の家系?」
「私だけじゃなくって、母も妹も不幸続きだから」
「体質じゃないけどな」
「んん? 何で?」
「強烈な呪いだからさ」
「呪い?」
藁田さんが少しだけ怪訝そうに眉を寄せた。
「うん。多分、藁田さんには呪いがかけられている」
「まさかあ。単に不幸な体質だけだって」
「信じなくても良いけど、俺には呪いが見えるからね」
そう言いながら、俺は天井の方に向かって手を振る。と次の瞬間、天井が少し削れて破片が落ちる音がした。背後に。
「もしかして、祓い屋なの?」
「ちょっと違うけどね」
この強烈な呪いと戦うためには命がけになる。絶対に関わるべきではない。そう思っていた。けれども、今更もう逃げられない。彼女をここに運んできた。たったこれだけの関わりなのに、呪いは俺を見逃してくれなさそうだ。
ってのは建前で、それよりなにより、俺は彼女の本心からの笑顔を見たくなっていたのだ。





