ひどい笑顔
「だから君が手伝うんだゃね」
狐の昔話を聴き終え、ゆでだこのようにのぼせた杉糸はうちわで扇られながらアイスを舐め続ける。
あの後、風呂から戻ると今日は帰るという玲の書き置きが残されていた。
また近いうちに来るらしい。
「わらわの友や母と慕ってくれた者の子孫だ、幸せにはなってほしい」
「うん」
「ただ恋の後押しというよりは守りたい側面の方が強いがな、恋をする事が幸せという考えは短絡的発想でしかない」
のぼせが楽になったのでうちわをやめ、狐露は風呂上がりの尻尾のケアを自分でやりながら言う。
「まあわらわは其方に恋焦がれ幸せではあるが」
「僕もそうだよ」
「全然想いがこもっておらん」
「しょうかな……」
「其方は言葉の重みというものを理解しておらぬ、日常的に好きだの愛だの謳われては、貴重性に欠けてしまう」
「じゃあ何を言えばいいのかな」
「それは無論……」
この時の狐露は一体何を想像したのか、ボンッと顔を赤らめて首を横に振った。
「ええい、良い子は寝る時間だっ」
狐露は人魂みたいな炎達に布団を敷かせ、僕を抱いて一緒に布団に入り込んだ。
まあ聞くのはやめておこう。
しかし久しぶりだ、こんな風に大きな存在に抱かれて眠るのは。
今度こそ完全に意識が眠りの世界に入り込む前に狐露は耳元で囁いた。
「わらわが守らねばあの世で奴等に叱られる……それだけは避けねばならぬ」
杉糸はその言葉に同調するように頷き、おやすみとだけ言った。
φ
とまあ、三日が経ってもまだ体が元に戻らなく本当に元の姿に戻れるのだろうかと不安になってきた今日この頃。
杉糸達はとあるカフェに来ていた。
内装は洋風で少し昔の大正ロマンを感じさせる作りとなっている。
その端の窓際席で狐露、玲はグラサン、メガネを付け変装していた。幼児化した杉糸はそもそも面影くらいしか残ってないので黒いかつらを被せさせられて終わった。
狐露曰く「わらわが幼い其方に髪染めさせている毒親に思われてしまう」らしい。狐が世間帯を気にしてどうする。
「ほな氷理さんお願いしますわ」
玲はグラサンをずらし、別の席を軽く見つめながらもスマホで指示をメールで送信した。
遠くの見つめる先はスーツを着た中年男性と若い女子高校生のような少女、親子にしては妙に馴れ馴れしく見るからに不釣り合いな二人。
その二人はニヤニヤしながらもカフェで会話を楽しんでいる。
見るからに如何わしいというか犯罪に近い光景だ。どう見ても相手は未成年。
そしてその後ろの席には恋人役の六花と政人がいた。しかし少々恋人と言うには不自然な二人でもある。ずっと睨めっこするからのように見つめあっている。政人に関しては軽く睨んでるようにも見える。
ことの顛末はこうだ、ある実業家の浮気調査をしてほしいとターゲットの奥さんから依頼されるも、玲はその実業家と過去に出会った事がありあまり近づく事が難しいので、たまたまその場にいた六花に政人と恋人役としてそのターゲットに近づいて浮気を調べてもらおう。
というやらせだ。
そう、ターゲットは全て玲の身内、政人と六花の距離が急接近できるように仕向けた仕掛け人である。
中年男性と若い女性は実の所、親友の娘と知り合いのおじさんという形になる。
あれ、これも割と如何わしい気がする。
「さてさて、仕掛けた盗聴器でも聴こっか」
玲はターゲットから正反対の席でニヤニヤしながらもこのためだけに用意した別端末のスマホを取り出した。
そして盗聴器を仕掛けたのは中年と女子高生の席ではない、政人と六花の席である。
ちなみにこの店も事情を知っていて協力してくれている。
