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死にたくても狐(君)の為なら生きよう  作者: れっちゃん
ショタと雪女と生真面目君
51/112

少し昔がだいぶ昔


 春が来て、友が去った。

 夏が訪れ、友が死んだ。

 秋が枯れ、友が消えた。

 冬と共に、友が溶けた。

 

 そんな年を幾度繰り返したのだろう。

 自分の元に後、どれだけ友が残ってくれるのだろう。

 家族はとうの昔に消え、ただ、ただ恐れだけが残っていく。


 ある希望を信じ、危惧した頃には既に僅かしか自分の元には残っていなかった。

 手遅れだった。


 よく悪夢を見る。

 それは自分が一人ぼっちのまま永遠を暮らす事、泣いても叫いても誰も助けてくれない。最後は自分の殺して目を覚ます。

 今回は喉を掻っ切り目を覚ました。

 

 よく泣く事が増えた。

 寂しい、誰か助けてくれ、と酒で誤魔化す事が増えた。


 わらわは最後に残った友人の子らを束縛しようと思った。

 それでも勝ったのは理性、それとも親代わりとしての意地か、それを行う事は絶対になかった。

 何故なら知ってるからだ、それをすれば本当に終わってしまうと。



「ほれほれほれほれほれっ」


 狐露はきゃっきゃっと腕の中で笑みをこぼす赤ん坊に向け、ゆりかごのように体を揺らした。

 何度か変顔をし、赤ん坊はそれを見るたびに笑ってくれた。


「ん? 手など伸ばしてどうかし、わっ、こっこれ、髪を引っ張るではないっ」


 ただこの赤ん坊は悪戯好きだ、髪を引っ張られ、ぶちぶちぶちと髪が死ぬ音を聞いた。

 涙目の狐。


「すみません……」


 赤ん坊の母は隣でしまったという顔をして、頭を下げるが、赤ん坊のする事に腹を立てても仕方ないと狐は言った。

 そしてその母親に対し、狐露は懐かしむように口を開いた。


「まあしかしだ、時の流れとは恐ろしいほど早いな、雪菜」


 雪菜、それは狐露の友人である雪女の娘、既に祝言をあげる歳となり子まで産んだ。

 わらわからすれば少し前の話なはずだが、人にとっては長い時が流れてしまったようだった。

 時折、自分は同じ世界に生きてはいけないのだと実感させられてしまう。


白兎(しろさぎ)の姿も彼奴らに見せてやりたかった」


 それは雪菜の両親だ。


「そうですね姉さん、母様に見せたかった」


 雪菜は感慨深い表情を浮かべながらも思いふけるように言っていた。


 雪菜の父は若くして死んだ、病だった。幾らわらわが鍛えさせても病まではどうしようも無かった。

 外に出ればまだ変わったかも知れない、だがこの環境で薬を作り出した頃には既に遅かった。


 雪菜の母はそれでも雪菜を大人になるまで育て上げた。

 だが彼女が祝言を挙げた日に、消え失せるように消滅していた。姿をくらましたのではない、消滅だ、死んだのだ。

 何故消えたのか、彼奴は夫を喪った時点で生への執着は消え失せていたのか。

 

 それでも投げ出さず娘を育て上げたのは誉めてやりたいがわらわからすればもう少し生きろと思う、こんな可愛い孫を抱けぬとは、何たる悲劇か。


 しかし運がいいのか悪いのか、この赤子には殆ど妖の力は芽生えてない。八割方人間だ、普通に生きていても誤魔化しが効くほど力が薄い。

 暑さに弱いくらいか、後雪のように美しく育つ。男だがまあ、美しき事は良きかな。


 しかし力が薄い事は雪菜も知っている。

 だからこそわらわのとこにいる意味は無くなってしまった。力を教える必要もない。


 だから言え、言え、言え、言え、言ってしまえ。

 二人を殺さない為に自分の心を殺せ。

 心の整理は長くとも言葉に出すのは簡単なのだから。


「もう、ここにいる意味はないであろう其方らは」


 言ってしまった後悔も後回しにしろ。


「其方も、旦那が待っている、だから、そろそろ、帰ってみてはどうか?」


 声が軽く震えている。無理矢理震えを抑えて言葉を発したせいか軽く途切れ途切れになってしまう。


 赤子を取り上げたのはわらわだ、だが雪菜の夫が妖の事情を知っているだけでそれ以外の家族は何も知らない。長く滞在するほど誤魔化しが効かなくなる。

 意味がないどころか居てはいけないのだ。


「それにだ、まだ妖祓いはちらほらいると聞く。もうこの場に来るのも……」


 言葉が続かない、息が詰まる。これ以上、自分の我儘で迷惑をかけるわけにいかない。

 理屈で分かっていても心が拒絶する。

 ああ、心を殺すと覚悟を決めても中途半端な自分が情けない。


「母様に__」


「?」


「母様に頼まれたんです」


「頼まれた? 何をだ?」


「姉さんをよろしく頼むと」


 その言葉に狐露は無意識に唇を噛み締めていた。

 これは何を堪えているのか、嬉しいのか、こんな事を言わせてしまう自分への情けなさなのか、消えた友への置き土産への想いなのか。


 ただこの感情の濁流に耐えるのに必死で、狐露は話を聞き続けることしかできない。


「姉さんは私のもう一人のお母さんだと思ってます、母様が消えた後も私を支えてくれました」


 粒のような涙を零しながらも、何を言い出せばいいのかわからない。


「貴方を一人にはさせません、だから悲しまないで母さん」


 雪菜は手を取り、狐露は一度頷いた。

 そしていつまでもこんな姿を見せてはられぬと涙を拭って言った。


「なら次は旦那も連れてこい、わらわが鍛えてやろう」


「はい、お手柔らかに。後、その時には良い物を持ってきます」


「それはなんだ?」


「秘密です」と雪菜は口元を綻ばせて笑った。


 それが雪菜とわらわの最期の会話だった。

 

