麻痺
死蜘は僕に従ってくれるとは言った。
でも狐露に対しては別なそうで……
今はどっちが上か城の庭ですっごい争ってる。
城の庭はお城なだけあって随分と広いのだが、それも狭いと感じさせるくらいには被害が酷い。
ずっと青い炎の爆発が巻き起こったり庭の土は抉れ、ひび割れ、陥没、これを見た逆猫さんが嫌悪に満ちた表情で額の血管をひくつかせていた。
狐露も普段ならこんな行動には至らなかっただろうけど強者としてのプライドがあったのか子供みたいに戦ってる。
「どっちが勝つと思う?」
杉糸は安全圏の借りてる寝室部屋から狐凛と一緒に窓から眺めている。
「姉様」
「じゃあ死蜘の方を僕は応援しようかな」
僕がそう言った途端、長きに渡る喧嘩は唐突に終わった。
死蜘がノックアウトしていたのだ。
どうやら僕は疫病神ならしい。
「わーっはっはっは!! どっちが上か判明したようじゃな!!」
ワープしたのかいつの間にか後ろで満面の笑みでがははと笑っている狐露の姿があった。
だが着物は肌が露出するくらいにはずたぼろ、尻尾も汚れまくり、彼女自身割と傷が多く随分苦戦していたのが見て取れた。
「どうだった?」
「ふん、大きな口を叩いた割には……いやあったかも知れぬな」
「それは良かった」
「わらわも全力を出してはおらぬがそれは向こうも同じだ、そういった面では食えぬ奴だ。ほれ見よ、既に奴の死体、ではなかった奴の姿が消えている」
「あ、ほんとだ。後狐露」
僕はまるで埃が付いているようなノリでこう言った。
「胸が見えて__」
そこから先の記憶はなかった。
目を覚ますと庭は綺麗になっており、今日狐凛と外に出かける約束をしたのを思い出し一緒に買い物に出た。
死蜘は予想以上に強かった。来た瞬間既にこの国のナンバー2になるくらいには圧倒的だった。
だがそれは同時に戦力があまりに偏っている事も意味する。
僕はもっと味方を増やすべきじゃないかと思った。
しかし狐露は死蜘の存在はあくまで保険と思っているらしい。
そして封印を解き続けるとしまいには目を付けられる。
一つや二つなら目を欺く事は可能だが、増えていくと無理だ。
陰陽師や別国から戦の準備をしていると思われたくないらしい。
言い分としては納得がいく、あくまで矛ではなく盾でいたい。
それに死蜘のように話が通じる相手かどうかも分からない、そういう面では本当に運が良かった。
城下町の表通りを狐凛と一緒に手を繋ぎ歩いていると、杉糸はふと足を止めたのだ。
「アレは……」
とある着物屋にあったそれは、凄く見覚えのある黒一色のそれであった。
多分サイズとかは彼女が勝手に合わせてくれるだろう。
φ
狐凛に手伝ってもらって狐露を呼んでもらったが、その待っている最中にふと考える。
そういえば狐露はこの着物はある知人に貰ったと言っていたな、これって過去改変になったりしないだろうか。
それで未来に帰れなくなったりしたら嫌だな……
しかしこの時代に慣れ、落ち着いて来たからこそこの時点である一つの考えも頭の中で芽生えていたのだ。
もしかして狐露は未来の時代で__
「杉糸? 何の用かや?」
考えを遮断するかのように狐露が現れた。
今の衣装は蛇の国で買った漢服を着ていた。
「ああうん、ええと」
杉糸は後ろに隠していたそれを手に取ろうとするのだが、少し照れくささもあった。
「さっき服破れてたし……いや君は治せるからその心配は不要だと思うし調整してもらう必要もあるけど」
「ええい、まどろっこしい、さっさと言えい」
狐露が少し苛立ったような表情をしていたが、次の言葉でがらりと変わった。
「はい、贈り物」
「え、あ、や? なっ!?」
狐露はバグったように表情が変わりまくり、照れて落ち着いた。
狐露は両膝をつき、赤くなった顔を下向き髪で隠しながらも着物を手に取った。
「その……わらわもどう言っていいのかわからぬ……嬉しい、感謝している、だが其方のような男に貰うのは真に初めてで……」
「君みたいな女性はこれから沢山貰うよ」
その時、頭の中でアレ買ってこれ買ってと子供のようにねだり始める狐露の未来が頭に浮かんだ。
首を横に振ってその未来の姿を消し、今の狐露を見た。
「た、大切にする」
狐露はぎゅっと着物を胸で抱きしめ、目に涙を浮かべていた。
「君は……昔からよく泣くんだね」
「なっ、これは涙ではないっ、埃が目に入っただけだ」
「そうだね」
「む、もしや未来のわらわも、げふんげふん、未来のわららはよく泣くのかや?」
「うん、よく泣くし夜とかよく鳴__」
杉糸はその瞬間、自分の顔をグーで殴った。
「わっ、其方突然どうした!?」
「いやごめん……そのごめんなさい……」
この純粋無垢な方の狐露には下世話な話は駄目だと自分の天然? が少し嫌になった。
「ちょっと着てみてくれないかな、勝手に尺は君に合わせて貰って構わないから」
「わかった、着替えてくる」
それで話を逸らし、狐露は隣の部屋で着替え始めたのだ。
そして杉糸は息を吐き、さっきの考えをもう一度頭で走らせる。
