真面目な奴ほどタチが悪い
それはいつの時代か分からない。
ただわかるのは古い昔の小さな記憶でしかない。
曖昧だがその友人との思い出だけは鮮明だった。
狐は屋敷の縁側に座り、茶と菓子を飲み食いする。
高い饅頭らしいが狐はガツガツと味わう気も一切なさそうな食べ方をする。
それも当然、その菓子はわらわに対して「怒らないで」と言う機嫌を取るものであったからだ。
こんなものでわらわの怒りが消えるわけ……割と美味いので、今度もっとゆっくり味わおう。
狐は残った饅頭をこっそり脇に置き、お茶を飲む。
そして狐は恨めしそうに共に茶付き合いする友に話しかけた。
「それで、よもやよもや其方も人間と火遊びをしたとはな?」
「あらわかる?」
髪が雪のように白く、見るものを畏怖と共に見惚れさせる美しさを持った雪女は腹黒そうに笑った。
だが奴が人間と火遊びをしたのは日の目を見るより明らかだった。
妊娠していた。
「その腹を見たらわかるわっ!」
一瞬、襲い掛かりに行きたかったが、妊婦に乱暴な事など出来るはずもなく、ガツガツと新しい饅頭を食って苛立ちを抑えた。
友が幸せになるのは心底嬉しい話だ、だが数回の人間との火遊びで孕んでしまうなど前代未聞、怒りしかない。
それに既に妊娠してから半年以上は経っている大きさだ。
「ええい、子はどうする!? 人間との子など妖の中で過ごすなど不安定だぞ!」
「貴方が言うと説得力あるわ」
わらわは最強だったのでそういった問題は少なかったが、やはり人間との子という事で偏見の目で見られる事は少なからずともあった。
しかしもし雪女の子供が弱いのであれば、より差別の対象になってしまうかもしれない。
「茶化すな! わらわは本気で怒っているのだぞ! 数年ぶりに会えたと思えば何だその腹は!」
「怒らないでよ、貴方顔に皺が増えるわよ」
「だから其方がそうさせるのだっ!」
そう言ってくすくすと雪女は笑い出したが、それが余計にむっとなる。
子供の事をちゃんと考えているのか、ええい、何故ただの友人であるわらわの方が心配せねばならんのだ。
妖と人間の子は珍しくはない、だが同時に妖として狩られてしまう話をよく聞くのだ。それだけでわらわの胃が痛くなるというのに。
狐露はもう知らんと言わんばかりにそっぽ向く。すると向こうも流石に悪いと思ったのか話しかけてきた。
「大丈夫よ、多分」
「多分……」
狐はこの雪女の友人の行動が本当に読めない。
基本雪女が人間と恋に堕ちることは珍しくはない、だが基本素性を隠し、ばれるとその場から去るのが暗黙の了解となっている。
しかし此奴は初対面で素性を明かし、遊び呆けてたそうな。そのせいか雪女の中からも浮いている。
「もう一度、その彼と会ってみるわ。ええ、彼は生真面目で良い人だから大丈夫よ」
「ふん、後先考えず妊娠させる男の何処が生真面目か」
皮肉気に狐露が言うと雪女は軽く頬を膨らませて反論してきた。
「だって私が何年も費やして誘惑してやっと堕ちたんだもの、性欲に満ち溢れた猿なら初日で私に覆いかぶさって凍ってるわ」
「それで凍っておらぬとは、かなり情熱的な男だったのだな」
「ええ」
「皮肉だっ! 頬を赤らめるなっ! 友の下の話など聞きとーない!」
狐露は頭の耳をぴたりと寝かせるように頭とへばりつかせて塞ぐ。
しかし今のやり取りでただの火遊びでは無いことに少し安心した。お互いに愛があるのはいい事だ、喜べないが無いよりはましだ。ましなだけだが……
狐露は根気負けしたかのように両手を上げた。そしてすぐに下げた。
「ならば一度其奴を連れて来い、其方に相応しいかどうか見極めてやる」
「あわ祝ってくれるの?」
「そこまで膨らんでしまっては産むしかないであろう……」
「でも来てくれるかしら彼」
「来なかったら所詮その程度だった話だ」
「貴方が自分から行けばいいじゃない」
