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死にたくても狐(君)の為なら生きよう  作者: れっちゃん
君の為なら生きる
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解呪と着せ替え

  

 杉糸が狭間の屋敷に住み始めて約二日、狐露と出会ってから三日が経ったある日の事。

 その前に昨日は自分の何もない素朴な部屋を割り当てて貰い、家具の配置や屋敷の隣に建つ蔵の整理をして日が暮れた。特に目立ったことは無かったので省略させてもらう。

 そんな中狐印は無邪気な子供のように元気だった。


「すーぎーとーっ!」


 がたっと狐の声と共に襖が開き、本を読んでいた最中びくりと驚く杉糸だったが二度驚いた。


「何その恰好」


 狐は死装飾を身に着け頭には三角布と藁人形、腕には釘や呪符や殺生石とわざわざ書かれた石を持っている。


「呪いたい相手でもいるのかな?」


「ふふふ、そんな相手は山ほどいるが今回は違う。今から其方の呪いを解く会でも始めようと思ってな」


 杉糸は目を細めた。


「その服装だと解くどころか更に呪い殺そうとしか思えないよ」


「まあ衣装は気にするな、普段と異なる方が高揚するであろう?」


 狐はそう言ってぴょこぴょこと嬉しそうに耳を動かしていた。

 何となく愛玩動物のようだと思ってしまった。


「そんな衣装の事よりもだ、わらわには幾つもの道具や呪いに関連する知識に長けておる。とーんとわらわに任せろ、白舟に乗った気でいろ」


「白舟?」


「む、違ったのか? 外の国から来た船の名前は白舟と聞いたのだが……」


「それは黒船じゃないかな」


「むーそうであった気もするなー」


「君はいつの時代に封印されたんだっけ」


「平安だ」


「平安の割にはその着物も後の時代のものなんだけどな」


「ある知人から貰った」


「つまりその知識のこの地に訪れた妖か人の入れ知恵なんだね」


「うむ、妖の知人達から聞いた」


 狐はこくりと頷いた。

 つまりは少なくとも十九世紀、二十世紀初期までの知識は持っていても可笑しくはない。

 そんな風に横目で考えているとぺたり、と額に何か札を張られた。


「ナニコレ」


「ふっふっふ、これはわらわ特性解呪の札だ。これはわらわが憎っき陰陽師共から矢のように降り注ぐ呪いを防いでくれた素晴らしいものなのだ」


「なのにここの封印は解けないんだ」


「うぐっ!」


 何気なく言った発言が狐を傷つけた。

 狐は項垂れて落ち込みながら言う。


「これは必ず小指に物をぶつける呪いや必ず魚を食べると喉に骨が刺さる呪いや蟲が寄ってくる呪い等々から守ってくれたのだぞ……」


「いや呪いがみみっち過ぎないかな? 呪いというよりは嫌がらせの範疇だね」


 杉糸が苦笑いしていると札が燃えて灰になるかのように朽ちていった。


「効果あり?」


 狐は首を横に振る。


「まあ札ではこんなものか」


 それを見た狐は一瞬で切り替えて次々と案を出して行く。


「なら万物に効く秘薬を作るぞっ」


 そして狐は巻物に書かれた通りにすり鉢と棒で材料をごりごりと擦り潰していくが、


「えー材料は菊や蘭や百合に彼岸花に毒キノコを少々、惨い状態になった後は__」


「待ってそれ死に関する単語ばかりだよ」


「それなら呪いには呪いをぶつけて……ああっ、わらわの呪いが押し負けた!」


「そんな理論の映画あったね、確か貞子VS__」


「ええい! 幽体離脱だ! あくまで其方の肉体に呪いが付与されているのなら肉体を捨てれば__」


「新興宗教の理屈かな? ああ……でもなんか気分が良いや……まるで自分の体が溶けて行くようで……」


「成仏しかけておる!! 待てーっ!! 未練を残せー!!」


「なら忌み子として子を作り、其方の子供に呪いの全てを継承……わらわなんて恐ろしい事を……」


「一旦落ち着こう、ヤケになってるよ」


 という感じでアレコレ試してみたが何一つ実る事どころか前進する事もなく狐は杉糸の隣で凄い息切れしていた。


「はぁ……はぁ……はぁ……しかしだ、其方は打つ手なしというのによくそうも平然としておるな」


 杉糸は知ってたかのような表情をして軽く笑う。


「まあうん、こうなると思ってたからね」


 既に呪いを解こうとして試す方法は幾らでもやっていたのだ。彼女よりもずっと長い間を。


「僕は色んな世界を見て回って君のような不思議な力を持つ人達と会って来たけど、みんな同じ事を言ってたよ。この呪いは解けないって。まあ、中には呪いは解けるって詐欺師の人は言ってたけど」


