悪霊退散
その後直行で杉糸の跡を追い、彼が連行された警察署へ殴り込み何度も面会要求を求めたがあれこれ理屈を並べ無理の一点張りでしかなかった。
この時代の検非違使に引っ張られて捨てられるように追い出され、杉糸の悲しむ顔を何度も思い出して正面突破を我慢した。
そのある手を使い再会した頃は既に昼過ぎであり、杉糸が容疑者として留置所に入れられていた状況であった。
「おい杉糸」
杉糸はじっと眠るように目をつぶっていたがその声を聞いた途端パチリを目を開けて周囲を見渡した。
その狭い檻に居座る姿に胸が痛くなり今にでもこの壁を壊し、外に逃したい。
「なんだ、いつもの幻聴か」
しかし杉糸はそう言ってまたごろんと寝転がり瞳を閉じた。
「おい起きろ、寝るなっ」
「幻聴の方も騒がしいんだなぁ」
杉糸を正気に戻すには姿を表すしかないか。
「現実逃避をするなっ!」
仕方ないので狐露は天井裏への人の頭一つ入れば十分な出入り口を開き留置所に降りようとしたのだ。
無論この時狐の姿、無論尾は九本。
降りる途中尾が挟まり、宙ぶらんとした状態になって振り子状態に。
「うー! うー! た、助けよ!」
流石に幻聴ではない事に気づいた杉糸の行動は早かった。
「助けるから少し静かに」
杉糸は立ち上がり、無理矢理引っこ抜いてわらわを助けた。
「うう……尾が……わらわの美しい尾が……」
「よしよし」
杉糸は狐姿のわらわの頭を優しく撫でる。この撫で方が非常に気持ちよく、いざ眠りの世界へと……
「っ眠っている場合ではないっ、其方これからどうするのだ?」
「さあ、どうしよう。たっぷりと搾られたから本当に僕が殺したんじゃないかって思えてきたよ」
杉糸はいつものようにへらへら笑いながら困ってるのか困ってないのかわからない顔をした。
「何度も言うが其方はやっておらん、死んだ男の首を見るに霊の残滓が残っていた。其方は何らかの術でお引き寄せられ冤罪を着せられたのだろう」
「それが本当ならいいんだけど」
杉糸は少し自信なさげに笑みを浮かべた。だがその笑みは自嘲、酷く悲しげなものであった。
「わらわの言葉を信じろ」
狐は感情を込めて続ける。
「たとえこの世の全てが其方を苦しめたとしても、わらわさえ信じてくれば、その全てから其方を守る。絶対、絶対にだ」
「プロポーズみたい」
杉糸の直球な言葉に真剣な目をしていた狐は急激に顔が赤くなる。
「ふざけている場合ではないっ」
「そうだね、人が死んでるのに不謹慎だ」
違う、このまま呑気に話を続けていては杉糸が本当に逮捕されてしまう。
「そうではあるが違うっ! いや其方はそういう奴であったな!」
狐露は狐の姿のまま杉糸の膝を口でつつき、苛立ちを抑えられずにいた。
何故此奴はこんな時にも笑っていられる。辛いはずだ、まずいはずだ、追い詰められているはずだ。
この時、嫌な結論が狐の頭の中で過った。
「もしや貴様」
狐が杉糸を貴様と呼ぶのは本気で怒りを示している証拠である。
「このままで良いとは思ってないな?」
狐の低く冷たく、感情の籠ってない声。
「罰を受ける事ができればいい、などと愚かな事を考えてはいないだろうな?」
杉糸の表情が固まる。
「それは貴様の罪ではない、わらわは其方の罪を背負っていくと決めた。だがそれは背負えない、背負う気がない」
狐は口元を強く噛み絞めた。
しかし徐々に心が掻き乱されていく。
折角、前に進めたと思ったのに下手をすれば前より酷い状況になってしまいかねない。
「其方一人で救われるな……わらわを……わらわを置いて行かないでくれ」
最後の置いて行かないでくれは酷く脆く弱々しい感情が籠っていた。
「いや、うん……そんなつもりは……多分ちょっとだけ……いや絶対にないな、うん、ない」
