三すくみ
「わ、わ、わ、わ、わ!!」
本格的な賭け事はやめていたわらわだったのだが、運試し程度として買った宝くじが何と十万円として当選していたのであった。
何かしら十万円に縁のあるわらわだが……
「ねえ狐露、どうしたの?」
「わ、わらわは厠に!!」
妖な分、用を足す必要など一切ないと言うのにせかせかと杉糸から逃げ始めた。
そして厠に勢いよく入り、深呼吸する。
もう一度当選番号とわらわの買った宝くじが合っているか見る、うむ、間違っていない。
にやぁと頬が緩み、うむ、この金はわらわの物だ。絶対に誰かに気づかれるわけにはいかないとゆっくり扉を開けた。
きょろきょろと周囲を見渡し、杉糸にも狐凛にも見られてない事を確認し、ぴゅーっと宝くじの隠し場所を探しに行くのであった。
φ
だがそれを見ていた者がいた。
「姉様……? 何故お手洗いに?」
狐凛は排泄など必要のない自分たちが何故トイレに行っていたのか首を傾げる。
もしや忍者のように気配に気を遣っていた事から、背後にサヨナキさんでもいるのだろうか。
またいかがわしい事でもしているのか苦い顔になる。
だが杉糸は一切出てこず狐凛は首を傾げた。
「サヨナキさん? いるのです?」
ここで引いていればいいもののつい扉前でノックする。
だが反応はない。
まあこれ以上探るのもアレだろう、そう思い振り返って居間にでも向かおうとするが、
「あれ、狐凛どうしたの?」
すると居間からサヨナキさんが出てきたのです。
余計に意味がわからなかったが、特に訳もなく行ったのだろう。そう解決する事にした。
今日の晩御飯は珍しく姉である狐露が豪勢な食材を買ってきた。
その中でも際立って目立ったのは大きな新鮮な鯛の刺身、キラキラと輝く身に豪華な容器に乗せられたそれを見るだけで感慨深い声が漏れた。
「姉様、何か良いことでもあったのですか?」
「ん、まあ少々な」
狐露ははぐらかすかのように言葉を濁した。
「わあ凄いねこれ」
そして遅れてサヨナキさんがやってきたです。
「感謝するです、姉様のおかげでこんな豪勢な夕食が摂れるのです」
えへんとまるで自分のことかのように胸を張る。
「うん、でもお金とか大丈夫?」
「ま、まあ今日はわらわにとって良いことがあってだな、金は気にするではないっ」
「ではお言葉に甘えましてです」
そして気にせずいつもより華やかな食事を終えた私達なのですが、姉様は突如こう言ったのです。
「む、少々酸っぱいものが食べたくなったな」
「でしたら私が蜜柑でも持ってくるです」
居間を出て正月用に置いていた蜜柑の余りを冷蔵庫から持ち運ぼうとしている間、頭に電撃が走ったかのような結論に辿りついてしまった。
鯛……? 酸い物……? そして必要もなく厠に行った時の姉様は何処かしら嬉しそうにして……
「はっ!?」
それに気づいた瞬間、私は蜜柑をゴロゴロと落としてしまい、どう反応していいのか顔をバグらせた。
「はわわわわわ、に、に、に、に、に、に、に、妊娠したですか?」
φ
最近狐凛の様子がおかしい、いやまあおかしい時は結構あったんだけど今回は……物凄く触れにくい状況になってしまった。
杉糸は思い出す。
少し前、挙動不審があまりにも続く狐凛を少し心配し声をかけようとしたのだ。
すると偶然彼女は病的にスマホを弄っていたのでちらりと見えた。
妊娠、妊娠期間、妊娠検査機正確、妊娠したら、流産の心配。
変な声が出てしまいそうな検索履歴だった。
それだけじゃない、まさかな、まさかなと思いながら廊下を歩いていると、狐凛は放心気味にぽつんと独り言を言ったのだ。
『に、妊娠……どうすればいいです……』
それを言った彼女はこちらの存在には気づいていなかった。
妊娠……? まさか狐凛が……?
