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死にたくても狐(君)の為なら生きよう  作者: れっちゃん
君の為なら生きる
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プロローグ

 目に見えるのは山中の木々、鼻孔をくすぐるのは自然の匂い、何処からか聞こえてくる川の音、ベロを粘つかせる自分の唾液。

 そして何も感じぬ人の気配。

 人はこれを遭難と呼ぶ。


 年は二十三になる白髪の青年は参ったなと苦笑し額にへばりつく汗を服で拭う。

 もう二日も何も食べていない、何度かもはや獣道でもなく人の歩く道とは言えぬ岩道で身を崩しそうになる。


 しかしそんな状況でものほほんと誰も聞く事のない独り言を言い続けた。


「そういえば山って安全に見える道ほど危険で危険に思える道ほど実は正解だったりするんだよね」


 何故こうなったか思い返して二日前に遡る。

 山道を歩く中、道は二手に分かれる事になった。青年は安全に見えた道を選んだら途中から荒い道と変わり戻ろうともせず迷う事になってしまった。


 山では常識は一切通用しない。まあ山に限らず海、陸全ての自然には人間の常識が通用しないとも言える。青年はその事を深く理解しているつもりだ。


「でも傍から見たら登山舐めてる事になるんだろうね」


 傍から見れば山の遭難によりトチ狂ったと思われそうな独り言を呟きながら青年はふらふらと歩いていく。

 今、青年の着ている格好は薄いジャンバーに山登りには絶対に相応しくないジーパン。


 そして背負う小さなリュックサックの中には財布やロープとかの最低限の小道具、スマホにスケッチブック等々の食料は一切ゼロ、もしかすればチョコやグミが一つくらいリュックの奥底に隠れてるかも知れない。


 どう見ても理解なんてしておらず山を舐めているとしか思えない装備であった。

 今は四月の上旬で寒い冬は去り、温かな春が訪れた季節であるがこの山中なら人を熱中症に変えるには充分な日差しでもあった。


 そして夜は凍死させる事も可能な気温でもある。意外と中途半端な季節に登山は向かないかもしれない。


「ここなら……いやもう少し登ろうか」


 しかし青年はこの状況に絶望しない。それどころか楽しんでるような笑みを浮かべながら足をゆっくりとゆっくりと動かしていく。


 岩道を駆け上がった結果本来のコースはこの道を進むべきだったのだろう比較的安全な砂利道に入り込む事が出きた。とはいえ他の登山客がいないのでここが正しい道なのかもわからないが。


 それに山に迷っている状況は変わらない、足を引きずるように小石を蹴る作業に戻るだけであると思ったのだが青年はあるものに視線が釘付けになった。


 それはひっそりと道外れに幾つかの重なった岩の上に佇むお地蔵さんがいた。

 山の中にお地蔵さんが立つ事は何も珍しい事ではない、道中何度か祠やお地蔵さんは見かけた。


 しかし問題はそこではない。


 そのお地蔵さんは全身を布でぐるぐる巻きにされその上無数のお札を張られていたのだ。

 形状で何とかお地蔵さんである事を理解できたレベルである。少し奇妙で不気味で異例だ。


 それどころかよく見ると布にも何か筆で文字が書かれており耳なし芳一に札を更に張り付けたような印象を抱く。


 誰かのいたずらかな?


