プロローグ
それは杉糸が殺人の容疑者として逮捕される少し前の事。
狐露と共に遠出をして数日経つ。
まず親戚の叔母さんと親友である佐久弥の墓参りをしつつもあっちいったりこっちいったい、寄り道を繰り返していると思った以上に時間がかかった。
墓参りというのに旅行しているみたいで不謹慎ではないかと思ってしまうが、これは狐露なりの僕を気遣った行為なのだろう。
僕が壊れないように道化を演じてくれる。お陰で気分は浮き沈みが激しく、心が風邪を引きそうだが、
そして今も狐露の唐突な物言いが始まった。
「腹減った、わらわアレが食べたい」
狐は僕の服を掴みながらとあるラーメン屋を指さしていた。
それは外装も綺麗で繁盛しているのがわかるほどの熱気、チェーン店ではないが近所では評判が良いのだろう。
「君はお腹が空く体質だったっけ」
ちなみに狐の腹は減らず、娯楽でしかない食事は必須ではないと聞いていた気がするが、
「ええい、腹が減ったと言ったら腹が減った! はーらがーへった!」
子供のように駄々をこね始めたが、杉糸はああ、今日もまた気を遣ってくれてるんだと気づく。
本当に狐露にかなり救われているな僕。
内心苦笑しながらも「わかった」と笑顔で返しラーメン屋に入り、奥のテーブル席に座った。
狐はメニュー表を見ながらも、取りあえずと手を上げかけたが杉糸は止める。
「お酒は駄目だよ、酔っぱらったら僕が運ぶ事になる」
「ほほん、わらわほどの美女が酔っぱらったとなれば雄は狩り時と躍起立つと思うがな」
「僕に寝込んだ君を襲う度胸はないよ、はい、お酒は駄目」
「ケチ」
「昨日も君が酔っぱらって耳や尻尾の収集が付かなくなったから僕が苦労したんだけどね」
「び、美味なる酒を飲まぬのは酒屋に失礼であろう」
「ここはラーメン屋だよ」
冷ややかに笑う、狐露はこの顔が苦手らしいのだ。
「わ、わかった、其方の顔に免じて今日は退いてやろう」
いつも退いてくれると助かるんだけどな。
そんな事を思いながらもメニューを見た。主に幅広い味をメインとしたラーメン屋だ。お昼時からズレた今も家族連れや若者やらで店は賑わっている。
でも食欲はない。正直に言うと気分が悪いと言ってもいい。
だが気を遣ってくれた彼女の為に無理をしてでも食べるべきか。
並盛のアッサリとした醤油ラーメンを頼んだ杉糸だったが、
「そうだな……わらわはあれでいい」
指さした先は三十分で食べ切れたら無料の二郎系もドン引きなメガ盛りラーメンポスター。
上は肉、肉、揚げ物、メンマ、全て特大サイズのトッピングがミニに見えるレベルのデカ器ラーメン、杉糸は半ば正気かと言った顔で狐露を見た。
「ええと、注文の取り消しは不可ですがよろしいですか?」
店員さんは狐露の容姿を見て、絶対に無理だろうといった顔をしながら再度忠告を入れた。
しかし狐露の方はニヤリと口元を緩めながらも「よいよい、さっさと持ってこい」と傲岸不遜に腕と足を組んだ。
まあ元を辿れば人を辞めた領域に立つ存在だ。何か策はあるのだろう。何故食べるのか理由はわからないが。
店員が去り、杉糸は多分大丈夫なんだろうと思いながらも狐を見る。
「どうしたの急にあんなの頼んで」
「ふふふ、わらわ一度やってみたかったのだ。実はこの店は前にてれびで紹介されていた店でな。触れ込みは『大食いまじ泣き! 脅威のボウルラーメン!』と」
もしや今日は気を遣ったんじゃなくて単に狐露がやりたくてダダをこねた疑惑が浮上した。
φ
「店長メガ盛りラーメン一つ!」
それを聞いたラーメン屋の店長件オーナーはピクリと動きを止め、声を出したバイトを睨んだ。
「何? 本当か?」
いつもにこやか大仏として評判のいい店長だが、この時ばかりは金剛力士像にならざるをえなかった。
