子供の姿は不便
大人になると見える世界があると言うが、幼いからこそ見える世界もある。
この身になって改めて実感させられた。
ある意味、もう味わえない世界をもう一度体験できるのは軽い得した気分だ。
とはいえ今のところ不便さが勝つ。
まずは身体問題、身長は届かず、力は弱く、脳が大人の体で記憶している為違和感ばかりだ。
次に舌、コーヒーや紅茶がダメになった。
子供だからできる事もあるができなくなった事の方が多い。
そして狐露が……
「ほれあーんっ」
狐露は甘口カレーを匙で掬い、それを僕の口に入れようとする。
杉糸は苦い顔をしながらも素直に食べる。
「どうだ、美味しいか? よく噛んで食べるのだぞ?」
狐露は自分に見せる普段の子供っぽい姿など影も形もなく、姉、もしくは母親のようにこちらの面倒ばかり見てくるのだ。
「全部食べたらご褒美にプリンをやる」
ニコニコ笑い頬杖をする狐露に、少し慣れないな、色んな意味で内心思った。
自分で食べれると言っても子供の体は慣れないと言って無理矢理食べさせてくる。
「ほれほれ口が汚れてるぞ」
「…………」
「なぁ杉糸……わらわの事、お、お姉ちゃんと呼んではくれぬか? 狐凛にはこんな事頼めないからなぁ」
「……オネエチャン」
「そうだそうだ! わらわは其方のお姉ちゃん!」
頭を撫でられて、精神が肉体に引っ張られたのか少し悪くないと思ってしまった頃、ブーブーとスマホに着信が鳴った。
「ちょっとごめん」
通話なんて誰からだ?
「あ、玲君、はいもしもし」
「子供? サヨナキ君の友達なんやけど彼おる?」
「僕がそのサヨナキだよ」
「うっそやー、声幼いわぁ」
「お姉……狐露に幼くされた」
お姉ちゃんと言いかけた結果、狐露がニヤけた。
「ならボウヤがサヨナキ君って証拠ある? せやね、僕が言いそうなセリフ言ってや」
電話先の向こうからも楽しんでないか? と思える軽い声が聞こえて来た。
「女殴るの愉しいわぁ」
「うん、この容赦なさはサヨナキ君やぁ」
あっさり納得してくれた。多分幼くされたと言った時点で信じてくれてたと思う。
「せや、チビナキ君、君に一つ依頼お願いしたいんやけどええかな」
「依頼? 貴様は探偵であろう? 逆ではないか」
すると隣で聞く専だった狐露が話に入り込む。
「まあ細かい事は、この前の貸しを返すと思ってや」
何とかと言うが、通話の向こう先は全然頼み込むような声色じゃなかった。
「貸しなら仕方にゃい」
「嫌だ、わらわ嫌だ。この数日は其方を愛でる事に決めたのだっ、誰が貴様の仕事など手伝うか」
やっと子供っぽい彼女が見れた、と思いつつも手伝いたい気持ちはあるのが本音だ。
というか彼女のおもちゃになり続けると精神が完全に子供になってしまう気がする。それは避けたい。
なのでサスペンス好きな彼女のやる気を煽ってみた。
「でも探偵の手伝いだゃから浮気調査や事件捜査とか出来るんじゃないかな」
「何っ!? 手伝う!」
そして一転、目を輝かせながら勢いで了承してしまっていた。
最初から手伝う気なので別に気にしてないが、勢いでOKを出すのは如何なものかと、煽り立てておいてなんだが。
「あーメンゴ、今回はそういうんじゃないんや」
「そ、そうか……ならなんなのだ? わらわ達にそこまで頼み込む価値があるのか?」
「うんせやね」
ガーンと失望する狐露を隣に彼の言う言葉を聞く。
「君らンに頼むんは『妖と人間の恋愛教授』や」
φ
「寧ろこっちが教えてもらいたいと思う」
通話先で杉糸と狐露に恋愛の極意を教えてほしいと言われたが、自分と彼女が上手く行ってるかと言われれば疑問に思う。
上手くはいってると思うが少し歪だ。踏むべき段階を飛ばして後で踏み直しに来てるような関係だと思ってる。
要は参考にならない関係。
しかし玲の返事は自分達の関係を読んでいたものだった。
「それがね、君らンより酷いんや」
「僕達より?」
すると狐露は腕を組んで言う。
「フン、乗り気ではないがこの時代まで生きていたとなるとかなり高尚な妖だ。高尚な輩ほど、面倒なものはない、高圧的で傲岸不遜、わらわの嫌いな性格だ」
「あーうん、しゅごい説得力あるねー」
それは同族嫌悪という物ではないだろうか。種族ではなく性格面で。
「なぜわらわを見る、よしよし」
子供の姿故か、無礼に対しても怒る事はせず狐露の膝の上で撫でられ、いつのまにかそれが気持ち良くうとうととし始めた。
「まあポピュラーな妖怪やけど高尚か言われると悩むね」
「難しい言葉を使うな、さっさと要件を纏めろ」
「うわ手厳しっ、その妖怪は雪女やね」
「なに?」
その言葉を聞いた途端、狐露は眉を顰めて押し黙った。
「厳密には雪女の系譜、子供子供のエトセトラエトセトラ……」
杉糸は思い出す。
この世界の妖は人の恨み噂恐れ等から生まれてきた。要は人間依存の存在でもあるヒトありきな生き物だ。
人がいるから妖は存在でき、人が信じるから妖は顕現できる。
しかし妖が信じられてきたのも昔の話、科学の発展した現代では妖など作り話とされ徐々に力を失い、しまいには存在は消えていった。
だが狐露達はイレギュラーとされる存在で、厳密には妖ではなく人間と妖のハーフとも言える存在なのだ。まあ九割くらい妖寄りだと思ってる。
狐露と同じようにその雪女も血筋が生き残っている形なのだろう。
だが雪女、雪女と聞くと前に狐露の話で出てきた気がする。
「わかった、引き受けよう」
杉糸があれこれ考えているうちに狐露はそれを了承していた。
「いいの?」
「ああ、構わぬ、わらわにも最低限同胞意識はある。特に今のような世の中ではな」
狐露は皮肉気に笑い、トントンとゆっくり僕の胸を叩いた。
その規則正しい振動に、より眠気に襲われる。
「じゃあまた後で連絡するね、今他の依頼で忙しくてほな」
通話は終わり、狐露は密かに呟いた。
「世間とは狭いな」
それは独り言か、自分に向け言った言葉か、それ以上言葉を続けない為わからない。
「それはどうして?」
「さあな」
狐露は最低限しか話さない。その最低限さえもあやふやで意味がわからない。
やはり最近の狐露は少し変だ、明るく振る舞っているが、心に影を落とし、それを隠しきれてない。
「狐……露」
彼女の名を呼ぼうとしたが、眠気に負けて瞼が徐々に重たくなっていく。
子供の体とは不便だ。
簡単にころっと眠たくなってしまう。
「む、おねむの時間か、布団を敷いて__」
狐露の言葉が聞こえなくなった同時に幼い杉糸の世界は暗闇の中に染まっていった。




