冴えないラノベの矯正法《なおしかた》
趣味で物書きをしているが、巷で言われる方法論を実践しようとちっとも伸びないアクセス数に俺=寺野慶吾(PN: 妃洲纜)はやる気を失いかけていた。やけ酒でもしようかと思っていた矢先に落雷がやってきたのを良いことに、「データ消失」を言い訳にしてそのまま書いていた作品を打ち切りにしようと思っていたところ、突然背後から声をかけられた。その声の主はまさかの『自作品に登場するヒロイン』だった。
そのヒロイン、シルヴィア・ヴァイオレットは、俺の文章の書き方や作品に対するスタンスに至るまで散々にこき下ろした挙げ句、こんなことを言い放った。
「これは、実地検分が必要ね」
形振り構っていられなくなった俺は、たとえ胡散臭かろうとも当然のように縋り付く。
――迷い無き覚悟には喝采を! このエタりかけ小説には祝福を!
――「今更そんなこと言われても、……もう遅いの」
――そう言って心愛は、俺に背を向けた。
〇
「……っと。ふう」
パソコンモニターを前にして、一瞬の賢者タイム。お茶で少し口を潤してもう一度椅子に深く座り直そうとしたところで思いとどまる。しっかりと「Ctrl+S」を押してから、改めて座り直した。
少々の休憩を挟んでもうひとつの作業に移る。モノを書いたら公開するのがセット。予約投稿の作業が待っている。自分なりに文章体裁を整えつつ、流れで誤字脱字の推敲作業をして、投稿フォームへコピー&ペースト。
「時間は……、どうするかなぁ」
朝の通勤通学の時間帯がイイとか、昼休憩くらいのタイミングがイイとか、寝る直前くらいがイイとか。巷ではいろいろと公開のタイミングについて語られているが、正直どの情報も信憑性なんて皆無。
何故って、いつ公開したところで何かが変わった例しなんて無かったから。
自分の作品について言えば、そんなものはとっくに実証済みだ。いつ公開したって変わりゃしない。自慢気に『朝8時がイイです』みたいなことを書いていた、物書きへのアドバイスを装ったエッセイ記事を鵜呑みにした俺がバカだった。
あんなモノは所詮自分のページの閲覧誘導でしかない。
それっぽいことを書いて閲覧数を稼げれば本望みたいなヤツが大半だ。
ウケの良い言葉のウラなんて、どうせそんなモンなのだ。俺ならそうする。
――イイよな、何かが偶然ちょっとハネただけで安定した顧客を確保できてるヤツは。
一瞬だけすべてがどうでも良くなったので、適当に明日の7時に設定した。その時間なら俺の脳みそも半分くらいは起きているはずなので、宣伝活動も翌日の自分に任せる。出来なかったら――それはその時。もちろん宣伝についてもしたところで意味がないことも知っている。後は野となれ山となれって話だ。
ついでに現在のPV数を確認する。
「……ハンっ」
見なきゃ良かった。
分かっちゃいるのに止められない。いろいろなモノに対してナチュラルにため息が出る。
――ド安定の閲覧数、1日平均1桁。
ページ数はそこそこあるのに、コレだ。
当然コメントも付かないし、当たり前だがブックマーク登録も無い。勿論評価点も無いので、言うまでもなく何のポイントも付いていない。
「……張り合いも無ぇな」
無い無い尽くしとはまさにこのこと。全く呆れて反吐が出る。酒の1本でも空けたくなってきた。
「空けるか」
急に醒めてしまった気分が不愉快で、今一度酔っておく事に決めた俺は冷蔵庫の中を漁ることにした。
――のだが。
一瞬の閃光。
そして、間もなくの轟音。
一瞬の停電。
そして、間もなくの復旧。
「……え」
気付けば両肩が耳にくっつくくらいに上がっている。情けない格好のまま俺は口からポロリと母音をひとつこぼすことしかできない。
それが落雷だったことに気付くのには、そこからさらに5秒くらいかかった。
「ビビったぁ……」
どうやらかなり近くのところに落ちたらしい。急に窓の外が光ったと思ってからが早かった。近くにはマンションが何棟か建っているので、そのどれかに設置されている避雷針に落ちたのだろう。
「……あ! っていうか、パソコン大丈夫か!」
やれやれと冷蔵庫に向かおうとしていた足を、慌てて机の方へと向ける。使っているのはノートパソコンなので停電で強制的にシャットダウンになることは無いが、過電流が流れた可能性はある。
マウスやキーボードを慌ただしく触るが、一撃でわかるような故障は無さそうで安心する。
しかし、保存しているデータはどうだろうか――。もしかすると消失している可能性もある。データとしては存在していても、何かしらのトラブルで開けなくなっている可能性も否定できない。
冷蔵庫から缶チューハイを持ってきて、物書き用フォルダを改めていく。上から『001_長篇』、『002_短篇』。他にも『010_データ集』などフォルダ名の接頭辞としてに数字が付いているのは、ソートしたときの見やすさ重視のためだ。
その中で一番最後に来るフォルダが、『999_執筆中断』だった。名前の通り、諸々の理由で書かなくなったモノを適当に突っ込んでいるだけのフォルダだ。書いていてしっくり来なくて、紙だったらそのまま小さく丸めて捨ててしまったようなモノ。一応は公開したがさっぱりリアクションが無くて、早々に次作へ切り替えた結果自然消滅したようなモノ。その程度のモノが跳梁跋扈しているようなフォルダだった。
「……ここは、どうでもいいな」
どうせ開く必要がない。何ならいっそのこと消してしまっても問題はなかったが、今先にするべき確認作業は長篇作品だろう。
「データ、大丈夫だとは思うけどなぁ……」
そんなことを呟きつつも、何となく自分の台詞が白々しく聞こえてしまいドキッとする。
――本当にそう思っているのか?
