狐、外に出る 3
狐を迎えに行くとそこには半泣き状態でインフォメーションのお姉さんに慰められている彼女の姿がいた。
これが世界を簡単に焼けると豪語する狐の姿なのだろうか。この変わり果てた現代に戸惑うのは仕方ないが迷子になって泣きかける大妖怪の姿は流石に笑えてくる。
「すみません」
杉糸は愛想笑いをしながら自分の名前を言い、彼女を引き取る事にした。
インフォメーションセンターのお姉さんは一瞬、狐が保護者なのだからもっと下の年齢を予想していたのだろう。だがいざ来たのは保護者よりも年上な成人男性と来た。困惑するのは当然だ。
「ええと、実は彼女の方が迷子で意地を張ってこんな感じに」
名前の確認として自分の証明書を見せながら狐に聞こえないように小声で言うと溜飲が下がらないようではあるが納得はしてくれたようだ。
「ハハハ……大変ですね。彼女さんのエスコート頑張ってください」
可哀想なものを見る目で見られた。まあ狐自身大人に近い容姿をしているのでそれも当然だ。
「ええまあ」
ついでに恋人扱いもされていたが杉糸は誤解を解くのも面倒なのでそのまま適当に返事した。
そしてインフォメーションセンターから離れて少し歩いた後、
「其方はどこ行っていたのだ、わらわを心配させよって」
目を真っ赤に腫らしながらどの口が言うセリフを狐は言い始めたのだ。
「それは僕の台詞だよ?」
「其方があの【すまほ】とかいう呪われた器具の店に行き、わらわはもしや其方が全裸ですまほを全身に貼り付けられ、乳首をすまほで挟まれているのではないかと心配したのだぞ!」
「君はスマホを凌辱の道具か何かと勘違いしてない?」
すると違うのか? と言いたげな反応をされた。頭が痛い。
「それで其方を追いかけて行ったらどこにもおらず、もしやわらわを置いていったのではないかと周辺を走り回って……」
ああ、実はその店にいるのに別の場所に行ったと勘違いして迷子の泥沼に陥る奴だ。
まあだからって五分ほどで迷子センターまで行きつく迷子の才能は違う意味で賞賛したい。
しかし置いていった、か。冷静に考えればこの町全体は変わり果てた事に慣れないとはいえ自分のフィールドと言っていい。何も知らない彼女と比べると余計そうだ。
アレコレ適当な理由を付けて彼女の前から逃げ去る事など容易いだろう。力を使われたらまた話は別だが。
僕に彼女の気持ちは理解できない。悲しいのはわかる、だが何故孤独が悲しいのか理解できない。自分が呪いを持たず、幸せな日々を暮らして彼女の立場になったのなら理解できただろう。だけど違う、そうじゃなかったからわからない。
でも迷子の心細さは知っている。僕も昔よく迷子になったから。
そして親に見つけて貰った時はいつもこうして落ち着かせて貰った。
「大丈夫」
杉糸は狐を安心させるように目を見て手を握る。彼女の腕は柔らかく強く握っただけで簡単に壊れてしまいそうな脆さを感じた。実際力比べしたら簡単に僕の手は砕けるだろうけど。
「これならもう離れる事はないでしょ?」
「なっ__」
狐は突然の手を繋ぐ行動に顔を赤らめて恥ずかしがっていた。
「恥ずかしいのならやめるよ」
対して杉糸は一切動じない様子であった。
「いや……手を離すのではない……」
それでも向こうからも手をぎゅっと握りしめるようになったのは受け入れてくれたのを表していた。
何故か不思議と少し嬉しくて杉糸は笑った。
「そろそろお昼だね、まずは腹ごしらえでもしようか」
手を握りながら歩く最中、狐は俯きながらもこくりと頷いた。
「何が食べたい?」
「……きつねそば」
だがこの一言が後に災いとしてこの身に降りかかる事になる。
ここから杉糸にとって地獄と言ってもいい食べ地獄が始まった。
最初の和食店はよかった。杉糸もお腹が空いていたし彼女にも美味しいものを食べてもらいたかった。
だからデパート内でも高いうちに入るうなぎ屋に行き、きつねそばとうなぎを堪能してもらった。
うなぎに関しては程よい甘さのタレが米に染みわたり幾らでも箸が進む美味さであった。狐からも好評で安心した。
「美味い……わらわもうなぎは何度か食べた事はあったが今はここまで美味になっているとはっ」