「其方その意味わかってて言ってるのかや……」
そして一月も経たぬ間にその男はやってきた。
普通の人間はこの屋敷にやってはこれぬが、雪女が力を分け与えてくれたようだ。
胸に雪の結晶の胸飾りが通行手形になったのだろう。
男は人柄の良さそうな好青年だった。
実際話してそれが見てとれた。そして彼は人の世界で雪女と共に子を育てていくのだと言う。
しかし同時に人が良いだけでは妖と生きては行けない。
人が良いなど、ただ悪人に摂取されるか人に騙され妖に味方する不穏分子として排除されるだけだ。
「駄目だ駄目だ!」
狐露はその男と軽く会話をすると激怒するように声を発した。
だが男は引く気は無く、許してほしいと懇願し始めた。
「ええい! わらわは保護者か! それに話はまだ終わっておらん! 最後まで聞けい!」
そして狐は言う。
「今の其方では幸せに暮らすなど夢のまた夢、数年持てば良い方であろう」
すると男は、でも、と言った。
「だから最後まで聞けと言っておる、次口を開けば其方の口を縫うぞ?」
一度息を吐き、狐露は言った。
「そうならぬようわらわが鍛えてやらんでもない、其方がその女と子を護れるようにな」
こうして狐は男に最低限の術や戦い方を教える事になった。
才あった事が幸いしてか、男は軽い陰陽師に匹敵する程の術が使えた。
いや、わらわの教えが良かったのだろう。うむ、わらわが教えれば才能が無くとも強くなれるのだ、ふふふ、わらわの才能の恐ろしさに恐怖してしまいそうだ。
そして男が修行する頃には子が産まれ、いつからか子にも力の使い方を教えていた。
狐凛がいなくなったせいもあるのか、わらわを姉のように慕ってくれる者達と過ごすのは控えめに言って楽しかった、幸せだった。
φ
依頼を受けることになった翌日、玲は狭間の屋敷にささっと出向いて来た。
彼は前にも一度来た事があるので、前と同じように飲み物と菓子(玲が甘党な為)を用意しておいたのだが今日は四人分ある。
玲と杉糸と狐露と、もう一人。
前回は玲一人だったので居間で十分であったが今日は違う。
まさか使う時が来るとは思わなかった簡素な客間に座る一同、子供の姿なのでインスタントのコーヒーと軽いお菓子を狐露に手伝って貰いながら用意し杉糸は初対面の男性を見た。
短髪の黒髪で堅物の擬人化と言っても良いほど生真面目さが姿勢から滲み出ている。衣服も下半身が袴の胴着を着ていてもう少し歳を取ると剣道か何かの師範代と言っても騙せそうだ。
お手本にしたいほどのしゃきっとした正座で表情も固い。
「その者は何者だ?」
逆に僕を膝に乗せ、子供の腕を人形のように鼻歌に合わせて動かす、行儀悪さの塊狐露。
さっきは予期せぬ来客に彼女は警戒しまくっていたが、僕が言い聞かせ何とか門前払いは避けれた。
「僕の弟」
ニコニコしながらあっさりと玲は言うので狐露と僕は軽く驚いた。
「ほう? 其方に弟などおったのか」
「貴水政人です」
初めて口を開き、頭を軽く下げた。
「その割には姓が違うようだが?」
そして人の事情に問答無用で入り込む狐。
杉糸は軽く狐露の膝をつねった。
「なんじゃ」
顔を顰める狐露だったが、杉糸は勝手に人の事情にずかずかと入り込んではいけないと首を横に振った。
口にはしてないがそれだけで意図は伝わったのか、わかったと言う。
「苗字に関してはまあ腹違いやったり色々ドロドロした事情あってなぁ、今度酒飲んだ時教えるわ」
「そこまで興味はない、別に話さなくてもよいわ」
狐露はこほんと、咳をして政人を見た。
「しかしだ、貴様のような探偵よりは信頼できそうだ、他人を裏切らぬ顔だ」
すると一瞬だけ堅物だった政人の頬が緩んだ気がする。ちょっと分かりやすいなこの人。
「うわひっどいなぁ、人を顔で判断してる」
「よろしくお願いします」
