狐の少女と白髪の青年 1
目の前の狐は涙など一瞬で枯れ、猫のような目を大きく開いたままこちらを見ていた。
「其方は何を言っている?」
いつの間にか貴様から其方になっている。少しは警戒を解いてくれたのだろうか。
「ああうん」
青年はポリポリと頬を申し訳なさそうに掻く。今更話を戻すのは無理だろう、それに狐の反応は正常であるのでここまで来れば全て洗いざらい話してしまおうか。
「いやまあ迷惑のかからない死に方って簡単なようで実は難しくって、まず家族がいる時点で葬儀の準備や捜索やらでダメ、逆に家族がいない人だとしても死に場所によっては処理する人に迷惑がかかるし腐乱死体で見つかったら迷惑どころの騒ぎじゃない。特殊清掃員に事前に予約したらメンタルケアされて大問題」
だんだんと狐の表情が不審なものへと変わっていく。それも正しい反応だ。
「だから死後の遺体が本当に見つからない場所はどこだろうって考えた結果、海と山に絞り込めたんだ。それで僕は__」
青年は呑気に言い続ける。
「山を選んだんだ」
それを最後に青年は言葉を終えた。そして沈黙が流れた。
それも当然だ。もし自分が彼女の立場なら何を言っているのだと反応をする。しかし彼女は狐でもある、人間じゃないからこそ最後まで言い、良い死に場所を教えてくれると期待している。
だが青年の期待とは別に狐はまた殺気立つ空気を放ちながら話す。尻尾の毛も際立っていた。
「貴様、もしや陰陽や妖払いの類か?」
「へ?」
予想外な言葉がそこにはあった。そして勝手に納得したかのように狐は話し続ける。
「フン、長い間閉じ込めておきながら今度は退治しに来たか、しかしわらわは騙されはせんぞ! 貴様のような愚か者の策など全てお見通しであるぞ!」
そしてビシィ! と指をさされた。
「いや僕は陰陽師とかそういうのじゃなくて__」
だが狐はこちらの言い分を一切聞かず。
「わらわは知っておるぞ? 弱った精神異常者のフリをして同情を買った瞬間、ざくー! とわらわを刃物で一刺しするのであろう!?」
「いやだから」
「わらわは二度も騙される愚か者ではないわっ!」
「一度はあったんだ」
しかし参った。言葉は通じるが会話が通じない、どこか語弊とズレが生じているらしい。
青年がうーんと悩めている所、自分の耳がピクリと動く。
「まあ、この領域なら貴様の願い通り誰にも知れず死ぬ事は出来るがな。それほどまで死にたいというのなら、屋敷の庭でも中でも使って首でも吊ればいい」
「迷惑にならないかな?」
「さあな、貴様に死ぬ覚悟があるのなら死体処理くらいわらわが望んでやってやろう」
狐は尻尾を風に任せるよう揺らしながら鼻で笑う。
「そんな覚悟が貴様にあるのならな」
狐は小馬鹿にしたように目を閉じながら口を動かしていた瞬間、青年は隣を歩いて通り過ぎた。
「まあ貴様のような貧弱でひ弱な小童にそんな事無理に決まっておる」
狐は目を閉じているせいかまだ正面に自分がいると思いながら話を続けているらしい。既に青年は遠ざかっていた。
通り過ぎるついでに尻尾を見ると本当に生えてるようで二、三本所か六、七、いやそれ以上存在していたのだ。
着物は尻付近はどうなっているんだろうなと考えながら青年は庭を歩き屋敷の横開きの戸を開けて屋敷の中に入っていった。
「…………」
一人取り残された狐。
人の気配が無くなり目を開く、そしてキョロキョロと見渡して青年の姿を探す。
「む? あ奴はどこに行った?」
気配を探ってみると屋敷の中、許可はしたがいつの間に屋敷の中に入っていったのだ。
しかしまあ……
狐は青年について思う事より先に何か嫌な予感がした。
「何故あ奴は屋敷の中に……? ああ、それはわらわが許可したからだ。屋敷でも庭でも使って首を吊れと……」
狐の額に冷や汗が流れて落ちていく。
「はははそんなわけなかろう、人とは生にしがみつく生物。そう簡単に黄泉へと向かおうなど__」
胸騒ぎは止まらない。一度悪い方へと頭を働かせてしまうともしやもしやと嫌な未来の連鎖が繋がっていく。
まさかまさかと笑いながら狐は真顔になる。
「まさか奴は真に……!!」
そう思った瞬間、屋敷にかけ走っていた。