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死にたくても狐(君)の為なら生きよう  作者: れっちゃん
狐の妹
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相手が悪かった



「ここは……どこだ?」 


 この部屋は絵の具の匂いで溢れかえっていた。そして部屋の半分は画家の道具に占領されていて一言で言えば散らかっている。最低限広々と絵を描くだけのスペースだけは取っている。といった感じだった。


 既視感がある、いや違う。既視感があるではない。僕はこの部屋を知っている。


「母さんの部屋だ」


 これは紛れもない母の仕事部屋であったのだ、

 何故自分が今母の部屋にいるのか、さっきまでの将棋は何だったのか、もしやこれが将棋の特殊ルールの影響なのか。

 一瞬今までの事は全て夢だったのではないかと錯覚した、だが違うと心がそれを否定した。まるで殺人から逃げるなと言うように。

 ならこれはなんだ?

 情報が足りない。もし将棋の影響だったとしてもこれは何だ、僕に何をしろと言うのだ。


 吐き気がした。


 この部屋に長居は辛い。


 取り敢えず外に出ようと立ち上がろうとした途端、ドアが開く。

 そのドアを開いた相手を見て杉糸は固まった。


「坊や? 私の部屋にいてどうしたんだい? もしかしてまーた悪戯でも目論んでるのかな?」


 母だった。


「母さん?」


 杉糸は自分の姿が子供の頃に戻っている事に気づかず、ただゆっくりとゆっくりと母に近づいていく。


「どうしたのかな、そんな泣きそうな顔をして」


 母は優しい手で腕を開き、僕を抱きしめようとして……


 僕の首を絞めた。


「がっ……かはっ……あ、あ……」


 何が起こったのか、杉糸は目を丸くして母の握る腕を掴む。

 だが子供の腕では大人の腕に抗う事は出来ず、大人の精神はそれが無意味だと簡単に悟った。


「アンタさえ産まれて来なければ……! 死ね! 死ね! 死ね!」


 優しかったはずの母は恐ろしい形相で手に力を込め、視界が闇に染まっていく。

 このままでは、本当に死んでしまう。

 意識が、意識が、消えていく。


 腕がぶらんと体全身が力を失くす。


「死ね! …ね! ……! ………」


 死ね、という言葉さえ徐々に薄れて聞こえなくなっていく。


 母の顔も見えない。


 ゴキン! 最期にそんな大切な何処かが壊れる音を体で感じ、僕は死んだ。


     φ


「はぁっはぁっはぁっ……カハっ! がっ……かはっ!」


「サヨナキ君? どうしたん?」


 杉糸は必死に息を吸い、喉元をさすった。

 涙目のまま荒い息で周囲を見渡すと目前には笑みを浮かべる那古がそこにはいた。

 何だったんだ今のは、幻覚か、幻覚にしてはヤケにリアルだ。今も首を絞められ、折られた不快感が体に残っている。


「どうしたんだい? そんな殺されたような顔をして」


 やはり将棋に何か仕組まれているらしい。


「今のは?」


 杉糸は那古を睨むように見つめ、答えを求めた。


「アンタの考え通りだよ、アンタが誰に殺されたかアタシにもわからないけど『大切な人に殺されてきた』ってのはわかるよ」


 那古はケッケッケと魔女のように笑い、虚な目の杉糸に説明を続けた。


「駒を取られる=死、ここまで言えばアンタにもわかるだろ? 大丈夫、アタシも駒を取られたらアンタと同じ体験するように仕組まれてるよ、そうじゃなきゃ公平フェアじゃない」


