似ている
翌日早朝。
杉糸は屋敷の庭に作られた井戸で桶で水を汲み、歯ブラシに歯磨き粉を付けた。
何というかここで歯磨き粉を出すのは微妙に雰囲気が壊れてるような気がするな、なんて微睡む頭でどうでもいい事考えながらもシャカシャカ歯を磨き続ける。
そして次に冷たい水で顔を洗うと思考がクリアになっていく。
結局、色々と聞きたい事は聞き出せず分からずじまいな現状。昨夜は兄様という存在が気になり夜しか寝れなかった。
とはいえ一晩寝た結果、問うべきか問わないべきか少々悩む。自分自身、好きな狐露相手とはいえ自分の過去は話したくなかった。それと同じだ今回は。
「あ」
杉糸が歯磨きを終えると同じように井戸に顔を洗いにきた狐燐と出合わせた。
しかし狐燐は髪の毛は凄く爆発していた。西部劇の回転草を彷彿とさせる寝癖具合。
「おはよう」
杉糸はフランクに挨拶するが相手は低血圧なのか自分に対してなのか凄く不機嫌そうな顔で、
「……おはようございます」
最低限挨拶だけはしてくれた、ちょっと嬉しい。
「凄い寝癖だね」
「だからなんです、人の顔を窺うようにジロジロ見て」
狐燐は同じように井戸で顔を洗うが冷たい返事ばかり返ってくる。
「ハハハ、その髪型じゃみんなジロジロ見るよ」
杉糸はいつもの調子で会話をしてたが、もしかしてこの言い方じゃ馬鹿にしてると捉えられるんじゃないかと冷静になる。
「………………」
とはいえその気遣いはこっちの杞憂だったようで彼女は然程気にしない様子で顔を洗い始めた。
しかし何度見ても凄い髪の毛だ。
たまに狐露も酒を飲み乱れた時は寝癖が酷くなるがここまではならない。
「髪、纏めるの手伝おうか?」
ふと考えより声が先に出ていた。
狐燐は顔を洗い終え、狐露よりもキツイ目でじっと睨む。
「そうやって馴れ馴れしく近づき、姉様をたらし込んだのですか」
「彼女の髪を纏めた事は一度もないよ」
尻尾や頭の耳はよく触ってほしい、撫でてほしい、櫛でといて欲しいと頼まれるが。
「でしたら余計に私の髪を触らせたくないです、それとも他の女で練習してたとでも言うのですか?」
彼女は淡々と吐き捨てるように言い続ける。
しかし何気ない一言が少し自分の核に触れられた。
一瞬、胃の酸が悪化したかのような吐き気を感じた。
その相手は僕のせいで不幸になった被害者の一人であった。
「図星ですか? これはいい事を聞きました。姉様に報告です」
狐燐の方は昔の女、と勝手に勘違いしてるのかニヤニヤと笑みを浮かべながらも駆け出して行く。
だが屋敷の中に入ろうとすると「ぎゃっ!」と短い悲鳴をあげた。
「ぎゃーっ! 頭が変形するです! 姉様たんまたんまです!」
何が起きたのか声のする方を向くと姉にアイアンクローを食らわされて持ち上げられている妹がいた。
「朝っぱらから何を騒いでおる」
「ね、ね、姉様がそれをするからです!!」
ばたばた足を動かしてやっと姉の攻撃から逃れられた妹、ぜえぜえ息をしながらも涙目で姉に言う。
「姉様! やはりアイツはダメです! アイツは今も昔の女を引き摺っているです!」
完全に誤解している。
自分に昔の女は、少なくとも付き合ってた女性はいない。
たださっきのは……親友の妹を思い出しただけだ。
「別に構わぬ、彼奴は引き摺る性格をしているのは理解しておる」
狐露自身こちらの表情を見て意図を汲んでくれたのかこれ以上話を広げようとしなかった。
「……もういいです」
だが狐燐は不貞腐れた顔でその場から去っていった。
杉糸自身追いかけた方がいいんじゃないかと思ったが、先に狐露に引き止められた。
「すまぬな、手のかかる妹で」