杉糸の頭は一気に容量オーバーな情報量を詰め込まれパンクした。
一体いつ? まさか暫く屋敷を断った時に?
彼女はまだ子供じゃ、いやこちらの何倍も生きているからありえなくもない話なのだが……
それ以上に『相手は誰だ?』という結論に辿り着いた。
まさか一夜の過ちとかではなければいいのだが、狐凛は嬉しがっているよりは悩んでいる様子。少しでも気を楽にできるよう問い出してみるか。
その後、杉糸は相手の精神面を考慮しながらもやんわり聞く事にした。
「ねえ」
「はい? なんです?」
そう言う狐凛の目の下には隈があった。
「最近、何か悩んでる事とかない?」
「はっ、ほんと誰かさんのせいで偏頭痛が痛むです」
狐凛はこたつに入りこめかみを抑え始めた。
「喜びたいのはやまやまですが、あまりにも突飛な話過ぎて追いつかないです……」
そりゃあそうだろう。
でも不幸になる結末だけは避けたい。
「でも僕達だけじゃなく色んな人が手助けしてくれるよ、だから気にせず言ってもいいんだよ」
「……姉様が言った方が良いです……」
何故そこで狐露、もしかして狐露にはもう伝わっているのだろうか。
「はは……まあ狐露に聞かなくても何となくもう知ってるんだけどね……」
「なっ」
すると狐凛は急に立ち上がりかけたが、へなへなと崩れ落ちかけていく。
「おっとっとと」
危ないので体を支え、そっと優しくクッションを用意してこたつで横にさせる。
「はぁ……まあそれなら話は早いです……」
狐凛は肩の重荷が減ったのか少しだけリラックスしたような顔になった。
この調子で聞くのも少し躊躇ってしまうが、切り出さなければ始まらない。
「それで……」
僕は聞く。
「誰の子?」
「へ……?」
それを言った瞬間、僕は言わなければよかったと後悔した。
狐凛の顔色が一気に青白くなり、白目を剥いて泡を吹き始めた。
「狐凛!?」
僕も目を大きく開いて驚き、彼女の肩を軽く持つ。
「ねえ、大丈夫!? 大丈夫!?」
そう何度か聞き、こういう時肩をゆすってもいいのかと行動が鈍り始めた頃、彼女はカッと目の焦点を合わせた。
そして僕を押し倒し、馬乗りになってグーで殴ってくる。
「ちょ、待って、痛い、痛い」
「何が誰の子ですかっ!! 最低!! 屑!!! 死ねです!! 地獄に堕ちろです!!!」
なんで僕は殴られているのだろう。
意識が半分飛びかけた時、意識が一気に戻ってくる衝撃的な発言を聞いた。
「お前の子供なのですっ!!!!」
「え?」
僕の子?
一体いつ?
ほんとにいつ?
彼女に手を出した記憶はない。
本当にない。
神に誓ってもいい。
本当に手を出してはないはずなのだが……
パリーン!!
