幕間 歩、歩、歩、フが三つ
「また其方と二人きりになってしまったな」
「そうだね」
杉糸と狐露は将棋を指しながら軽い酒を嗜んでいた。
昨日、狐燐は「やるべき事ができたですっ、旅に出るです」と言い屋敷から去ったのだ。クリスマスと年末には戻れるようにすると言ってたが、今は10月終わり、つまり一月半以上出掛けるという事になる。
少し寂しさを感じつつも初心に戻り、二人っきりの時間を楽しんでる最中であった。
「王手、ふふふ、待ったは無しだ」
パチリと彼女の自信が表れるような音を鳴らして駒を打ち、杉糸は顎に手を置いて唸るように考える。
ここは王を助けるのが普通だが、同時に飛車も狙われている。
飛車も取られたら勝ち目が見えなくなる。
「参りました」
軽く悩んだ末、杉糸は負けを選んだ。
「またわらわの勝ちだ、ふふふ、一杯飲め飲め」
酒をコップに注ぎ、軽く赤らめた顔で杉糸はぐいっと酒を飲んだ。
負けた方は軽い要求を一つだけ聞く、彼女は僕に酔いを求めた。
そういえば今まで彼女の前で酷く酔っ払った事は一度もない、別に酒癖が悪いとかではないが彼女は見たいのだろう。自分の酔ってる姿など見ても得など一切ないが。
「ふむ、しかしこれで三戦三勝、何か違う、るーるとやらが欲しい」
「違うゲームをしようとかは思わないんだ」
「む、次で最後だ最後、次はさっきまでのとは違うぞっ」
狐露は嬉しそうに尻尾を揺らすので次はこちらにも勝てる見込みのあるゲームならいいのだが。
「わらわあの人形の事は嫌いだが、あの将棋の仕組みはハッキリ言って嫌いではない。勘違いするな? あくまで仕様を面白いと思っただけであんな悪趣味を肯定など誰がするか」
あの人形、那古の事を指しているのだろう。彼女の仕向けた将棋は駒が取られると死を体験する、それも親しい相手による殺害という確かに悪趣味極まりない物であった。
杉糸にとっては違った見方をしてしまう副ルールでもあったが、彼女が今それを言う事は将棋にそれを取り入れるという事だろう。
「駒を取られる度に……何かを喪う……だがあくまで愉快なもので不愉快なものは却下だ、わらわと其方が楽しめる物で何かないか……」
杉糸は軽く酔っ払っていたが頭はハッキリとしていた。
次は勝ちたいな、と思い駒を取るとこちらに有利で彼女に不利でしかない物はなんだろうか、そう思いある言葉が頭によぎった。
「服を脱ぐ……とか?」
「む……それは」
狐露は一瞬正気か、という顔をした。だがその時彼女の頭の中ではある結論に達するまで高速回転を開始していた。
(待てよ……服を脱ぐと其方から言い出したのは奴が自分の肌をわらわに見せる事への抵抗が薄れてきたという事! 火傷の痕があるというのに! もしやわらわは彼奴にとってそれくらい気を許せる女となったという事か!)