 そんな人は自然と目を見たら嘘だってわかったよ、と付け加えた。

 そして杉糸は狐から藁人形と釘を貰い、人形の腹に釘をずぶずぶと入れていく。


「それに僕の呪いは藁人形これの方法みたいに誰かから受けた呪いとは違うらしい。生まれた時から釘を刺された、呪われた状態らしいんだ」


「生れ落ちる前から貰った可能性はないのか?」 


 杉糸は首を横に振る。 


「少なくとも僕の両親を恨む人はいなかったらしい。それか母さんや父さんから忌み嫌われたとかは言わないでよ? 流石の僕も傷つく」


 傷つくと言っても表面上にこやかにしているせいかあまり説得力はない。


「少なくとも今はお手上げ状態ということは理解した」


 そしてこれからも、と杉糸は言いそうになったが一応黙っておいた。

 しかし狐に関しては結構解呪の自信があったようでかなり落胆して恨み事を並べている。


「わらわの力を以てして不可能とはなぁ……」


「狐露ってそんなに凄かったりするの?」


 杉糸本人は煽ったり揶揄ったりする気はなかったのだが狐からすれば少々カチンと来てしまう言葉だったようだ。


「何を言う! わらわが本気を出せば都など紙切れ同然牙城は砂そのもの、刹那の如く全てが焼ける。わらわ程度なら世界を火の海に変えるのは容易いぞ」


「そんなんだから封印されるんじゃないかな、というかそんなに凄いのにここから出られないんだ」 


「其方ァ! 言っていい事と悪い事があるぞ!」


 頬を両手の手で抓られ取りあえず謝る。


「ひょめんひょめん(ごめんごめん)」


 バチン、と手を離され頬が戻る。

 しかし話を多少は盛っているだろうけど彼女が無言でいる姿の神秘さや封印された現状を考えるに強大な力を持っているのはおおよそ嘘でもなさそうだ。


 そもそも弱ければ封印などせず退治すれば良いだけの事。当時の陰陽師がどんなものなのか知らないので深くは考えないが。


「じゃあ焼く事以外で他に何かできたりは?」


 特に意味もなく、会話のはずみに出た言葉なのだが狐の頭の耳がぴこんと動く。


「ふふふ、よくぞ聞いてくれた」


 すると狐は片手で肩から腹辺りまでそっと撫でた。その行為に答えるかのように青い炎が突如狐印の体を燃やしていく。そして炎は一瞬で消えた。

 その光景を見て杉糸は無意識におー、と両手を鳴らしていた。だが炎の動きに驚いたわけではない、彼女の姿を見て驚いたのだ。

 狐の服が白装束から普段の黒い着物へと早変わりしていたのだ。


「凄いであろう、しかしこの程度の芸当は序の口よ。ほれほれ、其方の描いた絵を見せよ」


 自信気に手で寄越せと示され、杉糸は自分の三番目のスケッチブックを貸した。

 そしてパラパラパラパラと捲り、うむ、これが良いと何か狐は納得したかのように頷いた。


「わははは、わらわの芸当とくぞ見よ!」


 そう声を大きく張り狐は指を鳴らす。するとさっきのように体、いや着物が燃えていき狐は拘束着替えを始めたのだった。

 そして次に着替えたのは、過去に杉糸が書いた憶えのあるアイヌの民族衣装、アットゥシと呼ばれる衣服を彼女は着ていたのだ。

 しかし鉛筆でしか書いてなかったので服は白黒。