政人は会釈するようにもう一度頭を下げたのだが、狐露の方を見た瞬間、すっごいムスッとした顔になった。
それも不快感の塊、道路に吐かれた吐瀉物を見たような顔をしている。
額にシワを寄せて、明らかに誤魔化しの効かない威嚇としか思えない顔である。
「なんだ貴様、わらわに喧嘩でも売っておるのか」
そして喧嘩早い狐露は今にでも突っ掛かりそうにガタッと立ちあがろうとした。
杉糸と玲はまあまあ、と狐を宥めた。
「ごめんなー、政人ごっつー妖怪嫌いなんや、遺伝子レベルで嫌いが染み込んでるの」
「そんな奴を連れて来てわらわにどうしろと?」
「違います、ただ大人達から朝も夜も食事もかわやも風呂も睡眠も妖怪はクソだと頭に擦り込まされた結果がこれです、ただ生理的に吐き気がするだけです」
「それを嫌いと言うのだたわけっ!」
「耳元で怒鳴らないでよ」
別に五月蝿いわけではないのだが、こう言うと彼女は止まると思って言ってみた。すると予想通りに申し訳ない顔になってしゅんとした。
「ああ、すまないすまない……それで、その者は依頼と何の関係がある? ただわらわに癇癪を起こさせる為だけに連れてきたわけではなかろう」
その言いぶり的に彼女と僕の考えてる事は同じらしい。
そして玲は僕達の想像通りの答えを出した。
「雪女の子孫に恋したのが、僕の弟」
その時政人は目を瞑り、何かに耐えるかのように俯いていた。
「まあ事を説明するとたまたまその女の子、名前は氷理六花って子がオカルト関係で僕ん事務所来てん、それでまたたまたまいた政人が心臓ばきゅーん」
玲はうっ、と胸を押さえる仕草をしてニヤニヤと笑った。
狐露はふむ、と顎に手を置き品定めするかのように政人を見始めた。
「其方はもしやその女子の前でもそんな顔になるわけではなかろうな?」
「いえ、顔が4分の1歪むだけです」
彼はその顔を再現するかのように表情を作り出した。
うん怖い。四分の一というか実質半分が歪んでる。
「余計不気味だっ! その表情では恋など無理だ!」
「顔がひきちゅってる」
「一つだけミスった顔パズル」
一方的に言われ続け、政人は軽くガーンとした顔になる。
しかし余程こたえたのか狐露に対し凄いムスッとしたまま言う。
「で、ですが狐露さん、貴方だって兄さんに聞く限りではあまり恋が上手く言ってないと聞きますが?」
「う……」
既にある程度玲によって僕達の関係は筒抜けになってるようだ。
狐露は玲に一瞬、何勝手に話してると目で言っていた。
痛い所を突かれた狐露が少し気負けする、しかし見栄を張りたい性格なのか何か反論できそうな言葉を探してるようだった。
露骨に表情に出さなければいいのに、なんて考えているとひょいと彼女に持ち上げられた。
そしてとんでもない爆弾発言を耳元で聞いた。
「こ、この子はわらわと杉糸の子供だ」
「え」
全ての事情を知ってる玲は笑いを堪えるように口を膨らます。
「ねえ、ちょっと何むぐっ」
狐露に無理矢理口を閉じさせられ、幼い故に反論する事もできない。
「名は杉糸じゅにあ」
まんまかよ、そもそも苦しいよその誤魔化し、騙せるわけないじゃん。
杉糸はそんな事思いながら呆れていると、
「た、確かに目元が狐露さんに似ている気が……」
え。
「まさか既に子まで作っていたとは……まさか種族の違い故に成長も早いのか……!?」
まさか本当に信じているわけじゃないよね。
しかし政人は真面目な顔で冷静に分析するかのように一人自分の世界に入り込んでいた。
「いや思い出した、過去の報告書に何度かそう言った事例が綴られていたはずだ……そういう事か……」
何がそういう事なんだろ。
そして一人、結論を出した玲は狐露を真っ直ぐと不快感表す顔で見た。
「先生、この私に恋愛の極意をご教授願います」
えー……
杉糸は顔を顰めつつも曇りひとつのない眼差しで狐露を見る政人を見て軽くポカンと情報処理が追いつかない顔になっていた。
