ブラックパーティーを追放されたボクは、聖女様と背徳的な行為をすることにしました。
荷物運びに料理番、索敵に戦術立案。地味ながらも着実にA級冒険者パーティー『ゴールドロータス』を支えてきた狩人の少年ロッカは、ある日突然クビを言い渡された。しかも冒険者ギルドに悪評を流され就活もままならなくなるという意地悪なおまけ付きで。
ロッカはしかたなくソロ活動に打ち込むが、後衛職ひとりで討伐クエストは行えない。自然、ユニークスキルである『生命感知』を活かした安心安全な採取クエストが中心となるのだが……。
「やっぱりひとりは寂しいなあ……。誰でもいいから喋る相手が欲しいなあ……」
森とギルドを往復するだけの孤独で平坦な生活にため息をつくロッカの前に姿を現したのは、国の英雄である聖女クラリス。
彼女はなんと、宗教的禁忌である『魔物喰い』にどハマりしていて……?
魔物の居場所がわかる少年と、『物理最強』聖女様。ふたりの秘密の狩り暮らしが今、始まる。
パーティーを追放されたのでしかたなく別のパーティーを探したが、すでに悪い噂をさんざん流された後だったのでどこも入れてくれなかった。
狩人という後衛職でしかもソロで魔物討伐を行うのは色々とリスクが高いので、森での採取クエストを中心にこなすことにした。
ロッカ・エイムズ15歳の春。草木は繁り花は色鮮やかに咲き乱れていたが、彼の心は暗かった。
「はああ~、にしてもホントにひどいよ。レベッカ」
深い森の中、ロッカはひとりため息をつく。
彼が故郷を出たのは唯一の肉親であり狩人の師匠でもあった父が亡くなったためだが、幼なじみの少女レベッカが彼女の所属する冒険者パーティーに推薦してくれたからでもあった。
A級パーティー『ゴールドロータス』は当時まさに上り調子で、一人前の冒険者を目指すロッカにとってはこれ以上良い話も無いと思われたのだが……。
「ユニークスキルが『生命感知』だった。それだけでクビってのはさあ~……」
14歳の誕生日に自然に授かるユニークスキルは、冒険者にとっての看板だ。
それだけで一生食える者もいるほどに大事なものだ。
「そりゃ『剣神』とか『炎の王』みたいな神話級のものに比べると見劣りするけどさあ~……」
決して悪いスキルではないと、ロッカ自身は思っている。
何せ自分の周囲の一定以上の生命力を持つ生き物の名前と位置を特定出来るのだ。
敵の奇襲を防いだり逆にこちらから奇襲をかけたり、戦術的にとても有用だと思うのだが、まったく理解してもらえなかった。
「ま、ぶっちゃけボクが弱すぎるってのもあるんだけどさ……」
ロッカは沢の水面に自らの顔を映した。
銀髪碧眼の、女の子みたいに頼りなさげな顔。
体も小さく、革鎧を着ているのではなく着られている感じ。
「レベルはまだ5だし、ひとりだとゴブリンですらやっとだし。料理や荷物運びなら出来ますよって、そんなの誰でも出来ることだし。まあ愚痴っててもしかたないか。あ~あ、にしてもお腹減ったなあ~」
クエストの目標である薬草類はもう集まったが、街へ戻るには3時間もかかるだろうか。
「何か食べてこっかな。『生命感知』っと」
スキルを発動させると、胸の前に球体が出現した。
周囲の地形が立体図で映し出され、ポツポツと緑のマーカーが表示されていく。
マーカーの脇には生物名が記されていて──
「お、一角ウサギだ。これにしよう」
最弱レべルのモンスターである一角ウサギを見つけると、ロッカは背負っていた弓を構えた。
マーカーの動きを見ながら振り向きざまに矢を射ると、ちょうど沢へ水を飲みに降りて来た一角ウサギの首筋を射抜くことに成功した。
「やったやった。一発だ」
最終的に食べるのだとはいえ、仕留めきれずに無駄に傷つけてしまうのは嫌だった。
ロッカは小さくガッツポーズをとると、てきぱき獲物を捌いていく。
皮を剝いで内臓を抜き血抜きをし、沢の水で丁寧に洗いながらナイフで肉を削ぐ。
適度な大きさに切った肉を片手鍋に入れると、水からじっくり煮る。
臭み抜きに香草を入れ、アクを取りながらコトコト、コトコト。
持参した生米と採取したキノコを入れ、酒と塩と魚醬を入れて蓋をしてコトコト、コトコト。
頃合いを見て蓋を開けると、ふんわり優しい香りが辺りに漂った。
「『一角ウサギの雑炊』出来上がりっと。ん~、いい匂い。お父さんともよく食べたっけなあ~」
父との暮らしを懐かしんでいると……。
「……何か視線を感じる? 野生の獣にしては妙に圧があるような……まさか魔物っ?」
料理の香りにつられて魔物が寄って来たのだろうか。
慌てて弓を構え『生命感知』をしてみると……。
「『人間(女):聖女クラリス』? そういえば近くの街に聖女様が来訪してるとかってみんな騒いでたっけ……んんん? 聖女様がこんな山の中に、ひとりで? ……ってうわっ、動き速っ!?」
尋常でないマーカーの移動速度に慌てて振り返ると、姿を現したのは20歳手前ぐらいの若い女性だ。
金髪のハーフアップが豪奢に輝き、青い双眸が宝石のように煌めいている。
顔立ちは女神様のように整い、紺の修道服の胸や尻はむちむちと背徳的に盛り上がっている。