 一年が経った。忙しいのだろうと思った。


 五年が経った。それでもいつかは会えると信じ続けた。


 十年が経った。もう忘れられたのだと思った。同時に彼女達の身に何か起きたのではないかと心がざわめいた。

 そんな事はない、そんな事はない、そんな事はない、そんな事はない。

 ただ忘れただけだ、わらわのことなど頭の中から消しただけ……それを認めてしまうと悲しくもあり心が擦り切れていった。


 同じように心を壊れた青年が来るまで、狐は誰とも会えなかった。


     φ


 その女の顔を見た途端、懐かしい思い出が昨日の事のように思い出された。

 あまりにも似ていた。他人の空似という事もあるがそれを否定させるかのように妖力を密かにその女から感じさせたのだ。


 因果なものだ。そう冷静に感想を述べれたのは隣の男の存在故だろう。


「わらわが届けにいってやる」


 そう杉糸に言い残し、狐露はその女の落とし物を届けに行く。

 匂いを辿らなくても一度感じた力を追っていくだけであっさりと見つかった。

 顔は美人だが糸のように細い体が妙に不安になる。これが男なら護ってやりたいと思うのだろうか。まあわらわは男女どっちもいける口ではあるが。


「おい」


 狐露はその女に声をかけた。

 そして女は振り返る、だが振り返った瞬間、また狐露は心臓に杭を刺されたかのような衝撃が体に走った。

 ああ、あまりにも雪女の血は濃いな……容姿の違いはありつつも面影を確実に残している。


「貴方はさっきの……?」


「落とし物だ」


 狐露は相手の目から逸らすようにスマホを掲げ、女は、ああ、と納得したかのような顔になる。


「わざわざすみません」


 よく見ると目の下に凄い隈がある。体の細さに加え妙に不健康そうだ。

 見ていて不安になる。


「其方、食事は取っているのか? 具合が悪そうだ」


「え、あ、はい、多分」


「多分? それではだめだ、ちゃんと胸を張って言えるよう食事は取れ」


「そうですね」


 女は笑い、ぺこりを頭を下げた。

 色々思う事はあるがこの者に話しても仕方がない、そのまま去ろうとしていたのだが、自然と舌が動いてしまった。


「雪菜……、白兎という名を知っているか?」


 考えとは別に、その者の名を口にしていた。


「……ええと……確か白兎は…………」


 女はこめかみに手を当てて思案を始めた。

 だがすぐに答えは出た。


「あっ、白兎は多分私のお爺ちゃんの名前です。でもどうして祖父の名を?」


 一瞬、わらわの容姿と口にした内容が少しかけ離れていたのだろう。女は戸惑いの顔を隠せていなかった。

 狐露自身、複雑な心境と同時に誤魔化す言葉が思いつかず、あやふやな言葉で話を濁す。


「其方の祖父と少し知り合いだった、そんなところだ」


 狐露を息を吸い、心臓を落ち着かせて聞いた。


「雪菜は……白兎の母だが、その者について詳しい事は知っているか?」


 ひ孫にこれを聞くのも酷かもしれない。だがそれでも聞かずにはいられなかった。


「ひぃ婆ちゃんの事は流石に……でも若くして亡くなったのだけはお爺ちゃんに聞いた気がします、あくまで気がするだけですけど……」


 それだけで十分だった。

 自分を忘れたんじゃない、会いたくても死んだから会えなかった。

 非常に単純な答えだった。


 わかっていたはずなのに、心が息苦しかった。


「でも、どうしてそんなに私の祖父達の事を知ってるんです? あ、もしかしてロリBBA的な……あ、すみません」


 女は煽りとか関係なしに純粋に口元を緩ませていた。


「ば、ばば……」


 泣きそうになっていた涙が引いていく。


 女の笑みは初めて見たのだが、同時に酷い言われようだったので違う意味で言葉を失う。間違ってはないが。


「でもお爺ちゃんを知ってる人がいて嬉しいです……お爺ちゃん、あまり知り合いを作る人じゃなかったんです」


 既に彼女の言う言葉が殆ど過去形な辺り、白兎の事は察せられた。

 其方もやはり死んだか。

 しかしダメだこれ以上、この場にいてはおかしくなる。

 

「そうか、わらわはそろそろ戻る、ではな」


「落とし物、ありがとうございます」


「……ああ」


 狐露は逃げるように去っていった。

 そして人の世の短さの重みが酷くのしかかっていく。

 

 短い、あまりにも短すぎる。


 自分にとっては少し前の事、それが人にとっては一生。

 長生きというのは置いていかれるようで辛い。

 自分は異質な存在故に消える事さえも許されない、許されるのは自刃だけだ。


「ああ……何故こうも人の命は短い」


 狐露は呆然と呟き、夢遊病のように歩き続けた。 

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