一月一日?
ぱちりと誰かに起こされたわけでもなく自ら瞼を開いた。
そしてむくりと上半身を起こし、んーと優雅に体を伸ばす。
「うむ、いい朝だ」
狐は尻尾の毛並みもよく、清々しい朝が来ると身を持って体現したのだった。
既に自分以外の二つの布団は折りたたまれ、時計を見ると昼時を少し上回った時間帯、だが誰もそれをとがめることはない。
そして狐露は寝間着を自らの炎で燃やし、いつもの振袖の着物に着替えていく。
だがこれだけではつまらん、黒以外の色も取り入れてみよう。すると黒を主体とした虹のような色模様を持つ着物に変わっていった。
それも普段なら絶対にしないであろう浮かれた格好、しかし今日なら許される、何故なら
「ふっふ、あけましておめでと__」
元気よく挨拶をしたつもりなのだが、何故か言葉が急に途切れてしまう。
変な違和感を感じ、首を傾げてしまうのだ。
「夜中も言ったよね」
すると空気を読まない恋人である杉糸はジャージという正月気分があまり出ない普段着で気抜けするようなことを言ってくる。
まあいい、記念すべき新年だ、細かいことを気にしても仕方ない。
「ええい、其方は雰囲気というものがわからぬかっ、昨日のは別腹だ。わらわにとっては日が変わろうとも眠るまで日付が変わったとは言わん」
「そう? あ、着物の柄変えたんだ、似合ってるよ」
「そ、そうであろう。わらわが頭の中で描いた柄だからな」
それも当然、という態度をとったが、内心ほめて貰えて嬉しいのが本音である。
「本当に似合ってるですよ姉様」
妹の狐凛からも褒められ、妹の方は風流をキチンと理解しているのか振袖の銀色の着物を着ていた。何故かスカートが付いており和洋折衷というものか、と自分で疑問を自己解決する。
「あ、そうそう、はいお年玉」
また違和感、いや違う、既視感だ。
「どうしたの狐露? あんまりうれしくない?」
「いやそういうわけではないが……うれしい、心底嬉しいのだが……わらわは過去に其方からこのようにお年玉をもらったことがあったかや?」
「お年玉はないんじゃないかな」
「そう……であるな? じゃが……うーむ……」
杉糸は不思議そうにきょとんとした顔になり、ぴたりとわらわの額に手を当ててくる。
「ええい、わらわは風邪など引かぬ!」
「そうですよ、サヨナキさん。不敬です」
「あははは、ごめんごめん」
軽く苦笑し、そうだ、と杉糸はスマホを使い玲達に新年の挨拶をしたいと言い出した。
「ふん、そんなもの後で済ませばいいであろう」
「そうは言っても僕達に依頼を分けてくれるお得意さんなんだ、ちょっとくらいは良い顔しないと」
三人密集するように並んで、写真を撮り、いつも通りの作り笑いの杉糸、むすっとしたわらわ、いぇーいと楽しんでる狐凛の顔が写る。
「よし送信っと、あれ? 電波悪いのかな、送信できないや」
わらわの言う通りにすればよかったものを、少し気分がよくなり、ふんと嬉しそうに鼻を鳴らした。
三人仲良くおせちを食べ、こたつにこもりながらだらだらとテレビを見る。
酒のつまみのようにぐーたらおせちを食べても許される、それが正月であり本当に素晴らしいと思う。
だがこの時見ていたテレビの内容が何処か覚えがある。
まただ、また既視感だ。
新年の心霊番組なのだが、あまり怖くない。次に何が起こるのか不思議とわかってしまっているのだ。
「ふむ、確か次は天井から女が覗いてるやつだ」
するとわらわの言った通り、深夜の病棟で一瞬だけ女の顔が映る。
「よく知ってるね」
これに関しては杉糸が本当に驚いたような顔をしながら言う。
「こういうの苦手そうなのに」
「苦手ではあるが何故かわかるのだ……いやっ、待て! 苦手ではないぞ? 今のはただの生返事で言ってしまっただけだっ」
「はいですはいです」
狐凛にたしなめられ、むっとなりかけたが、今は胸の突っかかりの方が勝った。
楽しいはずの正月が何処か新鮮味を感じない。おかしい、何かがおかしい。
狐露はつまらなさげにテレビの番組を変えた。
するとある洋画がやっていた。
「あ、これ見たことある」
「ええい、其方は何も話すな」
「私もあるです」
「さっきの言葉通りの意味をやる」
二人共流石に話を内容を言うほど下衆びた真似をしない事を知っているのでそのあとは普通に熱中して見れた。
それはいわゆる繰り返す話だった。最初は弱かった主人公が前の経験を活かし、徐々にヒーローとなって世界を救う。
わらわ的にも派手で見劣りせず、胸を躍らせて見る事が出来た。
この時は既視感を一切感じれず、やっとわらわの正月が来たのだと思った。
だがそれもつかの間の一瞬。
「夕食はどうする?」
「狐露がとってきた魚なら冷凍してるけど」
「うーむ、寿司は最近食べたから……」
「あれ食べたっけ」
「うむ、つい最近……」
食べた気がするのだが、具体的な時期が思い出せなかった。
だが食べたのは確かなのだ。昨日のように杉糸が巻きずしを握り、食べさせてくれたのが__
頭痛がした。
「大丈夫狐露?」
「姉様?」
「いやなんでもない」
すぐに頭痛は消えた、珍しい、わらわが頭痛を起こすなど。
「じゃあ唐揚げにでもしちゃおうか?」
「おっ、それは良いなっ、決定だ」
杉糸はこたつから出て、今となっては形だけ古き良き雰囲気だけを残してるかまどのある囲炉裏へと足を出向いて行った。
形だけそのままで中身は最新機材と変わらないのだ。
そしてそのあと、鮪の唐揚げを楽しみ。これは酒も入れて酔いたかったのだが、何故か飲む気分ではなかった。
酔ってしまえば何故か逃げてしまう、と思ってしまった。
逃げる? 一体何から?
わからない、だが逃げるわけにはいかない。
だから何から?
わからない。
それの繰り返しで、いつの間にか時刻も日付が変わる四半時前、一日を無駄にした気分であった。
まあいい、これで終わりというわけではない。
また次の日を楽しめばいい、人の生涯は長くはないが、短くもない。まだ焦っても仕方ない人生だろう。
「狐露? お風呂入らないの?」
すると既に湯治を澄ましていたらしい杉糸が心配そうに声をかけてくる。
おそらく気を使わせてしまっているのだろう。杉糸は抜けているように見えて意外と腹黒く、切れ者だ。
なんでもない、と言いかけたのだが、何故か言葉にしてしまっていた。
「なあ主よ」
「うん」
「一月一日の次は二日であろう?」
「うん? そうだけど……どうしたの?」
本気で眉を寄せてわらわの心の心配より頭の心配に切り替えてきたのでここで話を区切る。
「いや、少し気になる事があって__」
ぐらりと視界が揺らいだ。
「す、ぎぃと?」
舌がろくに回らず、愛しい者の名を呼ぼうとするが奴も既にわらわのように横たわっていた。
やはりおかしい、何かが__
そして目を覚ました日は一月一日であった。




