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死にたくても狐(君)の為なら生きよう  作者: れっちゃん
君の為なら生きる
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風呂と酒と妖と

今日は自殺できそうにもありません、今温泉旅館もびっくりな露天風呂に浸かってます。 


「ああ……」と杉糸は感慨深い声を漏らす。

 体中の疲れが癒えるようだった。

 ここは屋敷の裏側にあった幾つもの枝分かれした山道の最奥地の一つ。紫に近い夜の明かりに照らされたのは自然によって作られ岩に囲まれた露天風呂。杉糸は湯気から見える紫の月光を肴に湯治を楽しんでいた。


 ミルク色の湯船に浸かりながらふやけきったわかめのようにずるずる首まで沈んでいく。

 漫画なら猿も一緒に浸かっているんだろうなと自然の温泉に何となく思った。


「ふふふ、其方も気に入ったか。流石わらわ、風呂の調整も一流じゃ」


 そう隣で盆の上に乗せたとっくりとおちょこを使って酒を飲む狐露。自画自賛も忘れない。


「まあ其方がもう少し熱いのが好きなら六千度ほどまでなら上昇できるぞ」


「君が僕を死なせたいのならお好みでどうぞ」と杉糸が冗談半分に笑いながら返した。


 一応、彼女のような別嬪さんと共に入浴して余裕があるのは理由がある。

 性別上お互い異性なので今着ているのは湯帷子、即ち昔によく使われた着用しながら湯治を楽しむ衣服を着ているのだ。杉糸自身他人に肌の一部は見せたくないので丁度いい。


 まあ着ていても着物で隠れていた豊満な胸や体が肌に張り付いて見えてしまうのでこれはこれで刺激的だが、それとは別に杉糸はあまりの気持ちよさに全身が沈んでいった。


「ぶくぶくぶく、ぶくぶくぶくぶく(そういえば、もうこんな時間だっけ)」 


「頭まで浸かるなっ」


「ごほっ、カブみたいにっ、引っこ、げほっげほっ、引っこ抜かれたっ」


「喋るかせき込むかどっちかにせい」


 すると頭部を掴まれ、せき込みながら杉糸は顔を出す。

 そして不思議な月の夜空を見た。


「ねえ、もう夜だっけ?」


 狐の手から離れ、もう一度肩まで浸かりながら問いだす。狐露は酒を飲みながら別に驚くほどでもないと言わんばかりに云う。


「ここは歪な空間だと言っただろう。少なくともこの空間は永遠の月夜。雨も降らず曇る事もない……恐らく其方の現世と時刻が繋がっているのは屋敷の一帯だけだ」


 そういうものか、いつでもこの美しい夜景の下で入浴ができると考えたら便利だが。

 ふと杉糸の元に狐印の持つお盆と同じとっくりとおちょこが流れてくる。


「其方は酒に付き合うと言っただろう? さっきから飲んでるのはわらわだけではないか、わらわそんなに酒強くないのに」


「わかったよ」


「もしかしてわらわより弱いのか?」


 狐はニヤニヤと下からこちらの顔を覗こうとする。特に理由もなく狐の頭を押すように沈めてみた。


「ぎゃー!! 急に何をする!!」


「いや……こういうのやった事ないなって」


「普通やらぬわっ!」


「ええ、友達同士でやらない?」


「ええい、いいから酒を飲まぬか」


 杉糸は内心、酒を飲むのは久しぶりだ。別に弱いわけではないが趣味として嗜むわけでもない。今回のように勧めてもらわなければそれこそ飲む機会がない。


 酒を注ぎ、杉糸も飲み始める。味は特段とキツくもなく度数も低い、これではジュースのようだ。これを嗜む狐が酒に弱いと言うのは納得してしまうかもしれない。


「さて、其方も酒を飲んだことだ。話でもしよう」


「どんな?」


「なんでもいいであろう、其方の事だろうが今の現世の事だろうが、酒が入れば言えない事だってぽろっと出る。其方の言いたい事を言えばいい」


「話したい事か……」


 ぐいっとおちょこに口を付けて飲む。ぐいっと飲んでも酔って思考がまどろむ事は無さそうなほど優しい味だ。


「寧ろ聞きたい事の方が多いな」


「ほう? まあそれでもよいが」


「そうだね……妖の事とか聞きたいかな、実は霊媒師とかエクソシストとか悪魔とかシャーマンとか仙人達には会った事はあるんだけど妖は本当に初めてで」


「其方はどんな奴らに会って来たのだ? 寧ろそっちの方がわらわ気になるぞ? なんじゃえくなんとか」


「ははは、まあ色々会ってね」


 杉糸は濁すように言い、それ以上問い詰めても無駄だという雰囲気を出した。

 狐露は反応に困った顔をしながらもこほん、と咳をして妖について話始める。


「そうだな、其方にわかりやすく喩えるなら【神が人を作った】と色んなお伽話で語られるであろう。しかし実際は違う、【人が神を作った、人の願望や願いが神という存在を作り上げた】」


