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死にたくても狐(君)の為なら生きよう  作者: れっちゃん
命さえあればどうなってもいい
96/112

勢力図


 借りた部屋は一人では勿体ないと思えるレベルだった。八畳ほどの広さに勝手に動く多分呪いの人形がお茶まで運んでくれた。


 お茶と菓子を体に入れ、取り合えず栄養を補給した杉糸は心が落ち着いたと思うとドッと疲れが押し寄せて来た。


 そういえばイノシシに追いかけられたり蛇に食われかけたり散々だった。


 今は少し休もう。


 瞼を閉じて眠ろうかと思ったのだが、


「おい杉糸」


 上の天井から狐露の顔がにゅっと現れ心臓が一瞬止まる。


「そういえば君に名前教えてたっけ」


「逆猫には言ってたな」


 そういえばそうか。

 

「少しわらわに付き合え」


 嫌な予感がしたのでやんわり嫌だと回りくどく言う事にした。


「一番偉い妖の仕事ってあったりするの?」


「ふん、わらわの仕事は適当に判を押すだけのものだ。この国にとってのわらわは兵としての価値以外誰も期待しておらぬよ」


「じゃあ兵として訓練したりとかはしないの」


「ええい、いいから付き合え、部屋を貸さぬぞっ」


 そう言われたら従うしかないので狐露に付き合う事にした。


     φ


 この現代服では圧倒的に目立つので狐露から着物を借り、杉糸は夜の都を歩いていた。

 

 人に似た者、人だった者、二足歩行な者、空に浮かぶ者、獣染みた者、歪な者、この世界に住む者を数えていってはキリがない。


「あまりキョロキョロ顔を動かすな、目立つじゃろう」


 隣で狐の面を被り並び歩くのは狐露、どうやら僕にこの国の紹介をしたかったようだ。

 その理由を聞くと客人に国を案内したいと言えば外に出る理由が出来るから、らしい。


 石畳の道をこつんこつんと履きなれない下駄で歩きながら杉糸は聞く。


「この町、いや国か。この国はどれだけ広いの?」


「数刻前に鉢合わせた大蛇を百一匹ほど放し飼い出来るほどだ」


 譬えが独特過ぎる。


 しかしやはり国としては小さいかも知れない。国というよりは都なのだここは。

 そういう意味でも人とは違う。


「そういえば夜なのにみんな元気だね、子供もいる。やっぱり妖は夜の方が良いのかな」


 狐露が屋台の焼き鳥屋で五本くらい串タレを注文し、一本だけ僕に渡してくれながらも言う。


「確かに夜の方が好まれるが違う、ここに夜以外の概念はないのだ。全てが夜というわけだ。ほれ」


 串を貰い、まあ食べても大丈夫かと杉糸は口に入れる。

 旨い、柔らかい肉に甘いタレが上手く染み込んでおり時々来る炭の苦みが屋台って感じがして味がある。


「だが日の出を確かめる術ならある、国中に火の玉があるであろう?」


 狐露に指摘され、この屋台にも提灯の中に灰色の火の玉が蠅のように蠢いていた。

 

