自殺
自殺をした人達は最期の日は何を考えていたのだろう。何をしていたのだろう。
中には自殺を実験として後者に残そうとした科学者もいるが科学者冥利に尽きる人だ。
杉糸はバスに乗ろうとするが重い荷物に苦戦するお婆さんの手助けをしていた。
それとも今の僕のように何事もなくお婆さんの荷物を持ってあげてたりするのだろうか。人を殺した殺人犯が何事もない顔で親切をする事だってある。
杉糸は素気ない顔をしたままそのお婆さんと会話をしていた。
孫に似ているだとか、饅頭を食べるかだとか、それに対し上手く会話を繋げていく様は誰が見ても今から死のうとしている人間とは思えない明るさだった。
そしてそのお婆さんと共にバスから降りた。
実際の目的地はここでは無かったが最期に一度くらいまともな人助けをしたかった。罪滅ぼしにすらならないのは知っている。だが死ぬのなら少しだけでも気持ちを軽くしたい。
お婆さんに目的地の方向が一緒だからと適当に言い訳して荷物を持ち、家まで届けた。ただ本当にお婆さんの家の方向が僕の向かっている先と同じ道筋だったのは変な笑いが出た。
またバスに乗るより歩いて行った方が手間もかからず歩く事にした。
行く先はまた山、だが前に遭難した山とは大分離れてまた迷いに来たわけではない。
山に入る坂道途中にとある霊園が存在していたのだ。
その霊園はとてつもなく広く町が見渡せる絶景の地でもあった。霊園から見下ろす町の景色は然程変わってはいなかった。しかしまあ霊園が絶景スポットと考えるのもいささか不謹慎な気もするが。
水の入ったバケツと柄杓を持ち、階段を駆け上がっていく。目的の墓は霊園の中間列にある。
服はちゃんとした物で来た方がよかったかな。人が少なくて助かったなぁ。なんて考えながらある手入れされていない墓の前に立った。現在周辺には誰一人いない。
墓標には『小夜鳴家之墓』と刻まれていた。
それを見た途端、柔らかった表情が強張った。だが落ち着けと言い聞かせて線香や墓標に水をかける準備をした。
自分がやり残しを感じその日まで死ねないと思った理由、それは両親の墓参り。
ただそれだけだった。
「ごめんね、三年ぶり……かな、アレから海外とか色んなとこ行ってて墓参りする余裕無かったんだ」
違う、実際は殺した相手の目を逸らしていただけだ、と何処からか声がした。
実際そうだ、両親以外にも沢山人は殺したのに墓参りしないのは見たくないからだ。今ここにだって一刻も早く逃げ出したい。
お供え物を用意しながら杉糸は笑みを浮かべる。今かいてる汗は暑いからだろうか、冷や汗なのだろうか。
「この三年間色んな事があったけど、一番面白くておかしかったのは狐の女性と出会った事かな。狐みたいじゃなくて頭に狐耳と臀部に尻尾の生えた妖怪。はは、夏だから熱さにやられたって思われてるかな僕」
墓標に水をかけ狐露についての語りは続く。
「その子はね、僕より年上なはずなのに子供みたいで危なっかしくてでもほっとけなくて、父さんや母さんや婆ちゃんが見た僕はこんな感じだったのかなって__え?」
隣を見ろ。と声がした。
釣られるように杉糸は話しながらもその声に従い視線をそちらに向けた。
胃が握りつぶされた。
強い吐き気が胸をこみ上げ砂利道の上に跪いた。そして目を凝らして見上げる。
「ああっ……あっ、あっ……ああ」
母さんがそこにいた。
だが怒る事も睨む事もせず、ただ氷のように冷たくこちらを見下ろしていた。
胃液が逆流していく。装っていた平然が崩れていった。
「うっ……おえっ……ああっ……」
口元を抑え無理矢理胃液を吐き出さぬよう押し止める。こんな場所で吐くわけにはいかないと理性が叫んでいる。
何度も胸が折れそうなほど強く叩き荒い呼吸のまま心を落ち着かせようとした。
「クソっクソっクソっクソっ!!」
胸が痛い。恐らく後で打撲している事になるだろう。
だが母の姿は消えない。
それを見て再度吐きかけ、砂利の上に頭を垂れて視線を逸らす。
謝罪の意なのか目を逸らしているのかわからない土下座をしたまま、ただこういうしかなかった。
ごめんなさいと。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
杉糸は怯えるように頭を両手で抱え強く掻きむしり錯乱する。だが幻聴が自分の罪を思い出させるように囁くのだ。
僕が殺した人達の最期を。
みんな自分のせいで潰れ、壊れ、衰え、焼かれ、刺され、人の死に方とはいえない酷い死に方ばかりだった。
思い出せ、お前のせいで惨めに死んだ犠牲者を。
その瞬間、過去の思い出が全て走馬灯のように襲い掛かった。だがそれは全て巻き込まれた不幸になった犠牲者達、その家族の悲しみばかり。
そして僕が殺したみんなが目の前に現れていた。ただ無表情にこちらを囲み、自分は何か儀式の生贄にでもなったような気持ちになった。
みんなの視線に耐えきれず、小刻みに震えながら死人の名を呼んだ。
「母さん……父さん……婆ちゃん……叔母さん叔父さん……優斗……佐久弥……」
みんな、お前が殺した。
「みんな……僕が殺した……」
わかっている。わかっているのにその事実を再度確認すると酷い罪悪感と生まれてきた後悔がこみ上げてくる。
なんで自分はこの世に生まれてきてしまったんだ。なんで代わりに死ななかったんだ。
「アハハハ……ハハハハハハ」
もう嘆けばいいのか笑えばいいのか怒ればいいのか泣けばいいのかわからない。
全ての感情がごちゃ混ぜになったまま唸り、笑う。
視界が歪む、方向感覚が取れない、息をしているのか止めているのか、横たわっているのか跪いているのかさえわからない。
痛い、苦しい、頭がおかしくなる。
どうすればいい、狂ってしまう。嫌になる。ここから早く抜け出したい。
多分何度も頭を叩いているのはわかる。それでも世界の渦は止まらない、寧ろ加速する。
目が回る、脳が揺れる、心が割れる。
叩け、殴れ、正気に戻せと拳に力を入れ続けた。
カラン。
十七回目の打撃に世界が一瞬元に戻った。何かポケットから物が落ちた音がした。
それは自分が上着に隠し持っていた折り畳みナイフであった。
ナイフを見た途端、杉糸は狂気に取り付かれた笑みを浮かび出した。まるで砂漠の地に見つけたオアシスかのようにナイフに飛びついた。
刃物を取り出し、両手で斜め下からある部位に対して突き付ける準備をする。
「見てて……今から……罪を償うから……見てて……」
それは首、切れ味の悪いナイフでも高確率で死ねる場所。頸動脈に当たれば良し、呼吸困難に陥っても良し、出血多量で死ねば良し。荒い息のまま強く力を込める。
最初からここで死ぬのが目的だった。
自殺しようとした人達はどんな気持ちで死のうと思ったのかはわからない。
でもただ一つだけわかる事があった。
他人の迷惑なんて知った事か。
ただそれだけは確かだった。
杉糸は笑いながら強く首に向けてナイフを突き立てた。
そして赤い鮮血が宙に舞った。




