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死にたくても狐(君)の為なら生きよう  作者: れっちゃん
1.5章 少し前
59/112

回想


 これで何度目だろうか。

 また世界が現実味を失っている。あれから二日経ったというのに一日も過ぎた気がしない。一睡もしてないからだろうか、ずっと吐き気に精神が犯されている。


 僕は呆然とした顔で友人の葬式に参加していた。参加を許可された同じクラスメイトのみんなは泣き、悲しみ、無関心、気だるげ、非現実を楽しむ、色んな感情がそこにはあったが僕はただ呆然と空っぽのように現実を受け止めていなかった。

 

 その立場にすら立っていなかった。


 愛芽、佐久弥の妹であり何度も交友のあった後輩の子。

 いつもは元気いっぱいだった彼女も色を失い、別人のようにも思えた。

 

 僕と同じく一睡もしてないのだろう。

 それでも彼女は僕に向けて言ったのだ。


『兄の分も生きてください』と。


 どうして? どうして僕を責めないんだ?

 死ねと、僕のせいで佐久弥が死んだと思わないんだ?


 だが彼女の聖女のような一言は僕の生き方を一時的に決めた。

 

 生きなければならない、その言葉で無理矢理心を繫ぎ止めるしかなかった。

 それに壊れるのは許されない。

 今にも壊れてしまいそうな心だが、本当に辛いのは愛芽の方だ。


 だから壊れてはいけない、彼女より先に壊れてはいけない。僕のせいで死んだんだ、だから僕が彼女を支えなければならない。


 乾いた笑み、空っぽの心、見せかけの気力、そんな生き方でも僕は愛芽の家へ佐久弥が生きてた時と変わらず出向き、頑張って生きていた。


 そんなある日だった。いつものように愛芽の家へ出向こうとした時ある人と出会ったのだ。


 僕を呪われていると語る人と。


 その日から僕は愛芽と会う事は無かった。

 彼女を殺してはならない、建て前はそうかもしれないが、実際は罪の意識から耐え切れず逃げただけだと思う。


 今となってはそれが正解だったのが皮肉だ。


     φ


 この家に来るのはいつ以来だろう。

 瓦屋根の少し古い二階建て建築、よくここで泊まったりご飯をご馳走になった。

 

 杉糸は懐かしむようにしながらも下唇を無意識に噛みしめながら、仏壇に線香を立てた。


 仏壇に飾られた写真は自分の親友だった男だ。


「何処に行ってたんですか? 突然と姿を消すから悲しかったんですよ?」


 愛芽は昔と変わらない笑みを浮かべながら冷たいお茶を入れコップを二つ差し出した。

 その言葉はこっちが先に聞きたかったんだが先手を取られた。


「ちょっと確かめたい事があってね、世界中回ってたんだ」


 笑みを作り、心を落ち着かせた。


「へーそっちの美人さんもその旅で手に入れたんですか?」


 彼女はニヤニヤ揶揄うように笑い、こっちは苦笑する。


「まあ色々あって」


「色々って?」


「色々か」


口を閉ざしていた狐露が呆れたように間に入った。


「まあ其方が思っているような関係ではない、こいつとはワケあって暮らしているただの同居人だ。今はな、と言うべきか下手をすればこのままずっと恋人でも友人でもない関係を続けさせられそうだ」


「あーわかります、杉糸さんあんまり甲斐性ないですもんねー」


「ああ」


「私だって抱いて欲しい時見事にスル―されましたもん」


 杉糸は頭の中にハテナマークが浮かび、何故か狐露に足をつままれた。


「冗談ですよ冗談」


 彼女はけらけらと手を口の前に添えて笑っていた、勘弁してもらいたいと思ったが、その時彼女の服の袖から腕に嵌めていたリストバンドが目に入った。

 

