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死にたくても狐(君)の為なら生きよう  作者: れっちゃん
終わりと始まり
60/112

似て非なる二人


 十二月の中旬、思ったより早い段階で狐凛が帰って来た。

 彼女はクリスマスか年末に帰る予定だったらしいが、騒々しいのは好きだし狐露も早い帰還を喜んでいた。


 そして今日は再会記念で遊園地にいます。

 かなりしんどいです。


 杉糸は遊園地内の軽食店外の席に座り、グロッキー状態で項垂れてしまった。

 何故こうなってしまったかと言うとまあ自業自得だ。


 前に狐露は観覧車でも少し怯えを見せていた、だから軽く揶揄うつもりで口八丁に彼女を絶叫マシンに乗せてみたのだ。

 一度は生まれたての小鹿のようだった姉妹諸共、しかしやはり人外は伊達じゃなかったのか、絶叫マシンにハマってしまったのだ二人とも。


 それで何度も体力を根こそぎ持っていかれるようなアトラクションを繰り返し、先に白旗を上げたのはこちらだった。


 今も二人は絶叫マシンの列へ埋まっている。


「悪戯するもんじゃないな」


 内心反省しつつも本当に懲りたのかわからない笑みで水を飲んだ。


「ねえ」


 何か注文した方がいいか、しかし今は気分が悪いのでこんな季節だがアイスでも注文しようか。

 しかし少々量が多いな、狐露のおかげで甘党に近付いてはいるのだがやはり多いのは辛い。


「ねえ」


 その女性のぶっきらぼうな声が自分にかけらているものだと気づき、杉糸は一応自分なのかと自分に指をさして確認する。


「ええあなたよ」


 その恐らく自分より若い女性は黒い冬物のワンピースに黒いブーツや黒い鞄を着ていて、既視感があるなと内心苦笑いをした。

 

「話相手になってくれないかしら」


 こちらの許可も取らず彼女は席を同伴した。


「ナンパですか?」


「銀髪は好みじゃないわ」


「白髪なんですけどね」


「どっちも同じよ」


「画家の母が聞いたら怒りそうだ」


 他に席はあると言うのに、変わった人だな。

 とはいえ変人なのは自分も同じだ、人の事をアレコレ言える立場じゃない。少なくとも彼女の意図は読めないが悪印象はない。


 暇つぶしとして話に付き合おう。


「ここに一人で来たんですか?」


 すると彼女はメニュー表を下にして、指をさす。

 人差し指の向かう先はオレンジジュース。


 向こうから話相手になって欲しいというのにこっちの質問には何かを求めるらしい。

 とはまあ別にいいか。


「オレンジジュース一つください、後、このアイス一つ」


「一人で来るわけないじゃない、友達と来たわ」


「じゃあ迷子なんですね、迷子センターの場所はわかります?」


「あら煽ってるのかしら」


「こういう性格なんですよ」と苦笑いする。


「迷子は彼女の方よ」


 彼女、というのはご友人の方か。二人で来たっぽい物言いだ。


 目の前の女性は無表情ながらも口を尖らせて頬杖をつく。


「昔からあの子は私の掌から落ちて勝手に動くから面倒くさいわ」


 無感情ながらも何となく怒っているのは聞いて分かった。

 そして彼女は長い前髪を後ろにして、額の傷を見せた。


「この傷、彼女が花瓶投げられてついた傷よ」


 その傷は下手すれば死ぬんじゃないかと思うくらい傷跡が大きかった。

 これに関しては流石の杉糸も苦言が滲み出た。


「言っちゃなんですがこの際人付き合い考えた方が良いのでは」


「…………」


 少し間があった。

 傷は少し古い、旧来の友人を否定したのは流石に不躾だったか。


「私もそう思うわ」


 だがきっぱりと同調された。


「でも縁ってのは切っても逃げても__」


 彼女は初めて少しだけ微笑んだ。

 

