お国
ぽろっ。
狐露の咥えていた肉が落ち、慌てて地面に落ちる前に狐露は拾う。
「未来、ほーそれは面白い話だ。が無邪気に何でもかんでも信じる時期は終わったのじゃ。話を聞く気は失せた。貴様の頭を無理矢理のぞかせてもらうぞ」
すると狐露に頭を掴まれ、頭蓋でも潰されるのかと一瞬思った。
こうやって自分の頭を覗く? らしい。
「ふむ、ふむふむふむ、ふむ、ふむふむふ、ふむっ!?」
何度かわかったかのように頷いていた狐露だったが咄嗟に手を離し目を丸くする。
「どうしたの?」
「弾かれた」
「え?」
「貴様の中に何人か存在しておる。その者に拒絶された。まあ貴様が廃人になっても良いのなら覗く事は可能だが」
一つ思い当たる節はあった。
だけどそれは目を逸らしたい存在ではある。
「それは勘弁だな」
悟られないよう笑顔を作る。
「ならば証明してみせよ、世迷い事か真実か」
杉糸は軽く考えた。
体の特徴や尻尾を撫でられる時に好きな場所とか言いかけたが殺される気がするのでやめた。
「じゃあ、君には狐凛という妹がいる」
ぴくりと耳が反応した。
本当にわかりやすいなこの子。
「母親は大陸の狐で酒池肉林をやり過ぎて退治された、先の時代の君は本当にこの時代の事は話したがらなくて」
ちらりと見る。
尻尾がうずうずと反応していた。
「これくらいしか知らないけど信じてくれるかな?」
「まさか其方は時を超えやってきたと……」
「信じるの早いよ」
「はっ! いやいや信じたわけではないぞ? じゃが其方がわらわに手を伸ばした事は信じてやらん事もない。まっ、其方が救おうとせずともわらわは一人で解決したのじゃが」
「知ってる」
無意識からか、意識してか、彼女が其方呼びになった事から少し安堵する。
すると狐露はいつの間にか行衣を燃やし、いやいつもの衣変えを始めて、あっというまに黒い小袖の農民のような衣服に変わっていた。
自分の知っている狐露の着物と比べると、少々芋っぽい印象を抱いた。
そしてどうだ、凄いだろうみたいな顔をしていた。
それについてはにこやかな作り笑いで答え、本題に入る。
「助けて貰って図々しいんだけど、もう一つお願い、助けて貰欲しいんだ」
「それはなんだ?」
杉糸は一度呼吸をして間を置く。
「今、行くところがないんだ、住む場所も、頼って良い相手も君以外」
すると狐露は困ったように腕を組んだ。
「しかし其方は人じゃろう? 妖の国よりは人の里に降りた方が生きやすかろう」
妖の国? そんなのがこの時代にあるのか?
その用語に意識が持ってかれそうになるが、一旦置く。
「駄目だよ、君は僕に対する違和感か何か感じないかな……? 僕の呪い的な何かに」
「呪い?」
そう言うと狐露はあっけにとられたような顔をした。
「ふむ、呪いかはわからぬが……確かに其方には奇妙な匂いを感じるな? 人でも妖でもない……奇妙だ」
「そんな大層なものじゃないよ、ただの妖力だっけ……? それがない人を殺すだけの呪い、これのせいで僕に関わった人はみんな不幸な目に遭っている。だから誰も傷つけられない、だから__」
助けてほしい。と言いかけたが言葉が出ない。
心の何処かが圧し止めてしまっているのだ。
図々しく助けを要求できる立場か、と。
心臓が急に苦しくなり、喉が閉まり呼吸が苦しくなる。
だがここで逃すなと無理矢理体に言い聞かせて口を開いた。
「助けてほしい、お願いだ」
それに対して狐露は、
「わかったわかった、そんな雨に打ちひしがれた小動物のような目はやめろ、良い顔が台無しじゃ」
狐露は窘めるような笑みをしながらポンポンと僕の肩を叩いてくれた。
「ふふん、仕方あるまい、其方をわらわの国に正体してやろう」
「わらわの国……?」
「ああ、別に領主と言うわけでもないが立場上長を務めている」
