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死にたくても狐(君)の為なら生きよう  作者: れっちゃん
君の為なら生きる
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もう一つの声


 杉糸の地元である田舎町から駅八本、徐々に自然から人工物で溢れかえった都市で降り、そこからバスに乗って進んだ先に目的地は存在していた。

 それはどこにでもあるような変哲もない美術館、外観は特に目立つ事もなくシンプルな作りとなっている。

 だがその美術館に期間限定である画家の絵が展示されていた。


 それは母が尊敬したゴッホの美術絵であった。

 フィンセント・ヴィレム・ファン・ゴッホ、今となっては数々の名作を生み出して来た最高の芸術家。今となってと言われるのは生前、彼は評価されず自殺してしまい死後評価される事になってしまったからだ。

 当時芸術界を支配していたのは通称新古典主義とされ、それから遺脱する作品は全て評価外の対象となっていた。


 ゴッホの描く絵もその評価対象外の絵ばかりで苦汁を飲まされ続けていたのだろう。

 生前売れた絵は一枚、まあ実際は数枚売れたとされてたりもするがどっちにせよ些細な問題であまり良い話は無かった事には変わりない。


 短い人生の幕を閉じたが、死後に絵が評価され今では名を知らぬ者は少数だ。

 杉糸は彼の人生を聞いても特に感じるものは無かった。単に死者の気持ちを勝手に代弁するのも罰当たりなのだと曲解した思考の持ち主だっただけの事。


 ただ気にする事は母がゴッホの何処に惹かれ画家を目指すようになったのか、母の憧れを知る事で母がどんな人だったのか知りたいだけであった。

 しかし何度調べても、何度絵を見ても、未だに母という人物を自分は理解したのか疑問に思う。それとも自分は母を本当に理解したかったのか。目を背けたいから理解できないだけなのではないのか。


 答えは見つからない。自分が変わらない限り最初から答えなんてないのだ。

 だから困る。凄い困る。


「パパー!」

 

 ふと静かな展の中で騒がしい少女の声がして自然とそちらを向いていた。

 幼い少女は警備員の足元に抱きついて警備員の人は困ったような反応をしていたがよく見ると親子のようだ。

 仕事中の親に会いに来た娘なのだろう。


 そして杉糸の想像通り後ろからやって来た母親が娘を引き離し、父親は仕事中だから遠くから見に来る約束だったと言い聞かせていた。

 そんな何気もない家族のほほえましい様子に既視感を感じた。


 吐き気がした。


 その家族の姿が自分の家族の姿と重なって見えた。

 子供の頃、美術館で働く父を母と共に見に行きあの家族のように仕事の邪魔をした。

 父は天真爛漫な母のブレーキ役として苦労した人だった。それでも優しくて家族の事を誰よりも思ってくれた人だった。


 僕のせいで不幸になった可哀想な人でもあった。


 死ねよ。


 いつものように幻聴が脳を揺さぶった。


 首を吊れ。


 わかっている。


 徐々に幻聴はエスカレートしていき、周りの声が全て何も聞こえなくなっていく。


 まるで自分だけ別の世界に隔離されたようで幻聴の言葉を甘んじて受け入れ続けた。


 その手で喉を閉めろ。自らを刺し殺せ。溺れて死ね。毒を飲め。頭を壁に叩きつけて死ね。脳漿をぶちまけろ。轢かれて死ね。撃たれて死ね。死刑になれ。事件に巻き込まれろ。犯されて死ね。他人を庇って死ね。怒り狂って憤死しろ。窒息しろ。飢えて死ね。薬物を乱用しろ。落ちて死ね。体を燃やせ。獣に襲われろ。生きたまま埋められて苦しめ。病気にかかって死ね。撲殺されろ。首を折れ。異物を体に入れろ。呪い殺されろ。狐に頼んで死なせて貰え。今まで殺して来た人の事を悔いながら死ね。誰もお前を許さない。許されたければ今すぐにでも死ね。

 思い出せ。自分のせいで不幸になった人達の事を。みんな泣いていた。みんなお前に辛くても生きて欲しいと言った。笑わせるな。不幸になった人達がピエロにならないようさっさと死ね。

 みんなの為に早く死ね、今すぐに死ね。死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!__

 ああそうだ、早く死なないと。


 みんなの為に罪を償わないと。


 杉糸はゆっくり、ゆっくりと自分の手を首に近付けていった。

 そして手を添え、力を込め窒息させようとする。いやこれは窒息じゃない、首の骨を自ら折ろうと__


「杉糸? 其方、そんなににやけて何か面白いものでもあったのか?」


「え?」


 手は既にブランと垂れ下がっていた。

 ふと我に返った杉糸は自分が笑っているのか? と口元を触る。

 確かに口角が吊り上がりにやけていた。


「なんじゃ、其方気づいてなかったのか。しかしその笑い方……何かやらしい事でも想像していたのだろう」


 狐はフンっと呆れるように鼻息をして杉糸は苦笑いをする。

 いやらしい事か、確かに間違ってなかった。


「其方がさっきから一人で突っ立っているとわらわが先に行ってしまうぞ」


「ああごめんごめん」


 杉糸は急いで狐の隣に何もなかったかのよう並び立って歩く。

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