終わりだ…
ターゲットは安直に繁華街を歩きそれを政人達は追跡する。
その更に後ろに杉糸達が歩いていた。
ターゲットは人目を気にする役として何度も繁華街をぐるぐる回り近くのラブホテルに向かう算段として動いてもらってる。
入る瞬間を写真で撮って欲しいと六花には嘘として伝えている。
まあつまりターゲットが歩き続ける瞬間に距離を縮めてほしいのだが、うん、無理だ。
現在彼のスマホ通話を玲と繋げてもらい会話がこちらに筒抜けにしてもらってるが、会話という会話がない。
定期的にターゲットが気を使い、近くの店に滞在して時間をくれてるというのに聞いてる方が気まずくなりそうだ。
ペットショップ、政人は『犬ですか、過去に負けたトラウマがあります』『猫ですか、過去に負けたトラウマがあります』『文鳥ですか、過去に兄に大事な紙を盗られた思い出が』等と定期的に嫌な思い出を羅列するのでお前もう喋るな、と狐露が愚痴っていた。
これに対し「犬とか猫の式神よく使ってたなぁジブン」と語る玲、狐露にボコられる玲。
しかし唯一ハムスター特にトラウマが無く、何とか話が弾みそうになったが。
『ハムスターですか……苦手なんです私、昔赤ん坊を母親が餌と間違えて食べてるのを見てしまってから』と逆に六花がダメだった模様。
そんな中、頬を摩る玲が笑った。
「来たわ仕掛け人」
それは暴漢役の男性がこの近くにやってきたという事であった。
「とりま、これでどうしよーも無かったら今日はお手上げやね、時間食ってる間にターゲットも離れへんと違和感あるやろうし」
狐露はガラス板に閉じ込められた猫を見ながら怠そうに頷き、政人に作戦を伝えた。
とりあえず厄介な男が来る、それを倒せ。と簡潔に。
玲はターゲットに今日はお疲れさん、そのまま外に出て帰ってええよ。とメールで伝え、政人達はそれを追いかける。
そして店の外で最後の作戦は始まった。
「おいおい、今ぶつかったじゃねえかよ姉ちゃん!」
威勢のいいチンピラボイス、おお、これはいい役者を拾って来たんじゃないかと杉糸達は遠く離れた位置で見つめる。
「あれ?」
杉糸と狐露は首を傾げた。
何処にもそんないかつい男などいなかった。
政人達の近くにいる男など、六花以上に線の細い男性くらいだろう。
「アンタが腕ぶつかったせいで俺の腕怪我しちまったじゃねえか!」
線の細い男性が吠えた。
ぶらんと男性の腕が垂れた。遠くから見ても本当に怪我したんじゃと思えるくらい力のこもってない腕だった。
「え? あれ、マジで腕動かねえってか、脱臼してんじゃ……」
チンピラ役の男らしき人物は垂れ下がった右腕を触り、焦り始めた。
杉糸と狐露は玲を見た。
玲は怪しい笑みを浮かべたまま目線を逸らした。
「おい、もしやあれか?」
玲は頷いた。
「なんだあのもやし男は」
「狐露? 本当に脱臼してるの?」
「ああ、わらわの目で見れば……骨も逝っておる……」
唖然とする狐露に玲が語り始めた。
「蛍光灯で熱中症、数歩歩いて両足捻挫、バトミントンの羽で骨折、咳をして肋骨骨折や数々の伝説を持つ高雄君やで?」
「何故そんな体が豆腐で出来たような男を連れてきたぁ!?」
「彼以外アポ無しで急ピッチしてくれる友達おらへんの」
「何故逆に心配されるような男を連れてきた。見ろ、六花が大丈夫かと介抱しようとしているではないかっ、仕掛け人が本当に心配されてどうする!」
『嘘をつくな、そうやって彼女に金をせびる気だろう』
しかし玲はまだ演技は続いてると勘違いして高雄の胸ぐらを掴もうとしていた。
「狐露、政人君に連絡は?」
「あかん地獄絵図や」
「阿呆! その者は本当に怪我しておる! やめい!」
しかし全然状況は変わらない。
「おい! おい! 聞こえぬ、もしや壊れて……」
狐露が青ざめて、今から最悪な会話劇がスマホから繰り広げられていく。
