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洋楽に恋する君に恋して

リハビリ執筆中の作品を短編に編集して掲載しています。

 僕、島村響しまむらひびきは代り映えもない毎日を生きている。

 朝起きて、ご飯を食べて学校に行って、難しい授業に向き合い、自分が全くモテないことを友達と一緒に嘆きながら今夜のアニメの話に花を咲かせる。そして授業が終わったら特に部活には参加していないので何となく寄り道をしながら家に帰る。そしてゲームをして時間を潰し、時間が来たら寝る。

 そんな他愛ない日常の繰り返しだ。

 だがそんな日常を僕は気に入っていて、しかし同時に変化が欲しいとも思っていて……。

 そんな僕の日常に変化が訪れたのはいつも通り学校が終わった帰り道の事だった。ふらりと立ち寄ったリサイクルショップで、僕は唐突に洋楽を聞いてみたくなったのだ。

 理由は簡単で、洋楽に精通している男子ってカッコいいと思ったからだ。女の子にモテると思った。だから聞いてみようと思ったのだ。

 我ながら何と単純なのだろうと思った。しかしその単純さが自分の良さだとも思っているので、僕は即行動することにしたのだ。

 そんなこんなで僕は近くのリサイクルショップのCDコーナーに足を運んでいたのだった。

 だが、数あるCDを眺めて僕は思うのだった。

「……どれを、聴いたらいいんだ?」

 今までアニソンにしか触れたことのない高校男子が、いきなり洋楽を聞こうとしても知識などあるわけがない。そんなわけで僕は早々に頭を抱えることになったのだった。

 せめてアルバムの名前がカッコいい奴を選ぼうと思っても、そもそも英語が満足に読めないためどうしようもない。

「……島村君」

「……へ? に、西城さん?」

 と、完全に手詰まりになっていた僕に声をかけたのは意外な人物であった。その人は西城梓、クラスメイトである。

 西城さんは何時ものように無表情に近い顔で僕に話しかけると、僕が睨んでいた棚に視線を向ける。僕は突然話しかけてきた彼女に、少し委縮してしまった。

 なぜ僕が西城さんに委縮してしまったのか、それには特に深い理由はない。ただ彼女は人一倍話しかけにくい雰囲気を醸し出していたからだ。彼女はセミロングの黒髪に眠そうに目じりの垂れた顔立ちが印象的で、学年でも指折りの美少女である。だがそんな彼女は非常に無口で、休み時間はいつもヘットフォンで音楽を聴いているのだ。言い寄った男たちは数多いがその独特の雰囲気と無口に負けて今では話しかける人もいなくなってしまった。自分の容姿を鼻にかけるような高飛車な性格でもないが、人懐っこいわけでもない、典型的な変人である。そのため付いたあだ名が『サイレントクイーン』であった。ちなみにこれは男子生徒の間で密かにささやかれているあだ名である。

 そんな自分からは絶対に話しかけようとしない、話しかけても会話が続かないと評判の彼女が何と話しかけてきたのだ。これには僕も困惑せざるを得なかった。

 西城さんは暫く棚を眺めた後、僕に視線を戻す。そして小首をかしげて呟いた。

「何か、探してるの?」

「いやぁ、その、洋楽を聴こうと思ったんだけど、どれから聴けばいいのか分からなくて……、俺アニソンしか聴いたことないし」

 と、そこまで言ったところで後悔する。アニソンしか聴いたことがないだなんて、何とキモい事を言ってしまうんだ自分は、と。彼女は多分J-POPとかそういう今を生きるキラキラとした陽キャが聞くような音楽を聴いているに違いないのに……。アニソンがキモいというわけではないのだが、アニソンだけしかという言い方しかできない自分自身のキモさに蕁麻疹が出そうになる。

 だが彼女はまったく気にした様子ではなく、僕の言葉に対して間髪入れずに答えた。

「クイーン」

「へ?」

「クイーンって、バンド。私の大好きな曲が沢山あるから……」

「クイーン……」

 僕は棚に視線を戻す。すると西城さんは棚の中から迷うことなくクイーンというバンドのアルバムを見つけ、僕に手渡してきた。

「これならすごく聞きやすいと思う。多分、意外と聞いたことのある曲もあると思う」

「そう、なの? 例えば?」

「Don't Stop Me Nowかな? バラエティー番組とかで聞いたことあるかも。聴いてみる?」

「う、うん。聴いてみたいかな」

 いつもの印象とは裏腹にグイグイと話しかけてくる彼女に僕は驚きを隠せずにいた。しかし同時にこれはサイレントクイーンと仲良くなる絶好のチャンスなのではないかとも思った。だから彼女の言葉に強く頷いて見せる。

 すると西城さんは微かではあるが、確かに口元に笑みを浮かべた。普段があまりにも笑みに欠ける人なので余計にその微笑が目立つ。そんな彼女はいったい今、何を考えているのだろうか?

