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死にたくても狐(君)の為なら生きよう  作者: れっちゃん
君の為なら生きる
19/112

最後の朝飯?

 世界は自分を中心に回ってはいない。なので当然死のうと思っている日に空が世界の終わりを告げるかのように赤かったり、大統領が暗殺されるとかビックなニュースなんて起きるわけもなく何事もない平穏な朝だった。


「この天井を見るのも今日で最後か」


 よく天井の染みを数える間に、という隠語があるが狐との間にそんな事は何一つなかったのは少々奥手過ぎたな、と彼女に対し好意を抱いていた事に今更気づく。


 最期に好きになったのが狐というのも面白い話だ。この恋心が同情か、純愛か真意はわからないが。

 そう思いながらいつも通り平然と服を着替えて居間に向かう。

 今日は狐が食事当番だったので既に卓の上に朝食は出来上がっていた。


「おはよう、既に準備は整っておるぞ」


「ああおはよう」


 そう言って狐は睡眠を必要としないはずなのに生あくびを噛み殺していた。酒やおひさまに当たり気持ちよくなると眠たくはなるらしい。

 杉糸は狐の前方に座り箸を取る。


「いただきます」


「ほい、いただきます」


 お互い手を合わせて食事を始める。

 きつねそばにスーパーで買ったいなり寿司、どう見ても完全に狐の趣味である。

 とはいえ別に食事が彼女の趣味だからって気にする事もなく杉糸は黙々と食べていく。

 狐も杉糸が食べ始めたのを見て同じようにそばを啜り始める。

 するとふと呆気に取られた声を出してしまった。


「あ」


「何か嫌いなものでも入っておったか? 好き嫌いはいかぬぞ」


「ああ、うん」


 実の所声が出た理由は別にあるが彼女に説明するのも面倒なのでそのままにしていた。

 ただ思う事があったのは、いつからこうして一緒にご飯を食べるようになったんだっけ。という最後だからこそ脳裏に焼き付けようとした時に生じた疑問であった。


 狐は別に食事を摂取する必要は一切ない。だから最初はただの娯楽感覚で食べたいものを食べたい時に食べる事でしかなかった。

 だが気づかぬうちに共に規則正しく食卓を囲むようになっていた。杉糸と同じ時間に、同じようにして人のように振舞う。

 ほんといつからだろう。しかし誰かとご飯を食べるのは悪い気分じゃなかった。誰かと話しながら楽しく食事を摂れるのは生きた心地がした。

 杉糸は思い更けるように少しだけ笑みを浮かべた。でも__


「ああそうだ、今日昼に出かけたい所があるけどいいかな?」


 狐は少し目を開き、啜っていたそばを一気にごくんと食べ干す。


「よいぞ、どこにゆきたいのだ?」


 今日は何処に連れて行ってくれるのか、そんな子供のような輝いた目をしていた。


 だがそれを杉糸は一刀両断する。


「悪いけど、一人で出掛けたいんだ」


「なぬっ」


 すると一瞬だけ狐が不快そうに眉に皺を寄せた。


「む、わらわが着いて行ってはダメ__」


「うん」


 即答だった。


「わらわ最後まで言っとらんぞ……まあ其方の意思は尊重しよう。しかし何処にゆくのかわらわに教えてはくれぬか?」


 寂しそうな眼でこちらを見てくるので何も言わなければ罪悪感が湧きそうだ。

 今から自殺しに、なんて言えば絶対に止められて縛られるだろう。彼女を罵倒して死にたいと願えば何とかなりそうだが出来れば傷つけたくはない。

 なので誤魔化す答えは決まっていた。 


「助平な本を買いに」


「はえっ?」


 杉糸は曇り一つない顔で言ってのけたので狐は鳩が豆鉄砲食らったような顔をした。


「『爛れた肉体を持て余した……』」


 しまったタイトルまでは考えてなかった。このままでは中途半端で怪しまれてしまう。

 ふと卓の下に置かれたスマホを手にこっそりとニュースサイトを開き、継ぎはぎにしながらも良いタイトルを繋げていく。


『七十一歳の熊谷瑠代くまやるよさんがヒグマを退治』


『時期ドラフト候補高校生投手の早井球はやいたまくん大活躍』


『注射の針を通さない筋肉の鍛え方』


「『未亡人七十一歳の熊のような肉体の未亡人が__』」


「熟し過ぎではないか!? 其方そういうのが趣味なのか!?」


「『隣に住む高校生の若い肉体に惹かれ注射を刺される特殊プレイ、だが七十一の肉体では注射の針など通らず……』」