『ほ、本当に腕が折れちゃったんですよ!』
『嘘だ! 俺は人を見る目だけは確かだ!』
「あかん、僕のせいで人を見る目腐ってる」
「また貴様のせいか!」
そのやり取りなだけで彼は玲に色々と酷い目に遭わされて来た事が安易に察せた。
「やむを得ぬが止めに……ぐっ……何故こうなるのだ……」
狐露が仕方なしに姿を乗り出そうとした、だがその前に全てが終わってしまった。
『や、やめてくださいよ! 政人さ、あっ』
高雄がうっかり彼の名前を呼んでしまった事で場の時間が止まってしまったかのように固まってしまった。
「終わった」と狐露。
「終わりやね」と玲。
「終わったね」と杉糸。
『……? あのう、お知り合い何ですか?』
『……い、い、い、い、い、い、い、い、い、い、いえ』
冷や汗を大量に流し、どう見ても一目で嘘だ、と理解してしまう表情をしていた。
「なんだ奴は嘘をつくと死ぬ縛りでもあるのか?」
「うしょがあまり付けない人だよ、あの人は」
杉糸は一人最初から知ってたみたいな顔をして言った。
「まあ其方が目を見て言うのならそうであろうな……そうであろうな」
『あ、あの、実は……すみません』
こうして救急車が来るまでの間に、政人は全て六花に白状した。
『というわけで……実は全て私が貴方と……仲良くなりたいから手伝って貰った事になります。騙すような真似をして申し訳ありませんでした』
彼は真面目な顔をして頭を下げた。
しかし六花は天然なのかあまり状況を理解してないようでもあった。
はぁ、そうですか、みたいな反応だった。
「ちっ、彼奴、仲良くなりたいと日和ったな、俺の子を孕め、と言うほどの気概が彼奴にあれば……」
狐露は軽く舌打ちをした。
「その気概はいらないよ」
杉糸は冷めた目で狐露を見続けた。
『仲良く……なりたいですか?』
『え、あ、はい』
非難されると思っていたのか、意外な反応に政人は顔を顰めた。
その瞬間、六花の雰囲気が少し変わった。
『これでもですか?』
そして六花は彼の手を触った。
政人の腕は見る見る氷始めた。
「な、な、なーなーな、何をやっておるのだっ? やはり怒っているのか!?」
狐露は目を丸くして頭に狐耳と尻尾を生やす。
彼女の言う、何を、の意味合いはこの人混みの中でという事だろう。
それを言うなら狐露も今通りすがった一般人が腰を抜かしかけてるけど触れないでおこう。
彼女の周囲に炎の人魂が灯り始め、狐は一言命令するかのように言う。
「隠せ」
言葉に合わせ拳をぐっと閉じ、炎は霧散するように消える。
すると一瞬だけ世界が黒闇に染まった。それは自分の視界が奪われたかのように、テレビのスイッチを切るかのようにプツンと世界が黒くなった。
だが何事も無かったかのように瞬きする間に世界は色を取り戻す。
「ほれ、大丈夫かや」
「あれ、なんで私は転けて?」
狐露を目視して腰を抜かした通りすがりの人は首を傾げながら狐露の手を掴んで立つ。
「あれ、誰の手を握ったんだろう? どうやって立ったんだろ」
すぐ隣に手を差し伸べてくれた相手はいると言うのに首を傾げながら去っていった。
「とりあえずわらわ達の存在を隠した、あくまで突貫工事という奴だがな」
狐露はこの手の知識に乏しい僕の為に簡潔に説明してくれていた。そして玲には必要ないのか彼は関心したような顔をする。
「流石の判断やね、自分も同じ事やろ思ってたけど正確性でほんま負けるわ」
「ふん、年季が違う、しかし今はそんな無駄話をしてる場合では__」
『前までの俺なら違った答えを出していたかも知れません』
妖センサー最大になっているのか政人は眉に凄い皺を寄せていた。しかしポジティブに捉えると凍傷の痛みに耐えてるようにも見える。
『ですが今は別に貴方が何者だろうが気にしません』
政人はムッとした顔のまま言い切ったのだ。
