実際は?
即座に杉糸のスマホを狐露は奪った。
その遺体は見慣れた知人の無残ななれの果て、本物かどうか確認しようとしてもこれだけでは確かめようがなかった。
そして宛先は不明、誰が送ってきたかさえわからない。
ただ一つだけわかった事は、縛らなければ杉糸は死ぬ。
そう確信してからの狐の行動は早かった。
掌に青い炎を出した。
「姉様何をっ!?」
速攻杉糸を青い炎で作った紐で体を縛った、まるで身動き一つ、自死さえ許さないように。
だが杉糸は突然の行為に何も反応を示さなかった。ただずっと石になったかのように固まってしまっていた。
今の奴には何が見えているのか、それを考えるだけで吐き気がした。
「死なぬよう見ていろ」
自分はもう妹相手にすら表情を作る余裕がないのだろう。
びくりとこちらを見て狐凛は振るえた。
拒否を許さぬ命令に狐凛はそれ以上何も聞かず、ただ頷いた。
これからどうするべきか、杉糸が死なぬようずっと縛っておくか。心さえも縛り、生かしておくか。
相手の意思を無視し、ただ自分の欲望の為だけの考えに頬を軽く叩く。
違う、冷静になるべきはわらわの方だ。
遺体の真意を確かめ、この悪ふざけを始めた愚者を殺すのだ。
ああ、あの探偵の言っていた事は正しかった。誰も殺さず上手く物事が収束すると思っていた。
躊躇っては大事なものさえ失ってしまう。
狐露は玲に電話をかけた。
「そろそろ連絡来るとこやと思ってた」
玲の口調は軽くもいつものようなふざけは一切感じさせなかった。
「今から遺体見に行くとこや」
詳しい事は言わなかったがこちらも向こうも最低限の会話で状況が理解できた。
「わらわも連れていけ」
「…………自分が今言ったのは狐はんの力ぁ頼る前提で言った言葉やね」
「それがどうしたという?」
「サヨナキ君置いてええん? 連れてける感じやないやろ?」
その一言に殺意が薄れ、心の躊躇いが生まれた。
もう躊躇など一切しないとぬかしたすぐにこれだった。
杉糸に助けを求めるように見かけたが、歯ぎしりをし覚悟を決める。
「今ここにわらわがいても何も出来る事はない」
それが自分の出した答えだった。
出来る事は悩みの種を取り除き、もし本当に殺害されていたのなら友人に仕返しという手向けを渡す事だろう。
「わかった、キミの選択が良き結果に繋がる事を」
玲と落ち合う事を決め、狐露は狐凛に全てを任せた。
そして縛られ、心ここにあらずな杉糸を見る。
何も言葉が出てこない。
気の利いた一言さえ喉から出てこない。
狐露は何も言わずその場から去っていった。
壊れた。ずっと続くと思っていた関係が簡単に硝子のように砕けてしまった。
許さない、絶対に許すわけがないだろう。
悲しみよりも怒り。
苦しさよりも衝動。
ただ今にも何に当たってしまいそうなほど心が荒れ狂っていた。
φ
そこは血の匂いが酷い部屋だった。
愛芽の家の居間の畳で首無しと胴がずたずたの二つの残酷な死体。
事件現場で警察関係者が遺体を調べる中、不釣り合いな二人組が立っていた。
片方はスーツ姿の紳士帽を被る探偵と黒い着物を着て、尻尾と耳を隠さない狐であった。
だが誰もその二人を咎めようとしない、まるで空気かのようにいるのが当然として無視していた。
「ごめんなぁ、ちょっとだけ二人きりにさせてもらうわ」
玲の持つ札が燃え、塵芥となった途端その場にいた誰もが命令された機械のようにぞろぞろと外に出ていく。
「さ、調べよ」
玲は手を合わせ、死体に近付いていく。
腐っても探偵か、軽く見ただけで遺体の状況を吐いていく。
「専門的な言葉は敢えて省くわ、頭は行方不明で隣の子は胴体をずたずたにされてる割には血痕が少ない、二人とも別ん場所でやられてここまで移されたみたい」
だが殺され方などどうでもよかった、大事なのは誰が殺したか、狐の意識はそれでいっぱいだった。
「それで、こっちの子はサヨナキ君の知り合いなんやって?」
くいっと顎で愛芽の遺体を示され、狐露の頭に悲しみが生まれていく。
何故殺されなければならないのか、これ以上不幸になってはいけない人間だったはずだ。
無意識に歯が砕けそうなほど噛みしめていた。
「完全にサヨナキ君の心を殺しにかかっとるね、それで、術の匂いは?」
玲の言葉で現実に戻り、冷静にこの状況を判別し始める。
「愛芽の方からは感じる、だが天城の方からは何も感じない」
それはつまり片方は普通に殺されたという事だ。
だが普通は逆ではないだろうか、天城の方は首を切断され愛芽の方が刃物で胴体を何度も刺された形となっている。
手間も行動もてんで逆だ。術で殺した方が首は斬りやすく、刃物で殺した方が無残にやりやすい。
「天城はんから呪いは?」
「死んでしまっては意味がないだろう」
「殺生石にはなれんかった事やね」
そう言い玲はずかずかと遺体に近付き、狐露は言葉を失いかけた。
「おい、お前何をしている?」
玲はなんと死体を漁り始めたのだった。
これでは現状維持もへったくれもない、それにあまり遺体に対し死体蹴りのような行為は見てはられなかった。
だが玲はそんな狐露の感情を先読みしていたのか、玲に手を伸ばしかけた瞬間に声をかけた。
「一つ思ったんやけど僕ら捕まえた連中で誰にでもなれるヒトおったね」
「……いたな、だがそいつは死んだのだろう? 遺体も貴様が確認したと言ってたであろう」
「せやけど一つ思ってん」
誰でもなれるって自分だけなんかな。
「それはどういう__」
狐露が最後まで言葉を発する前に玲は動いた。
躊躇いもなく愛芽の顔に手を入れ、血を噴出させる。
「!!」
狐露は何をやっている、と叫びそうになった。
だがそうさせなかったのは玲の言っていた一つの憶測を何処かで信じたがっていたからだろう。
もしそうなら、もしそうだとしたら、
話が変わってくる。
「………………」
玲は眉を顰め血に染まった顔でこちらを向く。
「ちょっと来てくれへん」
狐露は波打つ心臓音を響かせながらも死体を覗いた。
「誰これ? キミの知り合い?」
顔の剥がれた愛芽の遺体には、誰だかわからない女の顔が隠されていたのだ。
「違う……わらわはこんな女子など知らぬ!!」
似ているのは体格だけ、一度だけとはいえあのような記憶に残る出会い方をした女なのだ。忘れようとも簡単には忘れられない。
この女は違う、体格だけで顔は一切似ていない。
誰だ、誰なんだ。
もしかするとまだ愛芽は死んでいないかもしれない希望、だがそれ以上に疑問が勝りもしやと天城の方を見た。
首がない、呪いも一切感じない。
まだ天城の方も生きて__
「嫌な予感、するなぁ」
嫌な予感、ただその一言が一気に嫌な想像へと狐露の思考を働かせていった。
「それはどういう?」
感づきかけているはずの思考が否定したがるかのように他人に答えを求めてしまっていた。