『…………………………』
『…………………………』
無言が長続きする。
「故障かな」
杉糸はそう言い、スマホに耳を傾けるが店のBGMは聴こえる。
「もしや何も話してないとかではないだろうな?」
メガネをかけ、地味さを強調したファッションの狐露がげっ、とした顔をする。
狐露は耳に耳栓型の通信機を付け、アシスト役として狐露だけ政人と連絡が取れるよう繋がってはいる。
「あやつからの助けが来た、どうしたらいい。と」
杉糸達はまだ始まって十分も経ってないのに初手でこれか、と先が思いやられる顔をした。
「えらい辛気臭いね、仕方ない、僕がちょっと指示でも出すか」
カップルの前に不審がられないよう客になってほしい。と彼は送信し、彼女達はすいません、と店の店員さんを呼んだ。
『では私はアメリカンコーヒーで……』
六花が頼み、次に政人の番が来た。
しかし政人は何も呟かず数十秒が経った。
「なんでも良い、早く頼め」
痺れを切らしたオペレーター狐の一言。
『すみません、喫茶店に来たのは初めてで』と狐露にも六花にも店にも言っているような政人の声が通信機から聞こえた。
「ならおススメを聞けば良いだろうっ」
『オススメはなんですか……?』
『当店ではコーヒーがおすすめですね! 特に最初は砂糖もミルクもいれず、豆そのままの香りと味を楽しんでほしいです』と店員のハキハキした声が聞こえた。
『コーヒーは飲みなくて、他は?』
『でしたらカフェオレはどうでしょう?』
『カフェオレ系もダメでして』
『ならレモンティーとか?』
『レモンも苦手でして』
酷いグダグダ具合。
「もう死ね!」
狐露からの無慈悲な一言を告げられ、向こうでギョッとする政人が見えた。
狐露の気持ちもわからんでもないが、死ねば流石に言い過ぎではないかと杉糸が、どーどーと小さい手で彼女の膝を摩りなだめた。
すると効果はあったのか「ジュースなら其方でも飲めるだろう」と言い『オレンジジュースをお願いします』と注文する政人の声があった。
「こうなっては先が思いやられるではないか……顔も辛気臭い……」
狐露はテーブルに顎を乗せて項垂れながら、掌から炎を出した。
そしてその状態のまま鼻を噛んだちり紙を捨てるかの様に後ろにぶん投げた。
炎は政人の頭に当たるのか、と思ったが宙に固定され二人が気づかない窓際の絶妙な角度で固定された。
「其方のスマホを貸せ」
そして言われるがまま杉糸のスマホをテーブルに置くと、液晶から政人達の席の姿が映り始める。
もしや固定した炎から経由して映り出しているのか、こういう事も出来るのかと杉糸達は感心した。
「便利やなぁ」
「あの炎を監視かめらとして利用した」
狐露は淡々と言い、面倒臭そうに二人の様子を見た。
そして全員、げっ、と声がした。
恐ろしいほど政人の顔が怖かった。
それは笑顔、笑顔であったが悪人ヅラでホラー映画の殺人鬼がやってそうな顔をしていたのだ。
「妖センサー発揮しとるやん」
「さっき狐露が辛気臭い顔って言うから」
「なっ、わらわが悪いのかっ!? わらわが悪いのか!?」
妖の前だとムスッとする政人の顔筋、だがこれは何というか酷い、あまりにも酷すぎる。
「グリーンゴブリンの笑顔やね」
「なんじゃそのごぶりんとやらは」
「こんな顔」と玲はスマホを見せて、狐露は納得したように頷いた。
「似てるな……確かに」
そんな中杉糸は靴を脱ぎ、ソファー上に膝折りながら身を乗り出してスマホを見続けた。
「はぁ……これ杉糸、行儀が悪いぞ」
「こうじゃなきゃ見えなくて」