 これがスプレー缶などの落書きなら一目でそう思えるのだがお札という絶妙なチョイスがより疑問を抱かせる。


 これを見て青年は触らぬ神には祟りなしという結論に達した。

 しかしまあ、お札という事は何か事情があっての事だろう。 


 変に触り、お地蔵さんの逆鱗に触れるわけにもいかない。


 ただ手だけを添えてそのまま立ち去ろうと思った。

 そう、ただポンと手を合わせ、軽くお辞儀をするような感覚で。

 ぼっ、ぼっ、ぼっ、ぼっ。


「?」


 何かそんな音がして青年はお辞儀をやめて目を開く。すると目を疑うような出来事が目の前で起きていた。


 それはお地蔵さんの、いやこれはもうお地蔵様と呼んだ方が良いのではないか。黒い人魂のような炎がお地蔵様の周囲で蠢いていたのだ。

 突然の発火現象。しかも心霊現象を添えて。


「もしかして何か気に障る事でもしたのかな、それとも何処かで動画配信者が僕を撮ってるとか」


 青年はうーんと悩める表情をしながらお地蔵様に問うが、石で出来ているせいか表情は動かない。そもそも布で隠れているせいかわからない。


それは当然か、と呑気に現状の異質さを理解してないような素振りを見いせていた青年だったが。

 がばっ。


「開いた!?」


 お地蔵様の口元の布が横に亀裂が入る。しかもそれは布が勝手に切れたのではなく内側からの負荷で布が切れたようにも見えた。いや実際に内側が原因だった。


 お地蔵様の口が横に大きく開き、それどころか口の奥からは黒い渦巻いた何かが発生していた。

 吸い込まれるっ。


 そして青年が驚き目を丸くしていた頃には既にお地蔵様のブラックホールの餌食になっていた。


     φ


 落下する。何故かわからないが自分は落ちている。

 高所なのかそこまででも無いのかすらわからないが落下時間の長さから高所なのだろう。


 しかし自分が死ぬ事はなかった。

 空気抵抗が消え背中に冷たい壁がある。衝撃も痛みもあまり走らなかったせいか、ああ自分は地と激突した事実にさえ気づくのに数秒かかった。


 青年は目をパチクリと開く。


「薬をやってないはずなんだけどな」


 しかし薬を使っていると思えば酷く納得がいく。今自分の見ている情景はそうとしか思えないものだった。

 まずここは夜で月の明かりが綺麗に世界を照らしている。さっきまで昼だったのに。


 そして自分が仰向けになっているこの地は水の上、一瞬透明なガラスが貼られていたかと思ったが自分の手が触れる度に水面打ち、冷たい感触が皮膚に伝わっていく。背中越しに濡れている感触がある、だが離れた瞬間、既に乾いていた。


 そして前方と後ろには灯篭と鳥居が一直線に等間隔で並んでいる始末。

 夜と呼ぶには少々明るく、紫色の夜、という経験のない彩りで溢れている。


 まるで絵の中の世界。

 これが幻覚でないとするのならあの世か、そう思い一瞬青年の口元が緩んだように見えたが、


「あの世でも生きなきゃいけないのは嫌だな」とだけ呟き取りあえず歩く事にした。

 歩くとしても何処を歩くか、よく見ると遠くには幾つか豪華絢爛な和風の建物がある。そこに向かってみようかと考えた。


 そして鳥居を一つ、二つ、三つ、潜っていき四つ目に足を踏み込んだ瞬間。

 また景色が変わった。

 夜が昼に戻り、緑の自然の中にまた佇んでいる。


 だが青年は落ち着いていた。元からあまり動じない性格だったのもあるのだが今回は少し違う。状況は異質だが光景はまだ現実的であったからだ。

 それは門、確かこういうのを木戸門って言うんだったかな。


 木々の浸食から内部の建物を守るかのように塀が取り囲んでおり、恐らく中は和風の屋敷が存在するのだろうと予測した。塀は当然目線より高いので何も見えない。


 青年はふと背後を見る。またもや緑と土と植物だらけの景色、数歩後ろに下がってみてもさっきの奇妙な夜の世界には戻らなかった。


 仕方ない、前に進んでみるか。まあどうにでもなるだろう。

 そんなこの状況にも然程気にもしない様子で青年は歩き、木の門に近付こうとする。

 するのだが。


 どごぉん!


 そんな破壊音を放ちながら吹き飛んできた門の二つの板は青年の左右を通り過ぎていく。破片が顔に当たりそうだったので頭を横に逸らして避けた。


「?????」


 青年は背後で半壊した板を見ながら首を傾げる。そして何か気配がして首を元の位置に戻す。

 人がいた。土埃で隠れてはいるが姿形でそう察する事が出来たのだが、何かおかしい。


 人である事は間違いないはずなのだが影が人と言うには余分なものが付いているような気がする。

 こんな所で陽炎などあり得るはずもない。


 土埃の影は腕を大きく振るう。ぶぅん! と風が鳴りその瞬間埃は消え失せた。

 そして騒がしいような美しいような声がした。


「ははははははははは!!! 誰だ! 誰だ! 誰だ!! わらわの領域に忍び込む愚か者は!! 人か妖か獣か阿呆か! それとも、わらわを殺すかわらわを楽しませる輩か!」