最近テレビに紹介されてからメガ盛りラーメンを注文する客は増えた。
そればかりは良いのだが、中には写真だけを撮り手付かずな失礼極まりない客もチラホラいるのも事実。
ダメ元で挑戦するのならまだいい、だがそのラインにすら立とうしない不届き者はハッキリいって不愉快だった。
だがこのメガ盛りラーメンを作ったのは商品開発に行き詰まり悪ノリをした自分自身であり、本当に食を侮辱しているのは自分なのではないかと息苦しくなる。
だがこれで有名になってしまった分、今更辞める事も出来ず心を押し殺した。
「どんな客ですか?」
「ええと、綺麗な着物美人で」
チラリと店側から見て、その客人らしき女性を見て落胆する。
あの体にこのメガ盛りラーメンが入る事はなさそうだ。
「もういいわかった」
だがお客様は神様であり、これを作り出したのは自分なのだ。
この食材への罪悪感は店の名声と引き換えにした罰として苦しみ続けるしかない。
そんな思いでボウルのようなサイズの容器に麺や丸ごとチャーシューやオムレツのような餃子に岩石からあげ等や特大メンマ等を乗っけていく。
φ
「完食! 十二分三十五秒!!」
ちっちっとつまようじを使っている狐露は何事もなかったかのようにお水を飲んでいた。
ちなみに完食者には写真も撮って欲しいと店側に頼みこまれるが、写真というものをよく理解していない狐露はそれを拒否した。
代わりに僕が撮られる事になった。
「完食したってのに何だか不満そうだね」
報酬のパフェを食べながらも何処か不満足そうな顔をしていた。
「うむ、この料理には愛が無かった。兎に角量を重ね続けただけの質より量にすらなれていない代物だ。そうは思わぬか店主よ」
わざわざ聞こえるように狐露は言い、完食したのもあってか店側は彼女の酷評を受けいれる妙な構図となっている。
そもそも達成感もしくは苦しさが勝り、普通は時間制限アリの料理をレビューする人はまずいないだろう。
「……どう思いましたか?」
何故か店長まで狐露に助言を求める変な形になり、ただの妖狐はまるで大手の料理批評家の風貌を持ち合わせながら言い続けた。
「まず盛り方が美味そうに見えぬ、まあ誰もがわらわのように食す者ではない分、主の立場を考えれば気持ちはわからんでもないがな」
「貴方のように食べてくれるのなら幾らでも作ります……そんな客など一握りで食べる事もしない事も……」
「嫌ならやめればよいだろう」
「それが出来ないんだと思うよ」と杉糸はやんわりと言った。
「それが出来ぬのなら見返してみよ。その食べようともせぬ者達が一口食べてみたくなる魅力を引き出す料理を開発してみればどうだ?」
「……やれるだけやってみます」
「うむ、その頃にはまた店に来よう」
杉糸は何か不思議な光景だなと思いながら水を飲み、そろそろ席を立とうと考えた時だった。
一人客の中で拍手をしている女性がいたのだった。
「ほほ、賞賛されるのは気持ちがいいなっ杉糸っ」
その女性の方を見ると言葉が失った。
「杉糸?」
狐露の声が耳に入らず、ただじっとその女性を見続けていた。
思い出が昨日のように戻ってくる。
知り合いだった。
会いたくないがいつか会わなければならないと思っていた人の一人。
「杉糸さん……ですよね? 別人だったらごめんなさい」
栗色の短い髪をした女性は自信なさげにこちらを見て、恥ずかしそうにも笑っていた。
「ああ、こやつは杉糸だが。なんだ、知り合いかそな__」
狐露はこちらを見て口ごもっていた。
今の僕はそんなに酷い顔をしているのだろうか。
ああ、だが否定は出来ない。
だってそこの女性は、僕が殺した佐久弥の妹さんだ。