「別に気にしてないよ、気持ちはわかるからさ。だから僕よりあの子を気にかけてやってほしい」
「二人共気にかける、杉糸、其方わらわに聞きたい事があるのだろう? まあ何を聞きたいかは言わずともわかるが」
見透かされたように言われ杉糸は苦笑いする。
狐露は一度間を置いて井戸に近づき水を汲む。そして手のひらにすくった水を飲んだ。
「狐燐は人を嫌っておる、だが其方には人一倍嫌いが増しておる。何故かわかるかや?」
「そりゃあ君が取られたって思われたんじゃないかな、姉妹と考えたら普通__」
すると狐露の手のひらから水をかけられた。
「冷たっ」
「五十点の答えじゃ」
「……満点の答えは?」
「其方は似ておる、その兄様という奴にな」
狐露の前は出来るだけ微笑んでいた杉糸であったが表情が固まり、素の顔のまま鏡のように言葉を反射した。
「僕が似ている?」
「……似ておるのは名だけだがな」
狐露は少し間を置き懐かしむように口元を緩めた。
その笑みだけで大分信頼できる相手だったのは理解できた。
「だから、僕の名前を聞いてあんな事言ったんだ」
だが少し矛盾した話である。
人を嫌っている。だが彼女が尊敬していた相手は人間の男、か。
同時に感情らしい話でもあるが。
「奴が兄を失った時は幼子だった、だからこそ何も出来ずただ守られる存在だった自分に嫌気が差すのだろうよ、同時に兄を思い出させる其方にもな」
「……その人はどうして死んだ?」
「……狐燐を逃すために陰陽師から囮になった、だが死体は見つからなかった。本当に死んだかは、わらわには判断できぬ」
しかし付け加えるようにいう。
「だが死んだのは確実じゃろう、人間だからな。少なくとも今生きてるわけがない」
それはそうだと言わんばかりに頬を掻く杉糸。
「其方に教えれるのはこれくらいだ」
「ありがとう……最後に、その人の名前は?」
狐露は一旦間を置いて言った。
「……スギ、と彼奴は名乗っておった」
「まああの子がそんな反応するわけだ」
納得したかのようにポンと手を叩いた。
「其方は狐燐の事をどう思うかや?」
すると狐露がまるで自分の事のように僕の顔色を窺っていた。
僕を嫌ってるから僕も彼女の事を嫌わないか心配しているのだろう。
寧ろ嫌われる事が少し嬉しがってる自分がいるが、変態扱いされそうなので黙っておく。
「仲良くしたいかな」
狐露の顔がパーっと明るくなった。
「であろうであろう、其方ならそう言ってくれると信じておったぞ」
狐露は尻尾を元気よく動かして僕の手を握ってぴょんぴょん跳ねる。
「でも難しそうだ」
「気難しい子だからなぁ、其方の撫でてくにっくで堕とすのもアリだが」
そもそも触らせてくれないと思う。
「僕は壊される側に立つ事が多かったから壁を壊す方法知らないんだよね」
よくよく昔を思い返すと勝手に人と距離を取り、優しい人が手を差し伸べてくれる人生ばかりだった。それが皮肉にも呪いの連鎖が続いてしまった。何で僕の周りには優しい人ばかりだったのか。
胸糞悪く、自分の存在自体が吐き気を誘う。
「いつものに入っておるぞ!」
パン! パン!
自分の世界に入りかけていた杉糸だったが、狐露が手を叩いて正気に戻る。
「まあわらわに任せよ! 其方と狐燐が仲良くなれる策が思いついた!」
狐露の考える事は大体何とも言えないものばかりだが結局最後は何とかなったりする事が多いのだ。
行き当たりばったりで不安な所もあるが形式上だけでも信頼した風にしておくか、
「不安しか感じない(まあ君の考える事だし大丈夫だろう)」
「おい」
しまった、本音と建前が逆になった。