「良いぞ! 其方の【服を脱ぐ】という仕様を取り入れよう、そして駒を取ると消えた【服を着る】という仕組みもな、要は相手を脱がせるか自分が着るか、という裏るーるだ」
すると彼女は指を鳴らし、周囲に人魂の青い炎が取り囲むように出現しだす。
「これで強制的に脱がされる事になった」
杉糸は内心、なんでそんなに嬉しそうに反応するんだろう、変態なんだろうかと疑問に思いながらも身から出た錆として将棋をする事に決めた。
彼女は僕相手にはチートを使わない、が元から知能が高い分軽いプロを相手してる気分になる。
それに加えて「昔の将棋とはもっと複雑であった、今の将棋は麻雀でいう【どんじゃら】よりも安易よ」と狐露は言い出すので正攻法じゃどうしようもない。
歩が取られた。
「其方は屋敷の中でも厚着であるな、靴下だ」
彼女が指を鳴らすと靴下が消え失せていた。脱がされたというよりは衣服類が消えた、という感覚に近い。
「まあ寒い季節だからね」
そして取られて取られて取られ続ける。
彼女は魚の鱗を削ぎ落とすように自分から服を取っていった。しかし今の自分は軽い装飾品が多かったおかげか、それとも彼女の火傷痕を考慮のおかげが上半身が露出する事はなかった。
現在上服、ジーパン、後トランクスと中シャツだけという、そろそろ反撃に出なければまずい装備に変わっていく。
しかし杉糸からすればこの勝負、酷く単純な物でもあったのだ。
杉糸が初めて彼女の駒を取った。
「む、初めて其方に取られたな、では其方はどこを脱が__」
「着物」
そして余裕を浮かべていた彼女の表情が消えた。
昔の着物は下着を履かないという、が、実際は少し違う。実際は江戸時代から腹巻のような下着は開発されてたりはするのだ。という蘊蓄は忘れて狐露は着物を着ている限りは下着を履かない主義らしい。それに関しては個人の勝手なのだが、肌襦袢すら着てないので正直困る。
つまるところあれだ、さっきまでの狐露は着物、軽い装飾品、帯、足袋、装備終わり。
そんな軽装備で着物を取られたらどうなるだろう。
こうなる。全裸帯に足袋というなんとマニアックな。
「な、な、ななぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
狐露は顔を赤らめて肌を尻尾と腕で隠した。
前にも見たなこんな反応。
「き、貴様ァ!! 貴様貴様貴様ァ!!」
彼女はあまりの恥ずかしさに貴様としか言えなくなっていた。
一応自分も目を隠しながら冷静に言う。
「そのごめんね」
「謝るくらいならわらわを抱けェ! ではなく最初からするなぁ!!」
彼女はよく自分にセクハラをかましてくるが逆にセクハラの耐性が致命的にない。
予想外な攻撃をされるだけでこう簡単に生娘のような反応をするのだ。
この勝負、彼女は気づいてなかったのか、それともそのハンデ込みで勝てると思っていたのか、圧倒的に向こうが不利なのだ。少なくとも全裸による羞恥心がある限り彼女は勝てない。
「降参する?」
「な、舐めるなっ! この程度、前にスマホで其方に陵辱された時よりはマシじゃ!」
「人聞きの悪い……」
狐露はそれでも負けずじと駒を動かす、そしてこちらの陣地の駒を必死で取ろうとして取った。
「着物よ、戻って来い!」
そして彼女の肌が隠れた瞬間、杉糸はまた駒を取る。
「着物」
「っ!!!!!!!!!!!」
今の狐露はただ駒を取って服を取り返せばいい、そんな戦術もへったくれもない指し方なので容易く駒を取る事ができた。
「其方最低だ……鬼畜! 下衆! でぃぶい男!!」
「こうしないと勝てないし、何処でそんな言葉覚えてきたの……ああ狐凛か」
とはいえ少々大人気なくやり過ぎた気がする。
あまりに可哀想なのでこのまま負ける事を選ぼうか、なんて考えていると、
「わ、わらわが勝ったら其方は一日中裸で首輪を着ける生活をしてもらうっ!」
そんな冗談を、と言いかけたが涙目でプルプル震えている彼女の目はガチだった。
負けられない、流石に人間としての尊厳を喪いたくはない、と更に杉糸は鬼畜になる事を決めた。
狐露はとうとう帯で胸をサラシのように巻いて隠し、股は尻尾で隠す焼石に水状態で勝負に出る事にしていた。