「これは?」


「はぐっ、はむっ、ひょれが」


 何故かお面の口元だけばかっと開き、そこに肉が放り込まれていく。


「食べてから喋ろう」


 ごくん。


「火の色だ。火の色が白なら朝、そこから濁っていき黒く染まれば夜という事だ。火が明るいうちは皆働き、火が濁れば皆家に帰り眠る、それを繰り返して生きている」


 杉糸はその言葉に一瞬、ある事を言いかけた。

 飯を食う必要のない妖が人と同じ飯を食い、眠る必要のない妖が人と同じように眠る。


 まるでそれは、人の真似事のようではないかと。


 次に狐露は屋台の団子屋で七本ほど三食団子を買いながら一つこちらに渡してくれる。


「まあ其方の考える事はわかる、まるで人の真似事じゃろう?」


「顔に出てる?」


「いや、わらわの立場ならそう思った」


 狐露は皿に乗せられた団子を持ちながら屋台の横に用意された椅子に座り、団子を食べ始める。

 杉糸も隣に座り、さっき貰った団子を習って食べ始めた。


「だが真似事のおかげでわらわ達は長く繫栄と安寿を続けていられる。人の知恵は面白いものだ」


「君は人は嫌いじゃないのかい」


 杉糸はお茶をずずっと飲む。


「それなら其方を見捨てておる。本音を言えば妖と人は敵対する立場である、がわらわ達は心底どうでもいい、そもそも必要以上に関わる気がない」


 その言葉は、本当に興味がないという感情が籠っていた。


「わらわにとっては人の世は……異国以上の別の世に等しい、少なくともここに住む妖は人に敵意を持っているのは……半々と言ったとこじゃな」


「ここに住む、か」


「うむ、そもそもここに住む者は人に追われ逃げて来た者も多いからな、ああそういえば其方は何も知らぬのであったな。大将、同じのを四本」


 まだ食うのか。

 そう思いながらも話が長くなるという比喩だろうと言い聞かせる事にした。


「大雑把に日の国に住む妖は三つの国に分かれた、穏健、無関心であるのがこの狐の国」


 狐露が食べ終えた串を一本、空の湯飲みに入れる。


「人を嫌い過激な連中が鬼の国」


 二本目を僕の湯飲みに入れる。


「利となれば人だろうと妖だろうと手を組む腹黒いのが蛇の国」


 三本目の串は横向きにして二つの湯飲みの上に置く。

 その後狐露は残った四本目の団子を手に持った。


「そしてその三つの何処にも馴染む事が出来なかった者、その者達、はむっ。人の世に降りて陰陽師に退治される」


 団子を食べ、律儀に四本目だけは青い炎で塵芥にされた。


「ある種の内輪揉めか」


「まあそんなところじゃ」


 やれやれと狐露は両手を上げてお手上げのようなポーズをする。


「本当の敵は人でも陰陽師でもなく同じ妖というわけだ、うんざりする」


「どうにかならないの?」


「その三つの国が手を組む状況は、わらわが人を滅ぼすのを決心した時くらいであろう。つまりはそういう事だ」


 手を組む事は絶対にないと。


「大将、勘定だ」


 食べ過ぎたからなのか心底気苦労が絶えないからだろうかどっこいしょと狐露は立ち上がった。


 それからも適当にぶらりとこの国を歩き、町の炎は濁っていく。

 黒く染まった頃、大きな橋の上で下の水の流れを見ていた。


「ほれ見ろ、人面魚だ」


「本当だ、気持ち悪いね」


 人面魚でも鯉サイズなら良いのだが、鯉のぼりを数倍大きくしたようなのがたまに泳いでいるので不気味だ。

 後河童みたなのもいる、まだ頭に皿も無く緑色の人、これから人の噂で河童に進化していくのだろうか。


「なあ、其方はあまり笑わないな」


 不思議な生き物を橋の手すりに上半身を乗っけながら見下ろしているとふと変な事を言われた。


「結構笑ってると思うけどね」


「わらわにとっては作り笑いにしか見えぬがな」


「どうでしょうね」


 杉糸は笑みを見せながら狐露に顔を見られないよう頬杖をつくように顔を隠した。


「わらわの国はそんなにつまらぬかや?」


 狐露の顔は面に隠されている、ただ声で少しだけ不安なのがわかった。


「そんな事は無いよ、ただ__」


 その時だった。

 ちっと橋の手すりに何かが走った。だがそれは目視出来ず、目の錯覚、異変か何かかと思ったのだ。


 だが違う、体で感じた。

 

 風のように何かが過ぎり去り、狐露がその答えを言う。


「なんじゃ、かまいたちか__って其方何を!?」


 その時、僕は既に橋の下に落ちるように身を乗り出していた。


 さっきのかまいたちのすれ違いで、胸にかけていた狐露の小巾着が橋の下に落ちようとしていたのだ。


 間に合わない、だから落ちる事を選んだ。


「って何をぉぉぉぉぉぉ」


 狐露の声が小さくなっていくのを感じながら、杉糸は落下しながら巾着を取った。

 取れたのだが、


 あ、死んだ。


 人面魚は大きく口を開き、丸呑みされるまで後二秒__


 ぐいん。


 体は急に磁石に引っ張られるように重力の法則を無視して人面魚の口から離れ、水切りの石のように何度か水の上で転がると顔の穴中が浸水した。


「げほっげほっげほっ」

 

 今日二度目のダイブ、これは明日風邪引くだろうと苦笑していると、


「きぃさぁまぁはぁなーにぃをーやぁっておぉるぅ!!」


 同じく入水しびしょぬれな狐露が後ろから僕の首を腕で絞めて来た。


「ぐぅ、き、巾着が落ちちゃって」


「だからって飛び込む馬鹿がいるかぁ!」


 久しぶりだな、こんなやり取り。

 最近僕は命を無謀に使う事は減ったから本当に懐かしささえ覚えた。


「ハハハハハハハっ」


 だからだろうか心の底から笑顔が漏れた。


「何がおかしいっ? 何故この状況で笑えるのじゃ?」


「なんでだろう、ああそうそう、さっきの答えだけど僕はこの国を楽しんでないんじゃない、ただ不安で怖いんだよ。元の世界に帰れないんじゃって。ただそれだけなんだ」


「わらわは……わらわは」


 狐露は何故かそのまま押し黙ってしまった。まるで答えに詰まったかのように。

 

「言った方がスッキリするかもしれないよ?」


 そんな確信も取れない言葉に、狐露は口を開いてくれた。


「わらわはこの国が好きじゃ、しかしこの世界は敵だらけ、味方さえ信用できぬ事だってある。この平和が好きだ……他の妖から臆病者の国と罵られても母が残した国が心底愛しておる……だから其方の表情が乏しいのはこの国がつまらぬのかと思い……」


 面のせいでわからないが、声が泣き声に近い。

 そうだ、この時代の彼女は幼い。それを忘れちゃいけないんだ。


「ううん、楽しいよ。だからそんなに気負う必要はないんじゃないかな」


 言い聞かせるように言い、狐露はこくんこくんと頷く。


「そうか、偽りでもそう言ってくれると嬉しい」


「本心だよ」


 そう言った瞬間に、僕の足が人面魚に食べられ急に引きずられた。


      φ


 風邪引くかと思った。

 服を一瞬で乾かして貰ったと言っても冷えた事実は戻らない、その後即急風呂に入り、ゆっくりと長い時間をかけ体を温めて寝間着を借りて城の部屋で暖を取っている。


 この時代にストーブはないが、妖の力を応用したそれに近いものは存在し、ただそれっぽい箱に狐露が作ってくれた火の玉を入れただけなのだがそれがすっごい暖かい。


 今日はこのまま眠ってしまおう。

 疲れたしこの時代の病原菌とかかかったらまず死ぬ、妖側は大丈夫だろうけど僕はアウトだ。

 本当に健康第一にしとかないと。


 そう思って布団を用意しようとしたのだが、


 ふと気配。


 きょろきょろを部屋中を見渡した。すると一つだけ閉じていた襖が微かに開いていた。

 そしてそこから銀色の毛が微かに見えた。


 まさかな。


 そーっと近づいて戸を開けようとすると、一瞬銀色の影がひゅんと見えただけで気配が消えていく。


 杉糸は少しだけ笑った。 

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