「せ、聖女様、こんなところにどうして……?」
国の英雄にエロスを感じた自分を恥じらいながら訊ねると、クラリスはじゃっかん喰い気味に。
「あの、どこのどなたかは存じませんがじゅるり。わたし今お腹が減って死にそうなんですじゅるり。どうかその食事を分けていただけじゅりませんか?」
「食事を分ける……?」
「お願いします死にそうなんですじゅるり」
なるほど、言葉の端々によだれの音が混じるほどに極度の空腹状態のようだ。
(お弁当を忘れたのかな? まあ聖女様だって人間だし、そういうこともあるのかな)
軽く考えたロッカは雑炊を木の椀にすくったが。
「そういうことならどうぞ……ってダメだ! ダメだった!」
ぎりぎりのところで思い出した。
『魔物喰い』は国教であるミリア教にとって重大な禁忌であること。
ひとたびバレれば異端として厳しく処罰されること。
もしバレなくとも敬虔な信徒である彼女の心が深く傷つくだろうことを。
「な、なんでダメなんですかっ? 今いいって言ったじゅるのにっ?」
切羽詰まったような表情になったクラリスが、ロッカにヒシッとすがりつく。
「お願いですじゅるり! せめてひと口だけでもっ!」
「わああああっ、近い近い近いっ!?」
「じゅるるるっ! るるうっ、じゅるるうううっ!」
「ホントにダメなんですってば! だってこれには一角ウサギの肉が入ってて……ってしまったああああ!?」
クラリスの圧に動揺したロッカは、思わず自白してしまった。
「お、終わった。こ、こ、殺される……っ?」
全信徒の見本たる聖女様が自分を見逃すことはないだろう。
いったいどんな罰が下されるのだろうとビクビクしていると……。
「いいじゃないですか! むしろ最高じゃないですか!」
よだれを拭ったクラリスが、目をキラキラさせながら迫って来た。
大きな胸に手を当てて、ぐいぐぐいと距離を詰めて来た。
「それを食べようということは、あなたもご同類なんですよね!? ああ、なんという運命の巡り合わせでしょう! こんな山の中でこんな素晴らしい出会いが待っているだなんて!」
「えっとえっと、ご同類ということは……もしかして聖女様って?」
「ええ! 大きな声では言えませんが!」
クラリスは自らの顔をビシリと指さすと、これ以上ない大きな声で言い放った。
「わたし、こっそり『魔物喰い』をするためにソロ活動をしていたんです! でもレベル差があるせいかみなさん凄い勢いで逃げちゃって狩ることができなくて! そのうち空腹でどうしよもなくなってこんな状態に!」
全国民憧れの聖女様が『魔物喰い』ジャンキーだった。
常識がガラガラと崩れる音を聞きながら、ロッカはその場に座り込んだ。
「っていうことで食べていいですかっ? いいですよねっ?」
「いいですけど……」
もはや反論する気力を失ったロッカが椀を差し出すと、クラリスは喜び勇んで手に取った。
「はっきゅううう~ん♡」
木のスプーンでひと口啜った瞬間、クラリスは甘やかな声を出した。
頬をピンク色に染め、瞳の中に星を瞬かせた。
「ふわあああ~っ!? なんですかこれ美味しいっ、超美味しいっ! 塩味の濃すぎない優しい味付けで! じんわり体の中がほぐれていくような温かさで! あとあとあと、何よりこのお肉っ! たんぱくなのにコクがあって柔らかくてっ! あ、これってモツですよね!? モツも食べられるんですかっ!?」
「はい、すぐに悪くなっちゃうんで、狩人の特権みたいなとこありますけど……」
「まあっ、そんなに貴重なものだったなんてっ! あ・あ・し・あ・わ・せえぇぇぇ~っ♡」
──さんざん食べて落ち着いたのか、クラリスは口元を拭い姿勢を正した。
「誠にお見苦しいところをお見せいたしました。わたしはクラリスと申します。ミリア教の信徒です。寛大にもこんなに素晴らしい料理をご馳走してくださったあなたのお名前を伺っても?」
「なんかもう今さら感がすごいですけど、ボクはロッカです。最近色々あって……」
同じ禁忌に触れた者同士の気安さもあり、ソロ活動していた理由まで説明すると。
「なるほど、だから食べちゃいたいぐらい可愛い上に狩りが出来て料理も出来て『魔物喰い』への忌避感もない超優良物件が手つかずでこんなところに……ゴホンっ。今ちょっと色々漏れましたが、聞かなかったことにしてください」
「は、はあ……」
幸か不幸か。
田舎育ちで純朴なロッカには、クラリスの言ってることが半分も理解出来なかった。
「ではこうしませんか? ふたりでパーティを組んでみるというのは。わたしは神聖術が使えますし、物理攻撃も得意です。ロッカさんは狩人の技術と料理という風に棲み分けも出来ますし。ね、これってとっても素晴らしい組み合わせじゃありません? まるで主が、最初からそうなるようデザインしたみたいに」
クラリスの笑みの下に潜むニチャア……っとした何かに、やはりロッカは気づかず。
「わわ、ホントですかっ? 嬉しいですっ」
思ってもみなかった大人物とのパーティー結成を、素直に喜んでいた。
そしてそれが、危険とグルメと時々エロスに満ちた、ふたりの冒険の始まりだったのだ──