「う、うむ! 既に経産婦であるわらわにドンと任せよ!」
狐露も無理があると思ってたのか顔が引き攣ってる。
「狐……」
「母上か母様!」
「母さん、ちょっと」
「お、な、なんだ息子よ」
杉糸は耳を貸して欲しいと手の仕草で伝え、耳打ちする。
「こんな事言って後でどうするの」
「嘘を真にすれば良い」
「…………」
呆れて何も言えなくなった。
「ひーっひーっ……おっお腹痛っ腹が捩れっ」
そして玲は畳をバンバン叩きながら腹が捩れるくらい笑っていた。
「死ね」
狐露はクンッと指を動かすと連鎖的に玲の顔が爆発し、バタンと探偵の犠牲者が生まれた。
「探偵を先に殺すとは有能な犯人だね」と杉糸は冷静に言った。
そして政人の方は兄の方を一瞬軽蔑的な目で見下ろし「ワケはわからないがまた何かやらかしたんだろ兄さん」とだけ言い残して完全スルーした。
うん、完全に仲は良いけど仲悪いね二人。
「コホンっ! さて話を進めよう、其方はその雪女とどういう関係だ?」
「二ヶ月前に会った時は」
「ええい、今の関係を述べよ」
「初めて出会い、俺が一目惚れした後は一度も会っていません」
「諦めろ」
「なっ!」
狐露の口から出た無慈悲な一言、だが杉糸もどうしようもないと内心思っていた。
「最低知り合いだとは思っていたがな! それですら無いとは! 二ヶ月も経ち何も進展してぬとは、まだ雌を見れば見境いなく交尾する兎の方がマシではないか!」
その喩えもどうかと思う。
「俺はプラトニックな愛を信じているんだ!」
君の言葉からそんな言葉出てくるとは思わなかった。
「知ったことか!」
早い師弟関係崩壊、これでは玲がこちらに頼ろうとするのも何となくわかった気がする。
お互い今にでも突っかかって喧嘩しそうな勢いに発展しそうなので杉糸が横やりを入れて中和を目論む。
「その人は一応妖の力を持ってるんだよね? 日常生活はそれで苦労してたりしにゃいのかな」
「……兄さんに依頼した時は自分の力によるものだった」
「だったりゃ、雪女の力で苦悩してるのにゃら同じ世界に立てる政人さん以外理解してくれる人がいないよう仕向けたら良いんじゃにゃいかな。それなら政人さんに依存するしかなくにゃる」
「息子よ、サラッと末恐ろしい事を言うではない。ほれみろ、あやつに悪影響が及んでいるではないか」
政人はその手があったか、という顔をしたがその考えがあまりにもアレなものだと同時に理解したのか自分の頬を思いっきり殴っていた。
「そんなやり方ではダメだ!」
「この時ばかりはあいつに同意だ」
「僕もじっしゃいに実行しろとは言ってないよ」
「そうであろうなぁ、其方がもししろと言うのならわらわの教育が悪かったのかと一週間寝込むとこだ」
杉糸は狐露の母親ムーブを無視した。
「まずは知り合いになる事から考えないと、話はそこからだよ」
こくりと政人はうなづき、狐露も納得してくれたかに思えたのだが、
「と言いたい所なのだが、貴様は少し付き合え」
顎でくいっと政人を示し、彼は自分? と言う顔をした。
「少しわらわと体を動かさないか? なぁに、貴様が頑張ればすぐ終わる」
「は、破廉恥な!」
「そういう体を動かすでは無いわ! わらわと手合わせしろと言っている!」
「手合わせ?」
「ああ、わらわとて残った同族へ思う事がないわけでもない、要は貴様がその女に相応しい強さを持っているか確かめたい」
そして小馬鹿にするように一言。
「まあ死なぬよう加減はしてやる」
圧倒的上から目線、立場上先生という形になっているがあくまでそれは恋愛についての事。
強さに対して既に狐より下扱いされている事に彼は思う所があったらしい。
「いいでしょう、ですが後悔はしないでください。俺も全力でやらせてもらう」
政人は狐露に対し敵意にも近い目を向けた。