「ならば其方が持っておれ」とスマホを渡してくれた。
「あれ自分は?」と反対席に座る玲が糸目状態で首を傾げた。
『グリーンゴブリンみたいな笑顔ですね』
「あかん、あの子も自分と同じ事言っとるやん」
『ありがとうございます』
通信機の音声からは少し浮ついた政人の声がした。
「あかん、今まで妖退治以外の知識無かったから皮肉やと気付いとらん。ジャックニコルソン言っても喜びそう」
狐露には伝わり憎いネタばかり使う玲に案の定狐露は顔に?マークを浮かべているが一々突っ込む余裕も無いのかスルーしていた。
「はぁ……何故わらわがいっつも常識人でなければならないのだ」
周りにおかしい人が多いだけで狐露も言える立場か言われると悩む。
渋々と狐露は政人に伝わるよう声を発した。
「おい、其方のその笑顔は醜い」
半ば投げやりだが、君は君で酷いよ。と内心思った。
『み、醜っ……』
『みにく?』
『た、ターゲットが見にくいと思ったんです』
無理のある誤魔化しだったが、六花は天然らしくああ、と納得してしまった。
一旦誤魔化す事は出来たが、醜いとストレートに言われてショックを受ける政人。
「狐露、しょんな言い方はダメだよ」
「……其方は笑うよりいつもの素顔の方が魅力的だー」
半分棒読みで本当に雪女絡んでなかったらこの場で帰ってそうだった。
そして彼は笑みをやめて、ムスッと不機嫌そうな顔に変わってしまう。まあ笑うよりはマシだろうって思える辺り大分酷い。
『ボストロールから超人ハルクになりました』
「六花はんは六花はんで酷いね」
わざわざ例えるのにネタを絡める人ばかりな今日。そしてさっきから上がってる喩えが緑色ばかりなのは何故だろう。笑顔が怖いからせめて目に良い色にでも脳内変換してるのだろうか。
『ありがとうございます』
「うーんこの愚弟」と玲が糸目を開き笑っていたが目は笑ってなかった。
すると玲のスマホが鳴り、彼は言う。
「ターゲット役の二人から大丈夫かって連絡来たね」
どう見ても大丈夫って感じでは無い。
狐露は瞳を閉じ、瞑想するように考えていたが、カッと目を開く。同時にケモ耳も生えた。
「よし、ぷらんが見えたっ」
そして頭をよしよしと自分で耳を押し込みながら言う。
「最近の趣味を聞け、なんでもいい、話を持っていけ」
『趣味は何ですか? 最近の』
『趣味?』
「少しでも恋人っぽく見せろ」
『恋人役なので少しでも騙さないと』
『そう……ですね、はい。最近はかき氷を作る事にハマってます』
「こんな季節に寒っ」
玲は両手で肩を抱き身震いする仕草をした。
まあ確かに冬にかき氷な季節外れだ。
杉糸はオレンジジュースをストローで軽く飲む。
『かき氷ですか、実は私は食べた事ありません』と玲。
「まあ自分と違って面倒な環境におったからね」
「真か、人生の二割は損しておるぞ」
甘いものが好きな狐露はマジかっ、と言いたそうな顔をした。
『でしたら……今度美味しいお店紹介しますよ』
『感謝します』
すると思ったよりいい方向に話が動き始め、狐露はにやりとした。
「そこは作ってほしいと言いたいとこだが悪くはないぞっ」
『かき氷を私に作ってください』
「遅いわ阿呆、それに図々しいわっ」
「あっ」
狐露の声に驚き、杉糸はコップのジュースをテーブルの上で溢してしまう。
バッとスマホを玲は濡れないように持ち上げた。
「ああ杉糸、飲み物を溢すではない。わらわがやるから其方はお菓子でも食べておれ。ああ子供が飲み物を溢しただけだ、其方はそのまま六花と話を続けろ」
狐露が布巾を借りてテーブルを綺麗にする中で彼女の用意した飴を舐め続ける杉糸。
