お参りする狐
狐姉妹が綺麗な振袖を着る事に対して杉糸は特に正月という概念にこだわりなど持っておらず服装も冬用のダウンジャケットを羽織っていた。
そして揺れる電車の振動を体に感じながらも、少しでも気を緩めると尻尾と耳が生えてしまいそうな不快感を覚えている。
頭は何とかなるが尻尾はまずい、今履いてるジーパンに穴が開く、もしくは破れてしまう。
どちらにせよ悲惨である事には変わりない。
近所の神社なら良かったのだが、現代の初詣は初めてらしい狐露が大きい所に行きたいと言うので仕方なく遠出する事になってしまった。
とはいえ特急電車を四十分ほど乗れば付く距離なのではあるが。
席に座りながら微震が心地よく、うとうとと眠りかけた瞬間……
頭と尻にむずむずしたものを感じて慌てて起きる。
駄目だ、気を抜いたら耳と尻尾が出てしまう。
「本当に気を抜けないなぁ」
僕が苦笑いする中で、狐の姉妹はすやすやと仲良く妹の方が頭を姉の肩に寄せて眠っていたのだ。
「起こそうかな……」
微笑ましい光景だが、色々と複雑な心境だった。
φ
新年初日ではないにせよ、僕等のようにギリギリに行けばいいだろうと思っていた人達は沢山いるのだろうか、見るからに人酔いしそうな人込みだった。
神社まで続く長い歩道の両脇には出店、出店、出店とずらっと並び、狐露と狐凛はそれに目を輝かせていた。
「おっ、わらわ一度ちょこばななというものを食べて見たかったのだっ、りんご飴も、酒も売っているではないかっ」
「あ、あれはSNSで話題になってた飲むかき氷ですっ」
それってただの解けたかき氷じゃないんだろうか。
「はいはい、二人共本来の目的を忘れないでね」
杉糸は二人の首を両腕でがっしりダブルラリアットするみたいにロックして、出店から離していく。
「ぐえー離せー!」
「ぎゃーセクハラ変態クソ野郎ですー!」
「帰りに沢山寄るからさ」
そう言うと二人は渋々とだが、納得してずるずる引きずられていった。
しかし神社に近づくつれに更に人が増え、鳥居をくぐった瞬間、賽銭箱の拝殿まで長い長い列が見えてしまった。
これを並ぶのはちょっと気怠い。
「うーむ、少々萎えるのー」
狐露も同じ考えだった。
「やめる?」
「いいや、やる」
初めてな狐露はどうやら気合マックスなようで何が何でも拝むつもりらしい。
しかし狐が神社に出向き、お賽銭するって何か冷静に考えたらシュールだな。
寧ろ賽銭を貰う側じゃないのだろうかお稲荷さんは。
そんな事を考え進んでいく。
流石に10分ほど並ぶと社殿が見えてき、もう10分並べば用事は済みそうだ。
ふと奥はどうなってるのだろうと軽く背伸びしてみると、
賽銭箱の上の大きな鈴に、何かどす黒い靄のようなものが見えたのだ。
「?」
目をこすりもう一度見る、いる。
「ねえ狐露、あそこ、鈴の隣に何かいない?」
「む、人が多くて見えないが」
少し身長の小さい狐露は背伸びしてぴょんぴょんするが前の人が運悪く高身長なせいか見えなかったようだ。
狐凛の方はスマホ弄りに夢中で、声をかけるのはやめておこう。
「何か見えるのか?」
どうやら僕の意図を簡単に見抜いてくれたようだ。
「うん、黒いもやも……猫?」
一瞬だけ目を逸らすと黒い靄は黒猫に変わっていてひょいっと鈴を蹴り、人の頭という頭を踏み台にしてぴょんぴょん飛んできたのだ。
「あ、こっち来てる」
猫が見えない? 一般人達は頭を踏まれた不快感だけが残り首を傾げたり頭を触ったりしていた。
「む、何が来ておるのぎゃー!」
飛んで飛んで飛んだ猫は何と狐露の目に肉球、いやこれは爪でガリっと引っ掻いたのだった。
「こ、この不敬なっ」
目を丸くした狐凛は、慌てて手で追い払おうとするのだが、それも躱し人の足元に紛れ込んでいく。
「目立ってるよ二人共」
何も知らない一般人からは突如寄生を上げた黒髪美人と何もない空に手を振り出した銀髪少女にしか見えないのだ。
目の前の背の高いおじさんはギョッとしているし。
「大丈夫?」
「う、うむ……瞼の上を引っ掻いただけで済んだが……すぐ治らぬのも考え物だな……」
狐露は片目を閉じながら、軽く涙を流していた。
「あのクソ猫め、尻穴から口につながるように棒を突き刺して丸焼き、いや矯正成仏の業火でミディアムにしてやるです……」
「女の子がそんな汚い言葉使っちゃ駄目だよ」
「じゃあなんです? サヨナキさんは姉様の眼球が抉れても別に気にしないですか?」
「極論過ぎるよ……」
杉糸が反応に困っていると、当の被害者である狐露は意外にも落ち着いていた。
こんな時一番乗り気で忠臣蔵始めるのは狐露のイメージだったのだが。
「いやよい」
「何故ですっ?」
「あの猫は……地縛霊だ。放っておけ」
少し冷たい声に狐凛は納得いかずの様子だが怒りをひっこめた。
「何かあったの?」
「なんでもない、ただ……わらわの調子が悪いおかげか、せいか、あの猫の記憶が見えた。ただそれだけの事」
狐露は達観したかのように腕を組み、目を閉じた。
そして何度か痛いから目を閉じると言って僕に抱き着いて来た。
「やれやれ、骨をあそこに埋めたのか? やはり正気ではないな……彼奴は……」
僕にはわからない言葉を残し、彼女はため息を吐くのであった。