「それの妖の何の関係が?」


「狐の話を最後まで聞けい、妖も神と同じという事だ。人の恐怖や噂、抽象的な嘘、言い伝えが真実として人々の記憶に残り具象化したのがわらわ達だ」


 何となくわかってるようでわかってないような杉糸の顔。

 すると狐は酒を飲み交えながらも仕方なしに説明を続ける。


「其方は雪女を知ってるか?」


「知ってる」


「なら話が早い、これはわらわの友であった雪女から聞いた話だが雪女は雪山で遭難した男達の死体から生まれたらしい。とこれだけではわからないであろう、其方もそれでは雪男であろうと言いたそうな顔をしている。まあ話を進めると実の所男達の死体は全裸だったのだ、凍え死ぬほど寒い雪山というのに」


 それを聞き杉糸は察したように言う。


「矛盾脱衣」


「ん、確かそうだな。うむ、その脱衣によって男の死体を見つけた者達は言ったそうだ『こんな寒い場所で全裸……余程の別嬪さんがいたんだべ?』とな」


「だべだべ」


「沈めるぞ」


 風呂から出て身も心もホカホカした気分で屋敷に戻る最中。


「つまり言いたい事はわかった。喩えるなら河童とかも水死体の括約筋とかが緩んでたのを見てそこから尻子玉を抜く河童という妖怪が噂される事に。そしてその結果実在するようになった、でいいんだよね」


「うむ、何故その喩えになったか問い詰めたいがおよそそんな感じだ」


 そして始めに首を吊ろうとした居間に戻り、弱いのにまだ飲むのかと思いつつ酒とつまみを味わいながら。


「せんせー、もし伝説上の妖怪達が実在すると仮定しましたけど僕はこの人生せんせー以外の妖と出会った事がないんですけど」


 もう夜だが周囲に漂う青い人魂が明かりの代わりとなり蛍光灯と遜色ない明るさを提供していた。 


「ん……? ん、ああ……」


 しかし狐は酒を飲み過ぎたせいか顔が少し赤い、そして会話の反応も徐々に鈍くなってきている。とはいえ今飲んでいる酒はあくまでほろ酔い気分を味わせるジュースに近いものではあるがこれでもどろ酔いするのは本当に酒に弱いらしい。


「妖は人々の恐怖や噂から生まれた存在だゃ、しょれに裏を返せびゃ、実在しゅるという真実性がにゃけれびゃ……うう、妖は蝋燭の火のように消え失せてしみゃう……」


 もう既に呂律がかなり怪しくなっている。焦点もぼやけているようでそろそろやめさせた方が良い。そう思い止めさせようとしたのだが、


「待てよ?」


 今狐露の言った言葉は納得のいく話であった。人の噂から存在した妖達は近年の存在しない事を裏付ける理屈によってほぼ消滅している。なら目の前の狐はどうだろう。消滅寸前どころか元気に過ごしているように見える。


「なら君は大丈夫なのか? 化け狐の噂話は聞く機会すら滅多にないよ? というか狐自体滅多に見かけない気が」


 するとまだ酒を飲み続ける狐はちびちび飲みながら話してくれた。あ、お酒止めるの忘れてた。


「わりゃわは、中途ひゃんぱな存在でぇ……人と……狐から生まれた……みゃざりもの……だきゃりゃぁ……」


 あっ、倒れる。

 杉糸がそう思った矢先、狐印は卓の上で顔から前のめりになる形で、


 ごん。こんではなくごん。ああでもごんきつねという狐はあったな、と思いながらごん、と痛そうな音を出しながらおでこをぶつける狐を見ていた。

ヒロインのプロトネームという小話。

最初は狐印という名前だったのですがとあるイラストレーターさんと丸かぶりしてて「あっどうしよ」と四苦八苦考えた結果狐露になりましたはい。


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