「かなりあるではないか」
杉糸はわらわの涙目の目元を手で拭いながら慰めるが正直別の意味で涙が引いた。
「其方はそういう奴であったな」
「そうは言うけど僕自身自分がどんな奴か分からないんだ」
「それは自身も理解しえぬのに他者であるわらわに理解できるはずがない、とでも挑発をしているのか?」
「いや、単に君に教えて貰いたいなって」
「それも挑発に聞こえるな」
そう言って狐は軽く笑った。
「さて、これからどうしよう狐露」
「今からでも逃げ出す事は可能だが?」
「指名手配犯として生きていくのは……ちょっと嫌だな」
「わかっておる、わらわに任せよ。其方の無実を証明して見せよう」
そして杉糸と別れ半刻。
「とは言ったものの……」
熱いのであいすきゃんでぃーを食べながらどうすればいいのか放浪し続けていた。
杉糸に対してはああ言ったものの何一つ策などない、わらわの策など力技しかなかった。
まず状況をおさらいしよう。
人を殺す力など持ち合わせてなかった霊が人を殺した。ここまでは異常が起きたとして話はつく。杉糸をお引き寄せて罪を着せる。この意味のない行動が理解できない。
もしや杉糸は自ら向かったのか? 何か嘘をついているのか?
いやそんなわけあるはずなかろう。嘘はついてないはずだ。
咥えていたアイスが溶けポタポタと石で敷かれた道に落ちる。
仕方ない、わらわの好きな探偵のようにすべからすべへとくべんなく探し続けるしかない。
そう思い向かった先は事件現場、狐露と杉糸が泊まった旅館。
今は関係者以外立ち入り禁止となり、人混みが集まっている状況であった。
狐露は躊躇いなく立ち入り禁止の奥に入っていく。だが誰も狐を咎めようとしない。まるで狐に気づいてないかのように見逃す。
そして咥えていた棒を宙に投げて燃やし二階への階段を上がっていった。
忙しない。
一言で言えばそんな感じだ。二階は今慌ただしい状況だ。
狐露は牛の間に入り込み、警察の関係者が密集し事件捜査を続けているのを見た。
だが誰も狐の姿を見ようとしない。
「さて、姿を誤魔化しているこの瞬間に問おうか」
狐は面を上げ、浮遊しているとある男に声をかけた。
その男は足が無く天井少し下に浮かんでいるが、酷く青白く人生の終わりのような表情をしていた。
いや実際に人生が終わってしまっているのだが。
狐は今回の被害者である要という男の霊に声をかけた。
「おい」
「くそっ……くそっ……あのアマ! 化けて出てきやがって……!」
狐が声をかけるが、霊はずっと恨み言を呟き続け聞く耳を持たない。
「おい!」
「くそっくそっ!!」
「話を聞けい!!」
狐露は幽霊の方の要の足(多分)を掴み、床に叩きつけた。
「ぐほぉ!」
その時、ズシンと部屋が揺れ警察関係者達はみなびくりと体を動かした。
な、なんだ? 地震か? と言っていた。
そんな見えない中で狐は要を見下ろしていた。その視線に要も無視できない存在なのだと理解したのか口を開く。
「な、てめえは俺が見えるのか……!?」
遺体の時は然程顔にあれこれ言うつもりは無かったがこうして見るとかなりの悪人面だ。人を見かけで判断すべきではないが恨みを買って死んだ線が濃い。
あまり人格には期待できないだろう。
「ああ見える」
「ならアンタは……俺と同じ幽霊なのか? それとも死神か何かか!?」
ほう、自分の事を既に幽霊だと認識しているのなら話は早い。
「生憎わらわは神など大層な存在ではない、ただのものの怪じゃよ」
そう言って今は隠す必要もない尾と耳を生やした。
「アンタがナニモンだって構わねえ! お、俺は本当に死んじまったのか!?」
「死んだ」と無慈悲に吐き捨てた。
「くそっくそっ……!」