「趣味悪っ、その説明をさっきまで隠しとったんはフェアちゃうやろ」


 那古は玲の言葉を無視し、杉糸に対して言った。


「さあ、アンタは続けるかい? また大切な人に殺される体験をしたいかい? それが嫌なら今すぐにでも尻尾を巻いて出ていくんだね」


 那古はそれが最後の忠告と言わんばかりにしつこく言い続けた。

 那古の万能薬を求めるものは少なくない、だからこそ趣旨は違えど最初の罰ゲームを食うだけで大半の客は逃げていく。

 今回もこれで杉糸が諦めると那古は思っていた。


 だが杉糸は違った。 

 悪い意味で今の臨死体験に『スイッチ』が入ってしまった。


 杉糸は狂気に満ちた笑みを浮かべ、さっきの死を、また心が求めてしまっていた。




 祖母に毒を盛られ血を吐き続ける中、罵られて死んだ。


 父に自分のせいで母が死んだと言われ続け殴られ続けた。恐らく殴殺された。


 叔母さん達に気持ち悪いと言われ油をかけられた、そしてライターで体を焼かれた。


 親友にお前みたいな奴は誰も受け入れないと言われ屋上から落とされた。打ちどころがよかったのか死ぬまでちょっと長かったのがしんどかった。


 死んだ、死んだ、死んだ、死んだ、死んだ、死んだ、死んだ、死んだ、死んだ。




 これを見た月光玲は語る。


「せやね、アレはすんごい顔してた。ほんま狐おらんと彼すぐ死んでたんちゃうってくらい死に急いでたわ」


【意図と反した那古婆の反応はどうでした?】


「結構実物やったで? 那古婆、一回脅せばサヨナキ君逃げるって思ってたんちゃう? やけど彼の変なスイッチ押したらしく那古婆ドン引きしてたわ」


【そうですか、それでは戦況は覆ったと】


「いいや? 悪化したわ、サヨナキ君な。自滅するように駒を進めていってん。サヨナキ君ドSと思ったらドMやったわ。いや? ドSとドMを併せ持つ性癖のあしゅら男爵ちゃう彼? 表と裏、隠と陽が混ざって最強みたいな」 


【では彼は負けてしまったのですか】


「ふふん、実はこれには続きがあってな」



 

 足りない、もっとだ。もっとだ!