もしかして__
「ど、どうだ?」
はやっ。
既に隣の部屋の戸から顔だけ出し、襟辺りが見えるので着替え終わっている狐露の姿があった。
そして恥ずかしそうにゆっくりと戸を開け、なんだか煽情的だな。とまた邪な考えな自分が思い浮かぶ自分が嫌になる。
開かれたそこには、見慣れた黒一色の振袖を着こなすいつもの、いや少し若い大切な女性の姿がそこにはあった。
「似合ってるよ、それも凄く」
そう笑顔で答えたはずだったのだが、狐露は心配そうな顔をしていたのだ。
何かまずい事でもあったのかな、そう思ってこっちも似たような顔になりかけたのだが、
「何か辛い事でもあったのか?」
「え?」
「いやその、其方泣いているぞ?」
「あれ、あ、ほんとだ」
何故か自分の頬に流れていた涙を拭き、笑顔を作る。
「多分、未来の君と同じ姿をしていたから、恋しくなったんだろうね」
「そう、か」
狐露は目を瞑り、うーんと顔に皺を寄せてカッと目を大きく開く。
するとふんわりと懐かしく柔らかい匂いがした。
「其方はこうしてくれたっ、だからわらわもこうするっ」
そして顔に柔らかい温かみが触れ、視界が黒で隠れる。
そうか、また僕は彼女に抱きしめられているんだ。
狐露はたまに僕に助けられていると言ってくれる。
でも何だかんだ助けられているのはいつも僕の方なのだ。
僕にとっては彼女は太陽のような存在なのだろう、彼女がいて全てが晴れ、歩くべき道が見えてくる。
自分という存在に、少しだけ意味が持てる。
「ありがとう」
そう言って彼女の胸に更に顔を寄せ、細い腰に手を回そうとすると、
「ひゃあっ!」
そんな可愛らしい悲鳴と共に、狐露はこちらからしゅっと距離を置いていた。
「ま、また寂しくなったらいつでも言うのだぞっ!!」
顔を真っ赤にしながらそのまま逃げていったのだ。
「勘違いさせちゃったのかな……そういう意味でやったんじゃないけど」
苦笑いしながら、窓の方を見た。
僕にもわかるように気配を出していた妖がそこにいたのだ。
「別に俺が来たからあねさんは逃げたんじゃないですぜ、俺が来たのは逃げた後だ、空気の読める男なんでね」
死蜘はどうやら袈裟の恰好を気に入ったらしくそれをメインで着ているのだ。
長い髪をポニーテールで結び、咥えていた串を吐き捨てた後、生あくびをして窓際に座っていた。
「ははは、わかってるよ」
「それで旦那はどっちに賭けてくださったんですかい?」
「そりゃあもちろん狐露」
そう言うと彼は皮肉気に笑った。
「やれやれ、酷い旦那様で」
そして笑っていた彼だったが、ふとすんと冷えるように表情が真剣なものに変わる。
「なあ旦那、この国は大分発展させすぎじゃありませんかね」
どうやら先ほど姿を消した後、町中を観光していたらしい。
「どう思う?」
「女は良い、飯も美味い、確かに守る価値はありやすねぇ」
けど彼の目は少し渇いていた。
言ってる事とは裏腹に、この国への興味はあまり持ち合わせていないようにも見えた。
「でも良いんですかい? 俺なんかを味方にして。他の国にもっと好条件を持って来られちゃ俺はアンタを問答無用で裏切りますぜ?」
「それは無いよ」
きっぱりと僕は言ってのけ、彼は不満げな感情を露わにした。
「アンタ、他人、まあ他人でいいか。他人を信用し過ぎじゃありやせん?」
「疑うよりは信じた方が良い、それに」
僕は何かを言いかけて言葉に詰まった。
彼は、僕が殺した人達と同じ目をしている。
「僕は周りには恵まれてたからね、だから目利きには自信があるんあ」
「そんな理由でですかい」
死蜘はかかっと笑い手を叩く。
「お言葉ですがそう簡単に相手を信用するのは、命の綱渡り始めてるようなもんですぜい、俺だってそうでした。良い奴らに裏切られた」
「かもね」
「アンタと話してちゃあ調子狂いやすぜ、俺はもう少し周辺でも楽しむとしやすか」
死蜘はそのまま窓から降り、というか落ち、大丈夫かなと思ったらスパイダーマン始めて遠くに行っていた。
裏切られた時はその時だ。
そう思うしかないだろう。
それはある種の投げやり、諦めにも近い事は自分でも気づいていた。
誰かを信用し過ぎか、確かにそうかも。
彼のように皮肉気に笑っていると、ふと人影が見える。
いつの間にか、狐凛が部屋の外から見ていた。
「あの蜘蛛さんは……?」
「行ったよ」
そう言うとひょこひょことやって来た。
人見知り極まれり。
「はは、新しいお客さんだから緊張した?」
こくりと彼女はうなづいた。
そしてあぐらを掻いた僕の膝の上に座り出した。
「今日は何をして遊ぶ?」
そう言うと表情の乏しい狐凛は少し笑った。
そして僕はその頭を撫でた。
徐々に、徐々に自分から未来に戻りたいと思う感情が薄まっていくのを覚える。
未来の数着でさえ消えていく。
僕はやりたい事をこの時代で見つけた。
それはこの時代の狐露の力になりたい事。
だがそれと同時に未来への欲求が、それに負けた。
その麻痺は恐怖でしかなかった。