狐は緩みに緩みまくった光悦とした表情のまま箸を進めていく。
「お代わりだ店主! 次はきつねうどんだ!」
ちなみに今平らげたのは大盛り。そしてまた大盛りを要求。
よく食べるなぁと小食でも大食いでもない中食な杉糸は見てて思った。
「ううっ~頭に強烈な痛みが走るが止めらぬ……!」
次は違う店でかき氷、彼女は小豆と練乳を乗せたかき氷を勢いよく食べている。
杉糸は隣で大盛りを食べる狐を見ながらも自分はミニサイズを匙ですくった。
「次は【いちごみるく】だ!」
「この蜜をかけた餡のないどら焼きは舌鼓を打つ美味さだな!」
それはもうどら焼きと言っていいのだろうか、まだ大判焼きの方がそれっぽく見えるしドラえもんにそれを言ったら殺される気がする。
ちなみに今度は頂点に生クリームやらチョコレートソースやらシロップをかけまくりワッフルを添えたカロリーのデッドボールのリコッタパンケーキ。
杉糸はこれ以上ついていけないのだが食え、食えと悪意のない笑みで誘ってくる狐の要求を断れなかった。
「鯛というのに凄く甘いではないか!」
今度はたい焼き、狐は大きな紙袋の中に大量の鯛を所有しているが、たまに食えと渡してくる。
もう勘弁してください。
「泥水のような色だが中々癖になる味わいだな」
今度はクリームとチョコレートを沢山まぶしたカフェラテ、狐は一人だけ飲むのは嫌らしくて同じのを頼まされた。
もう口の中はシロップや砂糖塗れで胃はもう何も寄せ付けないほど限界を迎えかけている。
「よくそんなに食べれるね……」
杉糸は表面上笑みを浮かべているが目は死んでいる。
「わらわにとって食事は娯楽でしかない。人は娯楽である同時に生きる為に必要である、がわらわにとっては文字通り娯楽だ」
「つまり?」
「あくまで心の安定薬にはなるが肉体面への生へ繋がる必須要素とはならぬ」
つまり幾ら食べようが意味はないのか。要は彼女にとっての食事はただの遊びの一種でしかないと。
「全国の女性にそれ言ったら恨まれるくらいには羨ましがれるよ」
皮肉交じりに言いながら杉糸は飲んでいたプラスチックの容器をゴミ箱に捨てる。
すると手を握っていた彼女が強く手を引っ張ったのだ。
「なあ杉糸っ、今度は飯以外の所が見たい」
その笑顔にさっきのような怯えは一切無かった。その様子に安堵を覚え、杉糸は本心から柔らかい笑みを浮かべて、少し待ってよ、と言った。
その様子で数々のデパート内をくまなく探索するように歩き続けて狐は全てに驚き、眩しいような笑顔を見せた。
初めて見る、という感覚はこんなものなのかな。
自分も昔、両親に連れてきて貰った時はこんな反応をしてたのだろうか。
今となってはわからない、子供の頃の記憶などあまり持ち合わせていない。そもそも興味がない。
ただ今の狐の反応を見て、少し羨ましく思えた。
「そういえば狐露、君は今の言葉を読めたりはするの?」
現在書庫に行きたいとする狐印の為に本屋に来た杉糸であるが、主に芸術家の本が密集されたコーナーで適当に手に取りながらも聞いた。
「読める事には読める。意味まではわからぬが」
「まあよく質問してくる君の姿を見たらそんな感じだとは思った」
「思ったのなら聞く必要は無いではないのか」
「僕は気になる事は本人に聞いて確かめたいタチでね」
そう言いながら杉糸はある本を注視した。一瞬、躊躇いつつも焦りを隠して手に取れるだけまだ心に余裕はあるらしい。
そして表紙を見てじっと固まり、気になった狐が隣から覗いた。
「どうした、何か気になるモノでも見つけたのか?」
「うん」
でも杉糸は隠すように元の位置にそれを戻した。
「買おうと思ったけどやっぱりやめとくよ」
そして嘘をつく。
「さあ行こう行こう」
「わっ、わらわはまだ其方が手に取った本を確認しておらんっ。まっ、まさか春画なのか? 春画だったのか?」
「子供でも取れる場所に置くわけないでしょ」
杉糸はそう言いながら彼女の手を引っ張り逃げるように移動した。
そして移動する最中、偶然すれ違った女性が母に似ていて眩暈がした。
だが表情を隠しながらただ本屋から距離を取ろうとする。
生前名の知れた画家であった母を特集した本など取るべきではなかったと後悔した