「自分を変えても相手を殺しても結局は蛇のように絡んで自分の首を絞めてくる」


 彼女は片手で首を絞めるジェスチャーをし、無愛想な顔に戻る。


「本当にうんざりすると思わない? 縁ってのは」


 切っても、逃げても、変えても、殺しても、か。

 まるで自分の事を見透かしたかのような物言いだ。


 だが彼女のような知り合いは知らない、向こうが知っているというのなら話はまた別だが。


「でも良縁もあるから一概には言えませんよ」


 個人的にも彼女の言い方に同感してしまっている自分がいる。が、うんざりする、という言い方はあまり好きじゃなかった。

 だからふんわりとした物言いだが否定した。


「ああそう、つまらない返しね」


 彼女はオレンジジュースをストローで飲み、コップの中身を半分にするとため息混じりに言葉を吐いた。


「ああ本当うんざり、あの子死んじゃえばいいの__」


 そんな事は言わない方がいい、とやんわり注意しようとした時だった。


「ごほっ」


 彼女は血も口から吐き出した。


「え」


 それも勢いのいい吐血、彼女はオレンジジュースの中身に吐き出してしまったのを見て「あーあー」といった表情をした。


「大丈夫ですか?」


 杉糸も内心驚いているのだが、慣れた手つきでハンカチを差し出した。


「あらありがとう」


 そして彼女の方も吐血など日常茶飯事と言った顔で口元の血を拭った。服に付かなくてよかったと言うくらいだった。


「お友達に死ねといったバチが当たったのかしら」


 即効性のバチ……


「何かの病気なんですか? 救急車とか呼んだ方が良いんじゃ……」


「ただの胃癌ステージ8よ」


「聞いた事ありませんよそんなステージ、よく生きてますね……」


「……やっぱり肺癌にしておくわ、ステージ4くらいの」


「それでも今すぐ入院した方がいいですよ」


「じゃあ__」


 実際彼女の吐いた血は本物だ。血糊でもケチャップでもない、だが血を吐いてこんなに余裕のある人など見た事はない。

 血を花粉の鼻水か何かと勘違いしてないだろうか、彼女。


「どっちでもいいわ。命の蝋燭はもう消えかけなのだから」


 そう言う彼女の瞳は何を考えているのかわからない、だが死など怖くないと、諦めなのか根っこからの性格なのか感じ取れた。


「怖くないんですか?」


 何故だろう、既に知っている答えをわざわざ口で問いだしてしまった。

 それは似た死生観を期待してか、それとも。


「どうでもいい、が正しいかしら。あ、でもまだやりたい事は沢山あるわ。例えば……例えば……」


 彼女は眉に皺を寄せていく。


「ないわね」


「そうですか」


「そういう貴方はどうなのかしら」


「僕ですか?」


「ええ、貴方の死生観に興味が湧い……てないけど、一応聞いて欲しい顔をしていたから聞いてあげるわ」


「そんな顔してました?」


「親に好きなテレビ番組を共有しようとしてる子供みたい」


 そうは言われてもあまり顔に出したつもりも思ったつもりもないのだが、しかし聞いてしまった分、こちらも返さなければだめなのだろう。


「死にたい」


 杉糸は一瞬、素の顔に戻り、一言だけ言った。


「でも、死んだら悲しむ人がいるんです。だから生きる、って思ったら可笑しいですかね」


「どっちでも、いえ、この場合はどうでもいいのが正しいかしらね。勝手にどうぞって感想しか湧かないわ」


「ははは、手厳しい」


「でも私はこんな風に惨めに死ぬのは納得がいく点があるの」


 彼女は笑った。それもさっきのようにうっすら笑うのでは悪意のある笑みを浮かべてニコリと平然と言ってのけた。


「だって私、人を殺したんですもの」


 それと同時に杉糸の笑みが固まった。

 