「貸してあげる。……あ、CD持ってきてない。えと、えっと……」

「買うよ。西城さんおすすめのこのアルバムをさ。元々買いに来たわけだし、そんなに高いわけじゃないしね!」

 と、言いつつも内心では中古のそのアルバムの値段に少し驚いていた。何と彼の月のお小遣いの二割は持っていかれるであろう値段だったのである。中古で何十年も前のものだからずっと安いと思っていたが、そうではないようであった。

(けど、これももしかしたら西城さんと仲良くなれるきっかけになるかもしれないし、必要経費だ! ……でもな~、結構痛い出費だな~)

 そんな感じで多少心の中ではダメージを受けつつも、それを表に出さずに僕はアルバムをレジに持っていき、そして会計を済ませた。するとそんな僕の後ろにぴったりと付いてきていた西城さんが申し訳なさそうに目じりを下げながらも、期待に満ちたように瞳を輝かせながら僕を見つめてくる。

「感想、待ってるね」

「う、うん」

 西城さんはそう告げると店内へと戻っていった。彼女も今日は何か欲しいアルバムがあったのだろう。

 彼女に告げる感想に関しては、例のおすすめ曲を聴いて軽く告げればいいだろう。今日は友達とゲームの約束もあるし、音楽鑑賞はほどほどに——、とそんな事を考えながら僕はクイーンのアルバムが入った袋を片手に帰路に就くのだった。


 そんな僕であるが、その日は友達とのゲームの約束はキャンセルすることになる事をまだ知らなかった。

 この日から僕は、音楽が放つ熱狂と感動の渦に呑み込まれていくのだった。



 次の日、僕は寝不足の眼を擦りながら自分の席に着いた。すると友達が心配そうに僕のそばに近づいてくるのだった。

「大丈夫か? 昨日は急用が出来てゲームできなかったじゃん。相当時間かかったのか? 目の下に隈が出来てるし」

「う、うん。大丈夫だよ。ちょっとね」

 友達の典康のりやすくんが心配そうに尋ねてくる。だが僕はそう答えるしか出来なかった。まだ心は昨日の熱狂の渦の中にいて、心ここにあらずという状態であったからだ。

 ……早く、早く西城さん登校してこないかな。そう思う。昨日は軽く感想言うくらいでいいと思っていた。

でも今は、心の底に溜まった熱狂を、感動を彼女に伝えたい。早くこの胸に滞留する思いの丈をぶつけたいと……。

「……響、お前熱でもあるんじゃないのか? ボーっとしてるぞ」

「うん。熱はあるかもね。でも、病気じゃないよ」

「うん、やっぱ今日のお前変だぞ」

 確かにそうかもと、僕は思う。いつもならばこんなことを言ったりすることはない。僕は元々情熱なんて無いような人だから。部活で大会に向けて特訓するようなこともしないし、特に自分で作品を作れるわけでもない。勉強が得意なわけでもないし、かといってゲームだってそんなに上手く生きていない。今まで適当に生きてきた自覚はある。熱ない生活をしてきた。だからこそこの胸に沸き起こる熱気は初めての事で、あまりにも刺激的で……。

「島村君」

「あ! 西城さん、おはよう!」

「その……昨日はごめんなさい」

「え? どうして? 謝るなんてとんでもない! むしろ、凄かったよ! 胸が、今でもビリビリと痺れているんだ!」

 何故かばつの悪そうな表情で、西城さんは僕の前に姿を現した。彼女は僕に何かを謝りたいようであった。だが僕はそんなの関係ないと言わんばかりに、今の興奮を伝え始めた。すると彼女は驚いた表情で辺りを見渡した。

「し、島村君……! ここは目立つから、付いてきて」

「え?」

 そう言ってそそくさと教室を後にする西城さん。僕はその背中を追いかけていった。そして僕が連れてこられたのは屋上へ繋がる階段であった。と言っても、天井への道は固くコンクリートで閉ざされている。昔は屋上が存在したこの学校も、自殺者が多発したため屋上を無くしてしまったらしい。そして今では階段だけが残されている。