「もう要点が迷子になっているぞ!? そうか! 其方特殊性癖の持ち主だったのか!? だから隣にわらわがいても何一つ手を出さなかったのだな!?」


 これ以上誤魔化すのも苦しくなってきた。取りあえず特殊性癖の刻印を押されつつも肯定しよう。


「うん、君を連れていかないのも君がその場にいったら心を壊してしまうから」


 落ち着いた狐はいなり寿司を手にモグモグと食べながら目を瞑る。


「その……つまり其方は……助__そういった本を買いに行くのだな?」


「うん」


「まあ其方もやはり男であったか、ああ、わらわは其方がどんな趣向を持とうが受け入れるぞ」


「わあ、目のハイライトが消えてる」


 光のない目で笑う狐印。

 杉糸は話を変える為、お茶を啜りながら言う。


「でも性欲は生存本能と直結する考えもあるし死にたがってる僕じゃそういった欲求も欠けてても不思議じゃないと思うよ」


「だから特殊性癖なのか」


 もぐもぐと食べていた狐は何かに気づいたかのように頭の耳がピンと張り詰めた。


「しかし特殊と言えども其方が性に興味を持ち始めているのは曲がりなりにも生存本能が目覚めているのではないか? 考えようによっては其方が生を望めばわらわにも欲情……」


「自分で言っておいて何恥ずかしがってるんだい」


 とはいえ杉糸の考えでは性欲と生存本能は直結するが絶対ではないと思う。何故なら初めて狐と会った日から何度かそういう目で意識する事はあった。

 しかしまあ最期の会話がこんなくだらないものでいいのだろうか。いや、くだらない方が後腐れなくていいかもしれない。

 そう思う事にした。


 狐に気づかれぬよう通帳とハンコと番号を残しておいた。少なくとも暫くは遊んで暮らせるほどの余裕はある。長寿の狐からすれば短いかも知れないが。

 食事を終えた後、杉糸は外に出る支度をして出入口前へと立った。


「すーぎーとー!」


 すると背後の廊下からバタバタと走る音がして振り返る。まさかもう気づかれたのかとドキリと心臓が高鳴った。


「其方に渡し忘れたものがあった」


 様子を見るに違ったようで安心する。

 騒がしく来た狐の手には小さな黒い巾着が握られていた。


「これは?」


「わらわの尾の一部を刈り取ったのを巾着に入れた。それが無ければまたこの地に戻ってくるのは至難の業ぞ。まあ無くした場合はわらわが迎えに行ってやるが」


 狐は柔らかい笑みを浮かべながら自分に任せろと言わんばかりに胸を張った。


「うん、御守り代わりにさせて貰うよ」


 杉糸はそれをネックレスのように首からかけて服の内側に隠した。


「じゃあ行ってきます」 


 杉糸は狐に笑顔を見せて背を向ける。


「車には気を付けるのだぞ?」


「ハハハ、保護者みたいな事を言うんだね。うん、大丈夫」


 保護者の気持ちになっていたのはこっちだけど。

 杉糸はこれが最期の別れになるのだと理解しながら戸を開き外に足を踏み入れた。

 だが不思議ともう一度彼女の顔を脳裏に焼き付けたくて振り向いていた。


「忘れ物か?」


 狐は頭の耳を動かしながら首を傾げる。


「いや」


 杉糸は首を横に振り、覚悟を決める。

 何か一つでも彼女に対して伝えたい言葉を残したかった。しかし抽象的過ぎても具体的でも彼女は意図を察するだろう。感謝の言葉を伝えただけで怪しまれる。

 だからただ一言、一言だけこういったのだ。


「逝ってきます」


「ああ、行ってこい。わらわ、お土産を期待してるぞ」


 もう会えないのを知りながらも頷いて足を進めた。

 そして世界は一瞬で変わり果てていた。既に屋敷の領地どころか狭間の不可思議な光景へ。

 幾つもの鳥居が並ぶ夜の不思議な空間、地は水だが氷のように硬く奇妙で美しい彩りで形成された景色。

 この景色もこれが最期になると考えると少し寂しい。一度くらいこの夜を肴に酒を楽しみたいものだった。

 ああ、いざ死のうと考えると後悔が山ほど襲ってくる。山に迷った時もそうだった。だが後悔は死を鈍らせる。

 杉糸は一つの鳥居を潜り抜けるといつの間にか町中の道路真ん中へと聳え立っていた。

 相変わらず全てが歪だと青信号である現状にホッと胸を撫でおろした。

 流石に外に出た途端、車に轢かれるのは勘弁したい。まだやる事は一つだけある。


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