 杉糸はあり得ない、絶対に無いからこそ求めていた憎しみを向けられた幻覚の虜になってしまっていた。

 そうだ、自分はこうやって死ぬべき人間だったと再認識し、既に杉糸はトチ狂った目で臨死体験の中毒患者へと成り果ててしまっていた。


「あーもしもし、うん、今こんな感じでな、あっ壊れたテレビみたいに一回叩くん? 了解ー斜め45度くらいでええ?」


 駒を大切に使え、王だけは最後まで守り通せ。奪って長期化させろ。

 出来る限り死に続けろ、僕をもっとたくさん殺してくれ。

 頭を働かせろ、思考をクリアにさせろ。相手の駒を奪ってもっとたくさん死ねる方法を考えるん……


「ちぇすとぉ!!」


「ぐえっ!!」


 杉糸は頭上に何か重い一撃、いや一撃のようで二撃ある打撃に視界に星が散った。

 邪魔をするな、今大事なところなんだ。

 そんな目で後ろを睨みかけたが、杉糸は呆気に取られた顔に変わる。


「其方は何をやっておるのだ! このままでは負けてしまうであろう!」


 玲と一緒に僕の頭を叩いたのは何故かいる狐露であった。


「なんでここに」


 杉糸が声を出しかけたが、玲がにやにやしながらしー、と人差し指を自分の口元に置いていた。

 そうか、杉糸は確かめとして那古の方を向いた。

 那古の方は憎いはずの妖が目の前に現れたというのに何も気にしない様子で首を傾げていた。


「なんだい、アンタの番だよ。さっさと指しな」


 そうか、今姿を消してるんだ。それか彼女にだけ認識できないように仕組まれている。

 顎に手を添え考えているとぐいっと狐露の顔が近づいた。


 一瞬後ろに引きそうになるが後ろは将棋盤だ。

 これはキスでもした方がいいのか、なんてふざけた事を考えながらも彼女の方は少し目を細め怒っているのが顔でわかる。


「其方は何をしに来た」


「それは……」


「死にに来たのではなく勝ちに来たのであろう! 本来の目的を忘れるのではない! 今の其方は狐燐の命を助ける為にここにいる!!」


 マシンガンのような言葉に杉糸は言葉に詰まる。


「ご、ごめ」


「喋るな! ばれる!!」


 こくりこくりこくりと杉糸は頷いた。


「一度息を吸え、そして落ち着け」


 彼女の激昂がグサリと胸に突き刺さり、言葉通り深呼吸した。

 そうだ、見落とすな。今の自分は死なない、殺さない、助ける為にいる。

 杉糸は彼女にいつものような作り笑いを向けた、そして正気を取り戻した目で那古と向き合った。


「なんだい、今から勝つ気でいるのかい。アンタが狂ってる間にもうアンタの勝ち筋は消えてるんだよ」


「ふふふ、そんなわけがなかろう。今の杉糸には最強のわらわが付いているのだからな」


 茶化すように狐露はふわふわと浮遊しながらも僕を後ろから抱きしめて、手を握る。


「悪いがもう杉糸を死なせる気はない。少々卑怯な手を使わせてもらう」


 狐露の目に蒼い炎が灯り、そして狐露が示すままに自分の手を動かした。殆ど彼女が手の主導権を握ってるようなものだった。


「だが卑怯とは言わせんぞ? 貴様も何やら駒の喪失による死を隠しておったではないか」


 那古自身、最初は杉糸が死なない指し方に変わった事に少し驚いた。しかしそれも長続きしないはずだと思い気にしなかった。がそれが失敗だった。

 徐々に守りが硬いどころか駒が取れなくなっていく、そして自分の陣地が徐々に崩されていったのだ。


 ただ勝つ事なら数十手前に終わっていた。

 しかし今の狐露は駒を失わず勝利に導くという変態染みた戦い方をしていたのだ。


「それに知っておるか? ズルは公にならねばただの公平ふぇあでしかない。貴様は今や何故杉糸が強くなったのか、裏に必ず何かイカサマを疑うであろうなぁ? しかし貴様はそれを暴く方を知らぬ。愉快愉快、痛快痛快じゃ」


 狐露は悪どい笑みを続けてながら杉糸の動かす手を上から重ね続けた。


「なんでだい、何で駒が取れないんだい!」


 だが途中から那古は勝つ、ではなく駒を取るという目的が変わり始めていたのだ。


「ちっ、粋な真似をする……」


 狐露が将棋を指してる中、初めて苦い顔をした。やはり駒を一つも失わず持っていくのは無理があるのか、杉糸は大丈夫だと口を開きかけた。

 駒を失っても気にする事はない、ただそう言いかけたのだが、


「那古婆、投了せえへんの?」


「ああ?」


 玲が杉糸の肩に手を置いて笑みを浮かべた。


「なぁっ、わらわの所有物に勝手に触るではない!」


 僕、彼女の物だったんだ。


 しかし玲はそれを気にせず言い続ける。


「那古婆も知っとるやろ? もう勝てへん事、これ以上やっても醜態晒すだけやで?」


 那古は少し無言のまま将棋の駒に手を伸ばそうとした。だが駒を動かすのではなく立てて、デコピンしたのだ。


「あいったー!」


 玲の額に玉の駒が炸裂しバランスを崩していた。


「気に食わないね、ああ気に食わないったらありゃしない」


 那古はぐちぐちと恨みつらみを綴るように言った。


「本当に可愛くないよ玲坊は、ああ腹が立つ腹が立つ。勝手に持っていきな、これ一つ作るのに数年かかるんだ、この借りは簡単に返せやしないよ」


 那古は服から取り出した濁った泥水のような物が入ってあった試験管を玲に投げて彼は普通にキャッチする。


「おおきに」


「もう2度と面見せんじゃないよ、アンタとは金輪際縁を切ってやる」


「そんな悲しい事言わんといてや」


 彼の反応はあんまり悲しそうに見えない。

 そんな中、那古は僕の方も見た。


「アンタもだよ、どんなイカサマ使ったのか。まあ十中八九狐がそこにいるんだろうけどアタシにはそれを確かめる手段はない、アンタも2度と来るんじゃないよ」


「べーだ、そもそも来る気はないっ」


 見えない事をいい事に狐は悪態をついていたが、杉糸はゆっくりと頭を下げた。


「ありがとうございます」とだけ伝えると塩を撒かれて退散する事になった。


「おい待て、この薬は本物であろうな?」


「さあ、多分本物だと思うよ」


 去り際杉糸は、何とも不安視されるあやふやな言葉で話した。


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