『私の正体が人間じゃ無くてもですか?』
『最近人間じゃない先生が出来たんですよ、それに兄さんのおかげで人か妖かどうか何て馬鹿らしくなった』
そのやり取りに狐露はギュッと僕の腕を無意識に握っていた。
良いぞ、良いぞ、とまるでプロレスを応援する観客のように熱心に見守っていた。
『……………………』
『……………………』
沈黙。
「ええい、ここで何か言わぬか、後一歩だ、後一歩なのだっ」
「狐露いたい」
「す、すまぬ」
そして先に沈黙を破ったのは六花だった。
『それを言ってくれたのは貴方で二人目です」
『二人目……?』
『はい、過去に貴方のお兄様にこの事を説明致しました。そしてあの方は別に気にしないと笑ってくれました……やはり兄弟なのですね』
政人は嬉しいようで嫌なような複雑な表情をしていた。
『私は怖かった、化物の血筋である事、この力でまた人を傷つけてしまうんじゃないかと。それなら最初から親しい友人などいない方がいいと……でも玲様は上手く賢く生きればいいと力の使い方を教えてくれました』
政人はうんうんと話を聞いていたがピクリと反応する。
『玲様……?』
『はい、恋をしてるから玲様です』
「えっ?」
ニヤニヤ笑っていた玲が引き攣った笑みに変わり瞳を開いた。
政人が壊れる音が何となく聞こえた、実際はそんな音一切無いのだが、ピシッとヒビが入りバラバラに砕けていく音が不思議と脳内に焼かれていた。
そしてこの時の六花は今日初めて見るほど輝かしい笑顔を向けていたのだ。
これは完全に恋する乙女の顔だ。
兄弟の絆が壊れる音がした。
「ははは、新しい依頼思い出したわ、今日は帰るねジブン」
玲は青白い顔のまま笑いながら逃げた。
「あ」と杉糸が声をかける暇もなく全速力ダッシュで彼は消えていった。
そんな後ろ姿を見ながら狐露はため息混じりに言った。
「言ってはならぬかもしれぬが、一番足を引っ張ったのは探偵の奴ではないか?」
「狐露、しょれは言っちゃダメだよ」
杉糸達もこれ以上見てられないからと、その場から立ち去った。
その後数日後、やっと大人に戻れた僕は玲に呼び出された。
子供の時間が思ったより長過ぎたせいか中々大人の体の調子に違和感がある。
「あれから調子はどう?」
調子というのは主に政人とその関係の事だ。
彼もそれだけで理解したのか歯切れの悪い口調になった。
というか聞かなくても良かった気がする。
彼の顔は包帯ぐるぐるだった。
「あーせやね、政人が自分と口聞いてくれんくなったね」
「それだけ?」
「兄弟喧嘩したね、いやああの狐のせいで格上の闘い方覚えたのはマズいわぁホント、後不意打ちで必殺技喰らってそっから逃げるのに必死やったわぁ……」
笑っていたが割と重症だったので必死なのは間違ってないのだろう。
「サヨナキ君、仲直りする方法教えてくれへん?」
「無理かな」
即答だった。
「それに僕に兄弟は……」
いないからわからない、と言いかけたが留まった。
兄弟はいた。血は繋がってないだけで仲良くしてくれた家族がいたのだ。
「さあ、どうすればいいんだろ」
杉糸は誤魔化すように苦笑いした。
「そっ、まあええか、今日呼んだのはそれんより、これを狐に届けてほしいんや」
すると彼は一枚の封筒を取り出した。
杉糸は首を傾げながらもそれを取りつつ言う。
「狐露に直接言えばいいんじゃ?」
「いーや、自分忙しんや。君ィが渡してくれた方がメンタルケアも出来て一石二鳥」
「ケア?」
メンタルケア? それを聞き、何か嫌な予感がした。
まさか狐露に対して心を傷つけるナニカではないか、それを一瞬連想させた。
「別にダレかのバラバラ写真とかあるわけちゃうよ? ただのただの変哲もない一つの写真やね」
「僕が見ても?」
「その為に君と会ったんや」
見て欲しいと急かす玲に流されるまま杉糸は封筒の中身を取り出した。