同情はするがこのまま呑気に話す時間などない。狐は要の喉を掴み持ち上げ無理矢理目線を合わせた。
「そうだな、取引でもしないか? わらわお前を蘇らせる力など無いが貴様の怨みを晴らすくらいならできよう……そうだな、例えばその貴様の言う女とやらを弱らせ、お前の元に持って来るくらいの事はしてやろう。ナニをするかはお前に任せるがな」
「……何が望みだ」
狐は悪どいニヤけ面のままケラケラと笑う。
「話が早くて良い良い、わらわ少々この事件に巻き込まれてしまってのう。貴様と殺した相手ののろけ話でも聞かせておくれんかや?」
すると要はうっ、と口籠る。何か後ろめたい事があるように見える。いや絶対にそうだ。
仕方ない、少し後押しをしてやろう。
「そうだな……其方が答えるのならわらわを抱いてくれても構わんのだぞ?」
そう言って官能的な笑み、普段の狐からは考えられない、いやこれが素寄りなのだ。杉糸の前だけ子供のようになるだけなのだ。
相手を誑かしかねん危険な雰囲気を漂わせながらも少しだけ着物を緩め、肩あたりまで露出させる。
「おっとわらわはこう見えても生娘なのでな、優しくしてくれると嬉しい」
正直ここまで言っておきながら抱かれる気は一切なかった。どちらにせよ、数時間後には滅びる身なのだ、聞きたい事だけ聞き強制成仏させる気であった。
しかしそれに気づかない男はごくりと喉を鳴らし、全て白状した。
「あのクソアマは俺と一度寝ただけでガキ作って認知しろだのうるさかったから殺して山に埋めただけだ! 今も死体は見つかってねえから逮捕されなかった!!」
「そうかそうか、ちなみに其方はそれ以降その山に近づいたりしたか?」
「いや行くわけねえだろ! なぁ!? これでアンタを抱かせ__」
「悪! 霊! 退! 散!」
「ぎゃああああああああ!!! この鬼ぃぃぃぃぃぃ!!!!!」
「貴様に言われたくないわっ!! 貴様が外道で躊躇も容赦も無く退治できる性格してて助かった!!!」
「ふ、復讐を手伝ってくれるんじゃなかったのかよぉぉぉぉぉ!!!」
「安心しろ! 貴様を殺した女は既に貴様を殺した事に満足して成仏しおったわ!」
「じゃ、じゃあ一発やらせてくれよ!!!」
「触るな外道! わらわを触っていいのは奴だけだ!!!」
「ひでぇぇよぉぉぉぉぉ!!!!!」
そして要は炎に燃やされ霧散した。今度こそ完全に成仏した。
「生娘、生娘、わらわこの年になっても生娘か」
さっき何も考えず口から出てきしまった言葉を何度か反芻する。
狐露は目を閉じ何とも言えない表情のまま呟く。
「杉糸にこの事を告げれば馬鹿にされるのだろうな……仕方ないであろう……封印されてる時間の方が多いのだ……杉糸がもう少し欲求に正直であれば良いのだが……」
狐露はため息を吐きながらもさっきの会話だけで聞きたい事は聞けたつもりであった。
元より不審な点が多かったがそれが確信となる。
まずは死体を山に埋めたと言う。恐らく遺体が発見されなかった恨みと残滓が霊と変わったのだろう。しかしあの程度の力では山のある一帯から出る事はまず不可能、この時点で既に破綻しているのだ。この旅館は山から少々離れた位置に立つ、要が霊に近づき恨みが強まったわけでもなければ誰かが手招きした、そうとしか思えない。
旅館で霊が突然出現したわけではなく、要が来る状況を見計らってお引き寄せられたと考えるべきか。
一応遺体の捜索も炎にさせておこう、埋められたままでは流石に悲惨だ。
要点も纏めると女の霊も要もその第三者によって利用させられた。恐らくわららか杉糸を陥れる為に、それとも数奇な偶然という偶然が重なって生まれた結果なら逆に笑えてくる。
が、偶然の線はたった今切り落とされた。
女の霊でも狐露の物でもない力の残滓を狐露は感じ取ったのだ。