「着物に似た感じの着心地だ、しかし色がこれでは地味じゃな。あと後ろも書かれておらんかったから勝手に補完させてもらった」


「まあ衣装そのまま再現したら尻尾苦しそうだもんね」


 それか後ろだけ布が無いという変態衣装に。


「うむうむ、まあこの尾や頭の耳は其方ら人のように消す事は可能だが」


 杉糸はふーんと話を聞いていくと狐印の片目に異変があった事に気づいた。異変どころか左目が燃えている。


「狐露? 目」


 杉糸が指をさすと、


「よくぞ気づいてくれた。今、わらわのこの【目】で見たものはどんな衣装であろうと身に着ける術を発動させておる。これぞ忍法早着替えの術」


「忍者じゃないでしょ君」


「ふふふ、なら妖術早着替えの術」


 忍法が妖術に変わっただけだった。


「わらわにもっと絵を見せてもいいのだぞ」


 それとは別にまるで見せてくださいと言わんばかりに自信満々な狐。

しかし白黒だらけなのも頂けない。


 なので杉糸はスマホを取り出し、軽く衣装で検索をする。何故か自分が遭難した時は電波が届かなかったのにこの空間では不安定ながら電波がある。まあ歪な空間だからだろうと勝手に納得した。


「なんだ、またその【すまほ】とやらを出したな」


 狐は杉糸の取り出したスマホを見て興味ありげというよりは不審がるように見た。

 昨日、狐にはこの板に色んな術が詰まっているとだけ説明した。杉糸の持つソーラーパネル式の充電器も不調が多いのであまり出す気はなかったがこれくらいなら良いだろう。


「はい」


 そして杉糸は最初にフリルの多い黒いゴシックドレスを見せた。


「おおっ、なんじゃこれは。着物以上に動き辛いが……新鮮で可愛いではないか。これが西洋の服とやらか」


 そう言ってフリルのスカート部分と尻尾を揺らしながら軽く身を翻す。

 ちなみにちゃんと尻尾部分は外に出るようにアレンジされていた。


 ゴスロリを着る大和撫子狐、なんかお子様ランチのライスが炒飯でその上にカレーを被せてケチャップをかけたようなごった煮。でも似合うのは堂々とした様故か。


「次」


 杉糸は足の出る赤い龍の刺繍がされたチャイナ服を見せた。


「動きやすいが少々破廉恥な衣装ではないか?」


 まあ実際のチャイナ服はズボンも履いてるからね、今狐の着ているのは男の夢が詰まった露出したチャイナ服である。

 それによく見ると狐は下着も履いてない。そういえば昔の着物は下着を着用しない風潮があった。

 このまま動かれたら色々と不味いので次。


「おお!! これは恰好良くてよいではないか!」


 それは軍服だがそれがどんなのかは僕の口からでは恐れ多いので何も言わない。恐らく国や地域よっては殺されるか逮捕されるだろう。


「次」


 次はテンプレートなスチームパンク衣装。しかしコルセット部分が不評や模様。


「腹回りが帯より苦しいな……杉糸、わらわはさっきの服が気にったのだが」


 そして色んな服を見せていく度に杉糸の手は適当になっていく。それに加えてなんであろうと目を通すようになっていた事も相まった弊害が生まれてしまった。


「何じゃーこの衣装はーー!!!!」

 

