第一地点
この世界では昼夜感覚が狂う、幾ら時計代わりの火があったとしても外が暗けりゃ意味がない。
もう寝る時間なんだろうか、痛む頭を押さえながら部屋に運ばれた食事を食べていた。
するとまた頭痛がした。
軽く目を閉じて頭痛が止むのを待ち、再度目を開く。
なんかいた。
ごくんと魚の身を丸のみしちゃったが、よく見ると狐凛だった。
この時代の彼女は人見知りな以前にお人形さんみたいに無口だ、何があるとあんなに喋るような子になったのだろう。ちょっと不思議。
「どうかしたの?」
するとびくんと尻尾を震わせ、どうやら怯えさせちゃったのかなと心配したのだが、ぱくぱくと口を閉口させたのだ。
そして声がした。
「ありがとう……」
その言葉と同時に狐凛の姿は消え、こちらが何か言う隙もなかった。
だが聞こえていると信じて言う。
「どういたしまして」
そして焼き鳥屋の事も思い出す。
「そしてありがとう、手伝ってくれて」
杉糸は少し頭痛がマシになった気がして食事を続けた。
マシになった錯覚なだけだった。
φ
瞳を開けるとそこはうす暗い闇の中だった。
だが何故かその闇に視界が馴染んでいる。意外にもこの空間の全てが見渡せていたのだ。
遠くに何かがある、この何もない空間にうっすらとオーロラのようなカーテンがかかっている。
僕は立ち上がり歩き出す、ただ上手く歩けない。足元がぬかるみに浸かったかのうように酷く鈍る。
暗闇だったから色を失っていたが、足元を見るとそれは血だ。血で固まった道が歩みを邪魔していた。
しかし進まねば、誰かがあの向こうで呼んでいる気がしたのだ。
進め、進め、進め。
思考が前進で染まり、ただ歩くだけの機械か何かのように足を動かし続ける。
だがその歩みも目の前の少年の存在に止まった。
子供の姿をした僕だった。
「僕、君は一体誰なんだ」
僕はその言葉に何も答えない、それはいつもの反応であった。
僕は僕が何者なのか知らない、家族の幻覚が見なくなった今も見る、幻覚のように違う何か。話しても何も答えてくれない。
まるで戒めか何かのように僕の心に憑いているようにも思える。
無表情の僕はまるで人形のようにじっと見た。
不気味だ、自分というのに少し違和感を覚える。
話しても意味はない、僕は僕を素通りしようと思ったその時だった。
子供の僕は後ろを向いて指さした。
「え?」
薄い膜のような血のカーテン、その先には__
狐露がいた。
それを見た途端僕は全力で走り出した。
すぐさまカーテンの傍に辿り着き外にいる狐露に声をかけようとする。
『杉糸!! 杉糸!!』
向こうの彼女は必死で血の道を掻き分け、僕の名を呼んだ。
「僕はここだ!! 僕はここにいる!!」
だが彼女に声は届いていない。狐露は背を向け、違う方を悲壮な顔で探し始めたのだ。
「ここだ!! ここなんだ!!」
僕はカーテンを叩き、破ろうとする。だが揺らめく壁は強固で幾ら叩いても壊れる気がしない。
「ここだ!!! 狐露!!!」
せめて声だけでも届けたい、そう思い何度も叫び続け__
「君はもう、僕の事気づいてるんじゃないかな」
「__」
その声の主は僕だった。
僕は絶句した顔で後ろを振り向い__
φ
「ぐふっ!!」
何か腹に急激な重みを感じ、杉糸は目を開ける。
腹が重い、まるで漬物石が乗ったようだ、乗っけた事ないけど。
寝ぼけ眼で腹を摩ると何かがある。
「ん?」
むくりと首だけ動かし腹を見ると、銀の湯たんぽがいた。
「おはよう」
狐凛にそう声をかけると彼女はびくっと反応し、すさささと腹の上から離れていく。
「夜中……いや朝か」
外の色はあてにならないんだった。火の玉の色は白、朝だ。
「ごはん……食べる」
すると狐凛は小さな声でそう言ってきて杉糸はありがとうと言う。
「一緒に食べる?」
狐凛はこくりと頷いた。




