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死にたくても狐(君)の為なら生きよう  作者: れっちゃん
君の為なら生きる
12/112

狐とテレビ


 狐は今も子供のように電化製品屋に飾られたテレビをじーっと見つめていた。

 映っているのはとある昔に放映されたイギリスを舞台にした丸い体型した主人公の探偵ドラマ。


 古い作品であって電化製品屋で流すにしては中々渋いなと、杉糸は思いながらもテレビを初めて見た狐にとっては釘付け同然である。

 劇中で女性の悲鳴と共に帽子を突き破って狐の獣耳が頭から出現した。そして偶然この場を通りかかった人が変な同じく悲鳴を出した。


「ひ、人が死んだぞっ。ほ、本当に劇を流しているのだな?」


 探偵モノお馴染みの犠牲者が発見されたシーンで狐は心配そうにこちらを見つめるが頭には気づいてないらしい。


「うん、これはただの作り話だよ。後、耳」


 杉糸が自分の頭を指さして指摘すると狐は慌てながら手で押して耳を引っ込める。


「おっと、折角其方が買ってくれた帽子も治さねば」


 ぐいっぐいっ。


「そんな感じで引っ込むんだ……待てよ」


 杉糸は今から狐が修復しようとしていた二つの穴が開いた帽子を見て考える。


「逆に耳を出してた方がいいね、うん。大丈夫だよ、目立たないから」


「む……? 本当に大丈夫か?」


「大丈夫だから」


 圧力をかけるようにもう一度言うと狐は少し引きながらも耳をまた頭から生やす。


「うん、これがいい」


 これはただの杉糸の趣味だった。それに可愛いケモ帽子を被っている美人さんにしか見えない。

 そして頭の耳を気にしなくなった狐はまたテレビに夢中になっていく。こっそり一枚写真でも、しまった、スマホ充電中だ。

 杉糸が残念がってる最中狐は徐々に徐々にテレビを見る目が興味から物欲へと変わっていった。


「杉糸」


 狐はキラキラした目でこっちを見る。

 子供がおねだりをする時ってこんな感じなんだろうか、そう思いながら杉糸は苦笑いをする。


「欲しい?」


 狐は頭の耳を揺らしながらこくりこくりこくりと頷いた。


「じゃあ買っちゃおうか」


「おおっ!」


 実際これがあれば狐への暇つぶしは増えるし杉糸も利用する事になるだろう。知識を蓄えるのにも丁度良い。


「と言いたい所だけど色々と面倒でね……」


 杉糸はすまなそうに笑いながら上手く説明できる言葉を探す。

 家族の遺産で金銭面に不自由な事はない。だが今回に限っては電波や電力など金ではどうにもならない問題点が多い。それに狭間内では電気屋さんなど来れるわけもない。


「テレビを映すには君の持つ妖力とはまた違った力が必要なんだよ」


「そ、そんな……」


 そう言うとだんだんと頭の耳がしおれていき狐の顔もショックを受けていく。よしよしと背中を擦りながら慰めていると、狐がふと何かを思い出したかのように突然顔を上げる。


「いや、あらかじ不可能ではないかも知れぬぞ」


「え」


 杉糸は目を丸くした。


「いやこればっかりはどうしようもないんじゃないかな?」


「わらわを信じてくれ、頼むっ。この通りだっ」


 懇願するように手を握られ見つめられたのでつい買ってしまう事になった。

 もしかして自分は彼女に甘いのではないだろうか。


     φ


 配達屋さんが常世と現世の狭間に来れるわけもなく、杉糸は重いテレビの入ったダンボールを持つ事になった。

 それ以前にもし来れたとしても山奥に届けてくださいなど非常識にもほどがある。

 杉糸は屋敷に帰った途端、重い荷物を居間にぶちまけるように置いて横になった。


「ああっ、慎重に置かないか」


 狐に関しては僕の心配よりテレビの方が大事なようだ。まあこれに関しては意地を張ったこちらが悪いのだが。


「流石にくたびれたよ」


「やれやれ、あれほど【てれび】はわらわが再現すれば済む話だと言ったであろう」


「君はこの世界のお金を知ってくれた方が僕にとっても都合がいいから」


「其方の考えはよくわからん」


 狐は見下ろしながら不服そうに顔を顰めた。しかしすぐさまにパーっと明るい表情に変わり、


「そうじゃ、それよりもやるべきことがっ」


 そう言ってぴゅーと駆け足で狐は風を残しながら去っていく。


「あったぞ!」


 一瞬で戻って来た。この間一秒ほどしか経ってない。

 狐の腕の中には山ほどの紙人形があった。


「それは?」


 杉糸が風に揺れた白髪を元の位置に戻しながらも紙人形を見る。


「うむ、よくぞ聞いてくれた。これはわらわが暇つぶしとして作り出した大気の妖力を勝手に養分に変えて動く自立人形、だったのだがわらわの意思に反して動く姿が少し不気味で……」


