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死にたくても狐(君)の為なら生きよう  作者: れっちゃん
命さえあればどうなってもいい
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さいかい


 目を開くと不思議なところに立っていた。

 紫色のうす暗いのか明るいのかよくわからない明かりのその一帯は見覚えがあった。

 

 足元には浸からない水面、目の前には巨人がくぐるような鳥居が幾つも等間隔気味に直線に並んでいた。

 

「狭間か」


 あの世のこの世の中間世界、不安定で迷ってしまえば終わりとされる恐ろしい空間。

 自分が来た時よりは月の色も水面には紅葉や桜が幾つも浮かんでいるのを見て光景が変わっているようだった。


 僕は消えたはずだ、しかし生きて狭間に立っている。

 何が、何が起こっている?


 狭間にいるという事はまだ消えたわけじゃない? いや消えたから狭間にいるのか?


 考えながらも水の振動を響かせながら歩こうとした。


 一つ目の鳥居を潜るべきかどうか考えていると、


「よう」


 背後から声がした。


 すると後ろには黒髪の厳格な若い男が__


「ナナシさん?」


「正解だ」


 目を見てわかった。

 まるで待ち構えてたかのように立っていた男性は、例の機械仕掛けの神様であったのだ。


「どうしてここに」


「まずその言葉は自分に向けた方が良いんじゃないか」


 今日の彼はクールなイメージを抱く口調だった。

 

「そうだ、僕はどうしたんですか? 体が勝手に消えて目が覚めたらここに」


「お前は仕事を要求された」


「仕事?」


「ああ」


 まさか誰かによって仕組まれたのだろうか。だがこれが自然現象やバグでなければ元の世界に帰れる可能性が芽生えた。


「それはどういう、っていうか誰に」


「黙祷させてもらう、というより言っては仕事が崩れ落ちる。その仕事が失敗したのならお前だけじゃない、お前の大事な周りでさえ不幸になる」


「抽象的ですね」


「ただ言えるのはこれからの貴様の行動次第では狐の元に戻れる、それは確かだ。戻りたければ聞くな」


 彼は有無も言わさぬ雰囲気で腕を組み溜息を吐いた。


「行け、行けばお前のやるべき事は自然とわかる」


「ナナシさんは行かないんですか?」


 すると彼はこくりと頷き、手を振った。

 杉糸は進むしかないのかと覚悟を決めて一歩踏み出そうとした。


 その時だった。


「俺の名前を憶えていたな? 後は任せた」


「それってどうい__」


 杉糸が質問するよりも早く自分の視界や聴覚は光に遮られた。


     φ


 目に見えるのは山中の木々、鼻孔をくすぐるのは自然の匂い、何処からか聞こえてくる川の音、ベロを粘つかせる自分の唾液。

 そして何も感じぬ人の気配と狂ってしまった自分の五感という名のコンパス。


 ヒトはこれを遭難と呼ぶ。


 年は二十四になった白髪の青年は参ったなと苦笑いし、額にへばりつく汗を服で拭った。

 これは完全にまずい、今歩いている道は獣道でも人の歩く道でもない傾斜、自然のトラップに少しでも足を踏み外してしまえば恐らく大怪我待ったなし。

 

 木の根を上手く避け、ゆっくりとゆっくりとあれこれ一時間ほど歩いていたのだが、一向に道は切り開かれない。

 時間はどれくらいだろう、まだ太陽が落ちる気配はない、だが今やダウンとメンズズボンとスマホしか装備していないこれで野宿は死ぬ。多分死ぬ、絶対に死ぬ。

 

 だが焦りは禁物、日が落ちたらその時はその時で考えよう。前も遭難した時もこんな感じで二日は生き延びれた。

 達観か楽観か、どちらにせよ自分のペースで歩こうと思った杉糸なのだが……


 さっきまでいた道の上にイノシシがいた。

 こちらを見下ろし、あ、これはマズい奴だと一目で判断できる恐ろしい雰囲気を醸し出し……


 この場合、どうすればよかったんだろう。

 動物に背を見せた瞬間追いかけられる可能性だってある、しかしじっとして近づかれて襲われちゃ困る。


 イノシシはこちらが動くよりも先に猪突猛進の勢いで走り出した。


 全速力で逃げる。


 それが正しい選択か忘れたが、これは死体のフリは無理そうだ。


 杉糸は傾斜を利用し全速力で走った。

 後ろを見ていちゃ足元が見えない。前方と下だけを見てただ走る。


 運動神経が元から良かったお陰か狐露に鍛え上げられたお陰か、山に殺される事はなさそうだ。

 イノシシに食われ、山の肥料になる可能性は今も高いが。

 

 背後から何かが迫る気配がある、もっと速く。もっと速く走れ。

 一つ、一つだけ一か八かがある。


 杉糸は走り続け、徐々に強くなっていく水が打たれる音の方に向かっていった。


 山道が開き、緑が作り出す影の世界から飛び出した、というか思いっきりジャンプした。


 既に聴覚は水の音に全て飲まれ、杉糸は滝と横並びになるように落下したのだ。

 水は浅くない、だが滝の落差があまりにもおおき__


 がぶぶぶがぼおぼぼぼおぼがあが!!!!!


 全身に殴られるような衝撃と服の重さに体が深く沈んでいくが、意識が失ってないだけラッキーだと、冷静に浮上していく。


 そして水から顔を出し、軽く気管に入った水を吐き出した。


「げほっけほっ……ふう」


 杉糸はさっき自分が落下した崖を見た。

 三十メートルはありそうだ。よく生きてたな……

 

 同時にイノシシは降りてくる気はなかったようで何とか衝突死は免れたようだ。運が悪けりゃ水死体だったが。


 兎に角体が重い、足がつかないここにいるのは危険だ。

 陸に上がろうと滝の水辺から離れようと思っ__


「おい、誰じゃ? 人が一人で泳いでる時に間に入った不届き者は」


 話し方に反して声が凄い可愛らしい少女だった。

 やっと誰かに出会えた、そう思い軽く助けて貰おうと振り返ろうとした。


「え……」


 杉糸は言葉を失った。


 黒く長い髪を解き、肌襦袢のようなもので泳いでいた少女は頭に狐の耳が生えていた。


 酷く整り過ぎたこの世のものとは思えない容姿を持ち、口元から露わになる小さな牙を持つ少女はあまりにも彼女と似ていた。


 いや似ていたというレベルじゃない。

 

 目の前の少女は狐露そのものだった。


 だが違う、狐露じゃない。


 だって狐露は……大人であって少女ではないのだ。


 不審な目でこちらを睨む狐は、十五ほどの容姿をしていたのだ。

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