妹と姉と○○
早朝、秋とはいえ朝の寒さに白い息を吐きながら屋敷から出て行こうとする男が一人いた。
もうここには自分がいる存在意義はない。
狐露にとって僕よりも長生きで大切な妹がいるのだ、悲しいな、自分の存在意義がごっそり削られたようだ。
同時に嬉しくもあった。
彼女にまだ大事な家族がいた事、まだ家族という繋がりが途切れていなかった事。
「妬ましいな、嬉しいな、いつも通り僕の心は複雑だ」
そう言って虚空を見つめながら杉糸は言う。
だが杉糸にとってはあるものが見えていた。
それは幼い自分の姿であった。
小学生、いや幼稚園児ほどの僕はいつものように能面のように無言でこちらを見続けている。
自分とはいえずっとそんな感じで見つめられると少し怖い。
「僕の最後の家族はある意味君だね」
しかし僕は何も答えない。知っている、いつも通りの反応だ。
「君だけ僕が殺してないからか、落ち着いて話せるんだよ。うん、落ち着けてる方」
あくまで幻覚の中での話だが。
そんな一人芝居にも近い一方的な会話劇を繰り返してる中、後ろから声をかけられて僕は消えた。
「何を話してるです……?」
狐燐の声、僕は後ろを振り向かず頬を掻きながら言った。
「ただの独り言だよ」
「そう……ですか」
「さて、と」
杉糸は入り口の戸の前で荷物を持ち、屋敷から出て行く準備をしようとしたのだが止められた。
「何処へ行くのです……?」
彼女の顔は見てないが酷く弱々しく、複雑な感情で満ち溢れてるのが聞いてわかる。
「何処に……?」
杉糸は惚けたような表情をしてゆっくりと口を開く。
「それは……」
「姉には、姉には貴方が必要なのです」
杉糸が口を開く前に狐燐は言う。
彼女は拳を強く握り締め、自分に言い聞かせるかのように強く言い続けた。
「貴方には私には持ってないものを持ってるです! 私では姉様を……姉様を支える事はできません……!」
彼女には持ってないもの、一瞬下ネタを連想してしまった自分を殴りたい。
「だから……だからっ……! せめて……っそれに……」
狐燐の物言いは必死だ、今にも感情が溢れてしまいそうなほど不安定な言葉を繋ぎ続ける。
最後の言葉を必死に口から出そうとしている、その言葉は酷く単純で他者から見れば呆気に取られるものだろう。
だが彼女にとっては重く、勇気がいる言葉なのだと杉糸は察していた。
「それにまだっ……貴方に……」
荒れていた声が小さくなっていく、しかしそれでもその言葉だけでも聞こえるように彼女は行ってのけた。
「貴方にまだ……お礼を言ってないです……私だけ助かって貴方が不幸になるのは気分が悪いのです……」
その言葉だけで十分だった。
杉糸は笑みを作り「どういたしまして」と優しく伝えた。
それで会話が途切れ、気まずい雰囲気が流れる。それを長続きさせるのも彼女が可哀想なので杉糸は揶揄うように言ってのけたのだ。
「あ、そうそう、さっきの何処に行く、だっけ」
杉糸は隣に置いていた荷物を持って掲げた。
「朝ごはんの食材獲りに」
それはバケツと竿と釣り餌などの道具達、この狭間の穴場は四季場所生態関係なく色んな魚が釣れたりする。それでその川の生態バランスは大丈夫なのかと狐露に聞いたところ「大丈夫なのではないかー?」と根拠もない言葉を返された。
「釣り、一緒に来る?」
狐燐は口をポカンと開けて勝手に自分が勘違いして口走ってしまったボカをした事になる。
その事の羞恥に頭が染まっていったのか顔を赤らめながら、
「心から感謝はしてるです! でもそういうところは嫌です!」
こちらにピシッと指をさし、この場からピューと逃げ出そうとしたが身を翻した途端停止した。
狐露の胸にぶつかったのだ、ぶつかったとはいえただ身と身が接触した程度の優しいものであったが。
「杉糸ーわらわ肉食べたいー」
「最近お肉多かったからダメだよ」
「太る事さえないわらわに健康を問うかや?」
「それに付き合わされる僕が不健康になってもいいならいいけど」
平然とした口調で言ってのけ、狐露はうっ、と顔を歪ませる。
「それは困る、其方には長生きして貰わねば困るからなっ」
そう言い、狐露は妹を連れながら僕に近づいてくる。
「だがわらわの食う魚はわらわが捕るぞ、なっ」
狐露は狐燐に同調を求め、こくりと頷くのだが、
「ね、姉様、もしや私も釣りに?」
「ああ、わらわは大食いだからな。自分のおかずは自分で取らねば其方の分はないぞ? さっ、行くぞ行くぞ!」
狐露は戸惑う妹の手をとって走り出して行く。
お互い尾が多いせいか二人が並ぶと毛玉のもじゃもじゃが蠢いてる奇妙な光景に見えなくもないが、
「長生きか、僕はどうしたいんだろう」
彼女に言われたさっきの言葉を思い返し、困ったように頭を掻いた。