流石に肌を見られるのに慣れてきたのか顔を赤らめながらも冷静に打ち始めてはきた。
ここで更なる言葉の弾丸を込めた。
「じゃあ僕が勝ったら君に同衾してもらおうかな、なんてね」
「!?!?!?」
狐露が駒を滑らせ、取ってくださいと言わんばかりに角を置いた。
「し、しまっ」
明らかなミス、だが杉糸は容赦なく戦力核の駒を奪う。
「帯」
「ひゃっひゃあ! 胸が!!」
胸を縛る帯が消え、彼女は腕で胸を隠す。
「わ、わらわは惑わされぬ……惑わされては……」
「最近寒いし狐露を抱いたらさぞ暖かいんだろうね(主に尻尾)」
また狐露は電流が走ったような顔をして固まった。
そして最後に杉糸はトドメとして更にもう一撃を与えた。
「あんまり恥ずかしくて言えなかったけど、君(尻尾)を抱きたかったんだよ」
杉糸は誘惑するように少し照れながら言った。
その言葉を最後に彼女はまともな手を打たなくなった。それどころか素人目でも分かるほど悪手を繰り返した。
それも当然、定期的に杉糸が狐露に対してセクハラ発言を投げかけ彼女の行動を縛る。
わざと、というよりは混乱によるミスを繰り返す狐露。
そして素人に毛が生えた程度とはいえ何度も狐露と将棋を繰り返して来たとなると彼女の弱点も何となく理解していて何とか詰みという状況を生み出して勝利する事ができた。
「……す、好きにすればよいであろう!」
着物どころか帯全てが剥かれ、羞恥、悔しさが混じった目をしていたが少しだけ期待の感情が見えてしまった。
「お昼にお風呂は入ったしこのまま布団入ろうか」
「う、う……布一枚くらいは着てもよいであろう……?」
そう言い、狐露は寝巻きの薄い着物を着て耳まで真っ赤にしながら杉糸に手を引かれ寝室に向かおうとする。
そして薄暗い行燈だけが頼りの杉糸の部屋に二人は入る。
「じゃあ布団敷くから待ってね」
「う、うむ……」
内心狐露はやっとこの時が来たという期待感とこれから起きる恐れ、緊張が入り混じっていた。
しかし思ったよりは杉糸がこちらを引っ張っていってくれそうなので少し安心はあった。
「こ、こういう時は人を食べればよかったのだな……?」
「それは人という文字を書いて食べる、だと思うよ」
「そ、そうか……! ま、まあ食べられるのはわらわの方であるなっ」
「ちょっと服脱ぐから後ろ向いてて」
「わ、わかった」
狐露は必死に掌に人という文字を書き食べ、書き食べを繰り返した。
背を向けて布が擦れる音を聞き、こちらも息を吸って肩の布をずらした。
どくんどくんと胸の鼓動が早まり、落ち着かせようとしても落ち着かなかった。
「そろそろ! そちらを向いてもよいか!?」
言葉の抑揚がおかしいまま狐露は腰まで衣服をずらした状態で振り返った。
だが石のように固まった。
杉糸は寝間着に着替えていた。そして布団に入ってあくびを噛んでいた。
「そんな事だろうとは思った」
狐露は呆れ気味にぼやいた。
だが別に怒りというものは不思議と湧かなかった。半ば呆れ返っているのもあるが、
狐露は杉糸の作り出した布団の隙間に潜り込む。
そして彼の胸にそっと抱かれた。
すると言い訳するかのように囁かれた。
「ささやかなお願いだからね、まあ本音は尻尾を抱きたいけどこれ以上の事は求められないか」
「腕をさすれ」
杉糸の言い分を無視して一方的に要求を言い続けた。
「其方はわらわより先に寝るな、朝起きてもわらわ一人で寝かせるな」
「はいはい」
彼の物言いが適当だった為、絶対に奴がわらわを見捨てぬよう呪いにも近い言葉を残した。
「……起きた時わらわ一人だと寂しい、其方はいつも先に布団から出て行く、一人で起きるのは昔を思い出してもう嫌じゃ」
そう言って奴はわらわの腕を優しく撫で、そっと身を寄せてきた。
過去に杉糸はもう少しこの関係を続けたいと言った。
それを聞いた時、ただの関係の変化による恐れから出た言葉だと思っていた。
だが今はその気持ちが少しだけわかった気がする。
こうやってただ肉欲に溺れず、男女の蜜月を過ごすのも悪くはない。
「ただ悪くないだけだがなっ!!!」
「びっくりした」
突然の独り言に杉糸は何の事か理解が及ばなかった。