「ここ、誰も来ないし人の目にもつかないから隠れて過ごすには持ってこいなの」

「へぇ……。もしかして西城さん、昼休みいないときは……」

「ここにいる」

 なるほど、だから昼休みの時間に彼女の姿を見る人が誰もいないのか。と納得しつつも、今の僕にはどうでもいい問題なので早々に頭の中から追い出される。

「……よかった?」

「すごく! なんて言うんだろう、魂が揺さぶられるっていうのかな? 俺楽器とか歌とか分からないけど、ビリビリと凄みを感じたよ!」

「うん。分かる。私も、大好き」

「それに西城さんの言う通り、本当に聞いたことある曲があったよ。原曲は初めてだけど。それは——」

 僕は彼女に最も印象に残った曲を伝えようとした。すると彼女もその歌の正体に気が付いたのか、これまた微笑を浮かべながら僕と同時に口を開く。

「「We Will Rook You!」」

 声が被る。

 僕は、何とも言えない高揚感につい顔がにやけてしまった。

 今僕は、誰とも心を通わせないとすら言われたサイレントクイーンと心が一体になっているからだ。

 いや、この際彼女が何者かなどはどうでもいいのかもしれない。重要なのは、自分の体験を共有できたこと。

今まで心のどこかで感じていた孤独感のようなものが、スッと消えていくような、そんな気持ちよさを感じる。

「やっぱりそうなんだ! うちの学校でも応援歌で使ってるしね!」

「うん。ちなみに、その、聴いた中で一番好きな曲は?」

「う~ん、個人的にはAnother One Bites The Dust かな?」

「カッコいいもんね。私はKiller Queen。セクシーっていうか、なんか大人な感じが好き」

「あ~。確かに。そんな感じかも。テンポもゆったりしててすごく聴きやすかった」

「うん。あの曲を聴いてるとね、オシャレな街を恋人と歩いているような、素敵な気持ちになれるの」

「なるほどな~。確かに俺も初めて聞いた時、クリスマスに流れてそうだなって思った。クリスマスってそういう雰囲気だからそう思ったのかも」

 僕は胸の中の言葉を一つ一つ外に出しながら、ふと二つの事に気が付く。

 一つはすでに始業のチャイムが鳴っていること。そしてもう一つが、彼女も恐らく、僕と同じなのだという事だった。

 彼女も、僕と同じで誰か話が出来る相手が欲しかったのだろう。いや、間違いなくそうだ。だって今の彼女は、僕と同じ目をしているから。急くような、胸がいっぱいになっているような、興奮を抑えきれない感じだ。

「Live Forever も大好きなんだけどね。あのゆったりとした中に力づいよい響きが眠っている感じ。そしてまるで映画の最後を思わせるような哀愁漂う感じが大好き」

「あ~。いい曲だった。確かに俺も最後まで聴いた後はいい映画を見た時みたいな満足感で胸が満たされたよ~」

「うん! 最高なの。すごく、頑張ろう! って気持ちになれるっていうか……。——すごく、嬉しい」

 突然だった。楽しそうに話していた西城さんがジッと僕の瞳を見つめる。とても真剣な瞳だった。

「私、島村君に気を遣わせちゃったって、思って。大切なお金も使わせて。やっちゃったって思ったの。困惑してるようだったし、迷惑をかけた。私、空気読めないから……。でも島村君も好きになってくれて、私嬉しぃ、です」

「ッ!?」

 この時、僕は気が付いてしまった。

 サイレントクイーン、他人との接触を全く行わず、ただ一人の世界に浸る孤高の女性。そんなイメージだった彼女の真実は、そんな崇高なものではなかった。

 彼女は、本当は誰かと自分の好きなことを共有したい人だった。でも彼女は自分自身の不器用さで周りに迷惑をかけると思っている。いや、そういう経験をしてきているのだろう。しかもその上、彼女は人一倍他人の感情に敏感なのだろう。僕のあの時の感情は見事に読み取られていた。だから彼女は不用意に話しかけないし、話にも反応しない。てっきり自分以外に興味のない人だと思っていただけに、この気づきは衝撃だった。彼女は普通の女の子だった。

「……ごめん! 俺、あの時確かに見栄を張ってた! それにあそこにいたのも、女の子と仲良くなるためっていうか、モテるためっていうか……、とにかく不純な動機だったんだ!」

「え? そうなの?」

 だから僕は、そんな彼女に対して上辺の言葉をすべて捨てることにした。聡い彼女には、気持ちを隠して話すことは逆効果だと思ったから。

「うん! でも、実際に曲を聴いて、この胸に沸き上がった感情は間違いなくて、熱狂も感動も。友達との約束も、夜を眠る事さえ忘れて没頭してしまった。だから感謝してるんだ。僕は、今凄く気持ちがいい!」

「……だから、隈が出来てるんだ」

「そ、そうだね」

「……分かる。私も、初めて聞いた時は熱狂しすぎて寝るの忘れちゃったから」

 ——彼女は、見たこともない顔で笑っていた。薄い笑みではない。間違いなく、満面の笑みで……。

 僕は、息を呑んだ。

 サイレントクイーンなどというあだ名は、彼女には不相応だろう。だって彼女の笑顔で僕の胸はうるさいくらいに騒ぎ始めたのだから。

 ……その後も、僕たちは昼間で語り続けた。

 そして僕の胸の中に、洋楽に対する熱い思いの外にももう一つの炎が宿ったことが感じられた。


 きっとこの炎は、世間でいう〝一目惚れ〟というやつなのだろうと、僕は密かに思うのだった。


需要あるようだったら続き書きます。

暫くは短編書きながらリハビリ予定です。

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