「完全におかんと子供やな」
それを指摘され、確かにと杉糸は思った。
体が幼い故か、身が自分は子供だと言い、精神がそれに合わせてしまいそうになる。
ずっと子供の姿でいるのは危険かもしれない。
『私の趣味は川柳や句を作る事です』
「ほう、見た目通りじみ……げふんげふん、渋い趣味ではないか、良き良き」
「今一瞬地味って」
「はて、何のことやら」
狐露が誤魔化すように杉糸の頭を撫で続け、杉糸はごろんと彼女の膝の上に頭を乗せる。
「これ、飴を舐めたまま横になるではない。舐めるか寝るか、どちらかにしろ」
「ごめん」と叱られたので身を戻す。
『ではここで一句』
我心
めっちゃ嬉しい
パラダイス
それはもう絶句モノだった。
良し悪し言われると圧倒的に悪く、杉糸ももし知り合いにこんな一句を出されると「うん、良いんじゃないかな」と思考放棄した答えを出すだろう。
何がよかったか聞かれると「全部が素晴らしい、うん、なんか全部が良いよ」的なあやふやな返ししか出来ないだろう。
そして同じく唖然としていた狐露が口を開いた。
「下手かっ……何故其方はそんな堅物な顔からパラダイスなどという単語が出てくるのだ……っ! パラダイスから程遠い顔だろうっ……!」
それは偏見じゃないだろうか。
「所々政人の心情が露になっとるね、でも下手すぎて気付かれてすらなさそうや」
『凄い一句ですね』
「これを凄いで片付けたわ、強いねあの子」
『他にご趣味は……?』
『お経、念仏、明水ですね』
「ひょんとに渋いね」
『般若心経でも唱えましょうか』
『いえ、大丈夫です』
彼のアピールポイントもバッサリ切り捨てられ、またもや沈黙が訪れた。
しかし喋る度にやらかしてる気がするのでこのまま無口な方がいい気がするのは酷い考えだろうか。
「仕方ないね、ターゲットを動かすか」
スイスイと玲はスマホを使い、ターゲットの二人はそれを見た瞬間立ち上がった。
「そろそろ移動しよーよ」
「そうだね」
ターゲット達は立ち上がり、一瞬だけこちらを見た。
それは本当に刹那と言えるほど短い時間、了解と言わんばかりに玲に向け軽く頷いた。
「さてあっちの二人も」
『あ、兄さんから追いかけてほしいと連絡が来ました』
『私達が追いかけても大丈夫ですかね……?』
『私がいますので安心してください』
「おっ、その調子だ」と喜怒哀楽の激しい狐露の喜の顔。
『ヨークタウンに乗った気で頼りにします』
撃沈した船なんだよな。
『戦艦大和に乗った気でいてください』
それも堕ちたんだよな。
狐露は哀の顔になっていた。船のネタはあまり分からなくても彼女の言葉遣いから頼りにされてない事は安易に捉えられれた。
「あちゃあ、完全に男して見られてへんね……あの子天然という名の毒舌ちゃう?」
玲は口を半開きにしていた。
「まあでもジブン、ちゃんとこの後の作戦も考えてるよ?」
「まあ一応聞いておくが……」
ターゲットに続き、政人達もカフェから出て、盗聴器を回収しながら出て行く準備をする。
「極めて安直! 名付けて暴漢作戦!」
玲はキラりんと指を鳴らしてビシッとこちらに指差した。
「暴漢作戦……もしや乱暴者が女に襲い掛かり貴様の弟が撃退する的なアレか?」
「めっちゃ理解力高くて助かるわホント、せやね、大概そのまんま」
彼女は昼の再放送ドラマを見るのでサスペンスや昼ドラ系統の知識は詳しかったりする。
狐露はよっこいしょと僕を抱き、抱っこの形にしておーよしよしとあやし続ける。
「狐露、しょれやられると眠たくなる」
「其方で癒されぬとやってられん」