拳の雨が止むガラスの割れる音がした。
放心状態だった僕はそっちを見て、そこは酒瓶を割ってしまった狐露の姿があった。
「こ、子供……? 其方に子供が……? ま、まさか其方らの……?」
狐露はふらふらと歩き、床の破片を素足で踏む事も躊躇せず、血の跡を作っていく。
「わ、ははははは、わはははっは」
「姉様どうしたのですかっ!?」
僕の上から離れた狐凛は狐露の元に近づいていくのだが、
バチン!! と狐凛の伸ばした手を彼女は拒んだ。
「はははは……そ、其方らは、そ、なたら」
両目に涙を浮かべながら、唇を強く噛みしめて狐露は言った。
「わ、わらわは、消える、だ、だ、だ、だからし、し、しあわせ、になるのだぞ……」
「ね、姉様っ! 姉様が消えたらお腹の子はどうなるのですかっ!」
「其方達で育てればよい……」
あれ、何かがおかしい。
二人のやり取りを見て、少しズレと言うべきか、ズレが正確に見えて来たのだった。
「子は親が育てるべきなのですっ!!」
「だから其方らが育てろと言っておる!!」
あ、やっぱりあれだ。
何か誤解が生まれている。
「ちょっと待って二人共」
「ええい、性欲猿は失せろ!!」
「そうです責任感ゼロのチンパンジーは!!」
誤解で僕罵倒されなきゃいけないんだ。
ちょっとしゅんとしているが、このまま放っておけば喧嘩に発展しかけない。
少し強引に間に割って入らせてもらった。
「ええと二人共、お願いだから聞いて。多分二人共誤解してるんだと思う」
誤解、その言葉を聞き狐姉妹はきょとんとした顔をした。
よし今の内に説明させて貰おう。
「多分、何故かわからないけど狐凛は狐露が妊娠したって思ってるんだと思う」
「なぬっ!? わらわがっ!?」
「え、違うのです!?」
その反応を見てどうやら正解なようだった。
「それで僕は彼女、狐凛が妊娠したんじゃって勘違いして」
僕は狐露を指さして自分の方にも向けた。
「つまり杉糸が孕んだ……?」
僕は無意識で狐露の頬を軽くぶった。
「ぎゃーっ、其方がぶったー!」
「君が僕と同じく狐凛の方に勘違いしたって事になるんじゃないかな?」
敢えて狐凛と僕が関係を持ったという誤解は気が引けて口には出さなかった。多分言ったら反射的に狐凛に殴られる気がする。
「要は其方と狐凛の間には何も無かったと?」
その言葉で狐凛も何を誤解されていたのか気づき顔を赤らめた。
「なっ、私がこの人とですかっ!? ありえません!! 死んでもありえません!! 寝取られとか私が最も嫌う恋愛行為なのです!! 寝取られとか絶対に死ねです!! 私がもししたのなら腹を斬って自害するです!!」
過去に何かあったのかな。
ずびっと鼻水と涙をすすり、いつもの表情に戻った狐露は? と言った顔をした。
「しかし何故だ、何故このような誤解が始まった? わらわは別に子など孕んではおらぬ。誰かさんが避妊だけは絶対にするのだからな」
嫌味ったらしく言われた気がするけどスルー。
「だって姉様が……鯛を買ったり酸い物を求めたり、用もなく厠に行くからじゃないですか……」
その瞬間ぎくりと狐露が肩を震わせたような気がする。少し怪しい。
「ええい、わらわが用もなく厠に行っても別に良いではないかっ」
「だって姉様の場合だと妊娠検査機とか……」
「知らぬわそんなものっ! 初めて聞いたわっ!!」
狐露は必至に言葉を荒げるが、その必死さは何か裏にある物を隠すのに力を費やしているようにしか見えなかった。
こういう時、高確率でお金が絡んでるんだよなぁ。
競馬だろうか、パチンコだろうか、宝くじだろうか。
いや僕は彼女に対する偏見が酷すぎる気もする。
「いくら当たった?」
とりあえずカマかけとして言ってみた。
「マジか」
すると狐露は一気に冷や汗をぶわっと流しはじめ、その反応で狐凛も何となく何を隠そうとしていたのか察したようだった。
狐凛と僕は苦笑いし、何も問題など無かった事に安堵__
目が霞む。
狐露の姿、部屋の形、目に見える全てが一瞬揺らいだ。
「ええい、わらわをそんな目で見るな……わ、わらわをそんな目で……」
ずっと注視しているから狐露はこちらが怒っているのだと誤解しているのだろう。
「いやちょっと目が、ふらついて……眩暈かな……これ」
「おっと、それは行かん行かん、早く床につかねば」
微かに視界を開け、狐露の姿が近づいてくるのが見える。
僕は彼女の伸ばした手を掴んだ。
掴んだはずだった。
手はすり抜け、預けようとした体は前のめりに倒れていく。
「おっと大丈夫かや」
すり抜けたはずの手は狐露に掴まれ、杉糸は狐露の身に体重を預けていた。
さっきのは……
杉糸は確かに触れた感覚はあったのだ、だが触れた途端手が宙に溶けたように見えたのだ。
それは僕の手か彼女の手か、詳しくはわからない。
ただ気のせいだろう。気のせいだと思うのだ。