脳内でそんな声が聞こえた気がする。
「……いや、イイな。消えてくれてた方が、止める言い訳にもなる」
データの消失が発生し今後の更新が難しくなりましたので連載を終了します――。
素晴らしい。何という体のイイ文句だろう。甘美な響きじゃないか。
そうだ、それで行こう。どうせ書いていて張り合いが無くなっていたモノだし、しれっと閉じても問題は無いだろ――――。
「いやいや、ちょっとアンタさぁ……」
何故か背後から、少し高めな女の子の声。
「またそうやって適当に済ますんだ?」
振り返ろうと思うよりも早く、二の句が飛んでくる。
さっきよりも、ちょっと近い。
ぞわり、と背筋に冷たいモノが奔る。首の後ろに氷柱を投げ込まれたような感じだ。
壊れかけのロボットのような動きで振り向けば、そこに居たのは、声の通りに女の子――!
――だったのだが、何というか。
「呆れる、呆れる。呆れすぎて文句しか出てこない」
腕組みをする彼女の風貌は、いかにもステレオタイプにファンタジィ。
とんがり帽子、長丈のローブ、そして手には妙に短いがステッキのようなモノ。
当然、配色はモノクローム。全身から魔法使いな雰囲気をほとばしらせていた。
その暫定魔法使いさんは、これでもかと不機嫌そうに唇を歪ませながら、俺に向かってため息をつく。視線を少し外して、もう一度見て、ため息。それの繰り返し。ソシャゲの少し動く立ちグラみたいな雰囲気だった。
「アンタ、それでも『親』でしょ? よくもまぁ、ヒトの設定をそう簡単に忘れてくれるわね」
「忘れるとか……いや、……は?」
いきなり親とか言われましても。
残念ながら俺は生まれてこの方彼女なんかいるわけもなく、当然桜桃青少年なわけで、どうやったら俺が親になれるのか教えて欲しかった。――あー、言ってて切ねえ。
「あー……。ああ、あぁ、なるほどね。よぉく解った。なるほどアイツがこういう性格と口調になるワケよね」
「っていうか、お前は誰なんだよ! どうやって俺ん家に入り込んだんだよ! 不法侵入で訴えるぞ!」
随分と言いたい放題言ってくれているが不法侵入者であることには違いない。場合によっては警察へのコールも辞さない。――玄関の鍵はかけていたはずなのに、という背筋が凍り付くような発想は、今はどこかへぶん投げておく。
「何。名乗らないとわかんないの?」
「まずはお前が名乗るべきだろうが!」
「何言ってんの? 普通は名前を訊きたい側から名乗るのが常識でしょ。っていうか、アンタもそうやって書いてたじゃない」
「……ん?」
――書いてた?
「ホラ。呆けてないで、さっさと名乗る。アンタが名乗れば、アタシも名乗ってあげる」
引っかかることを言われて怯んでしまったのは明らかに俺のミス。話の主導権を奪われた俺は大人しく自己紹介をしておくことにする。
「……寺野慶吾だ」
「いや、それじゃなくて」
「……は?」
「アンタ、そっちじゃない名前もあるでしょ? それを名乗りなさいよ」
そんなことを言われても、俺は偽名を使って生きているわけじゃない。他の名前なんて存在しているわけが――。
――あ。
「妃洲、鑾」
「……あ、それそうやって読むの? 全然わかんなかったわ」
何故コイツは、俺のペンネームの存在を知っているんだ。
「じゃあ、アタシの番ね」
満足げな女は勝ち気そうな目で俺をしっかりと見つめてくる。思わずごくりと喉がなった。
「アタシはシルヴィア・ヴァイオレット。……ここまで言わせておいて、まだ他人のフリするんだったら、覚悟して欲しいモノね」
その名前には聞き覚えが――いや、書き覚えがある。
間違いない。
俺が2ヶ月前に連載終了させた異世界転生モノ、『チート・エクス・マーキナー ~ご都合主義と言われようが知ったことか~』に出てくる魔法使いにして、ヒロインのひとりの名前だった。





