嵐の前
夢だと認識すると意外にも覚醒は早かった。いや、無理にでも目を覚ましたかったのだろう、母が崩れていく姿など見続けたくなどない。
必死に夢から逃げたかったのは荒れる鼓動と全身の冷や汗が物語っていた。
最悪だ。
杉糸は布団から上半身を起こし、枕元に置いてあったスマホを手に取った。深夜の二時、確か十時ほどに狐印より先に眠って四時間ほど睡眠を取った事になる。
息を吸い、無理矢理にでも心を落ち着かせようとする。
「夢は嫌いだ」
杉糸は皮肉気に笑いながらこれは自分への罰だと言い聞かせて言い聞かせ続けて心を安定させた。
そして自分以外の事に注意を向けれるくらいにまでは回復はした。
「ん」
音がする。少量だが居間の方から音がするのだ。
耳を澄ますと何やらテレビの音だった。
恐らく狐露がまだテレビを見ているのだろう。彼女は妖なだけあって夜更かしをしても大丈夫な体質なのだろうか、様子でも覗きにいこう。
襖をそっと開け、何やら暗闇の中テレビの注意喚起のダメなお手本と言ってもいいほど間近で見ていた狐だが何やら様子がおかしい。
「おおっ、おおっ、おおおっ」
狐は赤らめた顔を両手で隠しながらも指の間を開き視聴していたがテレビの音を聞き何やら理解した。
『ああんっ、ああっ、いいっ……いいよぉ……』
喘ぎ声が聞こえる、だがこれは狐印のものではなくテレビから聞こえるもの。
つまり深夜枠のそういった番組を狐はこっそりと見てしまっているのだろう。
親に隠れてアダルトビデオを見る学生か、内心そう思いつつ杉糸はため息交じりに声をかける事を決めた。
「狐露? ちょっといいかな?」
「ぎゃいん!? あわわわわわわわ!」
意外にも変な高い驚き声が聞こえてしまった。
そして慌てて狐はテレビのリモコンを手に持つのだが……
『ああんっ!! もっと! もっと!! もっと!!』
音量が上がってより激しい濡れ場の音声が高鳴った。
そして顔を真っ赤にして口をポカンと開ける狐印と杉糸の目があった。
狐はあわわわと硬直状態になりかけていたのでこちらから助け船を出す事にした。
「夜更かしは程々にね」
杉糸は苦笑い寄りのいつも通りの笑顔でリモコンを手に持ち音量を下げようとした。
普段と何一つ変わらない対応だったと思う。だが狐は訝しみ、先ほどの赤らめた顔など何処に行ったのかと言わんばかりに冷静な顔へと変わった。
「其方、何か悲しい事でもあったのか? 泣いているぞ?」
「え?」
杉糸はその指摘に一瞬固まった。そして顔に手を触れると濡れていた。
「あれ……どうしてだろう?」
『もっと激しく突いてぇぇんっ!!』
「…………相談なら、わらわが乗るぞ」
「いや大丈夫だよ、ただ……ただ……怖い夢を見ただけだよ」
杉糸は涙を拭いて笑った。
「そうか」
そしてそれ以上狐は何も触れる事は無かった。
『ううっ! 奥に出すぞ!!』
それを最後にテレビの濡れ場は終わり、日常的なシーンが画面に流れていた。やっと音量は下がった。
杉糸は水を一杯飲み、また元の部屋へと戻ろうとした時、彼女に声をかけられる。
「其方は……」
狐の僕を見る目はさっきのような冷徹なものから同情的な憐れむ目をしていた。
恐らく察してはいるのだろう。ただ彼女自身もどうすればいいのかわからない、そんな様子だ。
何か言葉を探るように言いたげであっても上手い言葉は見つからない。
「いや、なんでもない。おやすみだ」
狐は口角を上げて笑みを作って見せた。そんな様子に杉糸はおやすみと返した。
だが眠る事は出来なかった。その日はずっと朝まで起き、夢を見る事を恐れた。