 そう言って狐の声が少し震えているのが聞いてわかった。


「べ、別にわらわが怯えているわけではないぞ! 夜勝手に動きだしたりして妖力の供給を切ってもなお動き出すのだっ」


「それは呪われてるんじゃないかな?」


「とはいえわらわが作ったもの、中々壊せずにいたが__」


 狐はそのまま腕が残像して見えるかのように高速で動かした。何やら紙を使って何か作っているらしい。

 恐らくテレビの必須機材に代用できるモノを作り出しているのだろう。まあ無理だろうけど。


「出来たぞっ」


 狐が傷つかなければいいなと思いながら目をやると正気を窺った。

 コンセントの差し込み口が六個の電源タップが狐の手の元にあった。


「確かこんな形であったな」


「理解が追い付かない」


 杉糸は目の前の現実に一瞬真顔になった。

 そして狐はきょとんと何がおかしいのかと言いたげだった。


「全部おかしいと思うよ、紙だよね? 紙なのに物質変わってない?」 


「わらわ頑張った。褒めてくれ」


「凄い凄い」


 とてつもない力を持った大妖怪だし無茶苦茶でも杉糸はまあいいか、と考えるのを放棄して狐の頭を撫でる。


「でも肝心の電気はどうする? これだけじゃどうしようもないよ」


「その点も安心してくれ、抜かりないわらわはちゃんと考えておる。その材質は妖力を自然と蓄え、その其方の言う電力に変換できるよう弄ってみた」


「電気の仕組みわかってる?」


「わかるわけないだろう」


「大丈夫かな?」


「やってみなければわからぬ」


 そんな調子で杉糸は24インチのテレビを設置し、コードや室内アンテナを利用して準備を進めていくのだが狐が居間のどこに置くか拘りを持ちすぎて中々前に進まない。

 挙句には八足台の上に祭り上げるよう置き、罰当たりにならないかと思ったが狐が置けと言うので祟らないでくださいと祈りながら設置した。


「これで、準備は大丈夫だと思うけど」


 設置完了した後、杉糸は狐にテレビのリモコンを渡した。


「そ、そうか」


 狐印の声は緊張で震えているようであった。やはり少し自信に欠けるらしい。


「ええ……【りもこん】とやらの何処を押せば……ここなのか? ここか?」


「ここだよ」


 杉糸は狐の手の甲に自分の手を添えた。

 隣で教えながら狐は震える手でリモコンの電源スイッチのボタンを押した。

 ブツン__

 そんな音と共に目の先の黒い液晶画面は狐の期待に応じるはずだったのだが、

 砂嵐、点いただけでも奇跡に近いがこんな場所に電波を届かせるのは流石に無理だったようだ。


「これは映っている、という奴なのか?」


「いや……」


「そ、そんな……」


 落胆する狐の隣で杉糸はドンマイと慰めようとしたのだが、

 ザ……ザザ……__


 画面に異変が起き、それに気づいた狐は顔を上げ杉糸も軽く驚いた。

 砂嵐は徐々に消えていき、不安定ながらもテレビは人物を映し出していったのだ。

 そして映像は正確なものへと変わり、夕方のニュースを映し出したのだ。


「狐露、映っ__」


 ボキィ! 顎に強烈な重い痛み!

 それが狐の左腕である事は畳に倒れてから気づいた。


「やったぞ杉糸! 杉糸!! やったぞ杉糸!」


 しかし狐は喜びによって自分が殴った事さえ気づいていない様子だった。


「杉糸? おお、其方、もしかして驚いて腰を抜かしたのではないか? ふふふ、無理もない、わらわでさえ腰をぬかし背骨がズレたのだからな……フンっ!」


 得意げに笑みを浮かべながら腰をゴキリと腕で鳴らす狐。


「いや……」


 いや君に殴られたんだよ、と言いたかったが腰の骨を自力で戻そうとする彼女の強烈なインパクトに全て持っていかれた。

 大妖怪だから大丈夫なのだろう、そう何が起きても驚かないでおこうと誓った杉糸であったが狐はぴくぴくと震えだしていた。


「杉糸……助けてくれ……」


 狐は首だけで視線を動かしこちらを向く。笑いながらも涙目だった。


「まさか腰を?」


 それどころか余計に腰が悪化したようでその体勢に限界が来た彼女は僕の腹の上に前のめりに倒れてきた。

 

 腰も何とか執拗なプロレス技に近い施術で治した。

その後の目を輝かせる狐は何度も何度もテレビのチャンネルを目まぐるしく変え間違えてボリュームをMaxにしたり消音にしたりとまだまだ慣れる必要がありそうな様子だった。


 何度も番組について問われ説明する羽目になったが悪い気はしなかった。狐の笑顔が純粋で眩しかったからか、彼女の喜ぶ姿を見るのは見ていて清々しい。


「また消えたではないか!」 


 まあテレビが安定しない度に怒るのは勘弁してほしいが。

 やはり不安定な空間なだけあって電波も歪だ。そもそもファンタジー空間に届く電波とは、という話になるが。


「軽く叩いたら直るんじゃないかな?」 


「ほう、そんな秘策があるとはな!」


 ぼごぉ!!

 それを言ったらテレビは粉々になって壊れた。そして涙目になった狐印は直した。


     

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