 手首の隙間から切り傷のようなものがチラリと覗いていた。


 だから嫌な発想をしてしまった。


 捨てろ、ただの後ろ向きで悪趣味な考えでしかない。


「そういう其方は今、何をしている?」


「私ですか?」


「ああ、こやつが其方の事を聞きたがっているが、全然口にしないからな。こちらが痺れを切らした」


「まあ普通にそつなく暮らしてますよ。一応支えてくれる友達も出来ましたし。親戚のおばさんおじさんとも仲は良好!」


「それは……よかった」


 どの口がぼざくのか、皮肉気に笑いそうな気持ちを抑えながらも安堵した。


「……杉糸さんも__」


 一瞬愛芽は影を落としたような顔をして口を開きかけたが、スマホのメール音が鳴る。

 狐露に睨まれたが、僕じゃないと首を横に振る。


「あーっ!! 友達と遊ぶ約束がー!!」


 愛芽はスマホを見て、口をあんぐりと開いていた。


「しかも待ち合わせ時間まで後十五分!? それになんで十五分前に現地到着して早く来てってせかすのかなー!?」


 杉糸と狐露は突然の騒がしさに眉を顰めながらも、向こうは頭を平謝りしていた。


「すみません、折角来て早々お帰りさせる事になって!」


 何となく状況の読めた僕達は外に出て、家から去ろうとする。

 

「また今度、ゆっくり話しましょうね。あ、連絡先交換しましょうよ」


 また今度、駄目だ。何度も会ってしまったら同じ事の繰り返しになってしまう。

 

 ふと愛芽の隠す手首を見て、急激に血が引いていく。


 彼女は知るべきじゃないだろうか、兄が死んだ理由を。


 僕は彼女に裁かれるべきなんじゃないだろうか。


 僕は__


「おっと、手が滑った」


「ぐおっ?」


 突然腹に衝撃を感じ、胃液を口から出しそうな気持ちになりながら意識を失いかける。


「ふむふむ? 杉糸は熱中症なようだな」


「え、じゃあ家で休んでおきます?」


「大丈夫だ、わらわが運んでいく」


 そう言って狐露は右肩でまるで筋肉質な男性が丸太を担ぐかのように背負った。

 

「本当に大丈夫ですか?」


 ぐらつく意識の中で杉糸は会話を追い続ける。


「ああ、ちゃんと休ませる」


 この会話を最後に一度意識が落ちた。


 意識が回復する頃には近くの河川敷を散歩していた。狐露に担がれながら。

 結構人が多く、線の細い狐露が腐っても成人男性の体格は持っている僕を何故軽々と運んでいるのかと注目されていた。


「ねえ」


「目が覚めたか」


「一つ聞いて良いかな」


 狐露はそれに対し何も言わなかった。

 杉糸はそれを了承と判断して言い続ける。


「愛芽ちゃんはどうしてリストバンド……腕輪をつけていたかわかる?」


 それは狐露に対する人外による五感を期待した質問だ。


「聞きたいか?」


 その言い方は少し陰りがあった。


「いいや、もう……十分だよ」


 彼女は知っている。それだけでもう察しがついた。


「僕のせいか」


「さあな、わらわ人の心まではわからぬよ。だから貴様に問いたい事が一つある」


 貴様、そう彼女が呼ぶのは敵意を見せる相手を示す呼び方だった。


「あの女子に何を言おうとした?」


「それは__」


 淡々と言おうとしたのだが言葉が出ない。


「なら答え合わせをしてやろう。貴様、言いかけただろう」


 その言いかけた、は何に対する言葉か。

 いやとぼけても仕方ない。


「うん、彼女は知るべきだと思って」


「違う」


 狐露はばっさりと吐き捨てた。


「貴様はただ罵られて楽になりたいだけであろう」


 狐露は怒りを孕んだ口調で舌を回し続けた。


「覚悟して言うのなら何も言わない、だが自分が救われたい思いで他者を傷つけるのなら、わらわはお前を許さない」


 杉糸は考えるように遠くを見た。

 スマホをこっちに向けて、動画を撮っている通行人がいた。

 目が合った。慌てながら向こうはスマホを降ろした。


「それにあの女子が現状幸せそうなのは間違ってもなかろう、あーあ、ここにいる男はまたまた女子を絶望の縁に叩き落としたいと申するか」


「……ごめん、いやありがとう。君がいてくれてよかったよ」


 杉糸は自分勝手な行動を止めてくれた狐露に感謝を告げた。


「ふふん、わらわは心が広いからな。其方が罵られ喜ぶ性癖の持ち主ならわらわが幾らでも罵倒してやろう」


 それは別にいいかな。


「いつ降ろしてくれるの?」


「もうしばしさらし者にしたら降ろす」


「それは嫌だな」


 杉糸は苦笑いした。


     

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