あまり狐露は昔の事を話したがらなかったが次から次に聞いた事のない事実が増えて驚きを隠せずにいる。
もう少し僕に話してくれてもよかったのにと思う反面、僕が世界中歩きまわった時の話をあまりした事は無い事を思い出しそんなものかと勝手に納得した。
すると狐露は自分の幾つかある尻尾の一つを脇腹に固定し毛を整えるように毟っていたのだ。
そしてある程度毛を集めると何処からか小さな巾着布を取り出し中にあった砂糖菓子を一気に食べて空になったそれに毛を入れていく。
「これを持て」
「これは?」
毛の入った小さな巾着袋を持ちながら杉糸は聞く。
「わらわの妖力で其方の人間の匂いを消す、それを持っている間は其方は妖だ」
ついてた紐が長く首にかけ、これでいいかなと杉糸はアイコンタクトをすると狐露は肯定の頷きをした。
「さてさて火も消える、そろそろ行くか」
狐露は立ち上がり、両手をパンと打ち鳴らして軽く開くと青い炎が現れた。
そしてその青い炎は瞬時に横開きの戸のような形を作り出し、その考えは正解なようで戸が開くと狭間のような夜の世界が先には広がっていた。
取り合えず今は生きる事を考えよう。
「はぐれるなよ?」
「うん」
揶揄うように笑う狐露についていき杉糸は足を進める。
φ
戸に入った途端そこは暗闇の世界だった。
何も見えない、地に足がついているのはわかるだけの無と闇。
杉糸は防水で何とか生きていたスマホのライトを使おうとした。だが電源を付けたはずなのだが何も反応はない。やはり防水といえど壊れてしまったのか。
「そうじゃそうじゃ忘れていた。人にこの道は見えぬ。妖にしか見えぬよう作られておる。まあ一種の防衛じゃな」
あまり自信はないが声のする方に歩き、取り合えずはぐれない事を意識しようとするが、
「やれやれ仕方あるまい、ほれ、わらわが手を握ってやるから手を出せ」
「ありがとう」
そう言われ手を差し出そうとするが上手く目が見えず彼女との慎重差が割とあったのを計算してなかったのが失敗だった。
狐露の体の柔らかい部位、恐らく胸を触り、手が触れた瞬間しまったと脳が危険信号を放ち、目の前にストロボが散って意識が__
「ほれついた」
べちんべちんと何か太い鞭が何度も顔を叩く痛いのか痛くないのかむず痒い衝撃で目が覚める。
これは……尻尾かな?
「動くなよ、今其方を肩から担いでおる」
そうか担がれてるのか僕。
まだ視界は暗い。次に体にずどんと落ちる衝撃が走る。
落とされたのだろう。
「ぐえっ」
「降ろすぞ」
「降ろす前に言ってほしかったな」
「さっきのお返しだ」
狐露の口調は少し棘がある、やはりさっきのは胸だったらしい。
としてもう一度パンと何かが打ち合う、手を合わせたのか。手を合わせる音がして何もなかった無の暗闇に光が灯った。
暗闇に戸が生まれ、戸の先には同じ夜だがこの何も見えない暗闇と比較すると十分灯りに値する空間が広がっていたのだ。
「さて行くぞ」
狐露は意外にも狐のお面を持っていたのだ。黒く目元に赤いラインが入った感じのを。
それを付けて歩いていき、杉糸も立ち上がってついていく。
その赤い月で照らされる地に立った瞬間、目を疑った。
一言でいうなら魑魅魍魎や百鬼夜行に近い、見た事あるような妖からよくわかんないものまでよりどりみどり。だがそれに関しては最初から予想ついていた事なので意外にも驚く事はなかった。
だが予想だにしなかった、ガード外からのボディブローはこの国と呼ばれる地である。
あまりにも時代錯誤が過ぎた。
この地は城下町だ、だが平安の時代で考えたらかなりのオーバーテクノロジー。
瓦屋根の長屋住宅が並んでおり、その奥に連結式の黒い城が建ってあったが少しおかしい、いや少しかな?