「悪い事をしたらきっちりと裁かれないと。あら?」


 彼女は笑みを辞めて首を傾げる。

 そして渦舞った目でこちらを見つめて言ってのけた。


「貴方も悪い人ね? そんな顔をしてる」


 駄目だ。動揺を隠しきれる気がしない。

 これは彼女が人殺しだからではない、人を殺した者は裁かれる。その言葉が嫌に親近感が湧き胸が痛かった。


「そして今、私の事も羨ましいって思った」


「そんな事はないですよ」


 すぐに平然を装い誤魔化した。


「そう? どっちでも良いけど」


 何だこの人は。

 まるで自分の事を知っているかのように言葉を投げ続ける。

 本当に向こうは知っているのか、それとも単なる偶然か。


 困ったな、狐露の助けが欲しい。

 この人と話で勝てる気がしない。


 すると杉糸の願いが天に届いたのか、空から迷子センターのお告げが遊園地内に響き渡った。


『迷子のお知らせです。今日ご友人とご一緒に入場された天城猫さん、今日ご友人と一緒に入場された天城猫さん、迷子センターにてご友人がお待ちされてます』


「これじゃ私が迷子みたいじゃない」


 どうやらこれは目の前の彼女に対するお知らせらしい。

 

「仕方ない、いい暇つぶしにはなったわ」


「それはよかった」


 すると彼女、天城は血の付いたハンカチをこちらに返した。


「差し上げますよ」


「柄が気に入らないからいらないわ」


 ガーン。


「貴方の彼女さんには私の破瓜の血とでも伝えておいて」


「それをやったら僕の血で大半を染める事になりますね」


「それはそれで楽しみで見れないのが寂しいわ。さようなら星月夜さん、この縁が腐れ縁になる日まで」


 さっきまで血を吐いた女性とは思えない元気さで彼女は血で染まったオレンジジュースを残しながら去っていった。


 杉糸は手に持っていた絵のスマホカバーを見て、ああそういう事かと納得した。

 そして彼女さんって事は狐露と来ていた事を知っているなと苦笑いした。


「おい」


 まあ天城と出会う少し前まで狐露にここで休んでおくと伝えたから知っていても別におかしくはないのだが。


「おい」


 やっと今になって自分の頼んだアイスが来た、今はもっと食欲は失せてしまったのだが、


「おい」


 するといつの間にか隣に狐露と狐凛の姿があった。

 だが二人とも僕に対する印象は最悪だった。


「何なんですかさっきの女性は」


「さあ、知らない人」


「かなりの美女ではあったな」


「うん、そうだね」


 がしっと狐姉妹から両肩を掴まれた、これなんかヤバい奴だ。


「ほほう、其方のその伸びきった鼻をもいでしまってもよいか?」


「姉様というモノがいながら最低です」


「ちょっと話しただけだよ、それに鼻そんなに伸びてる?」


「鏡を見ろやです」


 狐凛はこちらを睨みながら椅子に座って、血で混じったオレンジジュースをガーっと飲んだ。


「あ」


「なんなのです?」


「なんでもないよ」


 彼女はブラッドオレンジジュースか何かと勘違いしたのだろうか、それに加えて血肉を餌として食す事も可能な妖ゆえか好評だった。


「美味いです。おかわりないのですか?」


「いやそれはさっきので品切れだよ」


 この秘密は墓まで持っていこう。


「ん」


 険悪な雰囲気のまま狐露も席に座ったのだが、僕のハンカチに目を落とす。


「其方どこか怪我をしたのか?」


 くんくんとハンカチを嗅ぎ、


「いやこれは其方の血ではないな」


 と血液検定一級の彼女は即時に自己解決した。


「ああそれは__」


 杉糸は先ほど天城が伝えて欲しい答え通り冗談交じりに話した。


「さっきそこにいた彼女が破瓜した血。なんちゃ__」


 そこから記憶が飛んでしまった。

 次に意識が覚醒した時は、この遊園地最大の絶叫アトラクションのコースターが一番高い所から下る瞬間だった。

 杉糸はそれからずっと絶叫マシーンを吐くまで乗せられた。

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