 そこには艶かな黒く長い髪をして着物も黒い黒だらけの美しい女性がいた。彼女はえらく透き通る高い声で楽しそうに演説するかのようにしていた。

 完全に自分の世界に入り込み、こちらに対してはアウトオブ眼中だった。


「ふっふっふ、ここに来たという事は覚悟して__(青年が集中タイムに入った為、それ以降長く語りかけるが何一つ聞こえてない)」


 何故こんな所に少女が、いや少女と言うには少々大人びている。少女と大人の中間と言った感じだろうか。だがそれ以上に美しい、気味が悪いほど綺麗な大和撫子。


 綺麗な薔薇には棘があると言うが彼女の場合は彼岸花、彼女を喰らおうとすれば怪我ではなく死そのものが襲いかかる。そんな風に思えた。

 誌的に考えていると青年はある事に気づき少し驚いた。


 さっきの揺らめく影に可笑しい点はなかった。いや可笑しいが可笑しくはなかった。


 その少女、女性にしておこう。その女性の頭部には獣の、詳しく言えば狐のような耳が生えており、体の背後には幾つもの狐の尾が揺らめいていたのだ。


 ああ、これなら気味が悪いほど美しいのも頷ける。人間じゃない、目の前の女性は人の姿をしたナニカなのだ。彼岸花と言ったのも意外と間違ってないかもしれない。


 と勝手に納得しているのだが青年は和の怪物を見るのはこれが初めてだ。というより世間はオカルトを信用しない機械社会、自分もその社会で生まれた現代っ子であるが不信に思わないのはただ過去に不可思議な経験をしてまあ、妖怪(取りあえず日本なので怪物よりはこっちの方が適しているだろう)がいても不思議ではないだろうと勝手に納得している。


「ああ、可哀想なわらわは退屈だ、ああ退屈だ。暇で死にそうだ。そんな貴様は、この可哀想なわらわを愉しませてくれるのだろうなぁ?」


 目の前の女性、もう狐でいいか。目の前の狐は冷徹で猫のような大きな目でこちらを睨む。

 その彼女が僕を見た途端真顔になり、空気が張り詰め息苦しくなる。


 殺意のようなものを感じこちらの体が強張る。だが自分の目で見るとどこか悪人ではないと自然と感じ取れた。それどころか不安定な目をしている。

空気が緩む。


 青年がそう思った瞬間、既に目には殺意など一切宿っていなかった。それに既に何故か涙目になっている。

 そのおかげか緊張はほぐれた。

 今や狐が涙目の意味で目を赤くして、必死に耐えるようにプルプルと笑みを浮かべていたのだ。


 何か泣かせるようなことでもしたのか、記憶にない。

 話を聞かず、ほぼ無視に近い状態だったのを不快にさせてしまったのか。もしそれが本当なら少し大人びたイメージからかけ離れていく。

 彼女は着物を汚れる事を気にしてないのか地に両膝を付けた。


「うう……やっと会えたぞ……」


 そしてついに我慢できずぽろぽろと涙を流し始めたが、その言葉でどうやら寂しかったようだと理解した。

 やっと会えた。そりゃこうなるか。


 とはいえこちらも色々と聞きたい事がある。話題転換代わりとして彼女に声をかけてみよう。


「ちょっといいかな?」


「ううう……む?」


 青年は柔らかい笑みを浮かべ、泣きそうになっている狐に向けこう言った。


 この近くで


 誰にも迷惑をかけず


 誰にも見つからない場所で死にたいんだけどいい場所無いかな?


 それはもう今日の天気を話す感覚で淡々と言っていたのだ。

 狐は涙も枯れるようにドン引きしていた。そして口を開いた青年自身が一番目を丸くしている。


「あれ?」


 青年は言った後、首を傾げて凄い勢いで腹が鳴る。

 もう二日も食べてなかったせいなのか、青年は言った後に「間違えて本音が出た」と付け加えたのだ。

男主人公君(名前は後ほど)のイメージは「今日の天気の話をしながら首吊る準備をしてる青年」です。何故こんな設定になってしまったのか、あまり暗い物語にしたくないからせめて性格は明るめにしよう!と考えた結果がこれです。

大丈夫かなこの設定。


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