 狐印は顔を赤らめながら咄嗟的に胸と腹を手で隠した。


「あ」


 杉糸はスマホを見るとそこには露出の多い水着写真が写っていた事に気づく。


「はっ、はっ、はっ、破廉恥だ!!! 何なのだこれは!! 夜伽用か? 夜伽用なのか!?」


「まあ確かにそう言った使い道もあるっちゃあるけど」


 狐は突如起きた事故により少々錯乱して、体を丸めて尻尾で肌を出来るだけ覆い隠そうとしていたが尻尾は体を隠すほど大きくないので結構見える。

 そして胸がデカい、デカかった。


「まあ海で泳ぐ為の衣装、要は水着だよ」


「なっ!! わらわの知っている水着といえばもっと湯帷子のような感じでは__」


「昔はそうだったんだけどね、でも時代が流れていくつれに水着の露出は増えていくんだけど反面批判も多かったんだ」


「当然だ! こんな破廉恥な水着、受け入れられるわけがなかろう!」


「でも代表的な有名人がそういった水着を着る事で肌を出すのは美を強調するって考えも増えていってこうなった」


「誰だ、こんなものを広めた奴は!!」


「えーっといっぱいいるけど確か__」


「もう言わんでよい!!」


 狐は目に涙を溜めたまま拗ねてしまっていた。これが数百年生きた妖の姿だろうか、ただの生娘どころか肉体年齢の容姿よりも反応が幼く見える。

 杉糸は頬を掻きながら狐に別の衣装を見せようとするのだが、


「其方はそうやってわらわをもっと恥ずかしい恰好にさせるのだろう!!」


 苦笑いする杉糸。


「ええい! 其方も同じような恰好にさせてやろうか! まあ変態な其方には効果はないだろうがな!! もう其方の【すまほ】など絶対に見ぬ!!」


 狐はそう言って絶対に見ようとしなかった。


「僕も肌はあんまり見せたくないしこりゃまた酷い言われよう」


 杉糸はスマホ画面に写った着物を見て苦い顔をする。回り込んで見せようとするが彼女は更に動き、肌を隠そうとする。


「来るな来るな来るなっ!」


「……」


 もうこのままスルーしておこうか、美人さんの水着は目の保養にはなる。


「まあ僕は向こうの部屋にいるから落ち着いたらまた言ってよ」


 杉糸はそのままこの場から立ち去ろうとした。だが最後に一度だけ水着を拝んでおこうとちらりと横目に見たのだが、狐の体を隠そうとする尾の隙間からあるものが見えた。

 杉糸は狐の臍部分を目視した。そう言った性癖とかではなく単純に気になるものが見えた。

 杉糸は立ち止まり、もう一度彼女に近付く。


「ねえ狐露」


 無反応。


「ねえ」


「其方の言葉など聞く耳を持たん!」


 杉糸は仕方ないとため息を吐きながら腰を低くして膝で歩き始めた、距離を縮めていく最中狐は「来るな変態!!」と酷い罵倒と子供のように腕をぐるぐる回している。


「ちょっとごめんね」


 ガシッ。杉糸は彼女の両腕をきっちりと掴む。そして綺麗な肌がよく見えるようになり気になるお腹部分もくっきりと。


「ひっ」


 一瞬、狐は怯えたような表情をするのだが杉糸の次に放たれた言葉により表情が固まった。


「そのお腹のお札は?」


 そう狐の臍付近には一枚の読めない文字で書かれた札が貼られていたのだ。後、これはこの地に迷い込む原因となったお地蔵様に貼られていた札と恐らく一致している。

そういえば彼女の腹を見るのはこれが初めてだ。風呂の時は上手く湯帷子によって隠されていたからか気づかなかった。


 そして狐も赤らめた表情を止め、さっきの反応は何処へいったのだと言いたくなるような冷静で神妙な顔つきへと変わる。


「わらわはこの札によってこの地に閉じ込められている。それに札は腹だけではない」


 腹だけではない、杉糸は真面目な顔のまま一つの結論を出す。


「…………乳首、もしくは股ぐえっ!」


「其方は最低だなっ!」


 狐にその距離の近い体勢のまま腹を軽く蹴られた。


「わらわに貼られている札はこれだけだっ、其方はこの屋敷や外を見て幾つか似たような札を見つけなかったか?」


 お地蔵様以外では、いや思い返して見れば札は貼られていた。文字や札の色はそれぞれ違っていたので気にも留めなかった。


「ああアレか、一つ一つ模様や色が違うから部屋の名札変わりかと思ったよ」


「それでよくこの札に気づいたな」


 狐印は少し呆れているような反応であった。


「ここに来る前に見た口が開くお地蔵様と同じ色、同じ文字だったから何となく」


「ふむ、あの入り口の事か」


 どうやらあのお地蔵様は狭間に来る為の入り口らしい。その事についてはあまり気にしてはないのでこれ以上問う気はないが。


「とはいえとはいえ、其方にこれ以上札の事を話しても何も変わらないがな」


「何故?」


「この札は力を持たぬ者しか外せぬよう制約されてある。そしてこの狭間に足を踏み込む事の条件が力を持つ事」


 つまり最初からこの場所から出す気は一切ないのだと、狐印はそう言いたいのだろう。

 確かにこんな絡め手のような封印なら何十、何百の年月をここで過ごす事になる。これを考えた相手はあまりにも嫌がらせの天才と言うしかない。まともな精神なら自決する未来しか見えないが、狐は自死する事を選ばなかったらしいが。


 そんな恐ろしい事を考えながら杉糸は札に触れた。


「な、何をっ」


 狐は思い出したかのようにまた顔を赤らめるが、それよりも先に。

 ぺりっ。


 あっさり札は剥がれた。


「ほにゃ?」

「取れたね」


 これは狐の封印が解かれた事を意味していた。

 だが狐はまるで宇宙の真理を当てられたような処理の追い付かない困惑顔をしていた。

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