あまりにも建物や生活水準がかなり先の時代だ、恐らく江戸時代のその辺りの人間のような生活を妖達がしていたのだ。
思ってた以上に国であった事、時代を先取りし過ぎている事、人と変わらず過ごしていた事、杉糸は何があったんだろうと気になった。
すると狐露はさっきの不機嫌さなど忘れてしまったかのように言った。
「ほう、あまりの繁盛に声も出せぬようじゃな」
「うん」
一言だけそう言い、きょろきょろとこの国について見回していると何か腰に衝撃があった。
「あ、大丈夫?」
子供がこちらの腰にぶつかったようだ。
「えへへ、ごめんなさ__」
頭を掻きえへへと笑う子供だったが、目がぽろっと落ちた。
「おっと」
杉糸は慌てて目をキャッチし、子供に渡す。
「ありがとう」
かぽっ。
「眼球が裏返ってるよ」
「あ、本当だ」
子供は目をぐりぐりと動かし目を正しい位置に戻す。
何の妖だろう、妖というよりは幽霊寄りなのかも。幽霊も妖の一種らしいけど。
「人にしては意外と慣れておるのだな」
すると隣で仮面を被った狐露がこちらを試すかのように言っていたのだ。
「人間も目は取れるからね」
「…………普通は取れぬぞ? まあ良い、行くぞ」
そのまま直進的に狐露についていく。
そしてついでに住民や町について観察するのだが、お店や屋台等が多く妖達が商売していたのだ。
飲食店やら雑貨やら薬屋やらその他多数、本当に城下町と変わらない。ただ妖を人間にすり替えただけでしかない。
ちゃんと金で取引をしている。
それに加え妖達はみんな理知的だった。みんな人のように平和に暮らし、人のように秩序を守って過ごしている。そう見えた。
さっきまで町を見る事に集中し過ぎていた杉糸は狐露に声をかける。
「凄いねここ」
「そうであろうそうであろう」
「それに先の時代の建物や生活ばかりだ。多分五百年くらい先」
「ふむ、確かに時を超えたと自称するだけの事はあるな」
狐露の声が嬉しそうなものからシリアスなものに変わった。
「その通りだ、この国の技術は人間の先の技術を少々拝借した結果だ」
「どうやって?」
「わらわの母だ、今は亡き母は未来を見る力を持っていたようだ、だからその先の時代の技法を利用させてもらったというわけだ」
「そういうわけか」
思っていた以上に凄いな、そう思いつつも時々人とは違うというのが浮き出てくる。
まずこの町に屋敷、というか上階制度はあまりないらしい。城以外の全てが長屋だ。
後、城もだ。立てこもり戦をする為の城なのだが城の下の町から最低限塀で区切られているだけで、敵を足止めしたり苦戦させたりする配置がされてなかった。
とまあ僕と狐露はその城の門の入り口に近づいているんだけど、門番をしている血を流す落ち武者二人からコソコソとバレないように何故か動いている。
「ほれほれこっちだ……足音を立てるなよ」
「……君はこの国の長なんだろう? もっと堂々としてればいいのに」
「勝手に城の外に出たら叱られるのだっ」
「城どころか国の外に出てたよね……?」
石垣の塀側からぐるりとスパイゲームのような足取りで歩きながら、ふと狐露は立ち止まる。
「よしこの辺りでよいか……」
狐露が炎を灯した手で塀に触れると通り抜けれるような穴が生まれだしこそこそと入っていく。
「ほれ、其方も早く来ぬか、閉じるぞ」
まるで泥棒だ。本当にこの国のトップなのだろうか。
正直疑わしい。
穴に入り、城の敷居に入った同時に、
「げーっ!!」
狐露の悲鳴が聞こえた。
なんだなんだと杉糸も声に首を傾げていると、目の前に紫髪の若い着物の女性がいたのだ。少なくとも見た目だけなら僕と同じくらいの年には見える。
人と同じ姿形をしていたが、違う。彼女も頭に猫のような耳を生やし、尻尾もあった。
「また勝手に外出とは言い御身分ですね」
静かにごみを見るような目で狐露を見ていた猫だった。
「いやわらわこの国の主……」
「だからですよ、少ししは領主である自覚をお持ちになってもらいたい。他国や陰陽師やら敵は沢山おられるのですから」
「いやだからわらわこの国で一番……」
「わかりましたか?」
返事を強要するような睨みで狐露はこくりと頷かされた。
「はい……」
狐露はしゅんと肩を落とし、どうやら彼女には頭が上がらないのだろう。
「それでそちらの方は?」
問題が一つ解決したようで少し柔らかい表情になった猫はこちらを見た。
「ああそやつは客人だ」
「客人……ですか?」
「丁重に扱う必要はない程度の客人だ、まあわらわの遠い親戚のようなものだ。まだわらわにこのようなものが存在していたとは驚いたぞ」
そんな説明で良いのだろうか。正直じっと見られてるし嘘だと思われてるよ。
少し不安が過ったのだが、
「客人であるのなら仕方ありません」
諦めるように瞳を閉じた。
「逆猫と申します。狐露様の臣下を務めさせて頂いています。どうぞお見知りおきを」
ぺこりと会釈をし、杉糸も同じように頭を下げて名を名乗った。
「ではお部屋のご案内でも」
「いやこやつはわらわが持つ」
「そうですか、ではお部屋がお決まりしましたらどうぞ仰ってください」
そう言って逆猫は城の池のある庭を歩いて去っていく。
狐露は大きく溜息を吐き、項垂れる。
「はあ、やっとうるさいのがいきよった」
「はは、大変そうだね」
「そうであろうそうであろう」
「あの猫さんが」と狐露に聞こえないように言った。
「疲れた……行くぞ」
「何処に?」
「あそこだ」
狐露が指さした先は、連結式の城の大きな方、いわゆる大天守と呼ばれた方ではなくその隣の小さく橋台でくっついている小天守と呼ばれた方だった。
「わらわらはあそこに住んでおる、生憎空いてる部屋は多くてな。其方に一つやる」




